第591話 消えた公爵令嬢


 




 タシアン宮殿はシルフィード宮殿と違って、王宮と王太子宮は離れた場所にあった。

 2つの建物は広い回廊で繋がれており、当然ながら王宮の玄関には警備の騎士が2人立っている。


 回廊の柱の影に潜んでいるグレイが行こうとしたが、コバルトが待ったを掛けた。


「 私が行く 」

 コバルトはエンジのチュニックに深紅のマント姿。

 深紅のマントを翻して堂々と王宮に向かって歩いて行った。


「 誰だ! 名を名乗れ! 」

 剣を抜き構える騎士達に、柱の影に潜んでいるグレイや騎士達も剣の鍔を握り直した。


「 主が自分の城に帰って来ただけだ! お前達剣を納めよ。 無礼であるぞ! 」

 騎士達は固まった。


 そして彼等はコバルトに向かって走り出した。

 グレイが素早く走り出てコバルトの前に立った。

 ジャクソン、サンデー、ロン、ケチャップが続く。



 すると……


「 殿下! ……殿下…… 」

 騎士達は剣を捨ててグレイの前に跪いた。


 騎士が剣を捨てる事は死を意味する事。

 彼等は斬られるのを覚悟でコバルトに駆け寄ったのだ。


 グレイ達は構えていた剣を下ろして、コバルトの後ろに下がった。



「 殿下……生きておられた…… 」

「 生きて……ご無事で…… 」

 騎士の2人は両手を地面に付いて泣き伏した。


「 ボルグ、ニール……久しいの 」

「 殿下…… 」

 オイオイ泣いている2人の騎士はコバルトの小さい頃からの護衛騎士だ。


 命を賭してずっと自分を守って来た彼等を、コバルトは疑う事は無かった。



 彼等は宰相タイナーからコバルト王太子を、逃がす計画を聞いていたと説明した。

 シルフィード帝国に向かわせる為にと。


 もう……

 自分達ではどうにもならないのだと言って。

 コバルトの腕に国王と同じ魔石を埋めれた時に、王太子殿下までもを国王と同じにさせる訳にはいかないと、命懸けで逃がしたのだと。


 やはり……

 宰相はその後捕らえられ処刑されたと言う。



 因みに……

 コバルトと騎士達のやり取りはずっとレオナルドが同時通訳をしている。

 今、この場でタシアン語が話せるのはアルベルトとレオナルドだけで。

 レティもコバルトからタシアン語を習ってはいたが……

 まだ話の内容までは分からない。




「 殿下……腕の魔石は? 」

「 医師である彼女に除去して貰った 」

 その時初めて2人の騎士は周りを見渡した。


 そして……

 1人の背の高いローブの男に視線が止まった。


「 この方は? ……まさか…… シル……」

「 私達は通りすがりの旅の者だ! それ以上の詮索はご無用に願いたい 」

 アルベルトは2人の言葉を遮った。



 2人はアルベルトを見て跪いた。

 暗くて顔が見えなくても分かるそのオーラ。

 力強く澄んだ迷い無き声。

 彼を囲む様にして立っている者達は変装していても分かる。

 彼等は主君を護る騎士。


 彼は紛れも無くシルフィード帝国の皇太子殿下。



「 おお…… 」

 我が国の為に……

 殿下が……お連れになってくれたと。

 

 2人は号泣した。


 それを見て、シルフィード帝国の騎士達は泣いていた。

 勿論、マジックアーチャーリティエラは誰よりも号泣して。



 何処の騎士も熱過ぎる。

 しかし……

 騎士達に交じって1番号泣しているあいつは何なんだと。

 ラウルとレオナルドは呆れていた。




 ***




 騎士達の話からザガード国王やドレイン卿の様子が分かった。


 ドレイン卿やその一派は……

 何と王宮に住んでいると言う。

 王宮のお金で……

 即ち税金で、家族も住まわせて贅沢三昧していて、夜な夜な宴を開いているとか。


 国民はコバルト王太子の御代に希望を持っていたが、崩御したと伝えられた事から、それも叶わなくなり絶望しているとか。



「 これは……革命が起きるのも時間の問題だな 」

「 それを防ぐ為に、恐怖政治をしているのだろう 」

「 国王が魔力使いになろうとしているのもその為か…… 」

「 確かに……魔力使いは最強だからな 」

 クラウド、ラウル、エドガー、レオナルドがアルベルトを見た。



 そんな事をしなくても……

 普通に政治をすれば良いだけの事なのに。

 タシアン王国がどんな国だとしても、シルフィード帝国と変わらない歴史のある王国だ。

 今までも普通の政治はして来た筈なのに。


 政治に関心が無く、国民に関心も無い者達が、政権を握るとそんな事になってしまう。

 悪いのはそんな者達を側に置いたザガード国王自身なのである。



 長らく病に臥せっていた父親である国王を亡くし、最愛の王妃をあまりにも突然に呆気なく亡くしたザガード国王。

 その悲しみには同情はするが……


 そして……

 その弱った心の隙に入り込んだのがドレイン卿で。

 改めてドレイン卿への憎しみがコバルトの胸に宿るのだった。

 魅了の魔力で国王を操っているのなら尚更な事。



 門番をやらされていた騎士達は王太子就きの護衛騎士だった。

 言わばエリート騎士だ。

 その彼等が門番をやらされているのだ。

 クラウドが門番をしている様なもので。


 コバルトが幽閉されていた3年間は、彼等にとっても辛く厳しいものだった。

 抗う者は皆、処刑された。



 彼等は……

 コバルトが幽閉を解かれ出て来た時の為に生きていた。

 その時に王太子を護る為にと。

 ドレイン卿の靴を舐める様な屈辱にも耐え忍んで来たのだと言う。


 そう……

 この日この瞬間の時の為に生き長らえて来たのだ。

 コバルトが崩御したと聞いたこの一月余りは、彼等は打ちひしがれていたと言う。



「 殿下……よくぞご無事で…… 」

「 生きて戻られて…… 」

 また、2人は号泣した。


 そして振り出しに戻る。


 またもやシルフィードの騎士達も、マジックアーチャーリティエラも号泣している。



「 おい! 時間が無いんだぞ! 」

 業を煮やしたラウルが我が主君を見れば……

 甘い顔をして妹の涙を拭いていて。


 エドガーとクラウドも泣いている。

 何時もは冷静なグレイも。

 いや、元来彼が1番熱い男なので。



「 こいつら言葉も分からないのによくこれだけ泣けるよな 」

 同時通訳をしているレオナルドが呆れた顔をする。


 ラウルとレオナルドは文官だ。

 ここにいる騎士達の熱さにはついてはいけない。


 そもそも深夜なのに……

 この脳筋達は五月蝿過ぎて大丈夫なのかと不安になる。



 すると……


「 うわっ!? 」

「 何するんだーーっ!? 」

 騎士達の声にならない叫び声がした。


「 お前ら五月蝿いぞ! 」

 さっきから何なんだと言ってイライラするうラウルの鼻にも、シュッっと冷たい物が掛けられた。


 さっきまで号泣していたレティが、シュパパパパと皆の前を通り過ぎて行く、

 香水の瓶を手にして。



 臭い!!

 臭過ぎる。


「 レティ!? お前ーっ! 」

「 何だこれはーっ!? 」

 皆が鼻に手を当てて、臭いを払うようにしている。


「 必殺! 肥溜め香水スペシャル ~ 」

 あの時、アルベルトに掛けた『 肥溜め香水 』は更なる進化を遂げていた。


 臭いなんてもんじゃ無い。

 鼻がもげそうだ。


「 宮殿には魅了の魔術師がいるのよ! 惑わされない様にしなきゃ! 」

「 レティ! それは良い考えだ。相手は人の心を操る輩だからな。効果があるかは分からないが、対策をするに越したことは無い 」

 アルベルトはのたうち回る皆を見てニヤニヤと笑っている。


 レティはコバルトにも容赦無く掛けた。

 2人の騎士が慌てて咳き込むコバルトに駆け寄って。



「 これってアルに掛けた時よりも強烈になって無いか? 」

 エドガーは逃げ様とするレオナルドを押さえ付けて、レティに肥溜め香水を掛けさせて。


「 エド! レティ!……お前ら…… 」

 オェーーッ!!

 繊細なレオナルドは気を失いそうになっている。


 そして……

 それを見て他人事の様にケラケラと笑っているアルベルトにレティは顔を向けた。


 怖い。


 レティはジリジリとアルベルトに向かって距離を詰めて行く。

 手には肥溜め香水の入った小瓶を持って。

 以前に掛けられた時は、その後2、3日は鼻がおかしかった事を思い出す。



「 お……俺は魅了の魔力が効かないから、掛けなくても良いからね 」

 両手を胸の前に広げて、待ったの姿勢を取るアルベルト。


 シュッ!!

「 うわっ!! 」


 シュッ!シュッ!

 レティはアルベルトには3回掛けた。


「 レティーっ!! 止めろーっ! 」



 宮殿の女が寄って来ません様に。




 ***




「 なあ、俺達が潜む意味はあるか? 」

 王宮に侵入した皆は顔を見合わせた。


 何十メートル先でも、この臭いでバレてしまうぞと、レティを恨めしそうに見た。


「 この宮殿には魅了の香水の匂いが充満してるわ! 」

 レティは1度目の人生では、お洒落番長を自負する程にお洒落の勉強をした。

 知らない香水など無い。

 たとえ知らなくても1度その匂いを嗅いだら絶対に忘れない。



 宮殿に漂う香りは……

 間違いなくあの魅了の魔術師兄妹のアイリーンが付けていた香りだ。

 アイリーンとラブシーンを演じた後の、アルベルトから香った香りなのだ。


 思い出したら胸がチクリと痛んだ。



「 この肥溜め香水スペシャルは、魅了の香水には効き目があるんだから 」

 ……とレティはその効果に自信満々で。

 あの大っ嫌いなドナルド医師で実験済みなのだ。



 王宮に入ると深夜だけにシーンと静まり返っていた。

 先程の玄関前での騒ぎは気付かれ無かった様で。

 1月の寒い冬なので、窓がしっかりと閉められている事が幸いした様だ。


 一行は足音も立てずにコバルトの後に付いて行く。

 コバルトは国王の寝室に通じる秘密の通路に向かっているのだ。

 ラッキーな事に見回りの騎士達と出会う事も無かった。



 王太子の秘密の通路は彼の寝室に繋がっているだけだったが、国王の秘密の通路の入り口は寝室と、大広間に続く控室にある。


 緊急時に咄嗟に2階にある寝室に行けない場合がある事から、用心の為に1階にも作られていると言う。



「 確かここに…… 」

 秘密の通路の場所は聞かされてはいたが、実際に通るのは初めてで。


 コバルトは控室に入ると、部屋に掛けられているタペストリーを捲った。

 一見普通の壁だったが手で押すと壁が動いた。


 そこが王宮にある秘密の通路の入り口。

 寝室からの通路とこの大広間からの通路が途中で合流して、王宮の外に出られると言う仕組みだ。



 入り口はハイハイをして通らなければならない低さ。

 壁と壁の間に作られている事から、幅も1人がやっと通れる広さだ。


 先頭をグレイが進み、その次にアルベルト、コバルト、エドガー、ラウル、レオナルド、クラウド、隊長、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップの順に皆がハイハイで進んで行く。


 第1部隊の騎士達は20名程いたが……

 見張りと退路の確保の為に、あちこちで待機させている事から、ここを進むのはこのメンバーになった。


 グレイがいれば、そんじょそこらの騎士の相手なら楽勝で。

 何よりも最強の魔力使いがいるのだから怖いもん無しだ。



 皇子様がハイハイしている。


 レティはニヤニヤが止まらない。

 あの背の高い立派な体躯の皇子様が、赤ちゃんみたいにハイハイをしているのだ。


「 リティエラ様、次に行くッス 」

 ケチャップがレティに入る様にと手を広げた。


 しかし……

 流石に騎士達の前を進む訳には行かず。

 レティは1番後ろを付いて行った。

 ケチャップにずっとお尻を見られるのは耐えられ無い。



「 レティ! 大丈夫か? 」

 ちゃんと付いて来るんだぞと、前を行くアルベルトが小声で言う。


「 大丈夫よ! 」

 四つん這いで進む事からカンテラも持てない。

 そんな暗い中、後ろから来ているレティの可愛らしい声に安堵する。



 何度か角を曲がりながら進んで行くと小さな部屋に出た。

 階段があるだけの空間だ。

 階段上には扉があって隙間から少しだけ灯りが漏れている。


「 この上が多分父上の部屋だが…… 」

 いきなり国王の部屋では無い筈だとコバルトは言う。

 多分物置か何かの部屋だろうと。



「 ……グレイ!慎重に上れよ 」

「 はっ! 」

 グレイは床板を押し開けた。


 部屋はコバルトの言う様に衣装部屋だった。

 皆が階段を上がり終えると伸びをしている。

 結構な時間を四つん這いで進んだのだから、身体がギシギシと痛む。

 ラウルとレオナルドはヘトヘト状態で床に座り込んでいる。


 こんな訓練もする必要があるなと、隊長とグレイがヒソヒソと話をして。



「 リティエラ様!? 」

 通路を覗きながらケチャップが叫んだ。

 しぃ~っとロンが慌ててケチャップの口を塞ぐ。


「 レティがどうかしたのか!? 」

「 リティエラ様が出て来ないッス 」

 ケチャップの後ろから付いて来ている筈のレティが、通路から出て来ない。


 ケチャップが慌てて通路に入って行った。

 通路は暗い。


 すると……

 皆が階段下を見つめる中、お尻から戻って来たケチャップが、泣きそうな顔をして上から覗くアルベルトを見上げた。



「 殿下……リティエラ様が……消えたッス 」


























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