第593話 思わぬ人との遭遇

 




「 ありゃ? ケチャップのお尻が無い 」


 暗闇の中、四つん這いで前に進んでいたレティは、ケチャップのお尻だけを頼りに前に進んでいた。


「 リティエラ様、ちゃんと付いて来てるッスか? 」

「 ええ 」

「 今、ここで俺が屁をこいでもこの臭いで分からないッスよね? 」

「 キャーッ!! 止めてよ! 屁なんかこがないで! 」


 先程……

 レティが皆に掛けた肥溜め香水でこの通路はエグい臭いが充満していた。


「 ケチャーップ! こんな所で屁をこくなよ! 」

「 レティ! 公爵令嬢が屁って言うな! 屁って! 」


 ケチャップの前を行くロンやジャクソンの声と共に、ラウルお兄ちゃんの叱責する声が前の方からして来て、狭くて暗い通路でギャアギャアやっていた。


「 お前ら静かにしろ! 」

 隊長にも怒られる羽目になった。


 そんな様子を……

 アルベルトはただクスクスと笑うだけで。


「 良い関係だな 」

 コバルトは独り言ちた。



 やがて……

 延々と続く四つん這いの移動に皆は疲れて静かになっていた。


 気が付くとレティはケチャップのお尻からかなり遅れていた。

 体躯の良い騎士達に比べて、女性であり身体の小さなレティはどうしても遅れてしまうのは仕方の無い事で。


 そう言えば……

 3度目の人生の時の騎士養成所時代も、こんな風に何時も1人だけ遅れて、1人だけ取り残された。

 女である事が悲しくて……

 男になりたいとどんなに願った事か。


 そんな時に……

 グレイ班長が励ましてくれたんだっけ。



 それにしても……

 ポンコツなお兄様とレオが間にいるのに、こんなに差が開いてしまうのはどう言う事かしら?


 文官ラウルとレオナルドの2人は……

 レオナルドの後ろを進むクラウドから追い立てられていた。

 元騎士クラウドは鬼だった。



 そんな事を考えてたら……


 ゴン!

 頭に何か当たった。

 何だろうとグイグイと押せば、扉らしき物が上に上がって前に進めた。

 だからそのまま前進して行った。


 何か言えば良かったのだが……

 レティは黙々と前に前にと進んだ。

 早くケチャップのお尻に追い付こうと。

 1人だけ遅れてるのが何だか恥ずかしくて。



 またもや頭がゴンと何かに当たったので、頭でグイグイ押せば扉が上に上がった。

 レティは石頭。


 目の前に開けた部屋は明るくて……

 目が暗闇に慣れていたからレティは目を眇た。



 ここは何処?


 部屋の中を見れば……

 テーブルにはお皿やグラスなどが乱雑に置かれ、軽食を取った後があり、壁側には2段ベッドが両脇にあり、そこでは騎士服を着た男達が寝ていた。


 この部屋は騎士達の詰所で、今夜の非番である騎士達4人が仮眠を取っていた。


 成る程。

 緊急時に騎士達のいる詰所に逃げ込めば、騎士達が助けてくれると言う仕組みか。



 グガーグゴーと煩い鼾を聞いていると……

 何だか無性に腹が立って来た。


 今から……

 お前らの国が大変な事になりそうなのに……

 お前らの主君が代わるかも知れない一大事のこんな時に、お前らは何呑気に寝てんだよと。

 膝小僧に血が滲んで痛い事もあって。


 マジックアーチャーの衣装を、見た目の可愛らしさ重視で選んだ事を後悔する。



 レティはデカイ顔のリュックから肥溜め香水の瓶を取り出して……

 寝ている騎士の4人の鼻に掛けた。


「 うわー!? 」

 何だ何だと騎士達は飛び起きた。


 横に置いてある剣の柄に手を掛けて犯人を凝視すると、自分達の前には弓を手に持った女性騎士がいた。



「 お前らーっ!! 何、呑気に寝とるんじゃーっ!! コバルト王太子がご帰還よ! 国王と王太子どちらに付くか自分の頭で考えなさい! 」

 今からコバルト王太子が国王に退位を進言するのよと、シルフィード語とタシアン語のミックスになっていて。



「 殿下が何だって? 」

「 お前……何を掛けた!? 」

「 えっ? 王太子殿下は死んだ筈…… 」

「 それより、お前は何処の所属だ!? 」


 4人の騎士達が口々に叫んだ。



「 私は……マジックアーチャーよ! 」

 マジックアーチャーは……

 片足をクイッと上げて、持っている弓を構えてポーズをかました。

 そして……

 そのままバタバタと部屋を出て行った。



「 か……可愛い…… 」

「 あんな可愛い女の騎士なんかうちにいたっけ? 」

「 何処の所属か後から聞きに行こう 」

「 言葉使いが微妙だったが…… 」


 それよりも……

 何よりも……

 この臭いは何なんだ?


「 俺達は何を掛けられた? 」


 しかし……

 騎士達のぼんやりしていた頭が……

 鮮明になっていく様な感覚になっていた。




 ***




 さて……

 私はどう行けば良いのかしら?

 国王陛下の部屋は何処?


 ふむ……


「 私は……影 」

 レティは最近影に憧れている。

 秘密裏に操作する諜報員であるジャクソン・ハルビンに感化されていた。


 暫くササササと柱の陰から次の柱の陰へと身を隠しながら、その辺を探索した。


 廊下を歩いて行くと突き当たりの扉が開いている。

 何だか気になって入って行くと……

 そこは鉄格子のある牢屋だった。



「 お嬢さん 」

 その時に微かに声がした。


「 いや、貴女は騎士みたいだな。 貴女はどうしてこんな時間にこんな所に? 」

 声のする方に振り向くと……

 髭が伸び、黒髪には白髪の交じった初老の男が、ベッドに腰掛けてレティを見ていた。



 この部屋にはベッドがありトイレも衝立の奥にある様だ。

 なのでこの初老の男は貴族なのだろう。

 平民の牢屋は雑魚寝でトイレに衝立なんかは無い。


 自分が牢屋に入った経験があるから分かる事で。

 父親である宰相ルーカスには、牢屋の改善を訴えている所である。



「 貴女の素性を伺っても宜しいですかな? 」

「 私は……マジックアーチャーです 」

 可愛い騎士の姿を見て……

 初老の男はフッと笑って優しい顔になった。


「 では、マジックアーチャーさん、何やら今夜は騒がしい様ですが、貴女はそれに関係しておりますかな? 」

「 えっと……貴方の名前を聞いても良いかしら? 」

 この位の言葉なら分かるわ。


 レティはコバルトからタシアン語を習っていて。

 簡単な日常会話位なら話せる様になっていた。



「 これは名乗らずに失礼しました。私はタイナー・ト・ソラリスです 」

 ほらね。

 やっぱり貴族だったわ。


「 ………えっ!? 何ですって? タイナー・ト・ソラリスですって? 」

 驚くレティにタイナーは目を細める。


「 私をご存じで? 」

「 貴方は……ソラリス宰相ですか?亡くなって無かったのですか? 」

「 ……はい……今は宰相ではありませんが…… 」

「 コバルト王太子殿下が……そう言って…… 」

「 !?………殿下が……殿下はご無事なのか? 」



 今までベッドに座っていたタイナーがレティに駆け寄った。

 鉄格子を持つ手がガタガタと震えているからか、ガチャガチャと音が鳴って。


「 はい。生きて……我がシルフィード帝国にやって来られました 」

「 ……おお……殿下…… 」

 殿下がやり遂げてくれたと言って、タイナーはズルズルと床に崩れ落ちた。

 床に手をついて嗚咽する。



「 では……もしかして……皇帝陛下にお目通りが叶ったんですか!? 」

「 はい、だから……アルベルト皇太子殿下がお見えになっておりますわ 」

「 ………そうですか……殿下が……シルフィード帝国の皇太子殿下を…… 」

 タイナーは暫く俯いて涙を流していたが、急に顔を上げた。



「 では……今夜……決行するのですか? 」

「 はい、王太子殿下はもう国王陛下と対面なされてると思います 」

「 何と…… 」

 タイナーは固く両手を握り締めた。


「 私をここから出して下さい! 」

 直ぐに行かなければならないのだと言ってレティを見つめた。

 タイナーは今までと顔付きが変わった。



「 鍵は何処にありますか? 」

「 監守が持ってる 」

 監守はこの時間は平民の入る牢屋を巡回中だと言う。


「 待ってて下さい! 」

 国王は魅了の魔力に操られているに違いない。

 魅了の魔力使いを処刑したら……

 それで全てが上手く行くかも知れないのだから。


 レティは踵を返して牢屋から出て行った。



 何か鍵を壊す物……

 大きな石があれば。


 外に出て大きな石を探していると……

 人影が見えた。


 監守が見回りから帰って来たんだわ。


 ええい!

 こうなったら監守にドロップキックをかまして鍵を奪うしかない!


 レティは柱の陰に潜んで、人影が近付いて来るのを待った。


「 おい! 何でお前がここにいるんだよ? 」

「 えっ!? 」


 柱から顔を覗かせ、声の主を見て目を見張った。




「 ジャック・ハルビン!? 」













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