第481話 波乱のダンス
サハルーン帝国の宮殿では、客間は男女別の階に分けられている。
3階が男性の階で2階が女性の階。
それは……
サハルーンが統合した小国達の中には、まだサハルーン帝国以上に男尊女卑が色濃く残っており、男女が同じ階の部屋を使うなどはあり得ない事だったからで。
彼等が宮殿に泊まりに来る事も考慮して、男女が別の階に泊まる様式になっていた。
レティの部屋の上にアルベルトの部屋があるのだった。
レティに用意された客間は……
天涯付きのベッドのカーテンや窓のカーテンの色は、白で統一されており清潔感が溢れている。
部屋のあちこちに置かれた観葉植物の緑が目に癒しを与えてくれ、調度品の家具は焦げ茶色の籐の家具で揃えられており、異国情緒満載の部屋であった。
壁に掛けられた怪しいタペストリーの絵が、何だこれは?と、レティ達を不思議がらせている。
「 先程はリティエラ様がいらしてくれて良かったですわ 」
エリーゼが興奮気味に話している。
アルベルト就きの女官達は10人いる。
その10人全員が今回の外遊に同行している。
アルベルトとレティの世話をするのは勿論だが、会談の記録やクラウドから託される書類の整理、翌日の予定の確認やその場所の偵察など女官の仕事はかなり忙しくて、10人の女官が女官長ラジーナの指示で動いていた。
その中でも……
ナニア、ローリア、エリーゼ、サマンサは、レティが女官のバイトで一緒に旅をした事から大の仲良しだ。
今は、今夜の舞踏会のレティの支度をしている最中。
エリーゼはあの時にアルベルトに就いていた事から、その時の様子をローリアとサマンサに話している所である。
「 あの女…… 」
口に気を付けなさいと年上のローリアに睨まれて、エリーゼは慌てて口を押さえる。
「 あの令嬢、だんだんと殿下へのボディタッチが増えて来て……本当にイライラしてたんだから 」
「 まあ!? それは許すまじき事ですわね 」
「 でもね、今までなら殿下は気にも止めずに、触られるままでしたけれども…… 」
今回は少し腕を引いてましたわねと、エリーゼは宙を見て思い出しながら話を続ける。
「 それでも殿下はお優しいから……女性が傷付く様な事はなさらないのよね 」
「 そう、殿下はお優し過ぎるのよ…… 」
……と、ローリアが染々と言う。
女官達はアルベルトに群がってくる女性達には、心底辟易していたらしい。
「 まあ! リティエラ様……お綺麗ですわ…… 」
仕上がったレティを見て女官達はうっとりと溜め息を付く。
リティエラ様はどんどんとお美しくなられる。
まだ少女の様な面影はあるものの……
これも殿下に愛されている自信の現れだわと言う女官達は、全員が40代だ。
世紀の2人のラブロマンスを身近で見守っている人達である。
次の御成婚物語には、温泉地への視察の様子が書かれるかも知れないと……
自分達もワクワクしているのである。
何時取材が来ても良いようにと。
侍女長モニカが……
イニエスタ王女に頬を叩かれても皇太子宮に入れなかった件は、侍女や女官達だけで無く、帝国民達からも侍女の鏡だと絶賛されていたのであった。
ドアがコンコンと静かにノックされた。
「 きっと殿下ですわ 」
ローリアが嬉しそうにドアを開けた。
舞踏会の衣装を着たアルベルトが、3階から下りて来てレティを迎えに来た。
「 レティ? 支度は終わったか? 」
「 ええ 」
今、丁度終わった所よと言って鏡の前に座るレティに、アルベルトは跪いてレティの小さな手の甲にキスを落とす。
「 レティ……綺麗だ 」
「 アルも素敵よ 」
そう言い合って部屋を後にする2人を、女官達は満足そうに見送った。
自分達も……
2人のダンスを見に行かなくっちゃと、女官の制服から素早くドレスに着替えるのだった。
***
アルベルトと踊り終わりレティがカーテシーをする。
絹の生地で作ったドレープたっぷりのカクテルドレスは、フワリと揺れて広がり、レティのカーテシーはそれは見事な美しさである事をサハルーンの人達の目に焼き付けた。
サハルーンの女性達のドレスも絹で作られてはいるが……
ドレスはマーメイドドレスが主流。
身体の線に沿ったマーメイドドレスは官能的だが、ダンスを踊るには少し物足りない。
ダンスを踊る時にはレティのドレスの様に、フワリとサラリとドレスの裾が揺れるからこそ美しいのである。
皇帝には正妃である皇后陛下の他に4人の側妃がいて、7人の皇子と12人の皇女がいる。
側室は実家の身分の高い者だけがなれる事から、皇帝には側室になれない愛妾も何人かいるのだ。
サハルーン帝国では……
皇室が華やかであればある程に国が栄えると言われており、皇帝がハーレムを持つ事は当然とされていた。
シルフィード帝国では……
側室がいた時代は嫉妬が横行し、とんでも無いドロドロな世界になり、子を増やす為の側室なのに、皇子や皇女が増えた試しが無かったが。
「 アルベルト殿、貴殿の様な眉目秀麗の立派な皇太子が、たった1人の女性しか妃に求めない事は勿体無いのでは無いか? 」
皇帝陛下が昼間の晩餐会でアルベルトに言った。
「 余の皇女はどうだ? 今なら選り取り見取りなんだが? 」
そなたになら全員嫁がせても良いぞと。
皇帝には12人の皇女がいるが……
独身でアルベルトに釣り合う皇女はただ今5人程いる。
「 私には1人の女性で十分です。彼女だけを愛したいし、彼女だけから愛されればそれで満足です。それに……私には彼女と2人で歩む未来しか必要ありません 」
私の両親がそうである様にと言って、アルベルトは美味しそうにディナーを食べているレティに目を細めた。
「 それは残念じゃ。そなたの婚約者殿はジャファルの正妃に欲しいのだが 」
あれだけの頭脳の令嬢ならば、きっとボロボロになったサハルーン帝国を立て直してくれるとは思わないか?
……と皇帝はサハルーン帝国こそがレティを必要としていると力説した。
「 愚問です!彼女は私のものです。誰にも渡しはしません 」
もしも彼女に何かあったら、狂った私が何をするかわからないですよと、皇帝に真顔で告げた。
皇帝陛下はそんなアルベルトの真剣な様子に、慌てて冗談だとその場を取り繕ったのだった。
危なかった。
アルベルト殿があんな顔をするとは。
今、皇太子を不機嫌にさせて国交の話が流れたら大変だと。
レティと踊り終えたアルベルトは、次は皇女達と踊らなければならない。
公務だ。
しかし麗しの皇子様は直ぐに女性達に囲まれた。
皇帝陛下の娘は12人。
独身でアルベルトに釣り合う年齢の皇女は5人と聞いていたから、その5人と踊れば良いと思っていたが……
まだ子供の皇女を除いて9人の皇女がアルベルトとの、最初のダンスを巡って争いだした。
もはや彼女達の頭にはレティはいない。
アルベルトとのファーストダンスを踊ってこそ、その妃の座を勝ち取れるのだと。
「 お義理姉様はもう嫁いだ身ですので、関係ございませんわよね? 」
「 アルベルト様の妃になれるのでしたら、離婚いたしますわ 」
「 そんなお古の妃など、シルフィード帝国の妃としては相応しくはありませんわ! 」
「 なんですって!? 」
キーキーと揉め出した義理の姉妹達。
皇帝の妃である母親の身分まで持ち出して……
もはや収拾がつかない事態に。
アルベルトがクラウドの方を見れば、お手上げだと首を竦めて両手を広げた。
身分の高い皇女達の揉め事には誰も口出し出来ないのだ。
頼みは皇帝陛下と皇后陛下なのだが。
この2人は皇女の誰かをアルベルトに嫁がせたいから、知らん顔を決め込んでいる。
お前達。
誰でも良いからアルベルト皇太子を落とせと。
皇后陛下は自分の娘……
ジャファルの妹がまだ13歳なのが口惜しいと扇子で口元を隠している。
皇帝陛下の若い側室達は……
陛下の手前、アルベルトとダンスを踊れ無い事で不満顔だ。
いや、そもそも……
舞踏会の場を盛り上げる為に、公務の一環として皇后陛下と踊る事はあるが……
側室達とは踊る事はあり得ないのだが。
性に開放的なサハルーン帝国では常識が通用しないのである。
この醜態を収めたのはラビア・ナイラ・ハリマード侯爵令嬢だった。
「 皇女様方! 他国から来た者達が困惑しておりますわ! 我が国のこんな醜態は恥ずべき事ですわ! 陛下! この場をお収め下さいませ! 」
ラビアは皇帝陛下の姉の娘。
才女であるが故に一目置かれている。
女性進出が遅れているサハルーン帝国では、その地位は絶対的であった。
「 お前達! アルベルト殿が困っておる。下がりなさい! 」
皇帝陛下の言葉に皇女達は不満顔で下がる。
「 アルベルト様! 場を華やかにする為にも、ダンスのお相手をお選び下さいませ 」
ラビアがアルベルトに提案する。
「 それでは……君にする。ラビア嬢、わたくしと踊って頂きたい 」
アルベルトはラビアに向かって、腰を折り手を差し出した。
キラキラと輝くブロンドの髪がサラリと揺れた。
「 まあ! ワタクシですか? 」
謙遜をしながらも……
皇女達に譲る事無く、ラビアはアルベルトの差し出された手に手を添えた。
楽団の音楽が奏でられると……
2人は中央に出向きお互いに挨拶をした。
背の高いアルベルトに長身で細身のラビア。
アルベルトからの柔らかな眼差しを、熱い眼差しで見つめ返すラビアとのダンスが始まった。
身体の線に沿ったマーメイドドレスの括れたラビアの腰を持ち、グイっと自分の身体に引き付けて踊るアルベルトのダンスは官能的だ。
誰もがうっとりと2人を見つめる。
この時……
ラビアはアルベルトの瞳の色のアイスブルーのマーメイドドレスを着ていた。
この日のアルベルトの衣装は、レティとお揃いのロイヤルブルーのドレスだったが。
そのロイヤルブルーとアイスブルーのドレスがやけにマッチしている。
そんな所も人々の目を惹き付けた。
「 君の機転に礼を言う 」
「 あら! 外交官として当然の事をしたまでですわ。外国の方に不快な思いをさせない様にする事が私の仕事ですもの 」
ラビアは仕事の出来る人物だとアルベルトは感じていた。
実際に仕事をしていても……
気配りやその知識の豊富さに感銘を受けていた。
彼女が外交官として、シルフィード帝国との橋渡しをしてくれるなら……
レオナルドともっと話をしなければならないな。
アルベルトは……
皇帝陛下から課せられた、サハルーン帝国との国交を結ぶ事に全力を注いでいた。
「 アルベルト様はダンスがお上手ですわ 」
「 君も素晴らしいよ 」
初めて踊るのに、息のあったダンスを披露する2人に辺りはざわついた。
そう言えば……
ここ何日か、ラビア様と親し気に話しておられたのを何度も見ましたわ。
アルベルト皇太子殿下はラビア様をお選びになった。
このダンスの意味は?
このダンスが波乱を呼ぶ事になるのかと皆は期待をした。
「 アルベルト様……ワタクシの悩みの相談に乗って頂けますか? 」
ダンスを踊りながら……
ラビアはアルベルトの耳許で囁いた。
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