第522話 それはいきなり始まった

 




 タラップを上り甲板に足を踏み入れると、レティは上空を見上げた。


 ロイヤルブルーの帝国旗と猫のマークの旗。


 うん!間違いない。

 1度目の人生で乗った船だ。


 船の名前が『 ◯ぴー丸 』と言ういやらしい名前になってはいたが。

 レオナルドめ!

 やっぱり許してはおけない。


 因みにエドガーは道中の護衛だっただけで、港に到着するや否やフラリと何処かへ行ってしまった。


 護衛と言ってもただ寝ていただけだったが。

 この後は非番だろうから……

 港をブラブラするのだろう。


 美味しいロブスターのお店を教えてあげたら良かったわねと、世話好きなオバサン思考が顔を出す。

 20歳も4度目になると、かなり年季の入った20歳なってしまっている感は否めない。



 乗船券に記載されている番号の部屋に入る為に……

 客室ゾーンの入口に立っているやたらと背の高いスタッフに乗船券を見せた。


 船は貴族のエリアと平民のエリアとに分けられているので、レティは貴族エリアに案内するスタッフの後に続く。

 勿論、こんな風に丁寧な案内があるのは貴族だけで。



 部屋に通されると……

 ベッドと文机とソファーにテーブル。

 奥にはサニタリーの部屋がある。


 もう何度も船に乗って旅をしているからか、あの時の部屋がどうだったかは知らない。

 どの部屋も似たような部屋だからこんな感じなんだろう。



 ずっと緊張をしてドキドキしていたから……

 落ち着かせよう何か食べる事にした。

 テーブルの上に置かれている、ポケットに入った紅茶をカップに注いでコクリと一口飲む。


 ふぅ……


 大きめのお皿に乗っているカラフルで美味しそうなクッキーを、一つ摘まんで口に入れる。

 もぐもぐと。

 パクパクと。


 美味しいわ。

 全部食べちゃた。



 この船は……

 こんなサービスがあるのかと、この船の所有者であるミリアの父親をやり手だと少し見直した。


 お茶だけを出していた自分の店『 パティオ 』でも、お茶請けのスイーツを出すのもありかも知れないと思案する。

 私の手作りお菓子でおもてなしをして。

 うん! 良いかも知れない。



 ミリアの父親てあるこの船のオーナーであるガスター・ストロング船長こそが、レティを海に突き落とした犯人なのだが。

 友達のミリアの父親なのだと知れば……

 どうしても見る目が変わってしまう。



 ふむ……


 レティのドキドキがムクムクに変わる。


「 よし! まだ時間があるから船の中を探検しよう! 」

 レティはトランクからを取り出して、デカイ顔のリュックと一緒に背負って部屋を出た。


 レティの好奇心は天をも貫く。



 平民のエリアにトコトコと入って行く。

「 何処かにジャック・ハルビンがいる筈だわ 」

 そう呟きながら。


 あの包みを……

 ジャック・ハルビンが何処からゲットして来たかを探る方が早いんじゃないかしら?


『 当時を再現する 』と言う当初の目的を完全に無視してレティは動き出した。



 そう……

 ここにいるのは1度目の人生での新人デザイナーのレティでは無い。

 後の2度の人生で、医師と騎士を経験して来たレティだ。


 今は……

 薬師であり医師であり、自分の店のオーナー歴3年半のシルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者のレティなのだから。




 ***




「 よお! 綺麗な姉ちゃん。俺と遊ばない? 」

「 遊ばない 」


 通り過ぎる男達に次々と声を掛けられたが……

 しつこくされる事は無かった。


 やっぱり武器オハルを背負っているからかしら?

 皇都の街を歩く時もオハルを背負った方が良いのかも。



 そんな事を考えながら平民エリアをぐんぐんと進んで行く。


 声を掛けて来た男達もそうだが……

 家族連れやカップル……

 この船に、こんなにも多くの人が乗っていた事にだんだんと胸が痛くなった。


 皆……

 楽しそうに笑っているのだ。

 これから始まる船旅に心を踊らせて。



「 ローランド国にいる彼女にプロポーズをしに行く 」

 だから応援してくれと、近くにいるやたらと背の高いスタッフに話し掛けている男もいる。


 皆が色んな生活をしていて……

 色んな時間を生きている。



 だけど……

 爆発したのだこの船が。


 1度目の人生では自分が先に死んだから、その後がどうなったのかは知らないが。

 2度目の人生と3度目の人生では……

 爆発して多くの死傷者が出た事を新聞で読んだ。



 この人達が死んだのだ。

 ただこの船に乗り合わせただけなのに……


 プロポーズをしに行くと嬉しそうに語っていた彼は、それが出来ないままに死んでしまったのだろうか。



 いや……

 それは過去の話では無い!

 


 形は変わっているが……

 建国祭での爆発や皇都での大火災。

 レティの記憶にある大きな出来事は実際に起きた。


 私の死の原因と船の爆発が繋がっているのかは分からないけれども……

 防ぎたい。



 レティは後悔した。

 自分の死の原因ばかり探ろうとしていた事を。


「 やっぱり……アルの言うとおりに船の運航を止めるべきだった。事情を話して乗客を下ろす方が先だわ! 」

 そう呟くと……

 踵を返して、船長であるミリアの父ガスター・ストロングの所へ行こうとした。



 正にその時……

 向こうからやって来たガスターが、ある部屋に入って行った。


「 丁度良いわ 」

 レティはそう思って部屋に近付いた。


 ガスター・ストロングは1度目の人生でレティを海に突き落とした男だ。

 怖く無い筈がない。


 だけど……

 今は友達のミリアの父親であり、彼はレティがミリアの友達だと言う事も知っている。

 私が皇太子殿下の婚約者である事も



 その時……

 向こうからキャアキャアと女性達の甲高い声が聞こえて来た。


 そう言えば……

 さっきからやたらと妙に黄色い声がするわね。


 何でだろうと思ったけれども……

 今はそれに構ってはいられない。



 レティはガスターの入って行った部屋をノックした。


 コンコン……


 その時……

 ドアがバーンと開かれ、ある男が部屋から飛び出して来た。


「 !? 」

 ドアの前にいたレティは、勢いよく飛び出して来た男に当たり廊下に尻餅を付いた。


「 痛たたたた……ちょっと! 痛いじゃ無いの! 」

 男は振り返りもせずに一目散に駆けて行く。



 次に勢いよく部屋から出て来たのはガスター。


「 えっ!? 」

 だとしたら……


 逃げる男は……

 ジャック・ハルビン!?


 手には……

 !?

 あの包みを持っている!!



 レティはすくっと立ち上がった。

 部屋の中に誰か人がいる様な気配がしたが……


 レティは構わずに駆け出した。


 逃げるジャック・ハルビンをガスターが追って、そのガスターをレティが追い掛けると言う形になった。



 もしかしたら……

 ジャック・ハルビンの先に私がいなきゃ不味いんじゃ無いの?


 私が包みを受け取れないわ。


 レティは青ざめた。


 しかし……

 始まってしまったのだ。



 レティの死の原因が。










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