第537話 聖剣とオリハルコンの弓

 




 レティ達の騎乗弓兵部隊の後には、弓兵部隊の100名余りが行進をする。



 騎乗弓兵部隊の10名に対して、弓兵部隊は総数1000名はいる大部隊。

 皇宮騎士団第3部隊所属の地方を守る騎士達が、軍事式典の為に集結して来ていた。

 勿論、何時魔獣が出現するのかが分からない為に、今回は100名余りの参加だ。


 最近では魔獣の出現が増えた為に、第3部隊は弓兵部隊に変更された。

 あの雷風の矢が、魔獣に討伐に絶大な効果を上げている事からで。

 それに伴い弓兵達も大幅に増員された。


 ドラゴンが襲撃して来たディオール領地の海岸線にも、新たに多くの弓兵部隊が配置されていた。



 レティ達の行進は皇宮に入城する橋に差し掛かった。

 欄干の前にも沢山の人垣が出来ている。


 この橋が、敵に攻められた時の最後の砦だと聞いた。


 他国に行く事で、色んな宮殿の造りを見る事になったが。

 広い堀に囲まれた我が国の宮殿が、いかに強固な守りなのかを知る事となった。


 1度も他国に侵略された事の無いシルフィード帝国が誇りだと、エドガーが自慢していた。

 ドゥルグは蟻の子一匹も通さないのだと。


 何だか帝国が強かった理由が分かる様な気がする。


 守りがこれだけ鉄壁の守りならば、攻撃もさぞかし長けていたのだろうと思わずにはいられない。

 そのシルフィードを支えて来たのが、我がウォリウォール家の祖先だと思うと誇らしい。


 こんな風に思うのはレティが騎士だからで。

 レティはこのパレードの意味を噛み締めているのだった。



 橋を渡り終えると広場に通ずる広い道を行進をして行く。

 両脇の沿道には溢れんばかりの人々がいた。


 キャアキャアと騒がしい女性達を見やると……

 たった今、白馬に乗った皇子様が通って行った事で興奮していた。

 生皇子様を見たのだと。

 何て素敵なんだろうと頬を染めて。


 大歓声の中でも一際キャアキャアと女性達の声がする時がある。

 きっと……

 アルが何かしてるのだわとレティはクスクスと笑う。



 そして……

 またもや聞こえて来た。


「 はぁ~皇子様に食べられたら死んでも悔いは無いわ~ 」

「 冥土の土産に食べて貰いたい~ 」

 キャアキャアと騒いでいるのは婆さん軍団で。


 皇子様を見ると、ドキドキしてとても元気になると言って。

 確かに婆さん達を見ると生き生きキラキラとしている。



 ふむ……

 アルの存在が活力になるのだわ。

 これは医師としては見逃せない。


 アルに聞いてみよう。

 食べるにどんな意味があるのかを。



 人々が笑顔で手を振って声援を送って来る。

 まるで……

 本当に戦争をして勝利した時みたいな誇らしい気持ちになる。


 人々の熱い視線、熱い言葉を浴びれば胸が熱くなる。

 騎士達は……

 こんなにも国民から期待をされているのだと。



 そんなパレードもいよいよクライマックスだ。

 ゴールの前の壇上には皇帝陛下と皇后陛下の姿が見える。

 帝国民が最も敬愛する2人だ。


 お父様やお母様、お兄様も近くにいるに違いない。

 私に気付いてくれるかしら?



 すると……

 急にレティの前の道が開かれた。

 前を行進していた騎乗弓兵部隊の皆が左右に分かれたのだ。


 開かれた前にあるものは……


 白い軍服に赤いマント姿の背の高い皇太子殿下が立っていた。

 それはそれは美しい顔で破顔して。

 黄金の髪をキラキラさせて。



 ロン、ケチャップ、カマロ、ゴージュ……

 グレイの皆が、そのまま殿下の元へ行けと優しく笑う。


 皆の前をパカパカとショコラに乗ったレティが進む。

 レティがアルベルトの前で馬の歩みを止めた。


「 お帰り 」

 そう言ってアルベルトが両手を差し出して来た。

 とても嬉しそうな顔で。


「 ただいま…… 」

 アルベルトに手を伸ばし、抱っこして貰ってショコラから降りると、凄い歓声が上がった。



 皇太子が1人の女性騎士を出迎えた事で、人々はその存在を知った。


「 婚約者だ! 」

「 皇太子殿下の婚約者がパレードに参加していたんだ! 」

「 彼女は騎士の格好をしているぞ! 」


 正装にマント姿が格好良いと大騒ぎだ。



「 ゴールに到着したら、こっそりと消えるつもりでいたのよ 」

 パレードの総大将を務める皇太子殿下を出迎えなければならない婚約者が……

 反対に皇太子殿下に出迎えられてしまった。


「 それは出来ないよ。君は僕の妃になる女性ひとだからね 」

 ほら、見てごらんと言って、アルベルトがレティの手を引いて壇上に通じる階段を上った。



「 皆が、騎士として行進した君に敬意を表している 」

「 ……… 」


 何百人もの騎士達全員が2人の前で跪いて、手を心臓に当てて忠誠の姿勢を取っていた。



 圧巻だった。


 ロバート騎士団団長を先頭に跪いている。

 騎士であったレティが感動しない訳が無い。


 レティはアルベルトに肩を抱かれて……

 ポロポロと涙が溢れていた。



 そして……

 アルベルトとレティと騎士団の騎士達は……

 壇上にいる皇帝陛下と皇后陛下の前に跪いて忠誠の姿勢を取った。


 皇帝こそが帝国の唯一無二の存在。

 皇帝の前では皇太子も1臣下に過ぎないのだから。



「 何と……レティちゃんもパレードに参加していたとは…… 」

「 この2人は何時もサプライズが多くて楽しいですわ 」


 アルとレティちゃんは、どこまでドラマチックなのかと両陛下は満足気だ。

 今年は良い式典になったと。

 両陛下は2人の恋物語を観劇に行くのを楽しみにしている。



 そして……

 ラッパの音が鳴り響き……

 感動的なパレードは終わった。





 ***




「 行くよ……レティ 」

「 はい! 」


 パレードが終わると騎士達によるデモンストレーションが行われる。


 剣舞、弓矢のデモンストレーションが終わって、最後は皇太子によるデモンストレーションだ。


 ここでは聖剣を使っての雷の魔力を披露する事になっていたが……

 レティはを持って来ているので、ならばと急遽2人のコラボレーションをする事にした。



 シルフィード帝国の国宝である聖杯と聖剣はオリハルコンから作られている。


 聖杯には聖女が浄化の魔力を融合しているから、シルフィード帝国では魔獣が少ないとされている。

 国境付近や地方では魔獣が出現する事もあるが、皇都では出現した事は皆無だ。


 そして……

 聖剣にも浄化の魔力が融合されている。


 シルフィード帝国が圧倒的に強かった理由は、この聖剣があったからなのだと。

 皇帝が聖杯で国を守り、皇太子が聖剣を振るって敵を倒す。

 これがシルフィード帝国の伝説であった。



 レティの記憶では……

 空飛ぶ魔獣ガーゴイルが現れたのは12月の初め。

 流石にこれは日にちまでしっかりと記憶にある。


 そのガーゴイルは聖なる矢でしか絶命させられないと言う事が判明している。


 聖なる矢。

 それは聖女が浄化の魔力を施した矢である。

 しかし……

 聖女が居ない今ではその聖なる矢を作り出す事は出来ないのである。



 シルフィード帝国の国宝である聖剣は、たとえアルベルトでも安易には持ち出せない。

 この軍事式典は練習のチャンス。


 浄化の魔力が融合された聖剣から放たれた雷の魔力が、浄化の魔力となり、それをオハルに融合させて矢を射らなければならない。


「 僕の雷の魔力は緩くするから 」

「 はい 」


 レティは吸収する手袋を嵌めて弓矢を構えた。

 アルベルトも聖剣を掲げる。


「 行くよ 」

 レティのオハルに向かって聖剣から魔力が放出され、オハルがこれを吸収した。


 そして……

 レティは矢を放った。

 矢は黄金色に光り……

 的に当たった。


 会場では大歓声が上がっていたが……

 2人はそれ所では無い。


 雷風の矢の様な破壊力は無いが……

 浄化の魔力がこもった矢なら、ガーゴイルを絶命出来る筈だ。

 しかし……

 実験出来ないのが厄介だ。



「 手に痺れは無い? 」

 アルベルトがレティの側にやって来て手を掬った。


「 ちょっとピリピリしたわ 」

「 すまない……次はもう少し加減する 」

 でも、大丈夫だと言うレティの指先にアルベルトはそっと唇を寄せる。



「 これが……これが聖なる矢になれば良いのだけれども 」

 2人は雲1つ無い真っ青な空を見上げた。


 空が暗くなる程のガーゴイルの大群と対峙しなければならない。


 聖女もガーゴイルも存在しない今は……

 ただただ祈るしか無かった。




 ***




「 パレードはどうだった? 」

「 皆の熱量が凄かったわ 」


 舞踏会で躍りながらパレードの様子をレティが話す。

 大興奮で。


「 あっ!そうだ! 」

 レティがクルリとターンしながら思い出した様な顔をする。


「 女性達がね、アルに食べられたいって言ってたの 」

 食べられたいってどう言う意味かを、ロンやケチャップに聞いても教えてくれないのよとレティが口を尖らせる。


「 それ……本当にロンやケチャップに聞いたの? 」

「 ええ、何故だか分からないけれども……勘弁してくれって…… 」

 アルは意味が分かるのかと、真ん丸い目をしてアルベルトを見上げた。


「 ………… 」

「 お歳を召した方も、アルに食べられたいと言っていたわ 」

 ドキドキしたら元気になると言って。


「 ………… 」

「 アルに食べられたら元気になるの? 」

 どんな意味なのか教えろとレティは言う。


「 もうすぐ流行る病の活力になるかも知れないから、知っていたら教えて 」

「 …………… 」

 元気になる活力を教えろと言うレティの頭の中は、間もなくやって来るであろう流行り病の事でいっぱいで。



「 結婚したら教えるよ 」

 可愛らしいレティに、アルベルトは顔を近付けて耳元で甘く囁いた。


 レティは真っ赤な顔をして涙目になる。

 アルベルトの甘い声で耳元で囁かれる事に弱いのだ。

 普通に言えば良いでしょ!普通に!と言ってプンスカ怒る顔も可愛い。



 いや……

 いくら活力になるからと言われてもそれは無理。

 僕が食べたいのはレティだけなんだから。



 アルベルトはレティの頭に唇を寄せた。



 流行り病が流行り出すまでは後少し。










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