第540話 開かれる真実の扉
「 何!? レティが到着してないって? 」
アルベルトは真っ青になった。
***
アルベルトは、医師団達の護衛にグレイ、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップを就けた。
アルベルトが馬車に乗っていないのに第1部隊を就けるのは異例の事である。
それ程にこの医師団の派遣が重要な任務なのだと言う事を、改めて医師達は認識した。
彼等は全員独身で、次男や三男で家を継ぐ事の無い騎士達。
やはり……
敵が病ならばいくら強くても関係無い。
万が一の事を考えなければならないからで。
そして……
もし、レティがそこに行ったならば、足止めをして拘束してくれとグレイに伝えていた。
何度も何度も話し合ってレティにはダメ出しをした。
将来の皇太子妃になるレティが、行くべきでは無い場所だと言う事をしつこく説明した。
そして……
騎士であるレティが絶対に守らなければならない皇太子命令まで出した。
分かってくれたと思っていた。
虎の穴から戻って来ないレティを迎えに行くと……
レティの研究室の椅子に、白のローブに見立てた白い布を被せてダミーを作っていた。
「 くそ! そこまでして…… 」
レティなら牢屋に入れても抜け出して来るとクラウドと笑っていた事があるが……
冗談抜きにして本当にやりそうだから嫌になる。
その無謀な行動力に、もはや怒りさえ感じる。
「 殿下はどうか……現場には行かないで下さい 」
「 レティが行ったのだ! 俺が行かない訳にはいかない 」
「 殿下は我が国の唯一無二の皇太子です 」
「 レティも唯一無二だ! 」
レティを追い掛けて行く為に、支度をして皇太子宮から出様とするアルベルトを、クラウドが身体を張って必死で止める。
「 頼む……レティを追わせてくれ……俺は…… 」
泣きそうな顔をして懇願する。
クラウドはこんなアルベルトを見るのは初めてだった。
アルベルトは自分の大切さを十二分に知っている。
その彼が危険を犯してでも彼女を守りたいのだ。
クラウドは……
ずっとアルベルトの側にいて、彼が1人の女性に恋をして、男として、人として成長するのを見て来た。
彼がどれだけ彼女の事を想っているのかを。
「 分かりました。では、私も殿下に同行します 」
「 それは駄目だ! お前には妻子がいる 」
「 私は殿下をお守りするのが使命ですから 」
妻も分かってくれてます。
そう言ってクラウドは親指を立てた。
「 クラウド…… 」
殿下と妻が崖から落ちそうになっていたら、迷わず妻の手をとりますがと言ってクラウドは笑う。
「 ああ、俺は自力で登るから大丈夫だ! 」
そんな事を言い合いながら2人は馬に乗り皇宮を後にした。
クラウドは思う。
レティを追ってウォリウォール領地まで行った時の事を。
あれから5年。
殿下がこんなにも一途に1人の女性を想い続けるとは。
与えられた政略結婚では無く殿下自身が望んだお相手だ。
2人の間には……
目に見えない強い絆がある事を側にいてひしひしと感じる。
シルフィード帝国の皇太子殿下が、一心に愛するリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢。
それはとんでもない令嬢だった。
数々の事件や事故に関わり……
結果的には、彼女が全ての幸運を運んで来るかの様だとクラウドは感じていた。
それが全てアルベルトの名声になっている事も。
父親であるルーカス宰相のたまたま論とそんな子論が笑える程に当てはまる令嬢だ。
しかしだ。
リティエラ様。
貴女は少し……
いやかなり無鉄砲過ぎます。
皇太子妃になられる立場をもっと自覚をして頂かなくては。
もう1人だけのお身体では無いのですから。
これは……
皇后陛下からお灸を据えて貰わなければと思うクラウドだった。
そして……
2人は臨時に設置された検問所に到着した。
レティが来てるならここでグレイが拘束してる筈だ。
万が一の事を、打ち合わせをしていて良かったと胸を撫で下ろす。
そして……
レティを叱り飛ばして直ぐに帰城しよう。
「 殿下!? 」
アルベルトの姿を見て検問所を守る騎士達が驚いた。
慌てて敬礼をする。
知らせを聞いてグレイ達がやって来た。
「 殿下……殿下がこんな所に来てはなりません 」
グレイはクラウドと同じ事を言う。
騎士ならば……
いや、帝国民ならば誰でもそう思う筈だ。
彼はシルフィード帝国のたった1人の皇子様なのだから。
「 ………レティは何処だ? 」
彼女を直ぐに連れて帰るとアルベルトは言う。
「 えっ!? リティエラ様は来られておりません! 」
騎士達が顔を見合わせて確認をし合う。
「 何!? レティが到着してないって? 」
アルベルトは真っ青になった。
勿論、クラウドやグレイ達も。
一体何処に行ったのかと。
***
レティは暗い夜道をショコラを引いてとぼとぼと歩いていた。
「 おかしいわ……何故港に着かないのかしら? 」
何処で道に迷ったのかが分からない。
兎に角ショコラを休ませたいのと、自分のお腹が空いたのとで近くにある村の酒場に入る事にした。
井戸から水を汲み出してショコラに飲ませ、酒場の横にある繋ぎ場に繋いだ。
本人は気付いて無いが……
レティは方向音痴だった。
宮殿でも迷子になる事が多々ある。
あの建国祭の事件の時も……
レティがボイラー室に辿り着いたのは、以前に宮殿で迷った時に、ボイラー室の前で偶然に錬金術師のシエルと出会っていたからである。
何よりも……
常に馬車で移動をする高貴な公爵令嬢であるレティが、道を知らないのは当然で。
御者に行き先を伝えれば、自動的に目的地まで運んでくれるのだから。
「 皇都から港街には真っ直ぐな道だと聞いていたのに 」
真っ直ぐにショコラを走らせて来たのに何故なの?
大通りを進んで行けばちゃんと港に到着するのだが……
道がずっと直線なだけの筈が無い。
レティは兎に角真っ直ぐに走る傾向があるのだ。
大きなカーブのある大通りに、少し小さめの道が面している場所がある。
レティはそこを真っ直ぐに突っ走って来たと言うのが、道に迷った理由だ。
レティは酒場に入って料理を注文した。
お金の持ち合わせが少ししか無かったので、酒の肴の唐揚げだけで。
「 おや、あんた……女性騎士さんかね? 」
これは珍しいと、陽気な女将風のオバサンがジロジロと見てくる。
そうだ……
私は騎士の格好をしているのだわ。
騎士服に虎の穴の白のローブを纏っていた。
この白のローブは身体を守ってくれるから、馬に乗る時は必ず身に付ける様にアルベルトに言われている。
しかしだ。
白のローブなので目立ってしまうのが難点で。
「 騎士さんは何で騎士になったのかね? 」
唐揚げを美味しそうに食べてるレティに皆が口々に聞いてくる。
女性騎士は珍しい事から興味津々だ。
こんなに小さくて細くて可愛らしい嬢ちゃんが騎士になるなんて、よっぽどの理由があるに違い無いと言って。
「 えっと……家が貧しくて……」
騎士は給金が良いから志願したのだと悲し気に言ってみる。
皇都の騎士は平民であろうと学園の卒業生が多いが、地方では騎士養成所に入所しなくても、試験を受けて合格すれば騎士団に入団出来る。
勿論、彼等は皇宮騎士団に入る事は無く、ずっと地方を守る任務しか出来ないが。
要は……
騎士養成所は皇族を守る為の、騎士のエリート養成所なのである。
だから……
レティの着ている皇宮騎士団の騎士服を、平民上がりの騎士が着れる筈はないのだが。
そこは……
酔っ払い達の集まりだから有難い事にスルーされていた。
「 我が家は子供が女ばかりで、長女の私が稼ぐしかなくて…… 」
「 女だてらになんて不憫な…… 」
皆が真剣にレティの身の上話を嘆いてくれた。
レティの……
嘘も方便は絶好調。
最初は女ばかりの姉妹だと言っていたが……
いつの間にか放蕩息子の兄に代わっていて、このろくでなしの兄が借金を抱えたから、無理矢理お給金の良い騎士団に入れられた事になっていた。
酔っ払い達は自分の境遇より不幸な話に涙するものだ。
「 騎士様、これを食べな! 」
酒場の女将さんが料理を提供してくれた。
私の奢りだよと言って。
「 有り難うございます 」
お金を少ししか持ち合わせて無く、唐揚げしか頼む事が出来無かったレティは……
パクパクと食べる食べる。
「 こんなご馳走……食べた事が無い 」
そう言って美味しそうに食べる女性騎士に皆が涙した。
なんて可哀想な境遇だと言って。
腹黒レティは……
不幸な境遇を装う事で夕食にありつけた。
***
さて……
腹は満たされたが……
これから引き返さなければならない。
昨日の今日の事で、この村にはまだ流行り病の情報は入って来てはいなかった。
港街を閉鎖した事が項を称して、この村はまだ平和そのものだ。
この陽気な優しい人達が……
自分と同じ様に苦しんで死んでしまったのかと思うといたたまれない。
今生は、絶対に港で食い止めなければならない。
使命感がふつふつと溢れ出てくる。
ユーリ先輩は……
きっと懸命に治療をしてるのだろう。
「 私も早く行かなければ! 」
そう思って席を立とうとした時に……
何やら見たことのある人物が酒場に入って来た。
?
誰だっけ?
男は2人連れで、酒場の一番隅のテーブルに向かい合って座った。
あっ!
思い出したわ。
彼はヨハン・ゴードン。
庶民病院で勤めていた医師である。
2年半前の皇都での火災の時に、庶民病院で勤務中に酒を飲んでいた医師である。
彼はその後、庶民病院から追放され地方に行ったと、庶民病院に勤務しているロビン医師から聞いた。
ゴードンは平民の医師で……
レティの2度目の人生の医師時代では、貴族であるレティが庶民病院に来たことを揶揄して来た嫌な奴だった。
もしかしたら……
流行り病の応援に駆け付けて来てくれたのかも。
あんな嫌な奴でも医者だ。
志は同じなんだとレティは胸を熱くした。
レティは彼等に挨拶をする為に席を立った。
もし良ければ自分も港街まで同行させて欲しい。
そんな考えもあって。
そうして彼等に近付いた時に彼等の会話が聞こえた。
「 港街が封鎖されちまいましたね。どうします? 」
「 医師団ももう到着してるし…… 」
「 この薬品は1度だけしか撒け無かったし…… 」
「 流行り病と称して港街に撒けば、直ぐにシルフィード全土に広がる筈だったのに 」
レティは慌てて酒樽の影に隠れた。
今、男達の話した言葉に頭はパニックだ。
2人は黒い鞄から透明な液体の入った瓶を取り出した。
人差し指位の瓶だ。
彼等はそれを確認して再び鞄に戻し、女給のお姉さんを呼び寄せて酒と肴を注文した。
「 どうして……どうして……そんな事が…… 」
あの流行り病は……
自然のものでは無くて……
人の手によって作られたものだと言うの?
酒樽の影にしゃがみ込でいるレティは口に両手を当てて、ガクガクと震えが止まらなくなっていた。
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