第588話 歴史が動く時
翌朝、カルロスの案内を受けて、一行はコバルト王太子が魔獣に追い掛けられて現れた谷に向かった。
深い森には馬車が通れる程の道が作られていた。
この道をタシアン王国の者が作ったと思うと腹立たしい限りだ。
カルロスは何度もアルベルトに謝罪した。
全く気付かなかったと言う己達の失態を。
この道を通ったタシアン王国の者が……
シルフィード帝国を崩壊させようと次々と仕掛けて来たのだ。
レティのループの記憶で事なきを得たが。
しかし……
これからはレティの記憶が無いのだと、アルベルトは改めて気を引き締めた。
***
タシアン王国に潜入する為に、レティは自分達の衣装も用意していた。
アルベルトは騎士達と色違いのエンジのチュニックで、黒のローブは魔力使いが羽織る特殊なマントだ。
エドガーとクラウド、ラウル、レオナルドには騎士達と同じ冒険者の服装。
アルベルトだけが違う服装なのは、やはり彼を一番に護らないとならない存在だから。
反って敵に狙われ安いと言うリスクはあるが……
コバルトもアルベルトと同じエンジのチュニック姿だがマントの色は深紅の一番目立つ色にした。
城に潜入した時に……
真っ先に目立つ彼を見て、味方になる人を集める為に。
コバルトはタシアン王国の王太子なのだから。
レティは……
青とピンクのチュニックにロングブーツ姿の可愛い女性騎士の様相だ。
白のローブと白い手袋に、背中にはデカイ顔の黄色いリュックとオハルを背負った姿はレティのトレードマーク。
「 お前……自分だけ極端に可愛くして無いか? 」
アルベルトは可愛い可愛いと言って、コスプレレティに大喜びだが、ラウルは呆れた顔をする。
折角新調するならばと可愛い衣装にしたのだ。
勿論、全ての衣装代の請求は、ブティック『 パティオ 』からリティーシャの名前でアルベルトに請求をする。
谷に到着すると、カルロスの部隊が既にテントを設置していて、24時間体制で監視が続けられていた。
「 殿下……何度も言いますが……私共もご同行させて頂け無いでしょうか? 」
「 カルロス。くどいぞ! 」
アルベルトは日夜、第1部隊との訓練に励んだ。
敵の城に忍び込み、暗殺を成し遂げるのには少数部隊だからこそ上手くのだと。
「 それに……私は雷の魔力使いだ 」
そう、人間相手なら雷の魔力使いは最強なのである。
頭に落雷させればイチコロだ。
ただ……
自分の正体を知られる訳にはいかない事から、雷の魔力を使う事が出来ないのが辛いところで。
余程の事が無い限りは使わないつもりでいる。
こうなると……
皇太子が雷の魔力使いだと公表した事が悔やまれるのだった。
それに……
魔力使いの操り師であるレティもいる。
上手く潜入すれば……
魔力使い達の魔力を封印出来るのだ。
アルベルトはそう思ってレティを愛しげに見た。
ラウル、エドガーとレオナルドの前で、騎士のポーズを格好良くかましているレティを。
「 マジックアーチャー、リティエラ参上~ 」
可愛らしい声で片足をキュッと上げて弓矢を引く構えをすると、ラウル達が可愛い可愛いと頭を撫でている。
それを見ている騎士達は鼻の下を伸ばして。
「 マイセン様。私が殿下を護ります。安心して待っていて下さいね 」
レティは出立の時に……
そう言ってカルロスに手を振った。
そんな彼女を……
殿下は嬉しそうな顔をして見つめていて。
実は……
カルロスは、昨夜アルベルトに閨を共にして貰う令嬢を用意していた。
ルーカスに頼まれたのだ。
戦場に向かう殿下に令嬢との閨の場を用意してくれと。
戦争になれば長引く事になり、万が一にも殿下の身に何かあればいけないからと。
殿下の子種を出来るだけ沢山の令嬢にと言って。
宰相の立場としては……
皇太子が戦争に行く前に、世継ぎを産ませる事を模索するのは当然の事。
だけど……
何事も顔には出さない冷静なルーカスが……
一瞬辛そうな顔をしたのをカルロスは見逃さなかった。
それが自分の娘で無くても……
これ程までに好き合っている2人に、あまりにも辛い事をさせ様としてると言う事は誰でも思う事。
まさか……
殿下が婚約者を連れて来るとは思わなかった。
いくら戦争が回避されたとしても。
他国の国王の暗殺の手助けをしに行くのだから。
そんな危険な場所に行くのに……
何故陛下やルーカスは彼女の同行を許したのかと。
カルロスはクックと笑った。
「 そうだな……この令嬢なら大丈夫だ 」
レティは他国の王太子と決闘をした令嬢だ。
決闘場で審判をしていたカルロスは……
一番近くで王太子と死闘を繰り広げるレティを見ていたのだ。
カルロスはその姿に惚れた。
その真剣な眼差しに……
彼女は本気で殿下を護るだろう。
騎士では無いのに騎士な彼女なら。
カルロスは……
アルベルトの今までの奇跡の様な功績を、聞き及んでいた。
その傍らには常にレティがいた事も。
ルーカス!
安心せい!
お前の娘は殿下を立派に護り抜くぞ!!
そして……
世継ぎをわんさか産みそうだ。
見た目は華奢だが……
軟弱なそこらの貴族令嬢達とは鍛え方が違う。
彼女を……
お飾りでいい筈の皇太子妃にするには勿体無いと思っていたが。
仕えるべき未来の皇太子妃である事が嬉しいと思うカルロスだった。
「 皇太子殿下……そして未来の皇太子妃……御武運を…… 」
聖剣を帯剣する皇太子殿下と、オリハルコンの弓を背負う勇ましい公爵令嬢が……
仲良く手を繋いで歩いて行く後ろ姿を見つめた。
そして……
カルロスは深く頭を垂れた。
***
谷を下って行くと山肌にある洞窟が近付いて来た。
カルロスがいた場所から見ると近くに感じたが、やはり馬車で進むのには結構な時間が掛かった。
洞窟の前に立つと、アルベルトは馬車から降りて手を岩壁に当てた。
「 !?………分かる……魔力が微かにこの壁から感じる 」
魔力使い同士はお互いの存在が分かる。
何の魔力なのかまでは分からないが、魔力の熱を感じる事が出来るのだった。
魔力を研究しているルーピンならば、魔力の種類まで分かる様だが。
「 これは……洞窟では無くトンネルだ! 」
「 魔力を使ってこの岩壁に穴を開けたんですね 」
クラウドが壁の状態を調べている。
「 こんな硬い岩を砕ける魔力って…… 」
「 ………あっ! 雷の魔力! 」
ラウルとレオナルドが皆がアルベルトを見た。
雷の魔力の破壊力なら岩をも砕けるだろう。
「 成る程……我が国に侵入する為に、タシアン王国の魔力使いを使ってこんな事を…… 」
ラウル達は今度はコバルトを見た。
「 す……すまな…… 」
「 両国が仲良しになれば、ここを利用したら簡単に行き来が出来る様になるわね 」
謝罪しようとしたコバルトの言葉を、かき消す様にレティが言った。
アルベルトは帰国したら直ぐにでもトンネルを塞ごうと思っていたが。
レティの言う通りだ。
そう遠くない未来にはそうなるかも知れない。
コバルトの御代になれば……
アルベルトは……
レティの可愛らしい発案に胸が高鳴るのだった。
そのレティが、さっきから丸まって何かしている。
「 ………で、お前は何を拾ってるんだよ? 」
「 魔獣ワームの肉片を集めてるの 」
うわーっ!!と、皆が一斉にレティの周りから逃げ出した。
百戦錬磨の第1部隊の騎士達も。
レティはコバルトが魔獣に襲われた時に、カルロスの私兵達が雷風の矢を射て魔獣ワームを爆発させた事を聞いて、ワームの残骸を持ち帰ろうと思い、ワクワクしていたのだ。
レティは薬学研究員。
旅に出た時は……
珍しい薬草などを持ち帰って来るのが研究員の鉄則だ。
ワームの残骸を持ち帰えれば……
研究員達は大喜びだ。
喩え腐っていようとも。
「 お前はバカか!」
「 そんなもんを馬車に乗せたら、鼻がもげるぞ! 」
「 タシアン王国の人も、そんなもんを持ち込まれたらたまったもんじゃない 」
捨てろ捨てないで、ギャアギャアと大揉めをしている。
「 レティ! 置いていきなさい! 我が国から持ち込んだ物で、タシアン王国で変な病気を流行らす訳にはいかない 」
「 ………分かったわ…… 」
アルベルトが言えば従うしか無い。
レティは渋々袋の中身を捨てた。
ドサドサドサ。
「 そ………そんなに…… 」
「 お前はーっっ!! 」
「 加減をしろよな! 」
気持ち悪いし、臭いはエグいし。
皆はギャアギャア騒いでいる。
「 何でも研究しなきゃ、未来は来ないわ! 」
気持ち悪いなんて言ってられないわと、レティはプンスカと怒っている。
こんなに可愛らしい顔をしてるのに……
薬学研究員のレティは突き抜けていた。
アハハハハハ……
その様子を見ていたコバルトが腹を抱えて笑い出した。
皆が……
敵国である我が国の国民の事を考えてくれた事が嬉しかった。
この国の人と仲良しになりたい。
コバルトは……
未来の両国の関係を思いを馳せた。
***
洞窟の中は、雨が流れ込んでいるのか、ジメジメとした地面には幾つもの車輪の後があった。
きっと、ゴードン達が通った跡なのだう。
船を爆発させようとした魔力使い達もここを通ったのに違いない。
長いトンネルの中は真っ暗だ。
馬で旅をしていたコバルトは、魔獣に襲われた時に馬とはぐれたのだと言う。
「 この場所に光の魔力使いのノエルさんがいれば良かったわね 」
今回はシークレットである事から、魔力使いは召集してい無い。
勿論、戦争ならば彼等を戦士として召集しただろう。
「 グレイ! 魔獣が出るかも知れないから注意をしろ! 」
「 はっ!! 」
アルベルトが馬車の窓から身体を乗り出して、カンテラを持って先頭を馬で行くグレイに声をかけた。
この洞窟の中でコバルトは魔獣ワームに遭遇したのだと言う。
ワームは芋虫型の魔獣で目が小さい。
見えているのかは分からないが……
だから洞窟などで出現すると言われている。
レティも馬車の中でオハルを手にする。
窓から身体を乗り出して張り切っている。
アルベルトから中にいる様にと叱られたが。
そうして……
トンネルを出て谷を通り、またトンネルに入る事を繰り返して、深い森の入り口に到着した。
1月の寒い日の移動。
トンネルの中じゃ無いと野営をするのは無理だった。
そして……
ラッキーな事に、魔獣と遭遇する事は無かった。
残念に思っている令嬢が若干1人いるが。
森の入り口は、もうタシアン王国。
初めてシルフィード帝国の皇族が、タシアン王国に入国したのだった。
騎士達がいてスムーズに進めたからか、何と5日程でタシアン王国に辿り着いてしまった。
山越えをすると、3ヶ月は掛かると言われている両国の国境がだ。
谷の道を整備したら……
もっと早く到着する事になるだろう。
シルフィード帝国とタシアン王国は近くて遠い国だと言われて来た。
両国が戦争をしなかったのも、この難攻不落な山や谷があったからだと言われている。
近くて遠い国と言われて来たシルフィード帝国とタシアン王国。
両国の皇太子と王太子によって……
その歴史が動く瞬間が近付いて来ていた。
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