第587話 揺れ動く感情
タシアン王国へは秘密裏に行かなければならない事から、騎士達は騎士服を着用して行くわけにはいかない。
そこでレティは彼等を冒険者の衣装で揃える事にした。
騎士達の衣服を揃えるのは、夜中に宮殿に侵入した際に味方だと明確にする様にしなければならない事から必要な事だった。
レティは服飾デザイナーだ。
その道のつてで、大人数の衣装を直ぐに調達する事が出来た。
こんな所で1度目の人生での職業が役に立つ事になった。
今は取引はしていないが、1度目の人生での取引先にオファーしたのだった。
騎士服はかなり丈夫に作られているが。
冒険者の衣服もかなり丈夫に作られている。
黒のシャツ型のチュニックに茶色のレザーのベスト。
腰には太いベルトに帯剣をして。
スラックスの上から焦げ茶のレザーのハーフブーツを履く。
マントは顔を隠せる深さのフードが付いて色は深い緑だ。
弓騎兵でもあるグレイ、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップの5人は背中に弓矢を常備していて。
「 格好良いわ 」
冒険者の衣装を着用した騎士達を、レティがうっとりと見つめているので、アルベルトが不満顔をしている。
俺も着たかったと言って。
皇子様は何時も大好きな婚約者にキャアキャア言われたい。
馬車3台と荷馬車に馬での護衛。
馬車の1台目には、アルベルトとレティが乗り、その後ろにはコバルト王太子、そして3台目にはクラウド、ラウル、エドガー、レオナルドが乗った。
貴族の令息夫婦(←アルベルトとレティ)と弟(←コバルト)がお供(←クラウド、ラウル、エドガー、レオナルド)と一緒に、領地にいる父親の危篤の知らせを聞いて駆け付ける体にしたが……
冒険者の用心棒が20人も就いている集団には、宿屋に宿泊しても誰も関わりたくは無い様で、特に質問される事も無くすんなり泊まる事が出来た。
また、道中で盗賊に襲われる事も無かった。
今回は相手が人間。
騎士達は休憩の合間にも率先して訓練をしていた。
他国の王城に忍び込み、国王暗殺の手助けをするなんて事は、勿論全員が初めての事で。
訓練をしていないと落ち着かないのであった。
コバルトはそんな騎士達に剣の相手をしてくれる様に頼み、移動の休憩の時間になると剣の訓練に励んだ。
アルベルトは……
王太子への敬意を払い、コバルトの稽古の相手は騎士団で一番の剣士であるグレイにさせた。
コバルトの持つ剣は……
逃げる時に、宰相タイナーから渡されたタイナー自身の剣だ。
多分これがタイナーの形見の品なのだろうと、コバルトは断腸の思いで剣を振るうのだった。
何かを吹っ切る様に。
色んな迷いを断ち切るかの様に。
そうして一行は……
ドゥルグ領の館に滞在した後にマイセン領地に向かった。
マイセン領地は、ウォリウォール領地に次ぐ広さを誇る領地である。
カルロスの私兵3千人とその家族達が住む街だ。
アルベルトが訪れたのは初めてだったが……
親戚筋のエドガーやグレイも訪れたのは今回の訪問が初めてだった。
街のあちこちにブルーの帝国旗と、ドゥルグ家の深紅の旗が翻っていた。
話には聞いていたが……
その圧巻な光景に皆は感動する程に。
特にエドガーとグレイは胸を熱くした。
ここが隣国タシアン王国との国境。
長いシルフィードの歴史の中で……
ただの一度もタシアン王国からの侵入を許さなかった砦。
シルフィード帝国の辺境の地を護る要塞の様な巨大な古城が、タシアン王国に挑む様に聳え立っていた。
***
マイセン邸に到着した時には、城には3千人の兵士達が大広間で片膝を付いて待ち構えていた。
「 皇太子殿下! ようこそマイセン領に…… 」
一足先に戻っていたカルロスが、アルベルトを出迎えた。
「 カルロス。これは何だ!? シークレットだと言った筈だが? 」
「 殿下、是非我が兵士達に、お言葉をお掛け下さい 」
殿下が我が領地に来て下さる光栄を黙ってられますかと言って、カルロスは胸に手を当ててニヤリと口角を上げて頭を垂れた。
アルベルトは片膝を付き頭を垂れている兵士達をゆっくりと見渡した。
自分の前で跪く3千人もの兵士達がいる光景は……
アルベルト自身も初めての経験だった。
「 面を上げよ! 皆の日々の任務を頼もしく思うぞ。そなた達がいるから我がシルフィードの国民は安心して暮らせる。これからも……より一層任務に勤しむ事を所望する 」
「 御意!!! 」
皇太子殿下からお言葉を貰って嬉しそうな兵士達。
中には涙ぐむ輩も。
第1部隊の騎士達も彼等と共にアルベルトの前に跪いていた。
そして……
騎士では無いのに騎士な令嬢もアルベルトの直ぐ横で跪いた。
ドレス姿で。
3千人の地鳴りをする様な『御意』にレティは泣きそうになった。
もし戦争になっていたら……
アルは、この兵士達の命を背負わなければならなかったのだわ。
レティは改めて、シルフィード帝国最高指揮官である皇太子としてのアルベルトの立場を思い知るのだった。
そしてもう1人……
この国境を護る人々が敵対する国の王太子コバルトが、この様子を見つめていた。
勿論、コバルトがタシアン王国の王太子である事は、マイセン邸の人々は知らない。
知っているのはカルロスだけで。
自分はこれ程までに国民から慕われていたのだろうかと。
3年もの間、幽閉されていた王太子なんか、もうすっかり忘れ去られているのでは?
そして……
国王になったとしても、父親を殺害した自分を果たして国民が受け入れてくれるのかと。
コバルトは……
跪いていたレティを、アルベルトが慌てて立ち上がらせている様子をじっと見ていた。
その日の夜は歓迎レセプションがあった。
マイセン領地の者は、来訪した皇太子殿下だけでは無く、ドゥルグ家の嫡男エドガーの来訪も喜んでいた。
そして……
騎士団でナンバー1の腕前のグレイは、カルロスの私兵達の憧れで、騎士団のエリートである第1部隊も憧れの部隊なので、宴は大層盛り上がった。
宴の席で……
アルベルトはコバルトに声を掛けた。
「 コバルト殿の決断は、タシアン王国の民を救うだけでなく、我が国の騎士や兵士達の命をも救ってくれた。感謝します 」
戦争をすれば多くの命が失われる。
その為の準備はして来たが。
コバルトに迷う気持ちがあるのをアルベルトは気付いていた。
それは……
国境が近付くにつれてより強く。
それは当然の事だっと思った。
自分が同じ立場なら……
父親を殺せるのかとアルベルトは自問自答を繰り返していた。
だけど……
答えは出なかった。
父上はザガードを殺害しなければならないと言っていたが。
もし、国王が魅了の魔力で操られている事が判明したら……
退位をする事で、国王を挿げ替えるだけで良いのではと思う様になって来ていた。
そして……
それを見極める為に、最善を尽くそうと思うのだった。
***
レティは医師としてコバルトに接していた。
腕の手術跡の経過を診ながら、コバルトの心の傷にも寄り添う必要があった。
彼は3年もの間、実の父親から塔に閉じ込められると言う、尋常では考えられない程の虐待をされた。
そして……
その父親を殺害すると決心した。
彼の心が壊れてしまうのではないかと心配したのだ。
勿論、その事はアルベルトの了解を得ている。
男ならジジイであろうが子供相手であろうが、やきもちを妬く皇子だ。
説得するのは難しいと思っていたが。
「 そうしてあげて欲しい 」
アルベルトはあっさりと許可をしてくれた。
それ程にコバルトは極限状態にいたのだった。
タシアン王国の事には触れずに、他愛ない日常の事や自分の話をする事に努めた。
学園での魚釣り大会で、釣った魚の口から魚が出て来て優勝した話はコバルトも大いにウケた。
色んな外国へ行った時の話もコバルトは楽しそうに聞いていた。
各国での女性達とのバトル話は流石にしなかったが。
シルクが出来上がるまでの課程を導入するのが夢だと、熱く語るレティにコバルトは驚いた。
タシアン王国での女性の地位は低い。
女性が事業をするなんて事は、考えられない事だった。
レティは言う。
工場化して沢山の労働者を雇ったら失業者が少なくなる。
失業者が働くと国が潤うのだと笑って。
レティはタシアン語を教えて欲しいと言って、コバルトから学んでいた。
ここにいる人達の中でタシアン語が話せるのはアルベルトとレオナルドだけ。
熱心に学ぶ姿勢に……
また、彼女の覚えの早さにコバルトは驚いた。
流石は医師であり、薬学研究員と言う異例の頭の良さだ。
自国に興味を持ってくれる事が嬉しくて。
そんなレティに惹かれない訳が無かった。
それで無くても3年間も幽閉されて、若い女性に接する事は無かったのだ。
自分を治療してくれて、側にいて楽しいお喋りをしてくれる美しい令嬢。
彼女があのウォリウォール宰相の娘と言う事も、惹かれる要因だった。
ウォリウォールの名は閉鎖されたタシアン王国でさえも聞こえて来ていた。
代々ウォリウォール家がシルフィード王家側に仕えて来たから、シルフィード王国は帝国を築けたのだと。
不安だった。
助けて貰ったが……
自分が王太子だと名乗れば、首を刎ねられるかも知れないと言う恐怖があった。
牢屋で対面した彼が、ウォリウォール宰相だと知ってコバルトは安堵した。
彼が名将だと言う事も知っていたから。
どんどんと好きになる感情をどうする事も出来ずにいた。
姿を見れば愛しくて……
話しをすればもっと話をしていたくなる。
しかし……
どうにもならないのは、彼女がこの国の皇太子の婚約者だと言う事で。
幽閉されていた時に聞いた、メイド達が噂をしていたシルフィード帝国の美貌の皇太子の婚約者が、この令嬢だったのである。
医師で薬学研究員の頭の良い令嬢。
事業をして、国の事を考える令嬢。
彼女となら……
タシアン王国の未来を豊かなものに出来るとどうしても考えてしまう。
しかし……
皇太子の寵愛振りが凄まじくて。
彼は彼女から片時も目を離さないのだ。
そして……
彼女と接する時は限り無く甘い。
普段は澄ました皇子なのに。
そんな2人の仲睦まじい姿を……
いや、人前でも平気でイチャツク2人を見ながらコバルトは、初めて芽生えた感情を持て余すのだった。
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