第475話 公爵令嬢は狙われていた

 



 シルフィード帝国は魔石の国ミレニアム公国の宗主国であるが故に、古くから魔道具の研究がなされて来た事もあり、魔道具の技術はどの国よりも進んでいた。


 また優秀な錬金術師達を研究に没頭させる事で、より高い水準の魔道具を作り出していた。



 船はディオール侯爵家の所有する軍船に乗ることになった。

 この船には海戦した時の為に魔道具が多く取り付けられ、かなりのスピードが出るので、ジャファルがシルフィード帝国に来国した時よりも、少ない日数でサハルーン帝国に到着する事になる。


 スイスイと進むものだから揺れも少なく、快適な乗り心地で。



「 シルフィードの皆のお見送りが凄かったわね 」

「 うん……凄かった 」

 軍船で行くものだから……

 まるで戦争にでも行く様なお見送りをされて……

 勝って無事に戻って来て下さーいと泣いている人達もいたのだ。



 早朝に港を発った船は夜を迎えていた。


「 ………… 」

「 アル? そんなにくっついたら暑いわ 」

 それでなくともアルベルトは雷の魔力を持っているから体温が高い。


 アルベルトは甲板の手摺際で、レティを後ろから抱き締めていた。

 寒い冬は湯タンポ代わりに重宝しているが……

 夏にくっついて来られると暑くてかなわない。


 シルフィード帝国は夏真っ盛りで、これから行く所は砂漠の国。

 昨年にジャファルが来国したのは10月の建国祭の時なのだが、ジャファルの妾達はシルフィードは寒いと言っていた事を思い出す。


 砂漠の国サハルーン帝国。

 どんな国かしら……


 甲板には風は吹いているが、今夜の蒸し暑さのせいで風は生暖かい。


「 アル! 暑いてば! 」

「 レティ……君は僕の魔除けで行くんじゃないからね 」

 アルベルトはレティの頭に顔を埋めた。


 魔除けだと言われて傷付かない訳が無い。


 アルは気にしていたの?

 私は寧ろ嬉しい言葉なのに。


「 僕の未来の妃として行くんだからね 」

「 私がいて、女性達が寄って来ないのならそれで良いじゃない……それとも言い寄って来て欲しいの? 」

 ……と、レティがクルリとアルベルトの方に向き直った。

 眉をしかめてアルベルトを見上げている。


「 そんな訳無いだろ! 僕は君だけなんだから…… 」

 アルベルトはチュッとレティの唇にキスをしてぎゅうぎゅうと抱き締めた。


「 ああもう! 暑いってば! 」

 暑いから、皆のいるホールに行こうと言ってアルベルトの手を引っ張って行く。


 ホールに入るとレティは女官達のいるテーブルに行き、アルベルトはラウル達のいるテーブルにやって来た。


「 あれ?レティとデートしてたんじゃ無いのか? 」

 夜の海はロマンチックだけど流石に今夜は暑すぎるよな。

 ……と、ヘラヘラと笑う3人はかなり出来上がっている。


 皆は甲板は暑いからと涼しいホールで酒を酌み交わしていた。 

 直ぐ近くに女官達が、奥には騎士達が飲んでいる。

 船は襲われる心配が無い事から護衛をする必要は無い。

 だから、夜は皆で羽目を外しても構わないのだ。



「 暑いからくっつくなって 」

 アルベルトがレティにフラレたと言って、クスリと笑いながら椅子に座った。


「 あんな暑い中でくっつこうとしてたんだ~ 」

 エドガーとレオナルドが囃し立てる。


「 当たり前だろ? 俺は何時もレティに触れていたい 」

 キャーッ!奥さん聞きましたかぁ~っと、エドガーとレオナルドが両手で頬を押さえている。


「 アル! 分かっているだろうが……結婚式までは駄目だからな! 」

 ラウルは飲みかけのグラスをコトリとテーブルの上に置いた。


「 学園を卒業するまでだったんじゃ無いのか? 」

「 それは……卒業したら直ぐに結婚すると思っていたからだ 」

 ニヤリと笑うアルベルトに、結婚しないのなら話は別だとラウルは口を尖らせる。

 こんな顔はレティとそっくりである。



「 アルも男だ! お預けは辛いんじゃ無いの? 」

「 諦めろラウル! レティももう大人だ。アルの手で女になるのを見届けよう 」

「 女…… 止めろ!レティは俺の妹だぞ! 」

 エドガーとレオナルドはニヤニヤと笑いながら乾杯をした。


「 はぁ……レティもいよいよ人のものか…… 」

 俺達は小さい頃から狙ってたんだよな!

 ……と、エドガーとレオナルドが顔を見合わせ、更にニヤニヤと意味深気にアルベルトを見た。


「 えっ!? 何だそれ? 聞き捨てならないな! 」

「 当たり前だろ? レティは公爵令嬢だぜ? 狙うに決まってるだろ? 」

「 それをまんまと新参者のアルに持って行かれたんだぞ! 」

「 鳶に油揚げを拐われたとは、こんな感じの事を言うんだろうな 」


 2人の様子からどうやら冗談では無さそうだ。

 貴族が良家との縁談を求めるのは当然の事だが……


 ロバートとルーカスとの間で、グレイとレティを結婚させ様としていた事を以前にロバートが暴露していた事がある。


 皇族は他国の王族と……

 貴族は身分の釣り合う家との婚姻を結ぶ事が、シルフィード帝国の今までの慣例だった。

 高位貴族なら尚更だ。



 あの時……

 ラウルの千切りキャベツの話に興味を持たなかったら。

 公爵家に行かなければ……

 レティのループする3度の人生の俺みたいに、レティとの出逢いは無かったのかも知れない。


 公爵令嬢であるレティは……

 グレイかこの2人のどちらかと結婚をしていたのだろう。


 危なかった。

 アルベルトはフウッと息を大きく吐いた。



 ラウルはそんな事よりも、アルベルトがレティに手を出すのかどうかが心配で心配で。

 先程からアルベルトに懇願する様な視線を送り続けている。


「 アル! レティをどうするつもりだ!? 」

「 安心しろ! 結婚式を挙げるまでは何もしない 」

「 本当か!? 」

「 ああ、先に子が出来て、帝国民から後ろ指を指されたく無いからな 」

 レティは正々堂々とバージンロードを歩かせるさと、アルベルトは酒をコクリと飲んだ。


「 ひぇ~! 再来年のレティの誕生日までどれだけあるんだよ 」

 どんな拷問だ~と2人は騒ぎ立てるが、安心したラウルはやっと満足そうに酒を飲み始めた。



 アルベルトは女性騎士や女官達とキャッキャと楽しそうに話しているレティを見つめた。


 レティがアルベルトの視線に気付くと、2人の視線が交差する。


「 す・き・だ 」

 声を出さずに口だけを動かすと……

 レティは嬉しそうに微笑んで、小さく手を合わせて指でハートを作った。


 ああ……

 可愛い。

 本当に彼女が好きでたまらない。


 そして……

 レティが好きなのも俺だけ。

 1度目の人生の時からずっと俺を好きなのだから。

 レティの俺への愛は……

 お前達が思ってるよりもずっと深いのだ。


 それを皆に言えないのが残念だが。


 アルベルトはレティを見ながら……

 美味しそうに冷たいお酒を飲むのだった。



 船はワイワイと楽しげな一行を乗せて静かに夜の海を進んでいた。





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