第541話 変わった未来
「 港街が封鎖されちまいましたね。どうします? 」
「 医師団ももう到着してるし…… 」
「 この薬品は1度だけしか撒け無かったし…… 」
「 流行り病と称して港街に撒けば、直ぐにシルフィード全土に広がる筈だったのに 」
早鐘の様に心臓がドキドキと跳ねる。
今、耳にした事が衝撃的過ぎて。
落ち着こう。
聞き間違えかも知れない。
ゴードンは医師なのだ。
医師には人を助けると言う信念がある。
いくら素行が悪くても……
彼はずっと患者を診て来た筈だ。
あらゆる病を治す為に。
今……
港街ではその信念を持った医師達が、懸命に治療に当たっているのだ。
自分も感染するかも知れないと言うリスクを背負って。
女給のお姉さんが、ゴードン達の注文した酒と酒の肴を持って来たから話は一旦中断をした。
2人で酒を注ぎ合い、乾杯をした後にごくごくと飲み干すと、また話し始めた。
「 これじゃあ、ローランド国で流行り病は流行らない 」
「 外国船も出入国禁止になってますしね 」
何でこんなに早い対策が出来たのだろうかと、2人は頭を捻る。
「 まあ、あの後港街を出ていたのが正解でしたね 」
「 ああ、まさか街ごと閉鎖されるとは思わなかった 」
まるで前もって知っていたかの様だと。
2人はそれからは酒を飲みながら別の話をし出した。
知っていたわ。
だけど……
知らなかった。
あの流行り病が人災だったなんて。
レティは頭がパンクしそうだった。
今生と2度の人生の記憶の中の未来がまぜこぜになって。
駄目だ。
ちゃんと整理をしなければ。
レティは酒場の隅に移動をした。
周りを見渡すと……
仕事終わりの男達で賑わっていた。
酒を飲み、陽気に歌い、今日あった事を語り合う。
そこには何時もの日常と何ら変わりない生活があった。
考えろ、考えろ。
人々のこの平和な日常を守る為に。
2度目の人生の医師時代では、この時点ではゴードン医師はまだ庶民病院にいた筈だ。
今生で、ゴードン医師が庶民病院を出て行った理由は……
あの大火の時に、レティが庶民病院に行った時に勤務中に酒を飲んでいたからだ。
それを……
皇太子殿下に知られた事で、姑息な病院長が自分の監督不行届を指摘されるのを免れる為に、とっとと追い出したのだとロビンが言っていた。
ゴードンがどうやってこの薬品を手にしたのかは知らないが。
じゃあ……
ローランド国はまだ流行り病は流行っていないのかも。
2度目の人生も3度目の人生も、流行り病はローランド国から流行ったのだと言われていた。
犯人はローランド国の人だったかも知れない。
今生は何故か犯人がゴードンに変わっていて……
だったら……
外国船の入出国を禁止すると言う、アルベルトの迅速な対応が功を奏した事になる。
シルフィード帝国で感染した者がローランド国には行けない。
人を動かない様にしたのだから。
そして……
港街まで閉鎖した。
シルフィード帝国内での感染を食い止める為に。
ゴードン達が他の地で新たに薬品を撒かなければ……
感染が広まる事は無い!
これは……
あくまでも私の仮説に過ぎないのだけれども。
レティはご馳走してくれた女将さんと店主にお礼を言って酒場を出た。
そして……
ゴードン達が出てくるのを待った。
ゴードンと一緒にいるのは……
あの大火の時の庶民病院での窓口で、レティとやり合った背の低い小太りの男。
庶民病院のドアの鍵をかけていた男だ。
確か……
私の記憶ではこの小太りの男は薬師だった様な。
皇宮病院や庶民病院みたいな大きな病院は、薬師部といった独立した部署があり、そこでは沢山の薬師達が仕事をしている。
しかし地方の診療所の医師には必ずや薬師が一緒にいる。
マークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師みたいに。
あの時……
2人で庶民病院を辞めたのね。
暫く待つと2人が出て来た。
酒を飲んだのか酔っ払ってご機嫌だ。
彼等はどうやら馬車に乗って来たらしい。
ゴードンと小太りの男と並んで御者席に座る。
酔っ払いが夜中に馬車の運転をするのは危険だけれども、彼等は出発した。
レティも少し離れてショコラに乗って追い掛ける。
ラッキーな事に、2人共に御者席に座っているので後ろは見えない。
尾行されている事に気付かないだろう。
兎に角あの小瓶の中身を調べたい。
彼等の言ってる事が本当ならば……
あの小瓶の中にある薬品を撒かせる訳にはいかない。
港街を封鎖した事が無駄になる。
何としてもあの瓶を手に入れなければ。
そう……
レティはあの小瓶を彼等から盗む事に決めた。
それが1番手っ取り早い。
「 犯罪を取り仕切るお父様……ごめんなさい。今から娘が盗みを働きます 」
***
馬車はある場所で止まった。
どうやら仮眠を取るらしい。
今だ。
チャンス!
レティはショコラから降りて馬車に近付いた。
酔いもあって2人は御者席に座ったままで、そのまま寝ていた。
ゴーゴーと激しい鼾までかいて。
鞄は馬車の中。
ドアには鍵は掛かっていない。
こんな危険な薬品を、鍵も掛けずに無造作に馬車の中に置くなんて。
泥棒に取られたらどうするの!
レティに激しい怒りが沸き上がる。
自分がその泥棒なのを棚にあげて。
ガチャン。
何時も自分が乗っている豪華で手入れの行き届いた馬車ではないので、ドアを開けるとエグイ音が鳴った。
一瞬ゴードン達の鼾が止まって静かになる。
危ない!
起きちゃうじゃ無い。
そのまま潜んでいると再びゴーゴーと鼾音が。
はぁ~
助かった。
再びドアに手をやって取っ手を引く。
ギギギギギィーーっ!!
「 !? 」
馬車のドアがとんでもない音を立てた。
ひえーー!!
手入れをしなさいよ! 手入れを!
「 誰だ!? 誰かいるのか? 」
「 !? 」
流石にこの大きな音が鳴った事でゴードン達は起きた。
レティは鞄を引っ掴んで踵を返して逃げた。
小瓶だけを奪うつもりだったが、そんな事をする暇は無い。
「 待てっ!」
ゴードン達は直ぐにレティを追い掛けて来た。
足の早さには自身がある。
運動なんか皆無の医師ごときには負けない。
小太りの薬師なんか転がる方が早いだろう。
私は……
鍛え上げた騎士だぁ!
早い早い。
レティはトップスピードで駆けて行く。
ショコラの元へ駆けて来たレティは、そのままショコラに飛び乗った。
「 泥棒ーっ! 」
「 誰か!! 白いローブ姿の黄色い顔のリュックの奴を捕まえてくれーーっ!! 」
「 ん? 白いローブ姿の黄色い顔のリュック? 」
レティはショコラの手綱を握り、走らせながら自分の姿を思い起こした。
標的だわ!
暗い夜道に白のローブなんて目印でしか無い。
その上、目立つ黄色を背中にしてる。
後ろから……
パトロール中だった自警団が馬で追い掛けて来た。
「 待てーー!! そこの白と黄色の奴ーっ!! 」
何処までも追い掛けて来る。
白いローブと黄色いリュックを目印に。
「 ………… 」
これは……
絶対に逃げれない。
ならば!!
レティはショコラの手綱を引いて走りを止めた。
そして……
踵を返して駆け出した。
「 何だぁ!? 白い奴がこっちに向かって来るぞ!! 」
物凄い勢いで白い奴が突っ込んで来る。
怖い!!
自警団の皆が思わず怯んだ。
「 私は! リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢よ! 皇太子殿下の婚約者ですわ!! 」
馬の手綱を引きながら白い奴が叫んだ。
パカパカと蹄を鳴らして馬が止まった。
「 !? 」
何だか訳の分からない事を言い出した。
「 泥棒したわたくしを捕まえなさい!! 」
馬から降りた白い奴が、自分を捕まえろと腕を胸の前で組んで仁王立ちをしている。
とても偉そうだ。
自警団は何が何だか分からない。
ウォリウォールと、皇太子殿下の婚約者と言うビッグネームを口にするこの白い奴に、どう対応したら良いかが分からずに大混乱している。
後から馬車に乗って追い掛けて来たゴードン達は……
馬車を走らせて逃げ出そうとした。
自警団が松明で白いローブの奴の顔を照らしたからだ。
ゴードン達はレティの顔を知っている。
レティは直ぐにオハルを構えて矢を射った。
何時もの様に、背中にはデカイ顔のリュックとオハルと矢筒を背負っている。
レティの背中は賑やかだ。
矢は真っ直ぐに飛んで行き馬の足元の地面に刺さった。
馬がヒヒーンといななきながら前足を中に浮かせたので、ゴードン達は御者席から転げ落ちた。
小さな一頭馬車は車体が軽い。
「 あの2人を捕らえよ! 」
偉そうな白い奴は、偉そうに命令をする。
よく見ると騎士の格好をしている。
そして……
小さくて可愛らしい。
その上とても美しい顔をしている。
だけど……
盗人だ。
自分でも泥棒をしたと言っている。
「 一体誰なんだ? 」
「 本当に皇太子殿下の婚約者なのか? 」
何故そんな高貴な令嬢がこんな場所に1人でいて、盗みをしたのか?
もはや何が何だか分からない。
兎に角、自警団の面々は皆を捕まえる事にした。
レティは自警団に捕まった。
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