第586話 秘密裏の出陣

 




 グシグシ……ヒック……

 ズズズ……


 後ろから聞こえて来る。

 令嬢の鼻を啜る音が。


 さっきの「 御意 」に可愛らしい声が交じっていた。

 あんな緊張感の高い場面だから……

 気付かない振りをしたが。



「 お前はーっ!! また、何でここにいるんだよ! 」

「 何が御意だ! 」

「 うわっ! 泣いてる…… 」


 皆が後ろをバッと振り返ったら、レティが片膝を付いて泣いていた。

 ドレス姿なのに片膝を付いて涙をポロポロ流している。


 アルベルトが直ぐにレティに駆け寄り、涙を親指で拭う。

 ハンカチで鼻水も優しく拭いてあげて。



 レティの涙の意味は皆が分かっていた。

 自分の父を殺す覚悟をしたまだ若き王太子の決断を聞いて泣いているのだ。


 彼は……

 我が国の皇太子と同じ年齢なのだ。

 父を殺さなければならなくなった境遇に胸が痛くて仕方が無い。


 国を背負う事の孤独を。

 父親殺しの大罪を犯さなければならない近い未来を。

 彼はそれをしようとしているのだ。

 自国を救う為に。



 アルベルトはコバルトの前に歩み出た。

「 コバルト殿の決断を……可能な限りアシストをします 」


「 恥ずかしながら……我が国は最早、私1人ではどうにもならない所まで来ております。シルフィード帝国の皆様のお力添えを頂ける事を感謝します 」


 2人は固く握手をした。




 ***




 あわや戦争寸前だった事から、タシアン王国の王族間の内紛のアシストをする事になった。


 そう……

 これからしようとしている事は……

 戦争では無く国王と側近達の暗殺だ。


 密かに城に潜入し……

 密かにザガード国王を殺害し、直ぐにコバルト王太子が国王として国民に宣言しなければならない。


 全てを秘密裏に運ばなければならないのだ。



「 コバルト殿には連絡を取れる人物はいるのか? 」

 コバルトの友人であった宰相の息子や大臣の息子達が、安全な場所にいると言う。


 しかし……

 彼等がどこにいるかは分からない。


「 私は……3年もの間の幽閉生活で、宮殿内でさえもどの様に変わったのかは知らない 」

 私は……

 独りなのだとコバルトは泣きそうな顔をした。



 アルベルト達は、コバルトから宮殿の構造を聞いている所である。


 今のコバルトには連絡を取り合い手引きしてくれる仲間はいない。


 状況は不利でしか無いが……

 宮殿内は変わっていても、階段や大まかな仕様は変わってはいないだろうと、コバルトは大きな紙に見取り図を書いていく。



「 宮殿には必ず隠し通路がある。それを教えてくれ 」

「 ……… 」

 隠し通路は敵に襲撃された時に、王族が密かに脱出する為に作られたもの。

 勿論、シルフィード宮殿にもある。


 その内の何ヵ所かは、子供時代の皇子と悪ガキ3人が探しだした事がある。

 皇子共々大目玉を食らったと言う。

 勿論、今ではアルベルトは全ての隠し通路は把握しているが。


 王族以外には知られたく無いとコバルトは少し躊躇したが、思い直した様に彼は見取り図に書いていった。



 そうして準備が進められる中で、アルベルトはコバルトからとんでも無い事を聞いた。


 シルフィード帝国とタシアン王国の国境には各々の側に深い森があり、その森を越えると高い山や谷が幾つかあり、互いの国に行こうものなら優に3ヶ月は掛かるのだが……


 彼はなんと10日余りで来たと言う。



「 深い森で迷い……洞窟があった。そこで寝たのだが、朝になり洞窟には奥がある事が分かり、風が流れていたのでそのまま洞窟を進むと谷に出て……谷を越えるとまた洞窟があり、それを繰り返して進み、谷に出た所で魔獣に遭遇した 」


 洞窟の広さは馬車が1台と通れる位の広さだったと言う。



「 ゴードンが言っていたルートだ! 」

 アルベルトが真っ青になった。


 タシアン王国に連れて行かれ、またシルフィード帝国に戻って来た元医師のゴードンは、馬車に乗って移動したのだと言っていた。

 詳細は目隠しをされていたから知らないと言って。


 それを聞いたルーカスが、カルロスにその道を調べる様に通達していたと言う。



 アルベルトの説明に皆も青ざめた。


「 きっとその道を通ったんだよ! 」

「 こっそりと我が国に攻め入る為に、道を作っていたんだ! 」

「 いつの間に…… 」


 そんな道を探し当てて、たった10日で我が国にやって来たんだから、コバルト王太子はやはりとラウル達に言われたが……


 コバルトは複雑な思いだった。

 自国はこれ程までにヤバい国だったのかと。



「 直ぐにカルロスに知らせなければ! 」


 新年祝賀の行事が終わったばかりで、まだ皇宮に滞在していたカルロスが真っ青になり、直ぐに国境に戻った。


 カルロス・ラ・マイセン辺境伯は、あの皆既日食の日にコバルトを助け、クリスマスの日に皇宮にコバルトを連れて来た。


 ついでだと言って新年祝賀の行事に参加した後にマイセン領地に帰るつもりで、親戚であるドゥルグ邸に滞在していたのである。



 勿論、タシアン王国に侵攻する為の騎士団の訓練にも参加し、アルベルトや団長のロバートやグレイ達にも助言を与えていたと言う。


「 殿下! タシアン王国の雑魚共には、一歩足りとも我が国に足を踏み入れさせませんので、安心して敵を攻撃して下され! 」

 本陣が戦争に向かった際には自国の護りが手薄になり、敵に攻め入れられてしまうのはよくある事で。



 まだ世界が戦争に明け暮れていた頃……

 敵国に攻め入るシルフィード国王が快進撃を続ける影で、その隙にシルフィード王国に攻め込もうとするタシアン王国との国境を、歴代のマイセン辺境伯が見事に護り抜いたと言う話は、学園の教科書にも載っている程だ。


 親戚筋にあたるエドガーがどれ程誇りに思っている事か。


 勿論、その快進撃にはシルフィード帝国の三大貴族と称される、ウォリウォール、ドゥルグ、ディオールの活躍があった事も教科書には載っている。




 ***




 出陣の準備は迅速に進んで行った。

 秘密裏の事だから早く事を成さねばならなかった。

 時間が長引けば長引く程に綻びが出る恐れがある事から。


 しかし……

 皇帝陛下がどうしても了解しない事があった。


 タシアン王国にレティを連れて行くと言うアルベルトに、真っ向から反対した。


 ルーカスは殿下にお任せしますと言っていたが。

 内心は行かせたく無いと思っている事は痛い程分かる。



「 今までとは違う。相手は人間であり、それも全然知らない他国だ。 レティちゃんを連れて行く必要は無かろうに 」


 ロナウド皇帝がそう言うのは当然だった。


 女性騎士でさえ行く事の無い戦場だ。

 いくら戦争を回避したと言えども、他国の王城に忍び込み国王を暗殺するのだ。


 いくらレティがだとしても、それだけでは連れて行く理由にはならない。



 アルベルトはレティが魔力使いの操り師だと言う事を、ロナウド皇帝とルーカスに伝えた。


「 レティは、魔力を与える能力だけで無く、魔力を奪う能力も兼ね備えているのです 」

 レティがヒーラーだと言う事は2人共既に知っている。


 しかし……

 魔力を奪う能力があると言う事は伝えてはいなかった。

 これはアルベルトだけが知っている事で。


 ただ……

 魔力を消し去ったのはあの船の上での1度だけで。

 別の機会に試してはみたものの……

 レティに、その気がないと発動しない能力なのか何なのかは分からないが、その時は全く発動しなかった。

 なのでレティの魔力を奪う能力が、確かな事であるとは言い難いが。



「 レティちゃんがヒーラーと言うだけでも驚いていたが……魔力を奪う能力まであるとは…… 」

 そなたの娘はどこまで凄いのだと、ロナウド皇帝は笑いながらルーカスの肩を叩いた。


「 私も……驚いてます。しかし……その能力があるなら……殿下のお役に立つ事でしょう 」


 父であるルーカスの言葉を受けて……

 ロナウド皇帝は、これも何かの導きなのかも知れないと言って、レティの参加を認めた。


「 レティは必ずや私が護りますから 」




 こうして……

 アルベルトは早急に準備を進めた。


 同行するのは第1部隊の20名とラウル、エドガー、レオナルドとクラウド。

 年末の皇太子宮での訓練は、このメンバーでやった事が幸いした。



 まだ戦争をすると言う体の中……

 彼等は夜遅く密かに皇宮を出立した。


 ガーゴイル討伐の時は帝国旗を掲げての出陣で、皇都の国民達からの盛大な見送りがあった。


 しかし……

 今回は、コバルト王太子のアシストをする為の出陣である事から秘密裏にしなければならなかった。

 シルフィードの名を決して出してはいけないのだから。



 ザガード国王を処刑した際に……

 王太子がシルフィード帝国の皇帝と手を組んで実の父親である国王を処刑した言う事を知れば……

 必ずや反対勢力や国民達からの不満が出て来て来る事になる。

 それは何としても避けたい事だった。




 ドゥルグ領地を経由してマイセン領地に行く予定である事から、かなりの日数を要する。

 ドゥルグ邸からマイセン邸までが、14日程掛かるのだから。


 遠出をする皇宮の馬車には、錬金術師達によって風の魔力を融合させた魔石が取り付けられていた。

 そのお陰で馬の負担がかなり少なくなっていたが。



 そうして長旅に出た御一行様は、マイセン領地に入った。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る