第477話 嵐の夜に
船上での生活も飽きた頃。
皇太子殿下御一行様は嵐に見舞われていた。
軍船なので少々の嵐ではびくともしないが。
この夜は流石に船は揺れた。
空では激しい雷雨と雷鳴で、カレンやエレナを初め女性達は耳を塞いでガタガタと震えていた。
「 お前達、大丈夫か? 」
アルベルトが心配をして女官長の部屋を覗いたら、皆が集まって抱き合って固まっていた。
皆を気遣う皇子様はやはり優しい。
誰もが胸キュンだ。
「 殿下……お気遣い……キャアー!! 」
ガラガラビシャーンと雷が鳴り響く。
「 殿下! リティエラ様の姿が見えないので……キャー!! 」
ガラガラビシャーン!!!
ラジーナ女官長が早くレティを探しに行けと、涙目でアルベルトに訴える。
カレンとエレナは船酔いもあってアルベルト所では無い。
ベッドの傍らで胸を押さえてぐったりとしている。
ガラガラビシャーン!!
「 キャアーーっっ!!! 」
「 ここにはいないのか!? 」
部屋にはいなかったから……
ここにいると思ってやって来たのだが。
何処に行ったんだ!?
何処かで震えているのかも知れない。
女性達はこんなにも怖がっているのだから。
アルベルトは急いでレティを探しに行く。
「 レティ…… 」
何処だ!?
怖くて独りで震えているのか?
「 お前ら! レティを見なかったか? 」
「 殿下!? 」
いきなりドアを開けたのはケチャップの部屋。
ケチャップ、ロン、ジャクソン、サンデーがボートゲームをしていた。
皆は慌てて立ち上がる。
「 いえ! 見てはおりません! 」
アルベルトは汚ない部屋を見回すと、眉をしかめて部屋を後にした。
「 お前はもっと部屋を綺麗にしろ! 」
殿下が不愉快な顔をしていただろ! と、ケチャップが叱られている声も雷鳴によって掻き消される。
ガラガラガラビシャーン!!!
次に人の気配のする部屋は第1部隊の隊長の部屋。
隊長は何人かの騎士達と飲んでいた。
やはりレティは見ていないと言う。
「 殿下! 我々も探します! 」
隊長がアルベルトの前に進み出る。
「 いや、いい! このまま待機してくれ 」
「 御意 」
グレイがいなかった。
もしかしてレティと一緒なのか!?
泣いて震えるレティを抱き締めているのかも知れない。
嫌な予感にアルベルトは泣きそうになる。
ガラガラガビシャーン!!
「 レティ! 何処だ! 返事をしろ! 」
アルベルトの澄んだ声が雷鳴に交じり掻き消される。
ここにもいない。
もしかしたら……
甲板に出た?
まさか……海に……落ちた?
レティの死はここ!?
彼女は1度目の人生では船から落ちて絶命したのだ。
いや、レティはまだ19歳になったばかりだ。
しかし……
全てが前生とは同じでは無いとレティは言っていた。
一瞬にして青ざめたアルベルトが、甲板に通じるドアを見て渾身の力で叫んだ。
「 レティ!!! 」
「 はぁい 」
「 !? 」
気の抜ける様な可愛らしい声に、アルベルトはへなへなと膝を付いた。
後ろのドアから現れた愛しいレティを見て心底安堵する。
「 レティ…………………良かった…… 」
「 アル!? 大丈夫? 何かあったの? 」
跪いているアルベルトに、驚きながら駆け寄って来たレティの腰に手を回して、アルベルトはほぅぅっと深く息を吐いた。
「 探したよ…… 」
こんな雷の夜に何処に行ってたのと、アルベルトはレティの腰に手を回したまま、顔を上げてレティを見た。
「 厨房でマフィンを焼いていたの 」
よく見ればレティはバスケットと大きな袋を持っている。
夜食に皆で食べようと厨房でシェフ達と一緒に作っていたのだと言う。
料理長もシェフ達も雷が怖いらしくてビクビクしていたわと、レティがクスクスと笑う。
「 ………グレイは? 」
「 ?? グレイ班長が厨房に何の様があるの? 」
何を言ってるんだかと、アルベルトをまん丸い目で見つめて来る。
アルベルトはふぅっと安堵の息を吐いた。
「 こんな夜は甘い物を食べたくなるでしょ? 」
そう言ってニッコリと笑うレティの持っているバスケットと大きな袋を、立ち上がったアルベルトが両手で抱えて歩きだした。
雷でギャギャア騒いでいたのは女性達だけで無く、自分もだったと思うと恥ずかしくなる。
何時もは冷静沈着な皇子様も、レティが絡むと形無しである。
レティが各部屋にマフィンを届けると、焼きたての美味しそうな匂いに皆は感激をした。
可愛いレティの差し入れに皆は暖かい気持ちになって行った。
女官達が、お茶をいれますわと皆でお茶の用意をしに行った。
折角リティエラ様が作って下さったのだと、時々鳴る雷にキャアキャアと叫びながら勇敢にも厨房に向かって行った。
私達も手伝いますと、船酔いでダウン寸前だったカレンとエレナもヨロヨロと立ち上がり女官達の後を追う。
じっとしているよりは気が紛れるからと。
グレイはと言うと……
ラウルの部屋で、エドガーとレオナルドの4人でババ抜きをして盛り上がっていた。
そう言えば……
この部屋には探しに来てはいなかったなと、アルベルトは頬を指で掻いた。
アルベルトの隣のレティの部屋に行くといなかったから、先ずは女官達の部屋に駆け付けたので、ラウルの部屋には行かなかったのであった。
「 美味しいマフィンの差し入れよ 」
「 おお! サンキュー! 」
丁度腹が減っていたのだと言って、受け取ったマフィンを見てエドガーが嬉しそうにした。
レティのマフィンは旨いぞと言うラウルに……
何時も食べてるのかと何だか腹が立つが。
バスケットを持って、レティの後ろに立っているアルベルトを見て……
グレイは静かに頭を下げた。
誤解をしてしまった事に……
アルベルトはちょっとばつが悪そうな顔をした。
レティの素敵な所は……
乗組員達の分もある事。
船長達に届けた後は乗組員達の控室まで足を運ぶ。
「 公爵令嬢様……再三の差し入れ有り難うございます 」
どうやらレティはちょくちょく差し入れに来ていた様だ。
退屈だと言って厨房でよくお菓子を焼いていたが。
嬉しそうな乗組員達は……
後ろに皇太子殿下がいた事に驚いて床に這いつくばる。
「 立ちなさい。彼女が困っている 」
ソロリと立ち上がった乗組員達に、皆で食べてねと言ってレティは手を振った。
「 日夜船を動かしているお前達には私からも礼を言う 」
「 はい! もっともっと精を出します! 」
アルベルトの言葉に皆は感激をした。
中には涙を流す者も。
「 レティ……有り難う 」
「 何が? 」
「 彼等を気遣ってくれて…… 」
「 私のマフィンより、皇子様からの労いの一言が嬉しいのよ 」
俺からの……?
皇子である俺の言葉が?
公務だからと言われるままに地方への視察に出向いていたが。
アルベルトは……
地方への視察で平民達と直に話す本当の意味を知ったのだった。
皆にマフィンを配り終えて2人は手を繋いで歩いていた。
これから2人で食べようとアルベルトの部屋に向かう所だ。
「 レティは……雷が怖く無いの? 」
女性達は怖くて部屋で震えていたよとアルベルトが言う。
「 そうね。怖く無いことは無いんだけれども 」
でもね。
雷はアルだから今は怖くは無いわと言う。
「 雷が怖くて雷の魔力使いの奥さんをやってられますかっての 」
レティがニッコリと笑うと……
アルベルトはもう堪らなくなってレティを掻き抱いた。
両手をレティの頬に添えて口付けをする。
君の全てが好きだ……
「 アル……待って……んん…… 」
アルベルトが手に持っていたバスケットが床に落ちたが。
バスケットは暫くは落ちたままだった。
因みに……
クラウドは雷が大の苦手。
同じく雷が苦手な秘書官のニアンと、侍従親子の部屋に行き震えていたのだった。
マフィンを持って現れたアルベルトとレティに、部屋の隅で震えている姿を見られ笑われたのは言うまでも無い。
翌朝には昨夜の嵐が嘘の様な快晴だった。
皇太子殿下御一行様を乗せた船は、いよいよサハルーン帝国の港に近付くのであった。
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