第595話 終焉

 




「 普通な~蹴破って出て行くか? 何処かに扉があるだろうが! 」

「 扉が見つから無かったのよ。ちゃんと出られたんだから良いじゃない。後からコバルト王太子殿下に謝っとくわ 」


 ザガードとドレインが寄り添う姿絵を、蹴破って出て来たレティが、後ろを向いて誰かと話している。


 ここにも隠し通路があったのだ。



 皆はいきなりの爆音に驚き、突然現れた可愛らしい女性騎士を凝視して固まっている。



「 それより、絹の反物を急いでね。皇后様とお母様のドレスもお願いされたんだから。結婚式までに絶対に間に合わせないとならないのよ 」

「 わーったよ! その代わりお代は2倍頂くぜ 」

「 ………ムカつく~! 足元を見るなんて……仕方無いわ。これで交渉……あれ? 」


 ジャック・ハルビンと喋りながらトコトコと歩いて来たレティは、ザガードとドレインの間で止まった。



 レティを見ているザガードと目が合った。


「 おっと~!? ここは凄い修羅場じゃないか! 」

 ジャック・ハルビンが壁際に飛び移った。


 見れば黒いフードを被った男が……

 正にアルベルトに向かって腕を振り上げ、魔力を放出しようとしている所だ。

 指先が魔力で黒く光っている。



 こいつ誰!?

 アルに……

 魔力を放出しようとしてる!!!



「 レティ!? 危ない! こっちに来るんだ!! 」

「 私のアルに何をするんじゃーっ!! 」


 アルベルトとレティの声が重なった。



 レティはザガードの腕に飛び付いた。


 すると………

 ザガードは腕を下ろし、後ろにヨロヨロと後退りした。

 手を胸に当てて呆然としてレティを見ている。


 何が起こった。

 魔力が……

 余の魔力が吸いとられた?



 本当に一瞬だった。

 レティはザガードの腕を触った瞬間に魔力を奪ったのである。

 黒く光っていた指先の魔力が消えているのがその証拠だ。


 勿論、本人は知らない事で。

 主君である愛するアルベルトを、護りたいと強く思う瞬間に発動する能力であった。



「 レティ! 」

 アルベルトはレティの側に駆け寄り、レティを抱き上げその場を離れた。

 騎士達が2人の周りを取り囲む様に立った。



「 父上! 覚悟!! 」


 そこに……

 剣を振り上げたコバルトが駆けて来た。


 しかし……

 レティが蹴り破った場所から、誰かが出て来てコバルトの前に走り出て来た。


「 殿下! 剣をお納め下さい。殿下を父親殺しにするわけにはまいりません 」

「 タ……タイナー!? お前……生きて…… 」

 コバルトは剣を下ろしてタイナーを見つめた。



 その時……

 ザガードが膝からガクリと床に崩れ落ちるのを、咄嗟にタイナーが受け止めた。


「 ザガード!? 」

「 触るな!! 我が主君に貴様の様な薄汚い悪魔が触るで無い! 」

 ザガードに抱き付こうと手を伸ばして来たドレインを、タイナーが払い除けた。


「 キャア! 」

 ドレインが倒れて尻餅をつく程の強い力で。



「 なっ!? 私に無礼な事を……許しませんわ! 」

 真っ赤な顔をして、歪んだ顔のドレインが金切り声でタイナーに叫んだ。


 タイナーとジャク・ハルビンも、レティから『 肥溜め香水 』を掛けられていたのは言うまでも無い。



「 ザガード! 何をしているの? 魔力を放ちなさい! タイナーに災いの魔力を放出しなさい! 」

 ドレインだけが半狂乱で叫んでいる。


 魅了の魔力は人々の心を操つる魔力だが……

 操る事が出来ないのならば、それはただの甘い香りなだけで、攻撃性は無い。



 全てがこの臭いのせいね。


 いつの間にか部屋全体が臭くなっていて、ドレインの信者達もぼんやりと立っているだけで。


 今までは全ての人を思うがままに操れたのにと、ドレインが親指をギリギリと噛んだ。



 その時……

 ザガードがタイナーに向けて笑った。

 それはそれは優しい顔で。


「 タイナー……遅かったではないか…… 」

「 陛下……やっとが来ましたね 」


 そして……

 ザガードの目がコバルトを見た。

 昔見た父の顔だった。


「 ち……父上…… 」

「 コバルト……後を頼む……ドレインを処罰……しろ 」

 ザガードはそう言って意識を失った。



 タイナーはザガードの脇と膝に手を入れて大事そうに抱き上げた。

 大の男なのに軽々と持ち上げられて運べる程に、ザガードは痩せ細っていた。

 何時もローブを着ていたので分からなかったが。



「 殿下……陛下からのです! 必ずや成し遂げて下さい 」

 歯軋りしながらタイナーを睨み付けているドレインを、虫けらを見る様な目で見つめた。


 そして……


「 これからタシアン王国をお作り下さい 」

 タイナーはザガードを抱き上げたままにそう言って、コバルトに頭を下げた。



「 父上…… 」

「 ヒューゴ……来たか……お前は命を賭して殿下をお支えするんだぞ 」

 見ればいつの間にかタイナーの息子であるヒューゴと死んだ大臣達の子息達がいた。


 門番の騎士達が……

 隠れていた屋敷から彼等を連れて来ていた。


 のだと言って。



 タイナーはアルベルトを見て深く頭を下げると、踵を返してザガードを運んで行った。


「 陛下……約束通りに……王妃様の側へ……… 私も…… 」

 最後の言葉は聞こえ無かったが……



「 おのれ! タイナー!! 陛下をどうするつもりだ!! 」

 タイナーを追い掛け様とするドレインに、コバルトが剣先を突き付けた。


「 くっ!! 」

 もう駄目だと思ったドレインはアルベルトを見た。


「 アルベルト皇太子殿下! 私を護って 」


 ドレインは目を潤ませ媚びる様な目をしたとたんに、アルベルトに向かって魅了の魔力を放出した。


 今までに見た事も無い程の強い魔力だ。

 ショッキングピンクの濃い色の魔力がアルベルトに向かって飛んで行く。


「 !? 」

 いきなりの攻撃に……

 アルベルトは抱いているレティを庇う様にして、飛んで来る魔力に背を向けた。



 魅了の魔力!?

 私のアルに魅了を掛けた?

 あんなにいやらしい顔をして。


 このやろーっっ!!


 レティはアルベルトの肩越しに手を前に付き出した。



「 私のアルを気持ち悪い目で見るなーっ! このめーっ!! 」

 ……と、可愛らしい声で叫んだ。


 すると……

 ショッキングピンク色をした魔力は、レティの手に触れた瞬間に消え去った。



「 馬鹿な……そんな事が…… 」

 消え去った魔力に愕然としてドレインは両膝を床に付いて、崩れ落ちた。


 レティの発言にも止めを刺されて。


「 ……オバハン…… 」

 ドレインは厚化粧と魔力の影響もあってか、アラサーに見えていたが……

 実はアラフォーだった。



 1度目の人生で……

 お洒落番長と自負する程に美を追求したレティは、誤魔化されなかった。




 ***




 世界最強の魔力使いで、世界一の美貌の皇子である、大国シルフィード帝国のアルベルトを操ろうと思ったドレインは……

 台座に置かれた魔石によって研ぎ澄まされた己の魅了の魔力を最大限に放出した。



 多分……

 魅了の魔力が効かないアルベルトでも……

 どうなるか分からない程の魔力の強さだった。


 勿論、これは同じ魔力使いであるアルベルトだけが分かる事で。



 しかし……

 その最大の魅了の魔力は、魔力を奪う能力者であるレティにいとも簡単に消し去られた。



「 君は……凄いね…… 」

「 魔力が効かなかったわね。アルに3回も肥溜め香水を掛けたからだわ 」


 レティの凄さを目の当たりにしたアルベルトだが……

 自分が魔力使いの操り師だと言う事を知らないレティは、『 肥溜め香水』を3回もアルベルトに掛けたからだと思っていた。

 掛けた甲斐があったと胸を撫で下ろすのだった。



 皆がワッと2人の周りに集まった。


 騎士達は思った。

 リティエラ様は思った通りの事を言ったと、クスクスと笑って。



 その横では……

 コバルトが騎士達に命じて、ドレインとその一派を次々に捕縛して行った。


 ドレインは……

 自分の残りの人生をアルベルトに懸けたのか、あの魅了の魔力の放出で魔力切れを起こし、引き摺られる様にして騎士に連行されて行った。


 そして……

 そのまま処刑場に連れて行かれ……

 その場で処刑された。



 魅了の魔術師にしろ、魅了の魔力使いにしろ、人の心を操る者は、見付ければその場で処刑をするのが世界の鉄則となっている。


 古い文献にその様に書き残されている事から、昔から彼等が出現する度に国を滅茶苦茶にされて来たのだろう。




 ネフィーネ・ト・ドレイン。


 彼女の魅了の魔力が何時から開花されたのかは分からないが……

 平民だった女が、長きに渡って国王を操り、政治の中枢を自分の思うがままにした魅了の魔力使いの人生は、ここで幕を閉じた。










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