第594話 命を賭して

 




 ザガード達を追い掛けて、コバルトと4人の騎士達がある部屋に入って行く。

 その後を追っていたアルベルト達も部屋に入った。


 壁や天井は黄金色に輝き、天井には豪華なシャンデリアが幾つも並び、壁際にある燭台の上にはあらゆる調度品が置かれ、花を飾ったテーブルが何台も並んでいる。



 このきらびやかな贅を尽くした大きな部屋で、夜な夜な宴が行われているのだった。



 ザガード達が立つ背後の壁には、ザガードとドレインの2人の大きな姿絵が額に飾られてあり、2人の前にある燭台の上には魔石が置かれていた。



 虎の穴の、魔法の部屋の中心に置かれている魔石よりは小さいが……

 その魔石に、アルベルトは何だか嫌な予感がした。


 もしも……

 この魔石が虎の穴にある魔石と同じ効力があるならば、もしかしたら魔力を増強してしまうかも知れないからだ。


 魔法の部屋にある魔石は、魔力を開花させたり魔力の調節に魔力使い達利用している。

 アルベルトも魔力を開花させる時にこの魔石を使った。



 シルフィード帝国には魔力使いが多く存在しているのは、この魔石を使って開花させる事が出来るからである。


 魔力使いの魔力の強さは人それぞれである事から、自分が魔力使いだと気付かずに生涯を終える者もいる。

 なので……

 どの国も魔力使いの確保が難しい事から、魔力使いは国の宝として位置付けられているのだった。



 アルベルトもレティの3度の人生では、魔力使いでは無かった。

 今生で、レティと出会った事で魔力を開花させ、魔力使いになったのだった。



 聖女伝説にある様に……

 タシアン王国の王太子に侵攻されたミレニアム王国の聖女が、追われながらもエルベリア山脈を命がらがら越えて、シルフィード国王に助けを求めて来た時に、魔石を持って逃げて来たと言われている魔石だ。


 奇しくも……

 タシアン王国の王太子が、シルフィード皇帝に助けを求めて山越えをしたこの状況とリンクするのであった。




 ***




「 父上! 退位して下さい。魔力の研究は退位した後に行って下さい 」

「 戯けた事を。退位を余に進言すると言う事は……コバルト!そなたは余に対する反逆罪で処罰されたいのか!? 」


「 3年間幽閉されてもまだ反省もしていないのね 」

 いつの間にかローブを脱ぎ、胸も露になったドレス姿が美しいドレインが、ザガードの腕に手を絡ませ、その豊満な胸をザガードの腕に押し付けて不気味に笑う。



 大きく開いた胸には大粒の宝石のネックレスが輝き、黒のドレスには色とりどりの宝石が散りばめられていて、キラキラと輝いている。


 垂れた目がいやらしく光り、何とも言えない妖艶さを醸し出していて。

 しかし……

 その妖艶な瞳はずっとアルベルトを見据えて離さないでいる。


 彼女はザガードの愛人だと言われている。

 心の弱った彼に癒しを与えた愛人だと。



 国王と王太子が話をしている時に口を挟む事を無礼とも思わない彼女は、今は伯爵の爵位は与えられ、皆からドレイン卿と呼ばれているが元は平民だと直ぐに分かる。


 貴族として育った令嬢ならば、例え身分の低い子爵や男爵であろうともそんな無礼な事はしない。


 貴族社会の礼儀さえ知らない女が、国王を操り国を好き勝手にしていると言う。


 魅了の魔力の恐ろしさを改めて痛感する事になった。



 あの時……

 魅了の魔術師兄妹を捕らえると直ぐに処刑したロナウド皇帝と、宰相ルーカスが正しかったのだと。

 対処が遅れて皇帝が操られる様な事になったとしたならば、こんな事態になってしまうのだと。


 そう……

 あの時既に、アルベルトに恋をした魅了の魔術師アイリーンは、皇太子妃になろうと考えていたのだから。



 アルベルトは小声で皆に告げた。

「 先ずは魅了の魔術師ドレインを殺れ 」

「 御意 」

 皆も小さく頷いた。


 レティが作った。

『 肥溜め香水 』の効果が消えて無くなる前に。



「 父上はこの魅了の魔力使いのドレインに操られているのです! 」

「 何を訳の分からない事を言っているのか? このネフィーネはもうすぐお前の妃になるのだぞ。この国の王太子妃に 」


「 なっ!? 」

 父上の愛人を……

 私の妃にだと?


 コバルトはレティの顔が浮かんだ。

 あの……

 可愛らしくも美しい彼女の顔が。



「 その為にお前の幽閉を解いたのだからな 」

 ザガードの腕に胸を押し付けるのを止め様ともしないドレインは、コバルトを見て微かに笑ったが……

 その垂れた目の妖しい瞳はすぐにアルベルトに注がれた。


 うっとりとした視線が……

 アルベルトの足元から顔を見る為に這う様に動いているが、ザガードに腕を回して無い方の手は、ずっと魔石に触れていて。



 皆は思った。

 こいつは王太子から我が国の皇太子殿下にロックオンしたのだと。


 しかし……

 最初は気持ち悪いと思ったが……

 次第にその妖艶な顔が美しいと思う様になって来たのは、この部屋に充満している魅了の魔力の香りのせい。


 この部屋では、宮殿内の何処よりも一段と濃厚な香りがしていた。


 皆は鼻に手をやり、必死でレティの振り掛けた『 肥溜め香水 』の臭いをかいだ。


 この臭さが凄く良い香りに思えるなんて。



 しかし……

 アルベルトは平気のへの助で、事の成り行きを見ている。

 幼少の頃から注がれて来た、女共の請う様な視線に伊達に晒されて来た訳では無い。


 この美貌の皇子にあらゆる魅了が効かないのは、それが原因なのかも知れない。



「 父上! 」

「 コバルト! こんな茶番は終わりにして、お前は、我が国、我が宮殿に不法侵入した盗賊を捕らえぬか!」

 ザガードはコバルトの横にいる4人の騎士達を睨み付ける。


 騎士達は思わず膝を付いた。

 無理も無い。

 ザガードは彼等にとっては絶対的な主君だ。



「 グレイ。弓矢でドレイン卿を射て! 」

 アルベルトが横にいるグレイに耳打ちをした。


「 御意 」

 グレイがさっと弓矢を構えた時に……


「 コバルト! お前がその盗賊を捕らえぬのなら、余が捕らえよう 」

 ザガードが災いの魔力を指から放出した。

 黒の魔力がアルベルトに向かって飛んで来る。



 ザガードは魔力が使える様になっていた。

 さっきのアルベルトが放出した雷の魔力を、掌の魔石に融合した事から、魔力を使える様になっているのだった。


 アルベルトの魔力はそれだけ強力な魔力だった。



 アルベルトは咄嗟に雷の魔力を災い魔力に向けて放出した。


 ザガードの放った魔力の色は黒。

 アルベルトの魔力は黄金の色。

 2つの魔力がぶつかった。



 しかし……

 災いの魔力は雷の魔力を吸収すると、アルベルトに向かって飛んで来た。


「 !? 」

「 殿下ーっ!! 」

 咄嗟にアルベルトを突き飛ばして、代わりに魔力が当たったのはグレイ。


「 くっ! 」

 グレイが黒の魔力に包まれて、そのまま倒れた。


「 グレイ! グレイ……大丈夫か!? 」

「 班長ーっ!! 」

 抱き起こすアルベルトの元に駆け寄る騎士達。



 グレイはぐったりと動かなかったが、意識はある様だ。

 皆が先ずはホッと安堵した。


「 殿下は……ご無事……ですか? 」

「 ああ、グレイ……お前が守ってくれたから問題ない 」

 アルベルトはグレイの側を離れ、何歩か前に進んだ。


「 貴様……災いの魔力とは何だ!? 」

「 さあね。どんな災いが起こるのかはお楽しみだ 」

 ザガードはそう言いながら手を魔石に翳した。



 雷の魔力はことごとく災いの魔力に吸収されてしまう。

 彼等には近付く事が出来ない。


 どうすれば……



「 ザガード! アルベルト皇太子殿下への攻撃は、少し手加減して欲しいわ 」

 まるで小さい子供に言う様にして、ドレインがザガードの腕を引っ張ると、ザガードはドレインを優しく見つめて頭を撫でた。



 グレイの側に駆け寄っていたコバルトが立ち上がり、アルベルトの横に並んだ。



 こんな男は最早私の父では無い。



「 国王は私が殺します 」

「 では、私がもう一度魔力で攻撃してザガードの注意を引き付けるから、その隙に国王を斬れ 」


「 しかし……そうなるとまたアルベルト殿が国王に攻撃されます 」

「 いや、私が横に移動すれば当たる確率は減る 」

 横に移動をする事で、ザガードの視界からコバルト殿が外れるとアルベルトは言った。



「 分かりました。くれぐれも災いの魔力が当たらぬ様に 」

「 私は……コバルト殿の英断を尊重する 」

 2人は頷き合うと……

 後ろから声がした。


「 大丈夫です! 殿下は我々が守ります 」

 見れば……

 隊長、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップがそこにいた。


 他の者は懸命にグレイを介抱していた。


「 お前ら、殿下を頼む 」

「 ラジャー! 」

 クラウドが騎士達に告げると彼等は親指を立てた。

 倒れているグレイも親指を立てた。



 そして……

 コバルトの横に、今まで跪いていた騎士達が立った。


「 殿下は我々がお守ります 」

「 お前ら…… 」

 ザガードの横にはドレイン卿達がいる。

 彼等は、ザガードに斬り掛かるコバルトを襲って来る筈だ。


 ドレインだけで無く彼等を排除しなければならない。

 剣を持っていない事だけが救いだが。



「 作戦会議は終わったのかしら? 」

 甲高い声で言うドレインが含み笑いをしている。

 しかし……

 その熱い眼差しはずっとアルベルトを見ていて。


 皆は思った。

 ここにリティエラ様がいれば……

「 私の殿下を気持ち悪い目で見るなーっ! 」

 ……って、言うだろうなと。


 皆はその可愛らしい姿と声を思い出して……

 胸がキュンとするのだった。



 よし!

 各々の準備は整った。

 皆がアルベルトの合図を待った。


 命懸けの作戦だ。

 やってみないと分からない。



「 戦闘開始! 」

「 御意 」


 アルベルトの合図と共に事態は動いた。


 アルベルトが横に移動して指に魔力を込める、ザガードもアルベルトに向けて腕を上に上げた。


 その瞬間にコバルトがザガード目掛けて駆け出した。

 手にはタイナー宰相の剣を握り締めて。



「 殺しては駄目よ~アルベルト皇太子殿下は、私の男にするんだから~ 」

 ドレインが……

 この緊張した場面にはそぐわない甘ったるい声で言った。



 その時……

 バリバリバリと、ザガード達の後ろに飾られていたザガードとドレイン卿の姿絵の真ん中から、何かが飛び出して来た。



 姿絵を蹴破って出て来たのは……




「 レティ!? 」












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