第480話 令嬢からの挑戦状
今回のレティは、ミレニアム公国での失敗はしない。
まだ皇太子妃と言う地位が無い立場で、偉そうに視察をするなんて畏れ多い事だったのだ。
皇太子殿下の婚約者としてでは無く、あくまでも医師として、薬学研究員として。
そして……
商売人として絹の生産のノウハウを学びに来た。
自分の専門分野の領域を広げる為に。
サハルーン帝国はシルフィード帝国より医療が進んでいる。
それは……
災害が起こり大量の怪我人が出れば医師達のスキルが上がる。
薬剤の研究も急遽される事になる事から、医療が進歩する事になるのである。
それはとても悲しい事だけれども。
レティは病院に出向いた。
白衣とマスクをして。
先ずはサハルーンの医師達がこのマスク姿のレティに驚いた。
いや、砂塵の為に外では鼻と口を覆う重要性が分かっているのに、反対に医師がマスクをしない事に驚いた。
「 砂塵を流行り病の菌だと考えてみれば、マスクの重要性が分かると思うのですが 」
「 ………確かに 」
医師達はレティの説明に大いに納得をしたのだった。
レティのスキルを聞いて……
レティを医師と認めてくれているサハルーンの医師達。
多分……
それは、レティが学生では無いから。
医師の世界は学生が医師になるなんてあり得ない世界。
「 片手間に出来る筈が無い 」
そう思うのは当然である。
彼女が2度目の人生では医師で、かなりのスキルを持ってる事は誰も知らない事なのだから。
レティが……
本来の自分になったと思う所はこんな所から。
学生と言う立場は、庇護をされる立場なのだが、何かをするには足枷にもなる立場なのだった。
サハルーン帝国には虎の穴みたいな総合研究施設は無いが、薬学研究所と錬金術研究所が戸々にあった。
レティは……
医師としては歓迎されたが、薬師研究員としては研究所に入る事は許されなかった。
シルフィード帝国とサハルーン帝国はまだ国交も無く、当然ながら同盟を結んではいない。
ローランド国の様には行かない事は当たり前だった。
これにはかなり気落ちした。
だから……
今、皇太子殿下に国交を結ぶ話し合いを頑張って貰って、遠くない未来には、薬学研究の成果を研究員達と語り合いたいものだと思ったのだった。
***
「 貴方様が……英雄ですね 」
レティは……
ドラゴンを洞窟に閉じ込め蒸し焼きにして、酸欠状態にして意識を無くして首を落とした騎士団の隊長に会っていた。
彼達の武勇伝を聞く為に。
「 よくドラゴンがその洞窟に入ったものッスね 」
感心しているのはケチャップ。
ここにはケチャップの他に、隊長、サンデー、ロン、と他の騎士達がいた。
シルフィードの騎士達が、サハルーンの騎士達と交流の場を設ける事を聞けば……
当然ながらレティも参加だ。
「 ドラゴンが洞窟を好む事を知っておられたのですか? 」
「 いや、全く知らなかった 」
隊長はドラゴンの情報は全く無い状態での襲撃だったと言った。
普通はそうだ。
ドラゴンに遭遇する事がレアな事。
そのレアなドラゴンの知識が前もってあったのはレティ位。
ガーゴイルを調べるのに魔獣に付いて調べていたからで。
皇帝陛下は……
1日中サハルーン帝国を暴れ回り、帝国を惨劇の場に落としたドラゴンを、何としてでも今日中に仕留めなければならないと思っていた。
燃え盛る炎……
人々の嘆き悲しみ。
溢れかえる怪我人達は宮殿の病院に殺到していたのだった。
空を飛び、火を噴きながら飛んで来るドラゴンがいよいよ宮殿にまで迫り、万事休すかと思った矢先に、ドラゴンは日が落ちるままに近くの山に消えた。
皇帝陛下に命を受けた騎士達は、ドラゴンを探し回り深夜に洞窟にいるドラゴンを発見した。
空を飛び、火を噴き出すドラゴンに全く手出しが出来なかった騎士達は歓喜した。
地上に降りているドラゴンに。
「 今夜仕留める! 」
隊長の覚悟を決めた声に皆は奥歯を噛みしめ、拳を固くした。
「 先ずは俺が入って様子を見てくる 」
調べる為に1人で中に入った隊長。
何かあったら他の騎士達も殺られるからと言って。
ゴーゴーと寝息の様な音がする。
「 寝ている 」
隊長が隊員達の元に戻って来た。
「 ドラゴンも寝るなら……息をしてる筈だ! 」
酸欠にして、弱らせた後に首を落とそう。
そうやってドラゴン蒸し焼き作戦を結構した後に……
隊長を初め、騎士達が首を落としたのだと言う。
「 素晴らしいわ! 酸欠にするなどよく思い付きましたね 」
「 同行した医師の助言だ! 」
「 医師も同行したのですか!? 」
ドラゴンの討伐に出向く騎士達に同行した医師がいた。
きっと医師がいなければ……
隊長を初め騎士達は、そのまま寝ているドラゴンの首を落としに行き、起きたドラゴンの返り討ちに合っていただろう。
医師の知識が騎士達を救い、ドラゴンを確実に仕留める事が出来たのだった。
レティは感激した。
医師である自分も、騎士である自分も何だかとても誇らしかった。
***
「 同行した医師に是非お話を伺いたいわ 」
ご機嫌で病院に向かっている時に……
噴水のある場所にアルベルトがいた。
木々に隠れる様な場所にいても……
背が高くキラキラとしたブロンドの髪は見間違う筈が無い。
「 アル……… 」
聞いてきたばかりのドラゴンの話をしようと駆け寄る。
待てよ……
このシチュエーションは……
絶対に女性絡みだわ。
あの時はオルレアン国の王女と抱き合っていた。
「 今度は誰と抱き合っているの!? 」
……と、逆上して現場に乗り込むのが普通の女性だが……
騎士レティは先ずは状況を確認する。
さっとしゃがんで姿を見えない様にして、四つん這いになりソロリソロリと近付いて行く。
またハグとかしていたらどうしょう。
駄目だわ。
魔除けの任務が果たせなかったわ。
「 だけど……四六時中アルと一緒にいる訳にはいかないじゃないの 」
「 僕は四六時中一緒にいて欲しいんだけどね 」
「 !? 」
突然にアルベルトの美しい顔がレティの目の前に現れた。
四つん這いになってるレティの前に、しゃがんだアルベルトがレティの顔を覗き込んで来たのだ。
「 これは何をしている所なのかな? 」
「 ………状況を確認しようと……アルがまた女性と…… 」
「 !? 」
アルベルトが一瞬悲しい顔をしたのをレティは見た。
「 レティ……僕を信じて…… 」
アルベルトはそう言うと……
レティを立たせてドレスに付いた木葉を払う。
信じられないのはアルじゃ無いわ。
サハルーンの女共なのよ。
皇帝陛下の側室でさえもアルに秋波を送って来ていた位なのだから。
レティは立ち上がると、木の影からヒョイと顔を出して誰がいるのかを見る。
決してアルを信じてない訳じゃ無いのよ。
決して……
いたのはレティの予想通りで女性だった。
何だかムカムカして来たわ。
「 こんな所で2人っきりで何をしてらっしゃるのかしら? 」
レティは腕を胸の前で組んで、アルベルトと女性を交互に見て目を眇めた。
しかし……
直ぐに後悔した。
彼女の向こうにはクラウドがいて、後ろを向いて肩を震わせて笑っていた。
ラジーナ女官長とローリア女官とエリーゼ女官が……
目が合えば彼女達は親指を立てている。
遠くにはグレイとジャクソンの騎士の姿も。
レティが後ろを振り返ると……
レティの護衛のカレンとエレナがニコニコとしていた。
木の影に隠れていると思ったのは、先程レティがいた場所からそう見えただけで、この場に来てみれば沢山の人が行き来している憩いの広場みたいな場所だった。
「 まあ! アルベルト様とワタクシを疑ってらしたの? とても可愛らしい方ね。駄目よ……愛する人を信じてあげなくては…… 」
女性はこれまたとびきりの美女。
瞳の色は紫だった。
サハルーン人は金色の瞳の筈なのだが。
「 ………あらぬ誤解をしてしまいました……スミマセン…… 」
素直に謝罪するレティにアルベルトはクスリと笑う。
「 彼女は外交官をしていて、とても優秀な令嬢だ 」
アルベルトがこの令嬢の紹介をしてくれた。
彼女が外交官?
女性の地位が低いサハルーン帝国では珍しい存在ね。
「 彼女の名はラビア・ナイラ・ハリマード侯爵令嬢 」
ジャファルの叔父が外務大臣なので、その娘の彼女はジャファルの同い年の従兄妹だと言う。
「 この令嬢は……私の婚約者でリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢だ 」
「 勿論存じておりますわ。噂通りで……とても勇敢なご令嬢です事 」
含み笑いが何だか気に入らない。
「 お初にお目に掛かります。リティエラ・ラ・ウォリウォールでございます 」
彼女は……
ブレザーにスリットの入ったタイトなスカート姿に、手には沢山の書類を持った彼女は仕事が出来る女性だと見受けられる。
クラウドの他にも、彼女の護衛兼秘書みたいな立派な体躯をした男性がいた。
これから皇帝陛下との会談があるので、そこへ向かう道すがら色々と打ち合わせをしていたが……
打ち合わせに熱中するあまり、立ち止まって話をしていたのが真相なのだが。
もはやそんな事はレティにはどうでも良い事で。
頭の中では警鐘が鳴り響いている。
「 レティはこれから病院に行くの? 」
「 うん…… 」
「 僕はこれから陛下との会談だ 」
「 頑張ってね 」
アルベルトはレティと話す時は極端に甘い顔になる。
チュッとレティの頬にキスをして、その長い足でスタスタと木々の植えられている廊下を歩いて行った。
その後ろをクラウドと話をするラビアが続く。
一瞬………
睨まれたのは……気のせいでは無い。
それは彼女からの挑戦状だ。
短期決戦だから彼女はグイグイと来るだろう。
あからさまにアルベルトに迫る女性よりも……
こんな女性が1番質が悪い。
気の無い素振りで仕事を理由に取り入って行く。
その内に……
悩みがあるから相談に乗って欲しいのだとか言い出すに決まっている。
「 貴女の魂胆は全てお見通しよ! 」
レティは仁王立ちをして腰に手を当てて高笑いをする。
オーホホホ。
レティは3度も20歳を経験している女。
1度目の人生では、ドレスのリサーチに出向いた夜会で、社交界のどろどろを勉強した。
2度目の人生では平民相手にやり合い、3度目の人生はあの百戦錬磨の騎士達と渡り合ったのである。
口では誰にも負けない自信がある!
女性相手なら腕っぷしでも絶対に負けない!
勝負事に敗けは無いのが、シルフィード帝国皇宮騎士団の掲げる信条。
何だかレティの思考が有らぬ方向へ進んでいるが。
今夜は舞踏会。
大人の女のドロドロとした戦いが始まるのだとわくわくするのだった。
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