第543話 レティの捜索

 




 港街に通じる検問所に、レティが来ていないと知ったアルベルトは直ぐに探しに行こうと馬に乗った。

 お忍びだから勿論白馬のライナでは無く、普通の栗色の馬だ。

 この馬もアルベルトの馬である。



「殿下! お待ち下さい! 」

 クラウドが今にも駆け出して行きそうなアルベルトを止める。


「 クラウド! 控えろ! 俺はレティを探しに行く! 」

 もう夜の帳が下りて辺りは暗い。

 早く探さなければ危険だ。

 事故に合うかも知れないし誰かに襲われるかも知れない。


 レティの4度目の死がここだったらと思うと……

 居ても立っても居られない。

 俺が守ると誓ったのに。


「 くっ…… 」

 焦るアルベルトは馬の手綱をグイっと引いた。



「 殿下が闇雲にお探しに行かれたら、リティエラ様が見付かった時には、今度は殿下を探さなければなりません 」

 どうかここで待機をしていて下さいとクラウドは言う。

 思い詰めたアルベルトを諭す様に。


「 殿下! リティエラ様は我々が必ず探し出します 」

 グレイや騎士達もアルベルトに懇願する。



 アルベルトは額に手を当てた。


 確かに……

 俺が動くと俺の護衛をしなければならないグレイ達は、レティを探す事に集中出来なくなる。



「 取り乱してすまない……気が動転した 」

 フゥっと1つ息を吐いて、冷静さを取り戻したアルベルトはそう言って馬から降りた。


「 では、今から我々が捜索に向かいます! 」

「 いや、待て! 」

 グレイ達が出発しようとするのを今度はアルベルトが止める。


「 お前達も……闇雲に探しても時間の無駄になるだけだ 」

 港街勤務の騎士に、この辺りの地図を持って来るように命じた。



 拠点として借りている宿屋に入る。


「 こ………皇太子殿下……!? 」

 宿屋の主は突然のアルベルトの登場に固まった。

 騎士達は出入りしているが、まさかの皇太子登場に驚くのは当然で。


 遠目からは何度も見た事はあるが……

 平民達には近寄る事も出来ないあまりにも尊い存在。


 近くで見ると……

 背が高くガタイの良い惚れ惚れする様な美丈夫振りに、おじさんでも胸がときめき顔を赤くする。



 本物だ……

 本物の皇子様が俺の宿屋にいる。


 港街から少し離れた場所にある宿屋の儲けは少ない。

 こんな場所で宿屋を営んで来た親に嘆いていたが……

 今日は親に感謝した。

 騎士様達だけで無く、皇太子殿下までもが来てくれたのだから。




 皇宮から港への道は真っ直ぐである。

 だから……

 道に迷った説は考えられない事から、何かのトラブルに巻き込まれた可能性が濃厚だ。


 あのレティの事だ。

 十分にあり得るから困るのだ。


 不安な気持ちを抱えながら……

 皆が地図を見て頭を付き合わせて考える。



「 殿下と私がここに来るまでの道中は、至って平常でしたね…… 」

 まあ、リティエラ様が宮殿を出発されてから、2時間は経っていますがとクラウドは言う。


 宮殿を経つ時にアルベルトとクラウドは門番に確認していた。

 今から2時間程前に、白いローブ姿の騎士が殿下の伝令だと言ってここを通り過ぎたのだと。


 門番が言うには……

 深くフードを被っていたから気付くのが遅れたが、後ろ姿を見た時にデカイ顔の黄色いリュックを背負っていたから、あれは間違い無くウォリウォール公爵令嬢様だったと。


「 レティだな 」

「 間違いないですねぇ 」

 黄色いデカイ顔のリュックを背負った姿は、今や宮殿では誰もが知るレティのトレードマークだ。



 皇宮からこの検問所までは2時間以上掛かる。

 レティが宮殿を経ってからは既に4時間以上は経過している事になる。

 トラブルに巻き込まれた可能性は捨てきれないが……

 アルベルトはある事を思い出した。


「 もしかしたら……レティは道に迷ったのかも知れない 」


 レティは宮殿でもちょくちょく迷っていた。

 だから……

 何時も俺が宮殿中を探しまくる羽目になるのだとアルベルトは言う。

 彼女が神出鬼没なのは宮殿で迷っているからで。



 リティエラ様は方向音痴!?

 か……可愛い。


 騎士達は萌え萌えした。


 そう言えば……

 たまにとんでも無い場所でリティエラ様に遭遇する事もあると、皆は笑いに包まれる。


 こんな時でも……

 レティは、想い浮かべるだけで可愛らしい存在なのだ。



 もう1度地図を見ながら道に迷いそうなポイントを探す。

 どうみても……

 大通りを進む限りは、自然に港街に到着するのだがと皆は首を傾げる。


「 もしかしたらここかも…… 」

 グレイが指を指した場所は大通りが大きくカーブした場所。

 皇都から来た場合は、カーブしなければ真っ直ぐ進む事になる道。


「 確かに……この道を進んだ可能性が濃厚だな 」

 そして……

 もう1つの迷いポイントの道との2つのルートを重点的に捜索する事にした。


 グレイとケチャップはその道を、サンデーとロンはもう1つの道の捜索をする事に。

 ジャクソンはここにいる何名かの騎士を連れて、トラブルの有無を聞く為に自警団に行く事をアルベルトは命じた。



「 お前達からの朗報を待っている! 」

「 御意 」


 こうしてレティの大捜索が開始された。




 ***




 グレイとケチャップは、大通りのカーブに面した道に馬を走らせて来た。


「 班長! 絶対にここッスよ! この道を真っ直ぐに行ったんッスよ 」

「 確かにな…… 」

 夕日の陽射しがきつい時間ならば真っ直ぐに行く可能性は大だ。

 方向音痴ならば尚更。



 この道を暫く馬で走るが……

 ただ真っ直ぐに行くだけで良いのかと思い始めた時に、道は行き止まりになった。

 この先の道は左右に伸びている道だ。


 何か手掛かりは無いものかと辺りを見渡すと、少し離れた場所に酒場の灯りがあった。


「 ここで聞いてみるか 」

 グレイとケチャップは酒場に入った。



「 白のローブを纏い、背中に黄色い顔のリュックを背負っている女性騎士を見掛けなかったか? 」

 酒場の店主に、アルベルトから聞いていたレティの服装の特徴を言う。


「 おお……あの可愛らしい騎士様の事かね? 」

「 そうッス! もの凄く可愛らしい騎士なんスよ 」

 何から何まで可愛らしいのだと、ケチャップが嬉しそうに自慢をする。


 レティの様相は印象的だったみたいで、ここに来ていた事が直ぐに分かった。

 グレイとケチャップは、先ずはトラブルに巻き込まれていなかった事に安堵する。



「 あの可愛らしい騎士様は、家が貧しくて女ばかりの長女だから、お給金の良い騎士になったって言ってたねぇ…… 」

 女だてらに健気じゃないのと横にいた女将がしんみりと話す。


「 お前、それは違うぜ! 放蕩息子の兄の借金を払う為に騎士になったんだと言っていたぜ 」

 店主と女将が揉め出した。



「 ……… 」

「 やっぱり、人違いッスかね? 」

 リティエラ様は大金持ちの公爵家の令嬢ッスよねと、ケチャップがグレイにひそひそと話す。


 それに……

「 ラウル様の店は繁盛してるッス 」

 グレイや騎士達もラウルの店の会員になっていて、静かに飲みたい時は利用している。

 綺麗なホステスがいないのが残念だと、ロンやケチャップは嘆いているが。



 レティがこの酒場にいた時から既に2時間は経っていた。


 可愛らしい騎士が話していた家庭の事情からは別人とも言えるが……

 様相は間違いない。

 何故出鱈目を言ったのかは不明だが……

 デカイ顔の黄色いリュックはレティのトレードマークなのだから。



 さて……

 ここまでの足取りは判明したが、この先は店主達に聞いても分からなかった。


 突き当たった道は左右に別れているのでどちらに向かえば良いのやら。

 2人で左右に別れて捜索しようと打ち合わせをしていると……


「 隣村で泥棒騒ぎがあったってよ 」

「 白いローブに黄色い鞄の騎士が捕まったそうだぜ 」

「 騎士が泥棒をしたのか? 」

 世も末だなと言いながら歩いて来る男3人の会話が聞こえて来た。



「 おい! その話を詳しく聞かせろ! 」

 直ぐにグレイが男達に凄む。


「 うわぁ~騎士様! スミマセンです。騎士様の事じゃ無いんです~ 」

 男3人はグレイとケチャップの前で土下座をして地面に這いつくばる。


 白のローブに黄色い鞄。

 レティは目印だと嘆いていたが……

 これがレティの捜索に役立った。



「 捕らえられた白いローブに黄色い鞄の騎士はどうなったのか? 」

「 自警団に……領主様の所へ……連れて行かれた……そうです 」

 グレイの恐ろしい形相に男達はビクビクしながら答えた。


「 ここの領主は……確か……ノーバート侯爵。ケチャップ! 殿下にお知らせしろ! 」

「 ラジャー! 」

 俺はノーバート侯爵邸まで行くと言って、グレイは直ぐに手綱を引いて馬で駆けて行き、ケチャップはやって来た道を引き返してアルベルトの元へと急いだ。




 ***




「 夜分の突然の訪問申し訳無い。私は皇宮騎士団第1部隊のグレイ・ラ・ドゥルグと申します! 先程捕らえられて来た者についてお聞きしたい事があります。ノーバート侯爵にお目通りを願いたい 」


 門番が館の中の者に取り次ぎに行くと……

 館から執事らしき者が慌てて出て来た。

 挨拶もそこそこに執事はグレイを館に招き入れた。



 ここはオリバー・ラ・ノーバート侯爵の領地。

 侯爵家の所有する面積としては小さい領地だったが、港街の隣の領地である事からかなりの賑わいがあった。


 無遅刻無欠席を推奨するレティを気に入っていた、あの文部大臣の領地である。


 皇都に邸があるので、この館にはオリバーの家族は不在だったが、この執事は何度も主の用事で皇宮の大臣の執務室まで行った事があり、レティの顔を知っていた。



 家人達がグレイと執事の周りを、青い顔をして遠巻きに囲んでいる。


「 ウォリウォール公爵令嬢がここに来ていると聞いた 」

「 はい、はい! 来られています 」

「 今、何処にいる? 」

「 それが…… 」

 皆はお互いの顔を見合わせる。

 とても言いにくそうにしている。



「 何処だ?」

 はっきりしない家人達にイライラが募って怒りのボルテージが上がっていくグレイに、ノーバート家の家人達は慌てて頭を深く下げた。


「 ろ………牢屋にいるのです…… 」

「 なに!? 牢屋!? 」



「 ウォリウォール公爵令嬢様は、我々がいくら客間に案内すると言っても聞き入れてくれませんでした! 」

「 ………… 」


「 罪を犯したからと牢屋に入れろと……もう煩くて…… 」

「 牢屋は何処だと勝手に館中を探し回るんですよ 」

「 なのに湯浴みはしっかりとされて…… 」

「 おまけにお夜食までお召し上がりになって…… 」

 女中達が次々にレティの暴挙を告発する。


 だけど……

 レティの事を話す皆の顔は楽しそうで。



「 牢屋は地下牢じゃ無いのかと文句を言われましてね 」

 笑いながら嬉しそうに話す執事に案内された牢屋は、本邸とは別の棟にあり、そこには取り調べをする部屋などもあった。


 牢屋に繋がるドアを開けると、中はジメジメとしていてカビ臭く、夏なのに妙にひんやりとしていた。

 明かりは松明だけで辺りは薄暗い。



 レティのいる牢屋の前には牢屋番が3人いた。

 鉄格子に手をかけて首を伸ばして中を見ている。


「 下がれ! お前達が見ていいお方では無い! 」

 咄嗟にグレイが叫ぶ。

 グレイの剣幕に牢屋番達は頭を下げながらあたふたと逃げて行った。


「 も……申し訳ございません 」

 執事が無礼な事をしたと平謝りをしながら、後から奴等には罰を与えるとぶつぶつ言っている。



 薄暗い冷たい鉄格子の前でグレイは足を止める。


「 リティエラ様。私です。グレイです 」

 声をかけるが返事は無い。


 薄暗い中を目を凝らして見ると……

 レティらしき人物はベッドに横になっていた。

 白いローブを身体に巻き付けて。


 具合が悪いのかとグレイは牢屋の鍵を開けて貰う。



 カチャリ……


「 リティエラ様…… 」

「 ………… 」


 寝ている。


 我が国最高位の貴族令嬢が……

 こんな場所でスヤスヤと寝ている事がおかしくて仕方無い。

 何時も斜め上を行く彼女がたまらなく愛しい。



 月明かりに照らされた綺麗な寝顔に……

 心臓が早鐘の様に鳴る。


 辺りが薄暗くて助かった。

 騎士たる者が、主君に対してこんな感情がある事を悟られてはならない。



 グレイは静かに息を吐いて……

 レティをノーバート邸の客間に連れて行く為に抱き上げ様とする。


「 ん……アル?……勝手な事をして……ごめん……なさい 」

 側に近付いて来たグレイに気付いて、レティはぼんやりと目を開けた。


 後から詳しく話すわと言うと……

 安心した様にまた目を閉じた。



 リティエラ様は……

 ずっと殿下が来るのを待っていた。

 俺を……

 殿下だと思ってる。


 海に落ちた時に……

 あれ程までに殿下だけを求めたのだ。



 グレイはレティを抱き上げ様としていた手を下ろした。


「 あれ? 客間に運ばれないのですか? 」

 執事は不思議そうにグレイの後ろから訪ねる。

 後から旦那様に叱られますから、兎に角客間に運んで下さいと言って。



「 直に……殿下が迎えに来られる。それまでここで待つ事にする 」

「 !? で……殿下? 殿下って皇太子殿下ですか!? 」

 これは大変だと言いながら執事は大慌てで外に出て行った。



 幸せそうな顔をして眠っているレティを、グレイは暫く見つめていたが……

 やがて牢屋の鉄格子の扉を閉めてその前に立った。


 俺は騎士。

 主君を護衛する事が任務だ。



 窓から注ぐ月明かりの下で……

 愛しい女性ひとの小さな寝息を背中に感じながら……


 グレイは……

 アルベルトの到着するのを待った。



 レティを恋慕うグレイにとっては……

 掛け替えのない幸せな時間だった。











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