第536話 11人のパレード

 




「 ねぇ……駄目? 」

 ただ今、レティはアルベルトにおねだり中だ。


 ソファーに座っているアルベルトの膝の上で、手をアルベルトの首に回して顔を覗き込んでいる。


 勿論、アルベルトは砂糖を溶かした様な甘い顔をしている。

 レティからのおねだりが嬉しくて仕方無い。



 本日は軍事式典の前日。

 先日の密輸の事件の処理はルーカスに任せたが……

 色んな書類に目を通す暇もなく、軍事式典の準備に取り掛かる事となった。


 明日の準備を終えてレティの顔を見に部屋を訪れると……


「 私もパレードに参加したい! 」

 レティがとんでもない事を言い出した。



 レティの3度目の人生は騎士団に入団をしたが……

 入団したばかりの新米騎士達は、警備や整備に当てられるのでパレードに参加する事は出来ない。


 だから……

 20歳で死んでしまったレティは警備をしていただけでパレードの経験は無かった。


 皇宮騎士団騎乗弓兵部隊の一員としてパレードに参加したい。

 この後に死があるのならばどうしても。



 5度目の人生が始まっても……

 独りで生きて行く為にもこの想い出が欲しい。


 4度目の人生は皇太子殿下を慕うのに疲れたスタートだったが、5度目の人生は生きる事に疲れたスタートになるかも知れなくて。



「 大体……君はパレードの意味を分かっているのか? 」

 アルベルトは理解出来ないと頭を横に振る。


 そもそもパレードは……

 戦争で勝利した王が、王妃の待つ宮殿まで騎士団を引き連れて凱旋をした事から始まった。


 凱旋をして戻って来る皇太子を、将来の皇太子妃となる婚約者が出迎えずに何とする?



「 皇后様がいらっしゃるわ 」

「 母上は…… 」

 それはそうだが……


「 俺には婚約者がいるのだから……俺の凱旋には君が出迎えるのが筋だろ? 」

 それでも決して諦めないレティにアルベルトは困惑する。



「 どうしても……騎士としてパレードに参加したいの 」


 パレードは国民の声援を一心に浴びる騎士達の夢の舞台。

 だから……

 騎士では無いレティが参加する事は有り得ない事なのだが。



 それが出来るのは今生しかない。

 何故なら……

 シルフィード帝国の最高指揮官の婚約者が自分なのだから。


 そこはこの特権を利用したい。

 千載一遇のチャンス。

 一世一代の晴れ舞台を経験してみたい。



「 パレードの練習もしてないレティを参加させる訳にはいかない 」

「 皆の後ろから付いて行くだけだから 」

「 あの大歓声にショコラは耐えられるのか? 」


 そう……

 パレードは観衆から凄い大歓声が上がる。

 それも出発地点の皇都広場から絶え間なく。

 訓練を受けていない馬にはとてもじゃ無いが無理だ。



「 ショコラなら大丈夫! 保証するわ 」

 ショコラはレティの愛馬。


 3年前の軍事式典では……

 ショコラに騎乗して、駆けながら的を射るデモンストレーションに成功している。

 大歓声の中でもショコラは平然としていた。


 弓騎兵の訓練は常にショコラと一緒で、3年前のあの時よりも遥かにレティとの絆は深い。



「 それに……騎乗弓兵部隊には、第1部隊のグレイ班長や勇敢な騎士達がいるのだから、何かあってもグレイ班長が助けてくれるわ 」


 第1部隊はアルベルト自慢の部隊だが、ここまでグレイを信用しているレティにちょっとモヤモヤする。


 いや……

 今まで命懸けでレティを守って来たのだから、それだけの信頼も当然で、何よりグレイは騎士時代のレティの師匠なのだからと必死で言い聞かせる。



 パレードの先頭を行くアルベルトよりも、弓騎兵達の行進はずっと後だ。


 グレイは第1部隊所属だが、騎乗弓兵部隊の隊長である事から今年も弓騎兵として行進する。

 同じ第1班のメンバーであるサンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップも然り。



「 私は……騎士としての想い出が欲しいの! 」

 3度目の人生では死んでしまったからとレティは言う。


 どうしても憧れのパレードに参加したいのだと。

 皇太子殿下の特権で何とかしろと。

 こんなにも可愛らしい令嬢なのに……たまに腹黒い。



 これを言われれば……

 アルベルトは反対が出来ない。


 20歳になってからのレティは……

 死を覚悟している風で時折切ない顔をする。

 そんなレティを見ていると胸が痛むのだ。

 だから……

 出来る限りはレティの望みを叶えてあげたい。



「 分かった。許可を与える 」

「 アル……有り難う! 」

 レティがアルベルトの首に手を回してギューっと抱き付いた。


 好き好き。

 大好きだと言って。



 アルベルトは自分の頬を指先でちょんちょんとする。

 お礼のキスのおねだりだ。


 レティはチュッとキスをした。

 おまけに反対の頬にも。

 今日のレティはサービス満点だ。


 もう……

 愛しいレティの為ならば、職権乱用だろうが規則に反する事だろうが何だってする。


 帝国の皇太子は大好きな婚約者にメロメロである。




 ***




 軍事式典の騎士達の授章式が終わり、いよいよパレードが始まる。


 パレードの出発点は皇都広場。

 そこに……

 皇太子殿下や騎士団の騎士達や国境警備隊などの全国からの騎士達が集まっているのだから、皇都広場は沢山の人々の賑わいを見せていた。


 警備専門の第2部隊や新米騎士達が警備や整備に当たっている。

 初々しい新米騎士達は、オバチャン達にからかわれながら。



 騎乗弓兵部隊が集まっているエリアにレティがやって来た。

 ポニーテールにした髪に騎士の正装を着用して、肩からマントを羽織っている。

 これは今朝緊急にクラウドに用意をして貰った。


 背中にはオハルと矢筒に入った矢を背負い、愛馬のショコラを連れて。



「 !? ……リティエラ様? 」

 隊長グレイの言葉に皆が振り返る。


「 リティエラ様! 」

 皆がレティを見て驚いている。


「 私も……パレードに参加させて下さい 」

 皇太子殿下の許可は得ているのだとレティは言う。


 その皇太子殿下はパレードの先頭を行くのだから、当然ながらここにはいない。



「 うわ~大歓迎ッス! 」

 ケチャップが大声を上げる。


「 しぃ~! 」

 レティが指を口に当てて……内緒だとウィンクをする。

 アルベルトの許可は貰ったが……

 やはり部外者はひっそりと参加したいのだ。



 まあ!可愛らしい。

 殿下~

 可愛いのがウィンクしてますよ~


 春からレティが弓騎兵の訓練をさせて貰っているから、彼等にとってはレティが参加する事は何の問題もなくて……

 グレイも嬉しそうにレティに親指を立て、他の皆も喜んだ。


「 じゃあリティエラ様は俺の後ッスね 」

「 俺の後だ! 」

 お前ら静かにしろ!

 皆から叱られたロンとケチャップだった。


 隊列は2列。

 最後尾は一番年齢の若いこの2人なので、レティはその後ろを行く事になった。



 ラッパのファンファーレが鳴り響いた。

 いよいよパレードが始まる。


 白の軍服に赤いマント、白馬に乗ったアルベルトの姿が遠くにあった。

 騎乗したから姿が見える様になったのだ。



 キャアキャアと女性達の高い声と共に、レティも見惚れた。


『 皇子様は遠くから愛でるもの 』

 これは皇子様ファンクラブの掟。


 ここからでは遠過ぎるが……

 それでも凛としている勇敢な姿は誰よりも素敵で。



 レティはまだショコラには乗らずに、ショコラがパニックにならない様に側にいる。


「 うん……大丈夫そうね 」

 ショコラはロンの馬に鼻を寄せて挨拶をしたりして、歓声は気にならない様だ。

 何時も一緒に訓練をしているから、馬同士が仲良しな所も安心の材料である。



 更に歓声が上がる。

 アルベルトが行進を始めた。

 キャアキャアとつんざく様な黄色い声が聞こえてくる。


「 皇子様ーーっ!」

「 いや~ん! 格好良い~ 」

「 私を食べて~キャー! 」


 レティはジロリと声の方を見る。

 ロンやケチャップがそんなレティを慰める。


「 殿下は格好良いですからね 」

「 いや~もう格好良すぎッスね 」

「 ねえ、食べてってどう言う意味?」

「 !? ………それは…… 」

 ロンとケチャップの目が泳ぐのを見て、騎士達がクックと笑っている。



「 殿下に何を食べて欲しいの?」

 ねぇ教えてよとレティがしつこい。


「 リティエラ様……もう勘弁してください~ 」

「 ? ? 」

 ここにレオナルドがいれば、食べるの意味をレティに教えるだろう。

 ニヤニヤとしながら。


 しかし……

 騎士達はそうはいかない。

 きっと……

 レティの3度目の人生のロンやケチャップならば……

 レオナルド同様に、ニヤニヤしながら教えるのだろうが。



「 えっ!? リティエラ様? 」

 ぞろぞろと団体でこの場にやって来たのは弓兵達だ。


 助かった。

 お前らナイス!


 レティの気が逸れた事にロンとケチャップは感謝する。

 弓騎兵達と弓兵達は仲が良い。

 レティがいるから尚更で。


「 お久し振りですわ 」

「 リティエラ様も行進するのですね 」

 騎士の正装姿でマントを着用しているレティに目を細める弓兵達。


「 はい……」

「 どうしても皆様と一緒に行進したくて……殿下に無理を言ってお願いしました 」


 他国の王太子と決闘をした事を思えば……

 騎士であろうとする彼女には、好感度しか無い弓兵達であった。



 いよいよ騎乗弓兵部隊の行進が始まる。

 前を見ていたグレイが、振り返って皆を見回した。

 後ろにいるレティを優しい目で見つめる。


「 我等が騎乗弓兵部隊! 只今出動する! 」

「 おーーっ!! 」


 グレイ隊長を先頭に副隊長のトリスが続く。

 騎士達は2列になって行進する。

 レティは最後尾からの11人の行進だ。



 あの夜も……

 こんな風に新米騎士レティは騎乗弓兵部隊の1番後ろを駆けていた。


 グレイ、トリス、ワシャル、マージ、サンデー、ジャクソン、カマロ、ロン、ケチャップ。

 そしてレティの10人だ。


 ゴージュは死んでいる為に居なかったが……

 生きていたらきっと居たのだろう。


 ゴージュは……

 今生では、医師レティが心肺蘇生をして助けた命であった。



 あの時……

 ガーゴイルが出現しなかったのなら。

 21歳になったばかりのパレードでは、こんな風に皆で行進をしていたのかも知れない。


 皆の大きな背中を見ながら……

 大歓声の中、レティはショコラを操りながらゆっくりと行進して行く。



 3度目の人生を想いながら。












 

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