第590話 潜入

 




「 コバルト殿……改めて問う。貴殿はこれからどうしたい? 」

 アルベルトがコバルトに言った。


「 私は……私が国王になって我が国を建て直したいと言う気持ちは変わりません 」



 王都までの道すがら……

 タシアン王国の街や人々を見たり接する事となった。


 道はガタガタで、馬車を置いてきて良かったと思う程だ。

 田や畑は荒れていてこれでは作物は実ら無い。

 最早災害が起こったレベルの収穫だ。



 タシアン王国の気候はシルフィード帝国と同じ筈なのだが……

 土を肥やさなければ良い作物は育たない。


 ウォリウォール領地の広大な田や畑を見て育ったラウルとレティはその違いに驚愕した。

 冬と言えども……

 タシアン王国の土地は見るからに痩せているのだ。



 人々には精気が無く……

 これは以前見た元ボルボン領地よりも酷い有り様だった。


 そう……

 領主がボンクラなだけでも領民達は苦しんでいたのに、国王が政治をしないとこんなにも国は荒れ果てるのだ。


 結果……

 国民が苦しむ事になる。



 ドラゴンの襲撃で壊滅的な状態になっていたサハルーン帝国でさえ、もっと活気があった。

 人々は前を向いて歩いていたのだ。



 アルベルトは思った。

 父達の偉大さを。

 彼等がきちんと政治をしているからこそ、シルフィード帝国は栄えているのだと。


 アルベルトだけでは無い。

 ラウル、エドガー、レオナルドも、やがて自分達が担うシルフィードの国を思い、改めて肝に銘じるのだった。



 そして……

 タシアン王国の街にはあらゆる所に半旗が掲げられていた。

 王国旗の半旗は王族が崩御した時に掲げられるものだ。


 街の人に聞けば……

 王太子コバルトが崩御したからだと悲しんでいた。



 タシアン語が話せるレオナルドが、宿屋に泊まった時に収集して来た話によると……

 コバルト王太子は長らく病気療養していたが、回復する事無く、そのままこの世を去ったと言う事になっているらしい。


 因みに……

 タシアン語の話せるアルベルトも聞き込みに行こうとしたが。

 アイスブルーの瞳に派手なパッ金姿は、いくらフードを被っていても目立ち過ぎるとレティにダメだと言われたのだった。


 それで無くても泊まる先々では、女中達がキャアキャアと騒いでいたのだから。



「 もう……我々には一縷の望みの欠片も無くなった 」と人々は肩を落としていた。


 国民は……

 コバルト王太子殿下の御代になればと耐えていたのだ。



 そんなタシアン王国の街の様子や国民達を見て、アルベルトは改めてコバルトに聞いたのだった。


「 アルベルト殿……我が父が愚かな国王だと言う事は身に染みて感じている。私は必ずや国王になって国を立て直します 」


 しかし……

 父の処罰は、父と会って話をしてからにして頂け無いかと言ってコバルトは土下座をした。



「 皇帝陛下を欺くつもりは無い。しかし…… 」

「 分かった。国王が操られている可能性があるならば、処刑以外に何らかの解決法があるかも知れない 」


 潜在意識を持たずに国王を見極めたいと言って、アルベルトは土下座をするコバルトを立たせた。


「 しかし……コバルト殿が国王になる事が条件なのは変わらないぞ 」

「 その意に感謝します 」




 ***




 一行は、宮殿から少し離れた所に建っている普通の民家の前にいた。

 乗って来た馬はここに繋いだ。

 今は馬がいないが……

 逃走出来る様になっているので厩舎は広かった。



「 こんな所に…… 」

 コバルトから前もって秘密の通路の話を聞かされてはいたが。

 実際に来てみると、本当に何の変哲も無い普通の民家だった。

 だからこそバレないのだが。



 流石に民家の鍵は持っていないので、グレイが鍵を壊しコバルトが中に入った。

 その後に付いて行く。


 家には変装をして逃げる時の為に、着替えや靴などが置いてあった。

 これに着替えたらもう分からないかもねと言いながらクローゼットの中を見ると……

 ピエロの服も置いてあって。


「 余計に目立ちますよね、これ 」

 ロンとケチャップが自分の胸に当てて鏡を覗き込んでいる。


 レティは……

 ケチャップからピエロの服を取り上げて、クローゼットにしまいながらアルベルトを見た。


「 我が国は無理よね? 周りが堀なんだから 」

「 俺らは子供の頃に発見したけどな 」

 エドガーがラウルとレオナルドに目配せをして、ニヤリと笑った。


 子供の頃に4人で秘密の通路を探し出して、皇帝陛下に大目玉を食らった苦い思い出がある。


 勿論、その後直ぐにその抜け道は封印されたが。



 皇族だけが知る秘密の通路。

 レティはワクワクしていた。


「 結婚したら私にも教えてくれる? 」

「 結婚したらね 」

 2人は甘く見つめ合ってイチャイチャし出した。

 いつの間にか手を繋いでいて。



 騎士達が秘密の通路の入り口を探している。


「 床に隠されているのか? 」

 グレイがそう言って屈んで床を見ると、騎士達が一斉に床を這いつくばる様にして探し出した。


「 床なんて定番過ぎるわ 」

「 『 魔法使いと拷問部屋 』で読んだよな 」

 ラウルとレオナルドもうんうんと頷いている。


「 あの本に書かれている様な場所は駄目なのよ 」

 グレイ班長も『 魔法使いと拷問部屋 』の本が面白いから読んでみてと。

 コバルト殿下が読んだ後に本を回すわねと言って。


 レティはあくまでも回し読み推しだ。



 秘密の通路は何と厩舎にあった。

 時間が無ければそのまま逃走出来る事を想定してとコバルトは言う。


 厩舎の物置の扉を開けたら階段があり、階段を下りたら小さな部屋があり、扉を開けたら通路があった。


 真っ暗な通路を、グレイがカンテラを持って先頭を進んで行く。

 ここにいる男達は全員背が高いので、頭を低くして歩きにくそうにして。


 コバルトも流石に世界ナンバー3位の王太子である。

 ラウルよりも少し背が低いがかなりの身長だ。


 背の低いレティが……

 自慢気にスイスイと行ったり来たりして歩いているのが、うざいと思うラウル達だった。



 人が1人通れる位の狭い通路をひたすら歩いて、階段を登って辿り着いた先は王太子の部屋。

 つまりコバルトの部屋だ。


 皆は大きな鏡の後ろからぞろぞろと出て来た。


 国王の部屋にも秘密の通路があると言う。

 これはシルフィード帝国でも同じだが。


 ただ……

 シルフィード帝国の宮殿には、2ヶ所だけで無くまだ幾つかの脱出用の通路があるらしいが。



 部屋にある調度品には全て白い布が掛けられてあった。

 3年間も使われていなかった部屋にしては埃などが無い事から、誰かが定期的に掃除していてくれたのだと分かる。



 誰もいないのが好都合だった。

 この部屋で深夜になるまで待機出来るのだから。


 深夜、皆が寝静まった頃に国王のいる王宮に忍び込み、夜明けと同時にコバルトの国王の即位を国民に宣言する算段だ。


 国王を説得しても退位させられ無かったら……

 コバルトの手で国王を処刑する。


 そして……

 コバルト王太子と分かった上で反旗を翻す者は、全てその場で斬り捨てる。


 最終的にその様に決まった。

 勿論、ドレイン卿は必ずやコバルトの手で始末する。

 これは……

 他の誰でも無いコバルト自身が言い出した事で。


 あいつが来てから父上は変わった。

 あの魔術師は絶対に許さない。


 彼は……

 魔石が埋め込まれた腕に手をやった。




「 良いか……お前達の主君はこの私だ! 命を賭して守らなければならないのは私とレティだ! そして私が守るのはお前達だ! 」


 アルベルトは……

 第1部隊隊長、そして騎士達20人の目を1人1人見据えた。


「 タシアン王国の為に犠牲になる必要は無い! お前達は私の……シルフィードの大事な家臣だ! 」


 アルベルトはそれをコバルトの前でキッパリと言い切った。



 シルフィード帝国の騎士達は、シルフィード帝国の為に戦えば良いと。


 シルフィード帝国に害を成し、皇太子の命を狙うタシアン王国のザガード国王とドレイン一派の討伐に来ただけで、タシアン王国の為に命を掛けて戦う必要は無いのだと。



「 敵は王宮にあり!! 皆、心して掛かれ!! 」

「 御意! 」

 騎士達が聖剣を上に掲げたアルベルトの前に、ザザザッと跪いた。



 アルベルトの言う事は最もな事で。

 コバルトは主君と家来の強い絆に感動していた。

 その反面……

 仲間のいない自分のあまりにも孤独な境遇を目の当たりにして目を伏せた。


 すると……


「 大丈夫ですわ。コバルト王太子殿下も守りますわ! 私達はもう仲間なのですから 」


 レティがを持ってニッコリと笑うと……

 アルベルトは振り返ってコバルトに微笑み、騎士達は笑って親指を立てた。



「 …………感謝する…… 」


 そうだった。

 あの、『 魔法使いと拷問部屋 』の本を貸して貰う約束をしたのだ。

 アルベルト殿の次に。

 私の次はグレイ騎士で……


 コバルトはクスリと笑った。



 こうして……

 騎士達は剣を抜き、王宮に侵入して行った。















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