第478話 砂漠の国
シルフィード帝国の軍船がサハルーン帝国の港に入港した。
船上にはシルフィード帝国皇室のロイヤルブルーの帝国旗をはためかせて。
帝国旗の紋章は……
聖杯の上に浮かぶ聖剣に向かって、両端で雄叫びを上げるのは2頭の金のライオンだ。
その2頭のライオンは皇帝陛下と皇太子殿下。
彼等が聖杯と聖剣で帝国を守っていると言う構図である。
そしてシルフィード帝国の三大貴族の軍旗も掲げられていた。
ウォリウォール家の麦の紋章が描かれている紫の軍旗。
ドゥルグ家の大砲の紋章が描かれた真紅の軍旗、ディオール家は船の紋章が描かれた緑の軍旗だ。
正に軍船。
港に出向いていたサハルーンの民は、その威圧感満載の軍船にど肝を抜かれたのだった。
「 レティ!行くぞ 」
「 はい 」
グレイを先頭に、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップが船からタラップを降りて行く。
異状なしと確認したら……
グレイの合図が隊長に送られ、隊長の合図でアルベルトと、アルベルトにエスコートされたレティが甲板に並び立った。
2人の両横には、隊長を初め他の騎士達が緊張の面持ちで、船上から異常は無いかと港を見据えている。
2人の後ろには侍従と女官がズラリと並び、カレンとエレナはレティの直ぐ横に立っている。
2人が船上に並び立つと、見学に来た人々達から歓声が沸き起こった。
朝日を浴びてキラキラと輝くブロンドの髪。
白の軍服の正装姿に赤いマントが翻る。
背がスラリと高く、その美しい出で立ちは遠くから見てもうっとりとする程だ。
レティはシルフィード帝国の貴族女性の正装である生成りのドレス。
シンプルであるが故に品の良さが溢れたドレスである。
ラウルはウォリウォール公爵家の正装である紫の軍服を着用して、エドガーは赤の軍服、レオナルドは緑の軍服を着用して、各々が黒のマントを羽織り、シルフィード帝国の三大貴族の存在感を出していた。
彼等は皇族を守る三大貴族の嫡男なのである。
きらびやかな登場をしたが……
船上にいる皆は絶句していた。
港街の建物は新しい建物が建ち並んではいるが……
遠くに見える建物は崩壊したままで放置されていた。
5年経っても尚、サハルーンはドラゴン襲来の傷跡が残っていた。
そして……
皆はウォリウォール家の軍旗を見て歓声を上げた。
ルーカスは、今でも個人でサハルーン帝国に食糧を届けていたので、皆はウォリウォール家の紋章を知っていたのだった。
アルベルトはレティの手を取り、タラップを降りていく。
「 レティ……足元に気をつけて 」
レティを見つめるその優しい眼差しに、キャアキャアと女性達の声が上がる。
皇子様は一瞬にしてサハルーンの女性達を虜にした。
サハルーンの地に降り立つと直ぐに、出迎えに来ていたジャファルがアルベルトに握手を求めて来た。
「 ようこそ、我がサハルーン帝国へ 」
「 出迎え感謝する 」
2人は硬い握手をした。
「 リティエラ嬢も相変わらず美しい 」
ジャファルはそう言って手を差し出し、置かれたレティの手の甲にキスを落とした。
アルベルトの形の良い眉がピクリと動いたが……
礼儀としての挨拶だからそこは我慢。
そして……
ジャファルは侍女に持たせていたベールをレティの頭に掛け、レティの口元に巻き付けた。
「 砂漠は日射しがきつい……それに砂塵がそなたの肺に入らぬ様に…… 」
ジャファルは優し気にレティを見つめる。
「 あ……有り難うございます 」
ジャファル殿下ってこんな優しい顔もするんだわ。
レティは真ん丸い目をしてジャファルを見つめ返した。
「 ジャファル殿、私の婚約者に丁寧な配慮を感謝する 」
すかさずアルベルトがレティの腰を引き寄せ、レティは俺の妃だとばかりに腰に手を回す。
「 相も変わらず嫉妬深い皇子だね。自分の事は棚に上げて…… 」
ジャファルはクックッと笑った。
ジャファルは民族衣装の白いガラベーヤを着ており、頭から目だけを出したベールを被っていた。
たがら余計に目元が目立つのである。
サハルーン人の瞳は金色だ。
それが神秘的なのだが。
ジャファルの後ろに控える女性達も、オレンジ色のガラベーヤを着ていて、ジャファルと同じ様に頭からベールを被っていた。
砂漠の国のサハルーン帝国では、強い日射しと砂塵を遮る為に外を歩く時は皆がこのスタイルである。
軍船に乗せてきた馬車は16台。
ジャファルを乗せた馬車や護衛騎士達が先導する馬車が出発する。
続いて、グレイや騎士達5人を乗せた馬車を先頭に、アルベルトとレティを乗せた真っ白な皇太子殿下専用馬車。
そしてその後ろには隊長達5人を乗せた馬車が続く。
その後ろにはクラウドと侍従とラウル達3人を乗せた馬車、女性騎士と女官達を乗せた馬車が2台。
その後は荷物を乗せた馬車が、ガタゴトと音を立てながら連なって進んで行く。
港街を離れると……
それは酷い現状が露になった。
破壊された街……
黒く焼け焦げた建物の残骸は、サハルーン帝国を襲撃したのは火を吹くドラゴンだったせいで……
街が火の海になった事を意味した。
アルベルトは額に手をやり、レティは口元に手をやって……
絶句する2人に言葉は無かった。
その惨状は皇都の近くまで続いていた事から、ドラゴンが火を吹きながら皇都まで飛んで行ったと言う事は一目瞭然だった。
流石に皇都に近付くにつれて街は整備され、建築途中の建物も多々あった。
街も活気が溢れ、嬉しそうに手を振る帝国民達を見て、少しホッとしたのだった。
誰もが思った。
あの時……
殿下がディオール領地に出向いていなければ……
シルフィード帝国もこんな惨状になっていたのだと。
***
アルベルトはサハルーン帝国の皇帝の前にいた。
跪いて頭を垂れる。
「 シルフィード帝国の若きクラウンプリンスよ、我が帝国にようこそ 」
「 お初にお目に掛かります。シルフィード帝国皇太子アルベルト・フォン・ラ・シルフィードでごさいます。この度はお招きあずかり恐悦至極に存じます 」
皇帝陛下の射貫く様な視線がアルベルトを見据える。
「 この度のドラゴン襲撃の大惨事に、我が国も心を痛めるばかりであります 」
真っ直ぐに見つめ返してくるアルベルトに皇帝はフッと柔らかい顔になる。
「 いち早くシルフィード帝国からの援助は誠に有り難きものであった。 我がサハルーンの民はそなたの国の支援を生涯忘れぬであろう 」
「 有り難きお言葉……必ずや父上にお伝え致します 」
今回、アルベルトがサハルーン帝国を訪れたのは両国間での国交を結ぶ為だ。
ジャファルが皇帝の名代として、昨年シルフィード帝国に訪れたのは両国の国交を開く事の打診だった。
今回のアルベルトのサハルーン帝国への来国は、それを現実の物とする為の実に重要な来国であった。
正式に国交が開かれれば、もっと自由に行き来出来る様になり、物資の往来が盛んになり経済的に豊かになる。
特にドラゴン襲撃で国力が下がったサハルーン帝国にとっては、シルフィード帝国との国交は何としても結びたかったのだ。
アルベルトの後ろにはレティ、ラウル、エドガー、レオナルドが並び、その後ろには騎士達が跪き、女官達は頭を垂れて控えていた。
皇帝陛下の横には皇后陛下が座り、そしてその後ろには数人の女性達がいた。
多分側室達。
皇帝の横にはジャファルがいる。
彼にはまだ正妃がいない事から横には誰もいないが。
ジャファルの後ろには側室達が立っていた。
かつてはシルフィード帝国もこの様な状態であった事は確かな事だった。
現皇帝陛下が側室を持たなかっただけで。
この異様な光景を見て……
1人の女性だけを愛する父を、素敵な男だと改めてアルベルトは思ったのだった。
皇帝陛下が次にレティに話し掛ける。
「 そなたが、噂の婚約者なのだな? 」
噂?
「 どんなに勇ましい令嬢かと思えば……そなたは医師であり薬学研究員の才女と聞く。見目麗しいだけで無く頭脳明晰でその上に剣の覚えも良いとな 」
顎髭を触りながら皇帝陛下がレティに目を細める。
「 お褒めに預かり恐悦至極に存じます 」
レティはドレスを翻し最上級のカーテシーをする。
その優雅なカーテシーに皆がホゥと息を呑んだのだった。
しかしレティは……
先程から……
いや、謁見室に入室した時から気付いていた。
側室達のアルベルトを見る目が熱い事を。
そして彼女達の射るような視線がレティに突き刺さる。
あんた達……皇帝陛下の側室でしょ?
よく見れば……
ジャファルの側室かと思う位の若い女性もいる。
そして……
この場にはいないが……
この国には沢山の皇女達がいるのだ。
ゴングは鳴り響いた。
魔除けの任務。
見事にやり遂げて見せますわ!
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