第523話 記憶の中と現実と
「 ジャック・ハルビン! 」
レティが叫んでもジャック・ハルビンは止まらない。
沢山の人達が行き交う廊下をスイスイと縫う様に走って行く。
その後ろにはガスター・ストロングが走り……
すぐ後ろにレティが……ガスターにしっかり追い付いていた。
「 遅い! 」
ガスターの余りにもの足の遅さにレティはイライラする。
ドレスの私より遅いなんて。
レティは足が早い。
きっとラウルやレオナルドよりは。
ここでミリアのお父様を私が抜かして良いの?
順番的にどうなのよ?
そうしている間にジャック・ハルビンは階段の前に差し掛かった。
流石に諜報員だけあって急な階段でもヒョイヒョイと駆け上って行く。
仕方無いから階段を上り始めたガスターの後ろから背中を押す。
やはりこいつに追い掛けられないと始まらないのでは無いかと。
「 あの包みを取り返す……あの包みを…… 」
階段をフーフー言って上りながらも、ガスターがぶつぶつと言うのを聞いた。
操られている。
やはり……
この男は魅了の魔術に掛けられているのだわ。
それに……
この男からはあの時嗅いだ香水の香りがする。
あの、魅了の魔術師アイリーンの香水と同じだ。
お洒落番長だった私でさえ嗅いだ事の無い独特の香り。
レティとガスターは甲板に通じる扉の前に来た。
ガスターは虚ろな目をしてまだぶつぶつと言っている。
ここを開けると……
1度目の人生の時と同様に……
私の死へのカウントダウンが始まる。
レティは大きく深呼吸をした。
両開きドアの取っ手を両手で握った。
「 よし! 行くぞ! 」
両手でドアを押し開けた。
***
開けた扉の前では、ジャック・ハルビンが1人の女性に包みを渡していた。
そして……
「 ○×☆#*#*☆○× 」
……と、言う言葉を彼女の目を見ながら発した。
!? ………やっぱり……あの時、ジャック・ハルビンが言ったのはこの言葉だったんだ。
レオナルドが言った言葉を、そのままジャック・ハルビンが言った。
言葉の意味は……
『 ベッドの上で足を広げなさい 』だ。
何故この言葉なの?
あんたら馬鹿?
いやいや……
それよりも……
ジャック・ハルビンが包みを渡す相手は私じゃ無いの?
いや……
よくよく考えたら……
2度目の人生と3度目の人生では、私はこの場にいなかったのだから私じゃ無くても良いのかも知れない。
咄嗟にそんな事を考えていたら。
ジャックハルビンの発したそのいやらしい呪文で、女性の目は虚ろになった。
ジャック・ハルビンの手から女性に渡った包みを取ろうとガスターが飛び掛かって来たのを押さえながら……
「 それを皇太子に渡せ! 」
包みを受け取った女性にそう命じた。
「 !? 」
何?
レティは目を大きく見開いて固まった。
すると……
包みを持った女性が言葉を発した。
「 はい……ご主人様 」
女性は駆け出して、キョロキョロと辺りを見回す。
ガスターが女性の持っている包みを奪おうと、ジャック・ハルビンの手を振り切り女性を追い掛けた。
頭の中の整理が付かないが……
あの女性が危ない事は察知した。
あの女性は1度目の人生の時の私だ。
そう思うと同時にレティは、女性を追い掛けるガスターを追い掛けた。
女性はキョロキョロと何かを探す素振りをしていると、ガスターが包みを奪おうと手を伸ばす。
「 グェッ!! 」
レティがガスターの横っ腹にドロップキックをかました。
ガスターが痛さのあまりに踞っている横で、レティは両手を広げて片膝を付いて着地した。
ちょっとぐらついたから8点。
レティは着地の姿勢に拘る女だった。
その時……
タラップからグレイが駆け上って来た。
その後には皇太子が続く。
ジャック・ハルビンは彼等が来る事を知っていたのね。
だから皇太子に包みを渡せと命令したのだわ。
それはレティが海に落ちる瞬間に見た時と同じ光景。
まるでスロービデオの様にあの時の光景が甦る。
あの時……
私が海に落ちた事を殿下は知っていたのかしら?
もがいてもがいて……
苦しくて苦しくて……
息が途絶えて目を閉じたとたんに……
あの入学式のあの場所に立っていた。
壇上にはまだ青年の様な皇太子殿下が演説している。
キラキラと輝く笑顔で。
レティが……
ループして来た事により、再びやり直さなければならない現状を受け入れるまでには1ヶ月を要した。
その頃にはもう友達を作れずにいた。
そもそも……
1度目の人生でも友達はいなかった。
領地暮らしの長かったレティに皇都での友達作りは難しかったのだ。
だから……
入学式で一目惚れをした3年生のアルベルト皇子の元へ通っていたと言う。
今では考えられない事なのだが。
1度目の人生の様に皇子のいる3年生の教室にはもう行きたくない。
だから……
1人ぼっちのレティは勉強に励んだ。
行く所と言えば図書室で……
休日には皇立図書館にも通う毎日だった。
学期末試験が終わり、貼り出された成績順に記載されていた用紙には、『 リティエラ・ラ・ウォリウォール 』の名前は一番上だった。
3年生の成績順を見れば……
一番上に書かれている名前は……
『 アルベルト・フォン・ラ・シルフィード 』
レティは……
それがただただ嬉しかった。
同じ一番である事が。
こうしてレティの2度目の人生が始まったのだった。
***
「 レティ!女から包みを奪え! 」
「 御意! 」
主君の命令には直ちに反応してしまう騎士の性。
レティは……
虚ろな目をしながら、包みを持ってうろうろとしている女性の手首をチョップして包みを叩き落とした。
ゴトン……
これが……
私の死の原因になった包み。
レティは落ちている包みを拾い上げた。
「 ○×☆#*#*☆○× 」
いつの間にか側に来ていたジャック・ハルビンがレティの手首を掴み、この言葉を発した。
「 !? 何なの? 」
「 皇太子に包みを渡せ! 」
レティに命令をしたジャック・ハルビンの間に一瞬沈黙が流れた。
「 な~にをいやらしい事を言ってるのよ! あんた馬鹿じゃ無いの? 」
レティはジャック・ハルビンの胸ぐらを掴み、ギリギリと締め上げた。
「 うわ~!! 参……った……参った!! 」
「 あんたねぇっ!!この言葉の意味を調べるのに……!? 」
レティは腰に手を回され、ジャック・ハルビンの胸ぐらを掴んでいる手を外された。
勿論、レティにこんな事をするのはアルベルトだけで。
「 アル! 離してよ! こいつは…… 」
アルベルトに抱き抱えられてジタバタとしているレティを見ながら、ジャック・ハルビンが腹を抱えて笑い出した。
「 あんた、やっぱり魅了が利かないんだな 」
「 ………… 」
アルベルトとレティは顔を見合わせた。
それって……
その時、レティはアルベルトの姿を見て驚く。
「 !? アル……その格好…… 」
アルベルトは……
黒のスーツに緑の蝶ネクタイ、黒淵のメガネを掛け、頭には猫マークの入った黒のキャップを深く被り、この船のスタッフの変装をしていた。
やたらと背の高いスタッフはアルだったのね。
どうりで女性達が騒がしい筈だわ。
「 レティってば……全然気が付かないんだから…… 」
やっと触れる事が出来たと言いながら、バックハグでぎゅうぎゅうとレティを抱き締めて。
ん?
じゃあ、先程タラップを上がって来たのは誰?
その時レティは頬っぺを捻られた。
「 お前、口が悪いぞ! 」
「 お兄様!? 」
ラウルは皇子様になっていた。
いや、ならされていた。
襟首に恐ろしい程のヒラヒラのジャボを付けられているのは、アルベルトの侍女達の仕業だ。
我が国の皇子様はそんな格好をしない。
侍女達は昔された悪戯の仕返しをしたに違いない。
レティは腹を抱えて笑った。
ラウルの皇子様姿は何度見ても笑える。
その間に……
レティにドロップキックをされて甲板に倒れているガスターの腕を、後ろに捻り上げながら押さえ付けていているのはグレイだ。
第1班の隊長がガスターの上着の内ポケットを探り、包みを取り出した。
「 殿下! ありました! 」
「 扱いに気を付けろ! そのまま持って来た箱に入れろ 」
「 御意 」
サンデーが持っていた箱に恐る恐る袋を入れた。
レティが見ている事に気付いたグレイが……
「 リティエラ様! ドロップキックお見事でした! 」
笑いながらレティに親指を立てた。
周りには人垣が出来て……
ロンやケチャップ達や他の騎士達が人々の整理に当たっている。
「 何でもございません! これは訓練です!」
そう叫んで乗客達を安心させていた。
船長を捕らえている事には違和感があるが……
船長自身が自ら訓練をしてる事として、人々はこの様子を見ていた。
「 やっぱり……この男も魅了の魔石を持っていたのね 」
レティは手に持っている包みをほどいて中にある物を取り出した。
それは……
色んな色が混ざりあった魔石だった。
石の中で色んな色が生き物の様に蠢いている。
ミレニアム公国のエメリーがしていたネックレスの魔石は、その役目が既に終わっていたのだと言う事が今なら分かる。
魔石の輝きがまるで違う。
『 魅了の魔石 』
人を思いのままに操る事の出来るとんでも無い代物だ。
ましてや……
魔石を持たせて呪文の言葉を言えば、簡単に人を操る事が出来るなんて。
明らかにエメリーの持っていた魔石よりも精巧な作りになっている。
レティの1度目の人生で……
ジャック・ハルビンからこの包みを渡されて呪文を言われたが……
レティは魅了には掛からなかった。
掛からないままに……
魅了の魔石を持たされて駆け出した。
魅了の魔力で操られていたガスターに船首まで追い詰められ、魔石を巡って揉み合いになり、その弾みで壊れていた手摺から海に落ちたのだ。
そして……
海で溺れて絶命した。
もしも……
魅了で操られていたのなら……
駆け付けて来た皇太子に、魅了の魔石を渡す事をするだけで海に落ちる事は無かったのだ。
全く運が悪いと言うしかない。
手摺が壊れていた事も。
因みに、手摺は綺麗に修繕されていた。
以前にこの船に乗った時に……
船の点検をしている作業員をつかまえて、壊れたら直ぐに修理をしろと注意をした事がある。
作業員はちゃんと仕事をしていたのだった。
「 皇太子に届けなくては…… 」
虚ろな目をしてぶつぶつと言っている女性の前に行き、レティはその頬を叩いた。
パーンと音が鳴る程に。
この位の衝撃を与えなければ正気に戻らないのは、エメリーの時で分かっている。
次に……
「 あの包みを取り返す 」とまだぶつぶつと言っているガスターの胸ぐらを掴み頬を叩いた。
往復で。
パンパン……オマケにバチーン!!
このガスターはあのガスターでは無いのは分かってはいるが。
1度目の人生での恨みが炸裂した事は仕方の無い事で。
ハッと我に返った時には遅かった。
驚いて好奇の目をレティに向けるギャラリー達。
いくら訓練だと言っても……
美しい令嬢が船長をぶっ叩いているのだ。
人垣を整理していた騎士達も固まっていた。
「 いや~ん! 怖いの~。船長のお顔に大きな虫が止まっていたの~わたくしが~勇気を振り絞って~やっつけちゃった~ 」
無理か!?
これは無理があるか!?
横にいるスタッフに扮したアルベルトやラウル、ジャック・ハルビンや周りにいた騎士達が……
腹を抱えて笑い出した。
騎士達が笑い出した事でギャラリー達も笑いに包まれた。
こうして……
レティは生き残り……
この捕物劇は一旦幕を閉じた。
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