第538話 2人だけの湖デート
帝国の皇太子とのデートは中々難しいものがある。
レティがアルベルトと恋人同士になって彼是4年になるが、レティが憧れていた制服デートはたったの1度だけ。
それも……
直ぐに人だかりが出来て危険になり、早々に切り上げる事になったと言う。
そんな理由もあって街でのデートは数える程。
それも変装デートが多い。
なので……
2人がデートをする場所は牧場が多い。
この牧場はアルベルトが私的に経営している牧場でもあり、女性が好んで来る場所でも無いので、2人でゆっくりと過ごせるからで。
この牧場の近くに皇室保有の狩場と湖がある。
皇室保有の湖なのだから皇族以外の人がいる筈も無く、ゆっくりとデートが出来る場所。
そんな湖の存在を知ったレティは少しばかり拗らせていた。
今までにアルベルトとデートした場所で、他の女性とデートをした事があるだろうなと思う事も多々あった。
いくら過去を気にしないと言っても……
匂いがプンプンしてくるのは気持ちの良いものでは無い。
あのロブスターの美味しい港街のレストランも……
絶対に他の女性と来た事があるとレティは踏んでいる。
その女性にもロブスターを解体して食べさせてあげたのだと。
「 だって……皇子様のくせに解体する事に凄く慣れているんだもの 」
何時も女性にやってあげてるからあんなに上手なのだと思うわ。
アルは優しいから……
皇太子であるアルベルトの行動範囲は限られている。
決して何処にでも自由に行ける立場では無い事は理解してはいるが。
そんな中で……
アルベルトがレティを連れて行かない場所があの湖で。
きっと……
沢山の令嬢達とデートをしたのだ。
誰にも邪魔されない静かでロマンチックな場所だから。
もしかしたら……
イニエスタ王国のアリアドネ王女との素敵な想い出があるのかも知れない。
レティの3度の人生でも、今生にしても、アリアドネ王女は何度も来国していた。
それ程アルベルトの事を好きだったのだとレティは思っている。
そこにはきっと……
レティの知らない2人の色々があった訳で。
「 私が……アリアドネ王女に拘る事を知っているから…… 」
だから……
アルは敢えて私を湖には連れて行かないのかも。
レティはそう思って……
アルベルトには何も言わなかったし、何も聞かないでいた。
少々拗らせてはいたが。
***
軍事式典が終わり皇宮内は平常な毎日を取り戻していた。
レティは皇宮の食堂でラウルと昼食を取る事が多くなった。
公爵邸を出てから特に。
家の様子を聞いたりと。
レティが食堂で昼食を取るから、当然ながら皇子様も食堂にやって来る。
勿論、エドガーやレオナルドも。
皇子様やこの4人が集まる事から食堂は連日大盛況だ。
学園時代の彼等を知る者達は、まるであの頃の様だと喜んでいる。
「 レティ、もう平気か? 」
ラウルがレティが海に落ちた事を心配する。
エドガーとレオナルドから、海に落ちた時の様子が異常だったと聞いていたから尚更で。
離れて暮らしているからこそ可愛い妹が心配になる。
「 うん…… 」
「 思い出して、苦しくなったりはしてないんだな? 」
ラウルは仕事柄心理学を学んでいる。
海に落ちたレティが病んでいないのかと気に掛けていた。
レティは幼い頃に領地の川で溺れた事がある。
その後暫くは水が怖くて……
湯浴みをする時でも、婆やに抱かれていないと泣き叫んでいた事をラウルは覚えている。
勿論、暫くは川にも近付く事は無かった。
しかし……
何時の頃からは分からないが、溺れた川で魚釣りをする様になっていた。
魚釣りが好きなレティの大好きな爺が、川で釣りをしているのを横で見ていたりする事で、徐々に恐怖心が無くなって行ったのだ。
そして……
今では大の魚釣り大好き令嬢になってしまっているが。
「 川は問題無くなっても、湖はやっぱりフラッシュバックが起きる可能性がある 」
「 ああ……だからあの湖にはレティを連れて行って無い 」
ラウルの説明にアルベルトが頷いている。
レティは小さい頃に川で溺れただけでは無い。
あの船から海に落ちて……
溺れて……絶命したのだ。
あの時に……
必死で自分にしがみついて来たレティを思うといたたまれない。
どれだけ怖かっただろうと。
「 あら!? アルがわたくしを湖に連れて行って下さらないのは、他の令嬢達とそこでデートをしたからではありませんの? 」
ずっと俯いてアルベルトとラウルの話を聞いていたレティが、突然に顔を上げてアルベルトを見つめた。
「 レ……レティ!? 」
ゴホッゴホ……ゴホ……
アルベルトは飲んでいた飲み物に咽せた。
誰よりも美しい顔で。
「何? 湖?……他の令嬢? デートが……何だって!? 」
レティのとんでも発言にアルベルトがあわてふためいている。
何時もは皇子然としているアルベルトにとっては珍しい所作。
レティが絡むと……
この皇子は本人自身も知らない一面を見せる。
幼馴染みであるラウル達も驚く程に。
「 違う! ……違うよレティ! 君が川で溺れた事を聞いて……ボートに乗るのは怖いだろうと思って…… 」
だから……
他の理由は無いのだと必死の弁明をする。
湖デートをしない事が、レティを拗らせていたとは少しも思ってはいなかったのだから。
「 そうだったのね 」
「 うん……そうだよ 」
私はてっきり……
僕は君だけを好きなんだ……と、2人は無言のラブラブ光線の会話をして見つめ合う。
良かった。
納得してくれた。
レティが嬉しそうに笑ってくれたから……
アルベルトはホッと胸を撫で下ろす。
「 えっ!?ボートに乗らなくても湖デートは出来るじゃん!なのに行かないのはどうしてだ? 」
KYエドガーが唐揚げをつまみながら余計な事を言う。
「 そりゃあ、他の女とデートした場所には連れては行けないわな。そこで良いムードになったのなら尚更だね 」
レオナルドがニヤニヤしながらとんでもない事を言う。
KYエドガーの余計な一言で、青くなったアルベルトとレティを見てレオナルドは面白がっているのだ。
「 まあ、アルは行動範囲が限られているから、デート場所が被るのは仕方無いよ 」
「 ね? レティちゃん 」
じゃあ!と、とんでもない爆弾を落としてエドガーとレオナルドが立ち去って行った。
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら。
「 おい! お前ら揉めさせる様な事を言うな! 」
……と、言ってラウルはレティをチラリと見やりながら、アルベルトに頑張れと言って席を立った。
残された皇子様と婚約者は無言。
レオナルドの爆弾が衝撃的過ぎて次の言葉が出て来ない。
「 ………… 」
「 ………… 」
くそ!
あいつら覚えていろよ!
レティは無言で席を立った。
慌てて席を立ったアルベルトが、レティが運ぼうとするトレイも持って食堂の返却口に持って行く。
この食堂はセルフサービスだ。
振り返ると……
ドアの前でアルベルトが戻るのをちゃんと待っていてくれているので、先ずはホッと胸を撫で下ろす。
「 レティ? ……何を考えてる? 」
「 別に…… 」
手は繋いではくれているが……
何だかよそよそしい。
「 聞いてくれ! あの2人が言う様な事は無いし、君が思ってる様な事も無いから 」
「 でも……湖では誰かとボートに乗ったのでしょ? 」
「 そ……それは……… 」
レティのチラ見にアルベルトは焦る焦る。
これは……
絶対に厳しい追及をされるパターン。
答え方を間違えたらとんでもない事になる。
危険だ!
どうにかして話題を変えなくては。
こうなったら実力行使。
アルベルトはレティを抱き上げた。
周りからキャアキャアと黄色い声が上がる。
皇宮にレティが入内してからは……
静かだった皇宮内で、黄色い声があちこちで上がる事が増えている。
皇子様のレティへの甘い甘い行いで。
「 !? アル! 何処に行くの? 」
「 庭園のベンチだ 」
片手でレティを抱き上げてスタスタと歩くアルベルトの首にレティは手を回した。
クスクスと笑って。
慌てるアルベルトがおかしくて。
湖に行かなかったのは……
私の為だったのね。
レティはチュッとアルベルトの頬に仲直りのキスをした。
「 !? 」
うわっ! 仲直りのキスをしてくれた。
良かった。
庭園にある2人のお気に入りのベンチに座り、イチャイチャしながら次のデートの約束をするのだった。
***
次のデートは……
勿論、湖デート。
「 ………… 」
皇子様は婚約者をボートに乗せてスイスイとオールを漕いで行く。
皇子様の……
オールを漕ぐ時の、腕捲りをした血管が浮き出ている腕がセクシー過ぎてドキドキが止まらない。
目の前にある、逞しい胸に抱き締められる事を想像しては胸を熱くする。
優しく微笑んだ美しい顔にうっとり見とれてしまっていると、それに気付かれた事に少し恥ずかし気に頬を染める。
これが皇子様を前にした普通の女性達であった。
しかし……
この令嬢はボートに乗るや否や湖面を覗いている。
目の前にいるキラキラの皇子様なんか屁とも思わない。
こんなに素敵な皇子様を船頭としか思っていないかの様に。
彼女はもはや魚に夢中。
「 あっ! ここで止めて! 」
……と、船頭に言って釣り竿を投げ入れ釣糸を垂らす。
可愛らしい手で妙な虫を釣り針に付けていた。
あの鼻歌を歌いながら。
こんな令嬢は何処を探してもいない。
「 …………… 」
「 …………… 」
暫し沈黙が流れる。
レティは白い帽子を被り小作人が着るオーバーオールを着て来ていて、やる気満々だ。
魚釣りは久し振りだと言って、ボートに乗る時はキャッキャとはしゃいでいた。
ロマンチックなデートなんか少しも考えていないのだ。
そよそよと吹く風が湖面を揺らし陽の光で遠くの湖面がキラキラと輝いている。
真剣な顔をして湖面を見つめるレティを、楽し気にアルベルトが見ている。
自分の膝の上に頬杖を付いて。
「 レティ? 」
「 なぁに? 」
「 怖くない? 」
「 うん……溺れても……直ぐにアルが助けてくれるでしょ? 」
そう言ってニッコリと笑ったレティは、アルベルトに絶対的な信頼を寄せている。
ラウルが心配していたトラウマは無さそうで。
それが……
自分が側にいるからだと言う理由に、胸がキュンとして抱き締めたくなる。
「 ……レティ……僕は君が……す…… 」
「 しっ! 黙ってい!! 」
浮きが動いたと、レティが湖面に全神経を集中する。
「 ………… 」
シュッ!!
釣竿を引くと……
「 キャー!! 釣れてる! 」
「 おっ!? 凄い 」
ビチビチビチ!
レティがいきなり魚を釣った。
小さい魚だけれども。
「 良かったね 」
「 どう? 凄いでしょ? 」
次はもっと大きな魚を釣るぞと言って、満面の笑顔を見せるこの可愛らしい婚約者が皇子様は大好きである。
こんなに愛しい
2人は束の間のデートを楽しんでいた。
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