第589話 彼女はヒーラー

 




 トンネルの入り口は深い森に隠されていて、コバルトが道に迷ってここに入らなければ、彼は山越えをする事になり、野垂れ死にしていた事だろう。


 12月の山頂は既に雪が積もっており、馬に乗って移動する事は困難な事だった。


 雷の魔力使いによって掘られたこのトンネルがあったからこそ、コバルト王太子はシルフィード帝国に辿り着けたのである。



 今回の旅ではレティが持って来ていた物が大活躍した。


 それは……

 錬金術師シエルに頼んで作って貰った火鉢。


 炎の魔力を魔石に融合させて作られた、持ち運びに便利な小さな火鉢。


 馬車の中に1つ置けば馬車の中は暖かく、騎士達が寝るテントの中でも暖かく眠る事が出来た。

 また、トンネルを移動する時にも、それを持っていれば周囲が結構暖かくなると言う優れものだ。



 後に……

 この火鉢は生産化して、平民達の家に置かれる事になり、その結果火事が大幅に減る事に繋がるのだった。


 魔石は貴重な故に高価な物だから、平民達の元へは中々行き渡らない物であったが。

 この火鉢は小さい魔石でも十分な事から、大量に生産する事が出来て、料金も政府が半分を負担する事で平民達は大層喜んだと言う。


 この火鉢は乗り合い馬車に次ぐ、アルベルト皇太子の功績となるのだった。




 ***




 一行は道に迷っていた。

 道らしき道の無い深い森は方向感覚が無くなる。


 取りあえず一旦休憩をして、アルベルトやクラウド達が空を見上げたり、太陽の位置を確認しながらコバルトと話をしている。


 グレイ達は車輪の跡を探すが……

 雨が降ると跡は無くなるので見付けられ無かった。

 誰もが頻繁に通る道では無いので仕方が無い。



「 魔力で道を作るか? 」

 ラウルが真っ直ぐの森の先を指をさした。


「 道が無ければ作れば良いよな 」

 エドガーとレオナルドがニヤニヤしている。


「 その方が手っ取り早いか…… 」

 アルベルトは騎士達を下がらせて、足を肩幅に開いて両手を前に突き出した。



 両手が黄金色に光る。

 魔力が両手に込められて行く。

 ブワッと黒のローブが翻ると、両手から黄金の光の塊が放たれた。

 かなり膨大な魔力だ。


 雷の魔力はドーンドーンともの凄い音を立てながら、次々と木々を薙ぎ倒して真っ直ぐに飛んで行き、魔力が通った跡は、綺麗に視界が開かれていた。



 その圧倒的な破壊力に皆は度肝を抜かれた。

 騎士達も放心状態で見ている。


 ガーゴイル討伐の時に見た炎の魔力も凄かったが……

 最早比べ物にならない。

 雷の魔力が最強だと言われる所以が分かる。



「 アル……それがお前の本気の魔力か? 」

「 いや、これでも八分だ 」

「 これで八分……やっぱスゲーな 」


 木は薙ぎ倒したが、幹が残っていれば馬車は通れない。

 アルベルトは今度は地面すれすれに魔力を放った。

 木の幹が地面から根っこごと吹き飛ばされて行く。


 騎士達が歓喜している。

 殿下は最強だと。



 クラウドは頭を抱えた。

 この悪ガキ達はやはり滅茶苦茶だ。

 他国でこんな事をするとは。


 そして……

 未来の皇太子妃を見れば……

 キャアキャアと手を叩いて喜んでいた。


 レティは魔力使いが魔力を放出する瞬間が大好物なのである。


 アルベルトはそんなレティを見て満足そうに笑って。

 皇子様は大好きな婚約者にキャアキャア言って貰いたい。



 この5人は未来のシルフィード帝国を担う輩だ。

 本当に大丈夫なのかと。

 クラウドはシルフィード帝国の未来を思い、空を見上げた。



 それを何度か繰り返しながら馬車で前に進んで行く。

 すると……

 鹿が数頭倒れていた。

 雷の魔力が直撃した様だ。


 騎士達とレティは「 今日の夕飯だーっ!! 」と言って踊り出した。

 レティはロンとケチャップとハイタッチをする。


 3度目の人生の騎士時代には何時も一緒に行動していたから、今生でもレティは何気にロンとケチャップと仲良しだ。



 感電死している鹿達を見てコバルトは思った。


 シルフィード帝国と戦争をしてはならないと。

 こんなとんでも無い魔力使いが皇太子だなんて。

 この魔力で攻撃されたら国も人も破壊されてしまう。


 タシアン王国にも雷の魔力使いはいるが……

 桁違いの魔力だ。


 抑止力が成功していた。

 コバルトがこんな風に思う事こそが、ロナウド皇帝がシルフィード帝国の皇太子が魔力使いだと公表した狙いであったのだから。



「 アルベルト殿! ここまでにしてくれ! 」

 魔力でせっせと道を作るアルベルトに、コバルトがストップを掛けた。


 彼が指を差す方を見ると……

 黒い屋根の建物が微かに見えた。



「 あそこに見えるのが……私が幽閉されていた塔だ 」




 ***




 偵察に行っていたグレイ達騎士が戻って来た。


「 人の居る気配はありません 」

「 私が居なくなったから……使用人達は引き払ったのでしょう 」



 塔と言っても5階建てで、犯罪を犯した王族を幽閉させる為に造られた建物で、王族の世話をする使用人や警備の者達が生活する為に、部屋も沢山あり厨房や風呂もある。


 コバルトは敷地内からは出る事は許されなかったが、建物の中は自由に行き来する事は許されていた。


 ただ……

 夜は最上階にある自分の部屋から出る事は許されてはいなかった。



 誰もいない事から、暫くここに滞在する事にした。

 馬達も十二分に休ませてあげたかった事もあって。


 ここから宮殿のある王都までは、馬を走らせても7日程の距離があるとコバルトは言った。



「 塔って……10階以上の高さがあって、ずっと螺旋階段だけが続いていると思ったわ 」

 読んだ本には、天にも届く様な塔だと書いてあったわとレティが言う。


「 ご期待に添えなくて申し訳ない 」

 しかし……

 そんなに高い塔だったら、使用人達が食事を運ぶのにも一苦労だよとコバルトは笑った。



 そして……

 レティが面白い本だからとコバルトに貸す事を約束した。

 レティの愛読書の『 魔法使いと拷問部屋 』シリーズを。

 もう、7巻まで出ている。


「 今はエドが読んでるのよ。 読んだらアル……皇太子殿下に回す様に言ってあるから、王太子殿下はその後ね 」


 コバルトは驚いた。

 アルベルトもその本を回し読みしていたと聞いて。

 それもエドガーよりも後。


 そして……

 その回し読み仲間に入れてくれた事が何だか嬉しかった。



 レティは夕食の鹿肉のスープを作っている。

 厨房までレティを案内したコバルトは、そのままレティの料理をする様子を見ていた。


 貯蔵庫にあった食糧は、夏ならば腐っていたかも知れないが……

 小麦粉なども置いてあった。


 使用人達は何も持たずに退却したらしい。

 簡単な掃除で、皆が滞在出来る様になった。




 ***



「 そなたは何でも出来るんだな…… 」

 公爵令嬢なのにと言ってコバルトが不思議がる。


 野営でもレティは料理を作っていて。

 そのレパートリーに皆は舌鼓を打った。

 最早料理人レベルだ。



「 苦手なのもあるわ 」

 レティは貯蔵庫に残されていた人参や玉ねぎ、じゃが芋などを包丁で手際よく皮を剥いて手際よくトントンと切って行く。


「 刺繍が苦手で…… 」

「 刺繍が? 」

「 そうなの。お母様がクリスマスプレゼントは絶対に手作りの品しか駄目だと言って……殿下へのプレゼントは何時も変な刺繍で…… 」

 自分が得意だからって、娘に強要するのよとレティは口を尖らせた。



「 私の母も刺繍が得意だった…… 」

「 ………あっ!……ご免なさい 」

 そうだった。

 コバルト王太子殿下のお母様は亡くなったんだわ。


 それで……

 悲しみのあまりに国王が狂ってしまったと聞いていたのを忘れていた。



「 いや……構わない……私の母は…… 」

 コバルトは王妃である母の事をレティに話した。


 母が亡くなってからと言うものの、父があまりにも悲しむので、何時しか母の話は封印されていた。


 国の誰もが王妃の話をしなくなっていた。


 レティと母親の話をして……

 コバルトの孤独な心はどんどんと癒されていくのだった。



 そこにロンとケチャップや数名の若い騎士達がやって来た。

 解体した鹿肉を持って。


「 リティエラ様、何か手伝う事はありませんか? 」

「 じゃあ、小麦粉を捏ねて貰おうかな 」

「 ラジャー! 」


 総勢30名余りの料理を作るのは大変だ。

 持って来ていた干肉も無くなっていたので、鹿肉は有り難かった。


 そうして……

 皆で料理を食べ、久し振りに風呂に入り、ベッドで眠る事になったのだった。



 王族が入る風呂にレティも入り、部屋に行くと先に風呂に入ったアルベルトがいた。

 お風呂は騎士達が薪を焚べて沸かし、風呂の扉の前にはラウルに立って貰った。


 紅一点だ。

 使用人がいないので何かと苦労する。



「 レティ……おいで 」

 ソファーに座ったアルベルトが両手を広げた。


 トコトコとやって来たレティはアルベルトの腕の中にポスッと入って、オデコをアルベルトの胸に寄せた。


「 さっきね、コバルト王太子殿下に……お母様の話をしちゃったの 」

 レティは自分の母親の事を話したと言って反省しきりだ。



「 王太子殿下も王妃様の話をしてくれたんだけれど…… 」

 お辛かったのでは無かったのかしらと、レティは臍を噛む。


「 君は十分にコバルト殿を癒しているよ。君がいないと、笑う事も無かっただろうから 」

 アルベルトはそう言ってレティの頭を撫でた。


 そう……

 彼は癒されているよ。

 色々と心配になる位にね。



「 レティ先生……僕にも癒しが必要なんだけど? 」

 魔力切れが起きかけていると言って……

 アルベルトはレティの頬を両手で包み込んだ。


 実際に魔力切れを起こしかけていた。

 道を作る為にあれ程の魔力を使ったのだから。


 魔力切れにはレティのキスが一番で。



「 癒しをくれる? 」

 レティはコクリと頷いた。


 アルベルトは顔を近付けると……

 レティの唇に唇を寄せた。


 うわっ!


 凄い勢いで魔力が身体に溜まって行くのが分かる。

 やはり……

 レティはヒーラーだ。


 アルベルトは何度も角度を変えて口付けをする。


「 んん……… 」

 時にレティが苦しそうに唇を少し外して息をする。


 本当に……

 レティはキスが下手だ。

 どれだけキスをしたら上手くなるのかと思ったら、愛しさが倍増して……

 またレティの小さな唇を塞ぐ。



 普段は……

 歯止めが利かなくなると困るから、あまり深い口付けをしない様にしている。

 なので……

 暫くぶりのレティとの深い口付けを堪能した。


 レティは……

 真っ赤な顔をしてアルベルトの口付けに応じていた。

 魔力切れには愛する人とのキスが一番だと、レティには言ってあるので。



「 レティ、有り難う。魔力が回復したよ 」

 アルベルトは唇を外してレティの額にコツンと自分の額を寄せた。


「 本当に私とのキスで回復するの? 」

 ポーションも持って来てるのよと言いながら、真っ赤な顔をしたレティが、レティにのし掛かっているアルベルトを下から見つめた。


「 レティのキスが一番だよ 」

 他の魔力使いには、レティのキスは効力は無いからねと念を押して、アルベルトはまたレティに口付けをした。


 しつこく念を押しておかなくては、彼女は助けを求めるられたら応じる恐れがあるのだ。

 マウスツーマウスの感覚で。

 彼女は医者なのだから。



 レティは……

 俺だけのヒーラーで良い。




 ***




 こうして……

 精気を蓄えた一行は、2日後にザガード国王のいる宮殿のある王都に向けて出発した。


 馬車は何かあった時に逃げれ無いからと、ここに置いて行く事にした。


 マジックアーチャーリティエラが馬に乗ると……

 コバルトは驚いた。


「 そなたは……馬にも乗れるのか? 」


 レティは弓騎兵。

 馬の手綱裁きは筋金入りだ。


 馬を走らせ、縦横無尽に操ってコバルトの前で止まった。

 ニッコリと笑う姿が凛々しくて。



「 レティ! 行くぞ! 」

「 はい! 」



 コバルトもまた、レティを同行させている事を不思議に思っていたが。


 彼女は騎士なのか……



 アルベルトの後ろを駆けて行く、弓矢を背負ったレティの後ろ姿を見つめて……


 コバルトは暫し呆けていた。












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