第592話 国王と王太子

 




「 そんな馬鹿な…… 」

「 ここまでの通路は1つだけだったぞ 」

「 一体何処に消えたと言うのだ? 」


 それに通路の入り口には騎士を2人見張りに立たせている。

 ケチャップをもう1度通路に戻らせ、その2人の騎士に確認したが、誰も出て来ていないと言う。


 忽然と消えたレティに皆は顔面蒼白になった。


「 殿下……申し訳ないッス。俺が……後ろにもっと気を遣っていれば…… 」

 項垂れたケチャップの声が震えた。



「 殿下、リティエラ様は……あの時みたいに真っ直ぐに進んだのでは? 」

 クラウドの言うあの時とは……

 流行り病が流行った時に、レティが単独で港街に向かい迷子になった時だ。


「 だろうな 」

 ここに辿り着くまでに何度も角を曲がった。

 きっと何処かを真っ直ぐに進んだのだろうと


 レティは方向音痴で、兎に角真っ直ぐに進む傾向がある。

 本人には自覚は無いが。



「 通路の何処かに隠し扉があったのかも知れない 」

 コバルトが言う。

 3年前には無かったが、新たに作られているのかも知れないと。


「 今からその場所を探し出して、リティエラ様を追跡しますか? 」

「 俺が行きます 」

 クラウドがアルベルトに話していると、グレイがそう言って直ぐに階段を下りようとした。



「 いや……今、他の場所に行くのは危険だ。このまま任務を遂行する 」

「 しかし…… 」

「 時間が無い。このチャンスを逃せば、間違い無く父上は戦争を決断する 」

 今も水面下では戦争の準備をしている筈だ。



「 しかし殿下! リティエラ様をこのままにしておくのは…… 」

「 グレイ!止めるんだ! 」

 隊長が、それでもと食い下がるグレイの肩を持って止めた。


「 グレイ! 冷静になれ! 我々は殿下がお決めになった事を遂行するだけだ! 」

 1番探しに行きたいのは、他の誰でも無い殿下なのだと言ってクラウドがグレイを嗜めた。


 ハッとしたグレイは……

 アルベルトの辛そうな顔を見てぐっと拳を握り締めるのだった。

「 ……はい…… 」



 そうだ。

 誰よりも探しに行きたいのは殿下ご自身だ。

 あれ程に大切にしているリティエラ様なのだ。


 皆は……

 皇太子としての行動をしようとする主君に、胸がエグられそうになった。



「 大丈夫だ! 俺の妹は普通の女じゃ無い 」

「 そうだ! レティは持ってる女だぜ 」

「 あいつは転んでもただでは起きない奴だ 」

「 ああ……きっと 」


 お土産を持って現れるさと、ラウルはアルベルトの肩を叩いた。

 まるで自分にも言い聞かせる様に。



 まだこの人生が続いていると言う事は……

 レティが生きている証だ。



「 さっさと終わらせてレティを探しに行く! 」

「 御意 」


 アルベルトは帯剣している聖剣の柄を握り締めた。




 ***




 この先に父上がいる。


 そう思うと手が震える。

 コバルトは衣装部屋の扉を静かに開けた。


 すると……

 灯りが灯った国王の部屋には、紫のローブを着た者達がズラリと並んでいた。

 頭にはフードを被っていて皆の顔が見えない。



「 !? 」

 どうやら気付かれていた様だな。


 アルベルトは目を眇めて彼等を見つめている。

 グレイや騎士達が剣を抜いてアルベルトを取り囲み、その後ろにラウル達が並んだ。



「 中々出て来られ無いので心配しましたわ 」

 フードを被った者の声は甲高いので女なのだろう。

 彼女はシルフィード語が話せる様だ。


「 貴方方が我が国に侵入した事は、早くから分かっていたわ 」

 今のタシアン王国には旅人はやって来ないのだから、この旅の集団が目立つのは当然の事で。

 バレていないと思っていたのかと、フードを被った者達がクスクスと嘲笑う。

 


「 コバルト王太子殿下……よくぞご無事で。そして……シルフィード帝国の皇太子殿下、ようこそ我が国へ。私の名はネフィーネ・ト・ドレインですわ。以後お見知りおきを 」



 彼女がドレイン卿。


 フードをパサリと取って自分の名を告げた女は……

 タレ目が妖艶で、唇はポテッとしていて、歳は30歳前後の美しい女性だった。



「 そして……この方がザガード・セナ・ト・タシアン。タシアン王国の国王陛下でございます 」

 フードを被った者達全員がザガード国王に頭を垂れた。


 中心にいる背の高い男がフードを取ると……

 露になった顔に目を見張った。


「 ………父上……… 」

 コバルトはザガード国王を見て唇を噛んだ。



 ザガードの形相はもはや人では無かった。

 青白く痩せこけた頬に、目だけがギョロリと飛び出ていて。

 塔から出された時に見た父の顔よりも、更に不気味な顔になっていて……


 アルベルト達はもうこれは無理だと思い、コバルトの顔を見た。

 この様な人では無い者に政治なんか出来る訳が無い。



「 父上! 私は父上を退位させる為に参りました。政治をしない国王に国民は失望しております。父上が退位したタシアン王国は、私が立派に治めて行きます! 」


 だから……

 このまま退位をして、余生を静かにお送り下さいと、コバルトはザガードに頭を下げた。


 ハハハハハ……

 ザガードが不気味な声で笑う。


「 何を言う。余は念願の魔力使いになれたのだ。これから世界を牛耳るのは我が国。そなたが余と同じ魔力使いになれば、更に我が国は最強になるのだぞ 」


 コバルトは目を伏せて項垂れた。

 もう……

 父上はどうにもならない所まで来てしまっているのだと。



「 それよりも……アルベルト殿、そなたが自らここに来てくれるとは……余はそなたを歓迎するぞ 」

 雷の魔力使いを探していたのだと。


「 我が国にいた雷の魔力使いが死んでしまったから、代わりの雷の魔力使いを探していましたのよ 」

 雷の魔力使いは……

 国境である山にトンネルを作らせた際に、魔力切れで死んでしまったのだとドレインが説明した。



「 お前達……何て事を……魔力使いは国の宝なんだぞ! 」

「 本当に……ちょっと無理をさせ過ぎましたわね 」

 フフフと手を口に当てて可愛らしく笑い更に言葉を続けるが、彼女の甲高い声がだんだんと耳障りになって来る。



「 雷の魔力使いがいないと、陛下が災いの魔力使いになれなくて困っていましたのよ 」


 雷の魔力使いが死んでしまった事から、ザガードの身体に埋め込まれた雷の魔石の魔力が欠落しているのだと言う。



 魔力を魔石に融合されて出来た魔石は、永久的な物では無い事から、定期的に魔力を融合させる必要がある。

 錬金術師達が定期的にメンテナンスを行っているのが、その為である。



 今はザガードは災いの魔力は使えないって事か。

 だったら好都合だ。


 俺の魔力で気絶させてやる。


 シルフィード帝国の皇太子だと身バレすると後々の問題になっては厄介だからと、雷の魔力を使わないつもりでいたが。

 もうバレているのだから構わない。


 早く終わらせてレティを探しに行きたい。



 アルベルトは気付かれ無い様に指に魔力を込める。

 その時に……

 フードが脱げてアルベルトの顔が露になった。


 黄金色に輝く髪はサラリと揺れ、アイスブルーの瞳を持つ顔は彫刻の様に美しく……

 世界中の誰もが欲する皇子がシルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下なのである。



 ドレインが目を見張る。

 フードを被った者からは感嘆の声が漏れた。

 中には女性もいるのか、キャアっと歓びの声が聞こえる。


「 噂通り……いえ、それ以上だわ 」


 アルベルトのオーラは姿絵では分からないもので。

 初めて彼を目にした者は……

 一瞬にして恋に落ちてしまう。


 レティは常々思っている。

 アルベルトこそが魅了の魔力使いでは無いのかと。

 レティも学園の入学式の時に恋に落ちたのだから。



 アルベルトを見つめるドレインの瞳が熱く潤む。


 欲しい。

 皇太子を魅了して私の虜にする。



 ドレインがいきなり腕を上げ、アルベルトよりも早く魅了の魔力を放出した。

 ピンク色の魔力だ。


「 魅了の魔力!?」

 しまった!

 グレイ達が操られてしまう。


 アルベルトには魅了の魔力は効かないが……

 グレイ達が操られたら、雷の魔力で気絶させる手筈になっている。


 騎士達が操られると、かなり厄介な事になるのはグレイの実験で実証済みで。



 ピンク色の魔力は、アルベルトと彼を取り囲むグレイや騎士達の頭上に広がった。

 辺りに魅了の香りが広がる。


「 お前は他の者に縄を打ちなさい 」

 ドレインがグレイに指を差して命令をする。


 それを聞いて……

 アルベルトが魔力の込められた指をグレイに向けた。



「 貴様……何をほざいてるんだ! 」

 グレイが剣先をドレインに向ける。

 口の悪い騎士達も次々に暴言を吐いて。


「 えっ!? 」

 更にピンクの魔力を放出し、辺りに魅了の香りが充満したが……

 皆の身体は肥溜め香水でしっかりとバリアが張られていた。



 臭い。


「 何なの? この臭いは? 」

 フードを被った者達が、ガサガサと辺りの臭いを嗅ぎ回っている。


「 おかしいわ! 何故私の魅了の魔力が効かないの? 」

 ドレインが慌てふためいている。



 アルベルトはクックと笑った。

 凄い。

 レティの肥溜め香水は、魅了の魔力を寄せ付けなかった。


 そして……

 魅了の魔力が香りだと言う事が判明した。



「 ドレイン卿! 奴らからは凄く臭いにおいがしております 」

「 魅了の魔力は鼻が馬鹿になると効かないのか!? 」

「 その様ですね 」

 フードを被った者とドレインがこそこそと話をする。


 魔力は……

 誠に摩訶不思議な力で。

 魔力使い本人でも、その能力の事がよく分かってはいないのである。



「 今度はこっちの番だ! 」

 アルベルトは雷の魔力を放出した。


 雷は……

 黄金の光を発してザガードやドレイン達に飛んで行く。


 しかし……

 雷の魔力は、手をかざしたザガードの掌に吸収されて行った。


 ザガードがニヤリと不気味な笑いをしている。



「 なっ!? 」

 魔力が消えた?


「 アル! ザガードは雷の魔力を吸収して、災いの魔力を作ろうとしてるんだ! 」

 お前を歓迎すると言ったのはその為だと言って、ラウルが次の魔力を放出しようとするアルベルトを止めた。



「 アルベルト殿、どんどん魔力を放出してくれたまえ 」

 ハハハハハと笑うザガードは、庇うようにドレイン達の前に立った。


 良く見ると……

 雷の魔石がザガードの掌に埋め込まれていた。


「 くそ! 」

 アルベルトは魔力を込めている手を下げた。



「 父上! ご決断を! 」

 コバルトの言葉に、騎士達が一斉に剣先をザガードに向けた。


 ザガードとドレインは踵を返し国王の寝室から出て行った。

 他の者も後に続く。


「 出合えー! 曲者だ! 直ちに捕らえろ! 」

 ザガード国王の声に騎士達が駆け付けて来る。



「 私はコバルトだ! 今から邪魔なドレインを処刑し、国王を……私が国王になる! 私に刃を向ける者は謀反を働いた者として斬り捨てる! 」

 ザガードの後を追うコバルトが、駆け付けて来た騎士達に向かって叫んだ。



 逃げるドレインが集まって来る騎士達に魅了の魔力を放出した。


「 お前達! コバルト王太子を殺っておしまい 」

「 俺達が殺るのはお前だ! 」

 騎士達はドレインに剣先を向けた。


「 こいつらも臭い! 」

 ドレインがそう言いながら駆けて行った。



「 殿下……生きておられた 」

「 無事なご帰還何よりです 」

「 よくぞご無事で…… 」

「 崩御されたとばかり…… 」

 4人の騎士達は涙ぐみながらコバルトの足元に跪いた。


「 お前達……臭い 」

 4人の騎士達からも凄い臭いがする。



 アルベルトは身体が震えて来るのを押さえながら彼等に聞いた。


「 そなた達……その臭いは? どこで? 」

「 マジックアーチャーと名乗る女騎士に掛けられました 」


「 レティだ!! 」



 駆け寄って来た皆がワッと歓声を上げた。


「 良かった……無事だった 」

「 な? あいつはただでは起きないだろ? 」

「 くそ~やってくれるぜ! 」



 そのマジックアーチャーは、いきなり騎士の待機室にやって来て、寝ている騎士達に肥溜め香水スペシャルを掛けた。


「 コバルト王太子がご帰還よ! 国王と王太子どちらに付くか自分の頭で考えなさい! 」

 ……と、言う様な事をカタコトで言って走り去って行ったのだと、騎士達が言う。



「 殿下! 我々にご命令を! 」

 コバルトは騎士達を見て涙ぐんだ。


 ずっとアルベルトが羨ましかった。

 あれ程の家臣達がいる彼が。

 コバルトは涙をぐっと飲み込んで大きく息を吸った。


「 ドレインとその一派を一人残らず捕らえよ! 」

「 御意! 」



 コバルトと騎士達がザガードとドレイン卿達を追って駆けて行った。

 その後をグレイ達シルフィード帝国の騎士が追って行く。


「 お前ら! 深入りはするなよ! 」

「 御意! 」

 我々は……

 コバルトと家臣達が成し遂げるのを見届けるだけで良いのだから。



 ラウルがアルベルトの肩を叩いた。

 良かったと言って。


「 なあ、ラウル……俺はお前の妹に心底惚れてる 」

「 何を今更 」

「 早く抱き締めてキスしたい 」

「 おい、俺の前では止めてくれよ! 」

「 何を今更 」


 安堵した2人は……

 笑い合って皆の後を追い掛けて行った。











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