第524話 密告と潜入捜査

 




 レティが港に行く一日前の事。

 アルベルトは執務室にいた。


 レティの誕生日の日に皇太子宮にやって来たばかりだと言うのに、レティは2日目にして、ルーカスとラウルと一緒に帰宅してしまった。


 この日に帰宅するのは分かってはいたが……

 もう少し寂しがってくれても良いものを。


 当時を完璧に再現するのだと言って、アルベルトの言う事さえ聞きやしない。

 危ないからわざわざレティが行かなくて良いし、船の運航を止めれば良いだけの事なのにだ。



 20歳になると死んでしまう事が3度も起きているレティが、20歳になったのだ。

 不安にならない訳が無い。


 皇太子宮に来た夜に一緒に寝ようと言ったら、嫌だと言う。


 何度か一緒に寝た事もあるのだから構わないだろうとレティの耳元で囁くと、あれは心の問題だと言って、赤い顔をしてキーキーと怒られて部屋から追い出されてしまったのだ。


 怒ると怖いんだ……俺の婚約者は。



「 はぁ……早く結婚したい 」

 アルベルトが執務机に突っ伏していたら……


「 殿下! 」

 帰宅した筈のクラウドが、書簡を持ってやって来た。


「 愛妻の元へ帰ったのじゃ無いのか! 」

「 リティエラ様が帰宅なされたからって、私に当たらないで下さいね 」

 明日のデートで仲直りをして下さいよと、明らかに不機嫌な様子のアルベルトにクラウドはくすりと笑う。


 レティが帰宅したのは2人が喧嘩をしたからだと思っているのだった。



 明日は当然ながら一緒に行くつもりだったが、レティは頑なに当時と同じ様にしたいと主張する。


 この日の出来事は過去でも未来でも無い、この日に起こる出来事なのだからと。


「 あの日に皇太子殿下はちゃんと来たわ。私が海に落ちる瞬間にグレイ班長と一緒にタラップを上って来たのよ……

 恐ろしい事を平気で言う。


「 そのって何だ? 」

「 グレイ班長だったかどうかはハッキリしないのよね。でも……皇太子殿下が来るなら当然グレイ班長のいる第1部隊が来るでしょ? 」


 レティは記憶の事を話す時はアルベルトの事を皇太子殿下と言う。

 たまにこんがらがってしまう様だが。


 そんな事を言い残してレティは帰宅したのだった。



「 帰り際に明日の事でと、怪しい男から手紙を渡されて…… 」

 私が封を開けましょうかとクラウドが言う。


 皇宮に届く知らない人からの怪しい手紙や小包は、皇族の3人は直接開けてはならない決まりがある。


「 誰からだ? 」

「 ジャック・ハルビンって……ご存知ですか? 」

「 何? ジャック・ハルビンからだって!? 」

 アルベルトは知り合いだと言って、クラウドから手紙を受け取り封を開けた。



『 ◯ピー丸、密輸の疑い有り 』


 よし!

 捜査だ!

 これで正式に第1部隊を連れて行ける。


「 クラウド! 密輸の密告だ! 明日の早朝の船の出港前に◯ピー丸の捜査をする! 第1部隊を出動させる 」

「 密輸? ……御意! 」



 クラウドには、レティとデートがてらに港を見回って来ると言ってあった。


 まさかレティの死んだ原因を探りに行くとは言えない。

 公務だと言えばクラウドと女官を伴わないとならないし、公務で無いなら第1部隊は連れては行けない。


 いくら皇太子でも、第1部隊を動かすにはそれ相応の理由がいる。


 だから……

 ラウルとエドガー、レオナルドと第2部隊の騎士を多い目に連れて行く手配をしていた。

 勿論、グレイは個人的に同行させる事にして。



 あの日……

 皇太子おれと第1部隊があの場所に行ったのなら……

 こうして密輸の密告があったと考える事が正解なのだろう。

 ジャック・ハルビンの事を、皇太子おれが知っていたかどうかは知らないが。



 やはり……

 レティの1度目の人生で起きた事は本当だった。

 決して疑っていた訳では無いが。


 こうしてお膳立てされていくのを目の当たりにすると、妙な焦燥感にかられてしまう。



「 レティ……君は今何を思う? 」


 クラウドのいなくなった執務室で……

 アルベルトはレティを想い……

 独り言ちた。




 ***




 ジャック・ハルビンが諜報員だと言う事と、魅了の魔石や魅了の香水の事を知っているラウル等には、潜入捜査に同行して欲しい旨を伝えていた。


 船の所有者で船長でもあるガスター・ストロングに怪しい動きがある事も。

 どうやら既にルーカスは動いていると、アルベルトの影からの報告もある。



 レティを忍び込ます事には、アルベルトが船のスタッフに変装をして側にいる事で納得して貰った。

 レティの死の原因を知りたいからとは言えない事から、これには苦労をした。


 レティは1人で港に行くつもりでいるが……

 勿論1人で行かせる訳にはいかないので、エドガーをレティに同行させた。

 夜勤明けだが……

 大丈夫だろう。



 勿論、公務なのでクラウドは同行する。

 流石に捜査なので女官達は連れては行かないが。


 レティが潜入捜査をする事をクラウドに説明するのにも苦労をした。

 ジャック・ハルビンがサハルーン帝国の諜報員だと説明し、彼にはレティが大きく関わっている事を強調して、無理矢理納得させたのだった。



 真実を話せない辛さ。


 俺に対して……

 幾つもの小さな嘘をつかなければならなかったレティ。

 まだレティのループを知らなかった頃の彼女の辛さに胸が痛くなった


 本当に……

 たった独りでどれだけの孤独と戦いながら生きていたのか。




「 昨日、◯ピー丸の密輸の密告があった。これより極秘に潜入捜査を開始する。皆、打合わせどおりに心してかかれ!」

「 御意! 」


 朝の暗い内に……

 クラウド、ラウル、レオナルドと第1部隊が皇宮を出立した。

 今回は大掛かりな捜査になるだろうからと、第1班と第2班も出動させた。



 こうして……

 レティの死の真相プラス潜入捜査と言う大捕物がスタートした。




 ***




 レティが『出入国管理所』で手続きをしている間に、エドガーが既にスタンバイオッケーで甲板にいるアルベルトとクラウドに無事到着の合図を送った。


 クラウドもアルベルト同様にこの船のスタッフの姿に変装している。

 彼は勿論アルベルトの護衛としての同行だ。

 彼は秘書官だが……

 元はアルベルト皇子を護衛していた騎士である。



 ワンピースを着て、背中には黄色のデカイ顔のリュックを背負った姿はもはやレティのトレードマーク。


 トランクをガラカラと引っ張って甲板にレティが現れた。


「 可愛い……俺の婚約者が可愛い過ぎて辛い 」

「 殿下、声が出てますよ 」


 レティは甲板に上がると暫く空を見上げていた。


 ああ……

 綺麗だな。


 風に靡く亜麻色の髪。

 ピンクがかったパープルの瞳は大きく可憐だ。

 背は高くは無いが手足はスラリと伸び、均整の取れたスレンダーでしなやかな身体。

 いつの間にかこんなにも大人っぽくなっていた。



「 はぁ……抱き締めたい 」

「 殿下! 声が出てますって! バレちゃいますよ 」


 レティが来るのを待っていると……

 女性達が2人を取り囲む。

 スタッフなのだから案内をして欲しいと言って。


 軟弱そうなスタッフ達の中に、こんなに体躯の良い2人がいるのだ。

 声を掛けられるのは当然で。


 2人共に……

 黒のスーツに緑の蝶ネクタイ、黒淵のメガネを掛け、頭には猫マークの入った黒のキャップを深く被っている。


 何に変装しても格好好い。

 どんなに隠しても、アルベルトの放つオーラは拭えないのであった。



 レティが乗船券を持って近付いて来た。


 ああ……

 可愛い。


 やたらと背の高いスタッフが彼女の側に行き、乗船券を受け取り黙って案内をする。


 えーっ!

 わたくし達は案内してくれなかったのにと、女性達がぶつぶつ言っているのはスルー。


 まだ、そんなに乗船客もいないのだから案内をして貰いたいのならば、他にもスタッフがいるだろうに。

 その明け透けな下心に、反吐が出そうだと思っているのはクラウドだ。



 我が主はそんな事を思わないのが難点で。

 他人ひとの考えてる事をある程度は読める様に学習してる筈なのに……

 女性には全く緩い。


 これでは簡単にハニトラにひかかってしまう。

 側近の苦労は絶えないのだった。



 部屋の番号を横から盗み見て、クラウドはレティの入る部屋にお茶の準備をする為に走った。


 この船にはお茶やお菓子を出すサービスは無い。

 貴族の旅行には侍女や侍従が付き添うので、彼等が主の世話をするからである。

 勿論、平民に相手にある筈も無く。



「 レティが喜ぶから用意をしてくれ 」

 ……と、これは我が主君の要望だ。


 本当に……

 皇子様はどこまでも彼女に甘く、そして限りなく優しいのである。




 ***




 レティが部屋から出て来た。

 背中にはデカイ顔のリュックとオリハルコンの矢を背負っている。


 甲板に行くのかと思いきや……

 トコトコと平民のエリアに向かう。


 おいおい……

 あの日を再現するんじゃ無かったのか?

 何処に行くつもりだ?


 平民達のエリアは特に危険なんだぞ。


 通り掛かる男達から次々に声を掛けられる。

 そりゃあ、こんなに綺麗で可愛らしい娘なのだから当然だが。


 !!


 少し離れている場所からでも……

 彼の放つオーラが男達を震え上がらせるには十分で。


 不埒なハイエナ共は……

 やたらと背の高い体躯の良いイケメンスタッフの無言の圧力に、すごすごと退散して行くしか無かった。



 その時……

 ガスター・ストロングがやって来て、ある部屋に入って行った。


 すると……

 何を思ったのかレティがガスターの入った部屋の前に行った。


 入るのか?

 危険じゃ無いのか!?


 その時……

 いきなり女性達に取り囲まれた。


「 やっと見つけたわ! 」

「 こんな所にいらしたのね? 」

「 わたくし達に船の案内をして下さる? 」


「 !?」

 見ればレティは男に弾き飛ばされて尻餅を付いていた。


 あの野郎!


 アルベルトが駆け寄ろうとすると……

 凄い強い力で腕を引っ張られた。


「 殿方に声を掛けられそうで怖いの~ 」

「 側にいて下さる? 」

「 わたくし達、狙われていて困っていますの~ 」

 甘ったるい声でお門違いの事を言う女性達の顔を、アルベルトは思わず見てしまった。


 彼女達はその美しい顔に見つめられると、キャアーっと言って顔を赤らめ、フラフラとしゃがみ込んだ。


 黒淵メガネを掛けていても……

 その奥にある綺麗なアイスブルーの瞳の破壊力は凄い。



「 大丈夫です! 安心して下さい。お嬢様達には何も起こりませんから! 」

 クラウドがアルベルトの心の声を代弁する。


「 まあ! どう言う意味ですの? 」

 女性達がクラウドにギャアギャアと文句を言い出した。



「 ジャック・ハルビン! 」

 レティの可愛らしい声が響く。

 女のギャアギャアと言う声が耳障りだ。


 何だって!?

 ジャック・ハルビンだと?


 始まったのか!?


 逃げるジャック・ハルビンを追うのはガスターだ!

 そしてレティが2人を追い掛けている。



 アルベルトも追い掛けたいが、取り囲んでいる女性達を突き飛ばす訳にもいかない。

 

「 退いてくれ! 」

「 いや~ん! お声も素敵だわ~ 」


 この間に、レティが危ない目に合ってるかも知れない。


「 クラウド! 」

 クラウドは慣れた手付きでアルベルトと女性達の間に割って入った。


 アルベルトはレティを追って駆け出した。

 もうレティの姿は見えなくなっていたが。


「 お待ちになって!! 」

 アルベルトを追い掛け様としている女性達に、クラウドは両手を広げて通せんぼをする。


「 お嬢さん達!彼は貴女達の相手をする事はありませんから! 」



 アルベルトが甲板に出ると………


「 ○×☆#*#*☆○× 」

 ジャック・ハルビンが目の前の女性に呪文を唱えていた。


「 それを皇太子に渡せ! 」

「 はい……ご主人様 」


 俺に?


 虚ろな目をして女性がキョロキョロとしている。


 俺を探しているのか?


 するとガスターが女性を追い掛けた。

 アルベルトは片手を上げて雷の魔力を込める。


 女性に襲い掛かろうとするガスターにレティはドロップキックを食らわせ、両手を広げて片膝を付いて着地した。

 ちょっと残念そうな顔をしている。



「 うわっ! 」

 やった……


「 出動!! 」

 アルベルトがその澄んだ声で命令を出すと……

 船の下に待機させていたグレイが直ぐに駆け上がって来た。


 その後ろにはヒラヒラの襟を揺らしたが……

 そして、その後ろには騎士達が続いて駆け上って来る。



 レティにドロップキックをされて踞っているガスターにグレイは飛び掛かった。


 グレイに腕を捻り上げられ、押さえ付けられているガスターを見て……

 アルベルトはふぅぅと大きく安堵の息を吐く。


 レティを見れば……

 ガスターを睨んで仁王立ちをしていた。



 良かった……

 レティは海に突き落とされ無かった。


 それにしても凄い……

 彼女は自分で自分の死を回避したのだ。



 レティは生き残った。



 ここにいる彼女は……

 1度目の人生の様な、ただ逃げるだけしか出来なかった弱い令嬢では無い。




 こうして……

 レティの1度目の死は回避した。







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