第474話 サハルーン帝国からの招待状

 



 帝国民が……

 白馬に乗った皇子様の勇姿にメロメロになり、カッコ良い騎士達のパレードに熱狂した軍事式典が無事に終わった頃に、皇宮に一通の書簡が届いた。


 今年は決闘なんかの目玉も無く、若干盛り上がりに欠けたが……

 それでも21歳の若き皇太子の姿を一目見ようと人々は殺到した。


 特に女性達の姿が多く見られる事になった。

 婚約者との御成婚の日取りの発表があり、独身である皇子様をこの目に焼き付けておこうと言う切なる思いで。


 そこにいたのは若い女性だけでは無い。

 夫がいようが、婆さんであろうが……

 皇子様への思いは特別なものなのだから。



 その書簡は……

 サハルーン帝国ジャファル皇太子殿下からの、アルベルト皇太子殿下に宛てての正式な招待状だった。


 勿論行かない選択肢は無いのだが……

 昨年はサハルーン帝国の皇太子がシルフィード帝国にやって来た事から、より友好関係を築く為にもそのお返しにアルベルトがサハルーンの招待に応じる必要があるからで。


 それに……

 アルベルトはサハルーン帝国に行き、確かめたい事があった。

 先日のジャック・ハルビンの言葉も気になる所だ。



 しかし……

『 婚約者のリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢にも是非ともご同行願いたい 』

 これには怒りを覚えた。

 レティを連れて来いとジャファルが言っているのである。


 ジャファルはレティにプロポーズをした皇太子。

 そんな奴の国にレティを同行させる訳にはいかない。

 また、レティにモーションを掛けるに決まっている。

 もしかしたら……

 ジャファルに拐われるかも知れない。


 絶対に無理だ!


 そんな事になったらレティを取り返す為に、戦争になるかも知れない。

 いや、戦争をしてでも取り返す!



「 レティは危険だから連れて行かない 」

 レティはサハルーン帝国の絹の生産に興味があるから行きたがるだろうが……


 アルベルトは書類を整理しているクラウドにそう告げた。


「 いや、いや、危険なのは殿下ですから! 」

「 レティよりも俺が危険? 俺は剣に覚えもあるし、魔力もあるぞ? 」


 そう、アルベルトはグレイと匹敵する程に剣の腕は立つ。

 その上に、魔力使いの中でも最強の攻撃力と言われる雷の魔力の持ち主だ。

 しかし……

 今、言っているのは暴漢の危険性では無い。


「 サハルーン帝国の女性達が殿下に言い寄らない訳が無いでしょ? 」

 危険分子なのは向こうの女性達だ。



「 ……… 俺はレティにしか興味は無い! 」

 だから大丈夫だと言い切るアルベルトにクラウドは呆れた顔をする。


「 殿下はリティエラ様だけでしょうが……向こうが殿下を放って置いてはくれないでしょ? 」

 我が国でも、リティエラ様と言う殿下に寵愛されてる婚約者がいると知っていても、女性達は言い寄って来てるでしょ?と、クラウドはやれやれと首を横に振った。



「 あれは言い寄って来ているのか? 」

 俺がレティと婚約してるのを知っているのにか?

 ……と、言ってアルベルトは眉を潜めた。


 殿下自身に自覚が無いのが問題なのだが。


 この世に生を受けて……

 ずっと周りの女性達から秋波を送られ続けて来た様な世にも美しい皇子だったのだから、あの熱を持った目を何とも思わないのも仕方が無い事で。

 信頼していた侍女から襲われた事もあったのだから。


 この美貌も罪なものだと、俯くアルベルトのその美しさを改めて認識しながら溜め息をつくクラウドだった。



 全く……

 リティエラ様だけですよ。

 殿下を普通の男として接してくれるのは。


「 あちらの女性は官能的な女性が多いと聞きます……肉弾戦術で来られたらどうします? 」

 隙だらけの殿下の側にはリティエラ様が絶対に必要です!

 そうビシッとアルベルトに言うと、クラウドはレティの同行を決めた。



 隙だらけ……

 そう言われたらぐうの根も出ないアルベルトだった。




 ***




「 本当!? 私も行って良いの? 」

 アルベルトからサハルーン帝国に一緒に行こうと言われて、レティは飛び上がって喜んだ。


 あれもして、これもしてと楽しそうに呟いているレティが可愛過ぎるが……

 俺の女性避け要員だとは言わない。



「 ジャファルには気を付けて……君を狙ってる 」

「 私よりアルの方が女性達から狙われるわよ、その為に私が行くのでしょ? 」

 以前から……

 お前はアルの魔除けだとエドガーから言われているからと、レティは自分が同行する理由をさらりと言う。



「 いや……それだけが理由じゃ無い! 通訳としても……僕がレティと一緒にいたいから……未来の皇太子妃として…… 」

 言葉に詰まるアルベルトに向かってレティはにっこりと笑う。


「 大丈夫ですわ! わたくしが皇子様を守り、この任務を見事に果たしてみせますわ 」


 騎士レティはそう言って剣を抜く構えをした。



 アルベルトはそんなレティに目尻を下げる。


 本当に……

 君は何処までも可愛い俺のナイトだ。




 ***




 サハルーン帝国へは、10月にある建国祭への出席に間に合う様に日程が組まれた。

 アルベルトがいないと建国祭が盛り上がらないのは必須なのだから。



 同行するのは悪ガキ3人のラウル、エドガー、レオナルド。

 レオナルドが行くのは勿論サハルーン語を話せるからだが、この3人はアルベルトの御代にはアルベルトの右腕になる存在。

 その彼等が外遊に同行するのは必然的で。


 アルベルトの側近達からは、クラウドとこの春からクラウド就き秘書官になったニアンと言う若者。


 ミレニアム公国へも同行したラジーナ女官長とベテランの女官達と侍従のテリーとその息子のダドリー。

 。

 息子は最近アルベルトの侍従に就任したばかりだ。


 レティの護衛にはエレナと、今は皇后陛下に就いているが、レティが騎士クラブに入部した時に4年生だった先輩のカレンが同行する事になった。

 レティが知っている女性騎士が良いだろうと言うアルベルトの指示で。


 そして……

 当然ながらグレイ率いる第1部隊第1班の騎士達が護衛を担う。



 出立までのその間に各部署で打ち合わせを念入りにする。

 シルフィード帝国の属国であり、言語が同じミレニアム公国へ行くのとは訳が違う。


 一同はレオナルドやレティが講師になり、簡単なサハルーン語を教えたりと、気合いを入れてサハルーン帝国への訪問に向けて万全の備えをした。




 8月のある日。

 皇太子殿下御一行様は、サハルーン帝国に向けて旅立った。










 

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