第542話 未来を結ぶ記憶

 




「 私は! リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢よ! 皇太子殿下の婚約者ですわ!! 」


 自警団が盗人を捕まえたと思ったら……

 白いマントに黄色いリュック姿の奴がとんでもない事を言っている。


 こんな場所にあの令嬢がいるわけが無いと、ゴードン達は馬車を止めた。

 しかし……

 自警団の松明に灯された白いマントに黄色いリュック姿の奴の顔を見て、腰が抜ける程に驚いた。


 声にも聞き覚えがある。

 あの大火の時に病院に乗り込んで来た医師だ!



「 ゴードン先生! 彼女ですよ!間違いないです! 」

 小太りの薬師とレティとは、病院の扉を開けろ開けないで窓口でかなり揉めたのだ。


 あの白いマントに黄色いリュック姿の奴は……

 ウォリウォール公爵令嬢で皇太子殿下の婚約者だ!



 やばい。

 絶対に皇太子が来る!

 あの後も……

 皇太子が直々に庶民病院まで彼女を迎えに来たのだから。


 2人は慌てて馬車を走らせた。

 しかし……

 気が付くと馬車の下に転げ落ちていて……

 自警団に拘束された。



 ウォリウォール公爵令嬢は……

 何故鞄を盗んだのか?

 何故あの場所にいたのか?

 こんな高貴な令嬢が。

 たった1人で何故?


 彼女は……

 医師であり薬学研究員。


 もしかして……

 あの薬品が流行り病のだと知っていた?

 だから……

 彼女は鞄を盗んだのか?


 彼女はウォリウォール宰相の娘だ。

 何かを調べていたのかも知れない。

 その証拠に騎士の格好をしている。


 だから……

 こんなに早くに港街が封鎖された事にゴードン達は納得した。



 あの小瓶の中身の成分を調べられたら。

 もう……

 俺達は終わる。


 縄で拘束されて、領主の館に連れて行かれながら……

 ゴードン達はガタガタと震えていた。



 勿論……

 そんな入念な打ち合わせがある筈も無い。

 全てがたまたまで。

 方向音痴のレティが道に迷っただけなのだから。




 ***




 レティの2度目の人生での学園時代は勉強漬けの毎日だった。


 海で溺れ死んで、入学式の日にループして来た事を受け入れるには随分と時間が掛かった。


 学園に入るまでの貴族の子息は、母親同士の茶会などの交流で小さい頃から遊び相手は決まっているが、レティは領地暮らしだった為に皇都には1人も友達がいなかった。


 そのままの交遊関係で学園生活が始まるので、そんな幼馴染みのいないレティは、ループの後遺症で完全に友達作りに出遅れてしまったのだ。


 1年B組は……

 1度目の人生の時と同じメンバーなのだが、誰もレティの事は知らなかった。


 初めましてじゃ無いのに初めましてなのである。

 レティは混乱した。

 仲良く遊ぶ友達はいなくても、1度目の人生では4年間も同じクラスで過ごしたのだ。

 クラスメートともそれなりに仲良くなっていた。



 レティはこの帝国で最も位の高い公爵令嬢。

 レティが声を掛けなければ、誰も自分からは声を掛ける事は出来ない立場。


 出遅れたレティは……

 もう、勉強するしかなかった。


 周りから見れば……

 お高く止まった公爵令嬢だと思われていたに違いない。


 あるのは……

 皇太子殿下への恋心だけ。

 誰もが初めましての学園で……

 1度目の人生から続いている皇太子殿下への想いだけが、彼女を支えていた。



 彼が学年で1番の成績だから……

 自分も勉強して1番で居続ける事が出来たなら、何時かは私を見てくれるかも知れない。



 そんな中で……

 皇太子殿下は、1度目の人生と同じイニエスタ王国のアリアドネ王女と婚約をした。


 切ない気持ちを抱えてレティは医師の道に進んだ。

 医師になりたいと思ったのは、祖父母が早くに病で亡くなっていたからかも知れない。



 そこで……

 レティはユーリ・ラ・レクサス伯爵令息と出会う。

 ユーリはレティの5年先輩の医師。

 バディ制度のある医師の世界は、ずっと2人で行動を共にする。


 自分を見て自分を気に掛けてくれる。

 公爵令嬢と伯爵令息と言う身分など関係の無い師弟関係がレティは嬉しかった。


 レティにとってユーリは師匠と言う関係よりも……

 もっと強い絆があったのだろう。

 皇太子殿下を慕う気持ちとは別の。

 勿論ユーリもだ。


 だけど……

 2人は公爵令嬢と伯爵令息。

 そこには決して結ばれ無い身分の差があった。



 この時も……

 レティとグレイの婚姻をルーカスは考えていた事だろう。

 グレイとのお見合いを、レティに何度も打診していたのだから。


 レティの3度の人生の全てにおいての、16歳の時のデビュタントのファーストダンスのお相手はグレイだった。

 ルーカスがグレイに頼んでいたのだろう。


 そんな親の考えなど気にも留めないで、レティは医療の世界にのめり込んで行く。

 皇太子妃の主治医になれと皇宮病院の病院長に言われ、庶民病院に移ってからは尚更。



 そして……

 レティの2度目の人生の幕を閉じるあの流行り病が蔓延する。


 夏なのに流行り病が流行るなんて不思議だった。

 ローランド国で流行り、死者が大勢出ていると言うニュースが流れると……

 あっと言う間にシルフィード帝国でも蔓延し始めた。


 患者は港街から中心に広がった。

 高熱、嘔吐、下痢があっと言う間に体力を奪って行く。


 感染してから死亡までの期間が短過ぎる。



 レティは子供の患者の吐瀉物を浴びた。

 抱き抱えていて吐かれたのだ。


 流行り病が流行り出すと、当然ながらレティは庶民病院で寝泊まりをしていた。

 感染症が蔓延し出すと……

 医師達は自宅には帰れないのだから。



 家族に会えないままに流行り病に感染したレティは、高熱と激しい嘔吐と下痢に苦しめられた。


 もう自分の命が長くないと悟ったレティは、残り少なくなった薬を生きる可能性のある誰かにあげてくれと、薬を飲む事を拒否した後に絶命したのだった



 流行り病が流行ると皇宮は早々にその門を閉ざした。

 皇族を守る為に。

 何の対策もしないで。


 同じ様に皇宮病院も門を閉ざした。

 だから……

 皇宮病院からの医師の応援は無かった。


 騎士団の騎士達も感染した。

 その殆どが街の警備に出ている第2部隊の騎士達だった。

 屈強な体力を持つ騎士達も死んでいった。


 それが……

 シルフィード帝国を震撼させた流行り病だ。


 マークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師が、救世主の特効薬を持って現れたのは、レティが2度目の死を迎えた後になるが……


 それをレティが知るのは3度目の人生での事だ。




 ***




 レティは2度目の人生での流行り病の事を思い返していた。


 確かに……

 普通の流行り病とは違っていた。

 流行ったのが夏だと言う事とその感染力の強さだ。


 私は患者の吐瀉物で感染した。

 だったら患者の唾液でも感染をする。

 感染した者があちこちに動くと感染が広まるのは当然で。



 それが……

 人工的な物であるならば……

 納得できる節もある。


 しかし……

 そんな薬品を作り出せる事は可能な事なのだろうかと、薬学研究員のレティは思う。


 キクール草は毒草である。

 かなり微量ではあるが。


 そして……

『 キクールパンチ 』(←もうパンチ呼び)は解毒剤と同じ作り方なのだ。

 実際に作ってみて不思議に思ったが。



 流行り病が何らかの毒ならば……

 発熱、嘔吐、下痢になるのも頷ける。

 毒は身体の組織を破壊するのだからこの様な症状になる。


 流行り病が感染力の強い毒だとすれば。

『 キクールパンチ 』は確実に効果がある。


『 キクールパンチ 』は解毒剤なのだから!



 レティは握り拳を握り締めた。

 ばんざーいとそのまま両手を上げる。


 牢屋で。



 自警団に連れて行かれたレティは……

 牢屋にいた。


 領地内の犯罪はその地の領主が請け負う。

 勿論、平民に限ってだが。


 貴族の犯罪は宰相ルーカスの担当だ。


 ふむ……

 私はお父様に裁かれるのかしら?



 患者を診る為に宮殿を抜け出したのに……

 ユーリ先輩や皆は頑張っているというのに……

 何だかとんでも無い事になってしまったわ。



 レティは牢屋の硬いベッドに横たわった。

 灯りは蝋燭の灯りだけである。



 窓からの優しい月明かりが恋しいひとを想い出させる。


 アル……

 心配して探しまくっているわよね。


 ごめんなさい。

 明日になったら一生懸命謝ろう。


 レティは疲れて眠った。



 暫くして……


 カチャリ……

 牢屋の鍵が開いた。











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