第596話 時が来た

人が亡くなる場面があります。

ご注意下さい。


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 タシアン王国のザガード国王は、魅了の魔力使いに操られていた事が分かった。


 それが判明したからと言って、国王を許せる訳では無いが。

 それでも……

 コバルトはそれが少し救いだった。



 コバルト達はザガードと彼を連れ去ったタイナーを探していた。


 しかし……

 何処を探しても見つから無い。


 早くけりを付けなければもうじき朝になる。

 皆が起きて来る前に。

 宮殿が大騒ぎになる前に。

 コバルトが国王になっていなければならないのだ。



 国王こそが国に置ける唯一無二の権力の頂点。


 王太子は……

 次の王になる者として、国民に知らしめただけのただの臣下に過ぎないのだから。



「 殿下……2階の全ての部屋を探しましたが、何処にもおられません 」

「 タイナーは父上と何処に行ったのだ? 」


 その時……

 去り際にタイナーの言った言葉を思い出した。


「 陛下……約束通りに……王妃様の側へ……… 私も…… 」


 母上の側……


 王妃の墓は王族の墓にある。

 そこは馬車で2時間は走らせなければならない程の場所だ。


 今、そこに行くとは考えられない。

 だったら……


「 礼拝堂だ! 」


 礼拝堂は宮殿から少し離れた場所にある。

 王妃が崩御した際に……

 ザガードが悲しみのあまりに建てた小さな建物だ。


「 母上が亡くなった時には、父上は何時も礼拝堂で泣いていたんだ 」



 外に出ると空が白み始めていた。

 夜明けはもうすぐそこに迫っている。

 皆が逸る気持ちを押さえて、庭園の中を進んで行く。


 コバルトが幼い頃に、まだ王太子であった父と母と一緒に散歩をした庭園。



 しかし……

 母の好きだった庭園のその姿は無く、ドレインの趣味の庭園と化していた。


「 父上は母上が好きだった庭園ここを通る度に母上を偲んでいたんだ。だからこの庭園の先に礼拝堂を建てたんだよ 」


 そんな母との思い出の庭園を、こんな風に変える事は父の望んだ事なのだろうかと話すコバルトの声は震えていた。



 礼拝堂に向かいながら、ぽつぽつと語るコバルトに胸が痛んだ。

 レティはアルベルトに手を引かれながらグスグスと鼻をすすっている。



 そして……

 礼拝堂に到着した一同は驚愕した。


 礼拝堂の周りには……

 枯れた木々や草が生い茂り、建物も朽ちかけていた。

 今まで誰も足を踏み入れていなかったかの様に。


 コバルトが幽閉されていた3年間の長さが思い知らされた。



「 父上は……ここに1度も来なかったのか…… 」

 王家の墓には程に行けないからと言って、ここを建てたのにとコバルトは拳を握りしめた。


「 違うわ……来たくても来れなかったのよ……きっと国王様がここに来たら、ドレインに壊されると思って 」

 ずっと来たかったに違いないわと言って、レティは涙をポロポロと溢した。


 腰を屈めたアルベルトが……

 レティの頬に手を当てて溢れる涙を拭って。



「 そうか……だから父上はここに来たかったのか…… 」

 コバルトは嬉しそうな顔をして礼拝堂を見つめた。



 扉を開ければそこに何があるのかは皆が想像出来た。



 ギィィィ……


 コバルトは震える手で扉を開けた。



 そこには……

 想像していた通りの光景があった。

 血の匂いが辺りに広がる。


「 父上…… 」

「 ……… 」

 コバルトと宰相の息子のヒューゴが立ち尽くした。



 祭壇の上にはザガードが寝かされていた。

 胸には短剣が突き刺さっていて。


 そして……

 その前にはタイナーが土下座をしたままに、首筋を掻き切って事切れていた。




 ***




 タイナーはただただ政務をこなす日々を送っていた。

 何時か自分も処刑されるのだと覚悟を決めて。


 コバルト王太子に王位を譲位して貰う事を模索していた大臣達は皆処刑され、王太子は幽閉され、自分が生かされているのは、この山積みの政務があるからだと思っていた。


 宰相は国政務を司る要のポスト。

 平民達がのさばる王宮でタイナー宰相だけが仕事をしていた。

 国王の代わりに。



 そんな日々を送るタイナーの唯一の希望は、コバルト王太子が生きていると言う事だった。


 国民と同じ様に思っていた。

 コバルト王太子の御代までの我慢だと。



 コバルトは聡明で心根の強い王子だった。

 優しいのは良いとして、心根の弱いザガードとは違って将来を期待される存在だった。


 ザガードには……

 侵略などしなくても、自給自足でも国民は何ら困らないと言う持論があった。



 しかし……

 それは脈々と続くタシアン王国での自念とは程遠い物で、臣下達には物足りない物だった。


 コバルトとしても……

 国の発展は、他国を自分の物にして為し得る物だと言う理念を、幼い頃から叩き込まれて来たコバルトは、それが国を統べる者の正しいやり方だと思っていたのは仕方の無い事で。


 そんなコバルトがそのやり方が間違いだと気付いたのは、シルフィード帝国に来てからになる。

 彼が見て聞いたものは、自分の考えを根本から覆す革命的な事だったのである。



 タイナーはある時から……

 コバルト王太子が幽閉されているのは、彼を死なせない為では無いのかと思う様になっていた。


 ザガードとタイナーは幼馴染み。

 国王の息子と宰相の息子の関係は、アルベルトとラウルの関係と同じだ。


 彼がどんなにコバルトを愛して来たかをタイナーはよく知っていた。

 自分と違って博識な王子は名君になるぞと言って……

 何時も王子の成長を目を細めて見ていたのだ。



 ある夜。

 何時もザガードの傍から離れないドレインが、慌てて何処かへ行った。


 シルフィード帝国に潜り込んでいた、ドレインの取り巻きの女が戻って来た事を聞いて。


 因みにその取り巻きの女とは……

 ミレニアム公国のエメリーに接近したあの占い師の事である。



 タイナーはチャンスとばかりにザガードの寝室に入った。


「 陛下……私です。タイナーです。どうしても陛下と2人だけで話をしたくて……こんな時間に尋ねた事をお許し下さい 」

「 ………タイナーか………入れ 」


 ザガードは虚ろな目をしてソファーに座っていた。


 ドレインが傍にいない事で……

 魅了の魔力の効力が弱まり、ザガードとタイナーは少しだけ話す事が出来た。



 そこでタイナーはザガードの心の内を聞く事になった。

 まともに2人が話をするのは何時以来だろうか。



 ザガードは言った。

 自分は世界征服を夢見てしまったのだと。



 ザガードには兄がいた。

 しかし彼は……

 病を発祥して、十代のまだ若い内に亡くなってしまったのである。


 この兄は聡明快活で皆の期待を一身に受けていた王子だった。

 どうせならザガード王子が病に掛かれば良かったのにと、心無い言葉を家臣達から囁かれている事は知っていたが。



 こうして……

 物静かで温厚な性格の第2王子であるザガードが、タシアン王国の王太子となったのである。


 暫くして……

 先王も病に倒れて長らく闘病する事になり、回復する事も無く崩御する事となり、ザガード・セナ・ト・タシアン新国王が誕生した。



 待った無しの国政に……

 気の優しい彼はどんどんと心が削られていった。


 そんな彼を何時も励ましてくれたのは妻である王妃だった。

 王妃とは妻は幼い頃からの婚約者で、そのまま大人になって結婚をした仲睦まじい夫婦であった。


 しかし……

 その妻である王妃も崩御した。

 流行り病であった事から隔離されたままに、最期の別れも言えずに。



 家臣に嘗められる王を癒したのは……

 ネフィーネと言うまじない師であった。


 彼女の言うままに強い国王を夢見た。

 その為には魔力が融合された魔石の力が必要だと言われ、魔石の研究に没頭した。


 その頃から……

 自分の行動がよく分からない時が増えていって。

 考え方も過激になって行く様で気分が高鳴った。


 家臣達に一泡吹かせるには世界を征服したいと考えた。

 魔力が融合された魔石があればそれが出来るのだと。


 その為には……

 世界に2つだけある帝国の、シルフィード帝国とサハルーン帝国の弱体化を図る事が重要だとして。


 既にサハルーン帝国は埋め込まれた魅了の魔石により弱体化させる事に成功した。


 しかし……

 シルフィード帝国が敵対していたサハルーン帝国に手を差し伸ばしたのは誤算だった。

 その縁で、サハルーン帝国とシルフィード帝国が国交を開き、近い内には同盟国になると言う。


 シルフィード帝国にもドラゴンを送ったが……

 彼等はあっさりと討伐をしてしまった。

 魅了の魔術師の兄妹達も、事を犯す事無く捕縛されて処刑された。


 シルフィード帝国の強さを改めて知る事となったのだった。


 ザガードはタイナーにガウンを脱いで自分の身体を見せた。

 彼の魔石があちこちに埋められていて、タイナーは言葉を失った。


 魔力が融合された魔石を身体に埋める事で、魔力使いになれると言う事を信じた。


 シルフィード帝国の皇太子が雷の魔力使いだと聞き、それ以上の魔力使いになれるならと、魔石を身体に埋め込んだ。

 ドレインの勧めるままに。


 その全ては自分の弱さ故の所作。

 強くなりたいと願った事だったのだと。



「 やがて余の身体には魅了の魔石が埋められるだろう 」

 そうなると余は完全に操られる事になる。

 最早、自分ではどうにもならないのだと目を伏せた。


 そして……


「 時が来たら……コバルトをシルフィード帝国の皇帝の元へ行かせてくれ。もうシルフィード皇帝に頼るしか道は無い。それで我が国が滅ぼされても仕方が無い……ただ……シルフィード皇帝ならば、我が国、我が国民を安寧の国に導いてくれるに違いない 」


「 陛下…… 」

「 そして……必ずやそなたの手で余を殺してくれ。コバルトの再興に役立つなら、余の首をシルフィード皇帝に差し出して欲しい 」


 全ては余の弱い心から起きた事。

 これは約束だぞとザガードは指切りをしようと笑った。


 幼い頃に2人でした約束。


「 御意 」


 タイナーは……

 泣きながらザガードと約束を交わしたのだった。



 そうして……

 タイナーは時を待った。


 コバルトが幽閉されたのは19歳の時。

 この時……コバルトは21歳だった。



 翌年にコバルトの幽閉が解けた。


 何と……

 ザガードの愛人のドレイン卿と結婚する事が理由だと。


 そして……

 コバルトの腕に魔石が埋められたと聞き、その時が今なのかとコバルトに会いに行った。


 急がないと王太子殿下が陛下みたいにされてしまう。



 タイナーはコバルトの元へ出向いた時に確信した。

 3年もの月日は長く……

 まだ頼りなかったコバルトは、22歳の立派な男に成長していた。


 時は今だ。



 そして……

 タシアン王国の未来をコバルト王太子に託して送り出した。



 シルフィード帝国へと。











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