第470話 好き以上の感情

 




 レティは1度目の人生の時の死を思い出そうとしていた。

 もう14年前の事で記憶は曖昧になってはいるが。


 2度目と3度目の人生では、その死と向かい合わずにスルーして来た事も記憶が薄れている原因なのだろう。



 船に乗ったのは20歳の誕生日から数日後だ。


 あの日……

 皇太子殿下と婚約中のアリアドネ王女のウェディングドレスの製作の依頼を持って、イニエスタ王国の使者がレディ、リティーシャの元へやって来た。


 アルベルトとの婚約が決まってからは、イニエスタ王国の要人達がシルフィード帝国に滞在していた。

 婚姻をスムーズに行う為に両国間で打ち合わせをする為に。



「 シルフィード帝国で、今一番の新進のデザイナーであるレディ、リティーシャ殿に、是非とも我が国の王女のウェディングドレスを仕立てて頂きたい 」


 姫様がシルフィード帝国で仕立てられたウェディングドレスを着て、帝国に染まりたいと仰せなんだと使者は言った。


 王族の申し出を断るには、余程の強い理由が無ければ断る事が出来無い事は当然の事。


 引き受ければ……

 デザイナーリティーシャの名が一気に世界に躍り出るのは間違いない。


 だけど……

 ウェディングドレスを作るには、何度となくアリアドネ王女と会って、何度となく幸せそうな顔を見なければならないのだ。


「 無理……私には出来ない…… 」

 皇太子殿下に恋心を残したままなのに、皇宮に滞在している王女の元へは行けない。


 もしかしたら……

 幸せに包まれている2人の姿をすぐ側で見る事もあるかも知れない。

 こんな感情がある中で、世界中が注目する一世一代の素敵なウェディングドレスなんて作れる訳が無い。



 断る理由として、咄嗟にローランド国で店を出す予定で、直にシルフィードを発つ予定なんだと言うと……

 シルフィード帝国に馴染みたいと言う王女の言葉があるのに、他国にいるデザイナーに依頼する訳にはいかないと、イニエスタ王国の使者は残念そうに立ち去って行った。


 私は言葉通りに、直ぐ様ローランド国に向けて発った。

 ただただ皇太子殿下との御成婚の時に着用する、アリアドネ王女のウェディングドレスの製作を拒む為に。



 その時に乗った船でレティは死んだ。


 突然、ジャック・ハルビンから渡された包みを持って逃げるうちに、追い掛けて来たガスター・ストロングと言う男と、包みを奪い合った時に海に突き落とされて絶命したのだ。


 ガスターは外国船の船長。

 彼は料理クラブで同じ班のミリアの父親。


 ジャック・ハルビンから渡された包みは、私と一緒に海に落ちた事は記憶に残っている。


 あの包みの中の物が魔石だと言うのなら……

 何らかの魔力が入った魔石なのだわ。


 魔石と言えども……

 魔力が融合されなければただの石と変わりは無い。

 魔力が融合されてこそ、その価値が出る代物なのだから。



 あれが魔石ならば……

 何の魔力が融合されてたのかしら?

 魔石を手に持った時の感触と、私の記憶にある感触が同じだと言うだけで、あの包みの中身が魔石だとは限らないのよね。


 ふむ……


 ジャック・ハルビンは魔石の国のミレニアム公国にいた事から、あの包みの中身が魔石だと考えてもおかしくは無い。


 魔石だとしたら……

 人1人を海に突き落としても、ミリアのお父様はあの魔石が欲しかったのだと言う事。


 ジャック・ハルビンとミリアのお父様が知り合いだと言う事は、昨年の船上仮装パーティーで判明している。


「 ………… 」


 あの船上パーティーのアルは……

 猫耳で盛り上がったわ。

 猫耳は危険。

 最近では殿方の喜ぶアイテムだと夫人達の間で密かな人気だと店長から聞く。

 人伝に聞いたのだと言いながら、頬を染めて買って行くのだとか。


 確かに……

 あんなにアルが喜ぶなんて。


 違う!!

 今はそんな話じゃ無いわ……


「 レティ? 何を真剣に考えてるの? 腕組みなんかして 」

 可愛いじゃないかとアルベルトはレティの顔を覗き込んで来た。


「 !? 」

 いきなり美しい顔がドアップになり、あの時の妖艶なアルベルトを思い出して顔が熱くなる。


「 何? 赤い顔をして? 」

「 もう! 考え事をしてるんだから邪魔をしないで! 」

 レティは覗き込んで来るアルベルトの逞しい胸を押しやって顔を背けた。


 何を考えてたらそんなに赤くなるの?とアルベルトは顔を背けているレティの顔に、しつこく顔を寄せてくる。

「 僕の事? 」

「 ち……違うわよ…… 」

「 じゃあ誰? 」

「 ……言わない…… 」

 教えて教えないと、馬車の中で2人の甘いイチャイチャは続くのであった。



 今、2人は皇太子殿下専用馬車に乗っていた。

 ユーリと庶民病院の医師ロビンが、ローランド国に研修に旅立つのでお見送りに出向いている所である。


 レティは……

 完成した新薬と、流行り病の患者と対峙した時の注意事項を書いたノートをユーリに渡す為に。



 私が流行り病にかかったのは……

 患者の嘔吐物を被ったからなんだろう。


 医師として一番駄目なやつ。

 迂闊だった。

 流行り病にかかり、ぐったりとしている子供を抱き上げた時に顔に吐かれたのだ。


 流行り病にかかったら……

 患者と向き合う医師や家族は、マスクをして手洗いや消毒を徹底する必要があるわ。

 特に患者の吐瀉物には要注意。


 それは……

 自分が経験した、医師として患者としての辛い病症を綴ったノートだった。



「 これをローランド国の医師に渡して下さい。そして……ウィリアム王子にも、私からだと渡して下さい 」

「 何故王子に? 」

 ウィリアム王子は私のご学友なのよとレティは微笑んだ。


 突然にウィリアム王子の名がレティの口から出て来て、横で静かに医師達の話を聞いているアルベルトはムッとする。

 この2人が案外仲が良いのも気に食わない。



「 王族がそれを知っていれば、流行り病が流行り出した時に強制的に指令を出せるでしょ? 」

 医者の言う事を聞かない人もいるのよとレティは笑った。


「 全くだ 」

 3人の医師達はうんうんと頷き合った。

 医師よりも国民が信頼しているのは皇族や王族なのだからと皆でアルベルトを見た。



 流行り病は毎年流行っていた。

 しかし……

 来年の夏に流行る病はかなり強烈で感染力が強い。


 どうか……

 この特効薬が効きます様に。



 そして……

 ポーションの入った瓶も何本か渡した。


 これはドラゴンの血から作られた貴重な回復薬。

 この一瓶で100人分はある。

 流行り病にかかり、弱った時に飲めば体力が回復する。


 嘔吐や下痢がある場合は体力が直ぐに無くなる。

 脱水状態になって死に至る事も。

 そうなる前に飲ませれば……


 薬学研究員であるレティは薬剤を医師であるユーリとロビンに託したのである。



 あの時……

 独りで寂しく死んだのだと思っていたけれども……

 傍にはユーリ先輩がいた。


 死に逝く時に……

 ユーリ先輩が傍で泣いてくれていた。


 甲板の上に立つユーリとロビンに手を振って見送りながら……

 レティはそっと涙を拭った。




 ***




 レティが泣いている。

 じっとユーリを見つめて……

 きっと2度目の人生での事を思い出しているのだろう。



 ユーリとレティ。

 グレイとレティ。


 ユーリとグレイを見つめるレティには特別の感情がある。

 そこには……

 2人しか知らない時間があったのだろう。


 レティはずっと俺を好きだったと言うが……

 レティの傍にいたのは間違いなくユーリとグレイなのだ。


 レティの好き以上の感情が、彼等にある事に嫉妬をしてしまう。


 彼等は……

 きっとレティを好きだった筈だ。

 レティはこんなにも魅力的な令嬢なのだから。


 本当に……

 レティの3度の人生での俺は何をしていたのかと思わずにはいられない。


 レティ……

 4度目の今は……

 俺がその特別になる。

 好き以上の感情を俺に持ってくれる様に……

 ずっと君の傍にいたい。


 そして……

 彼等には出来なかった事。

 レティを決して死なせはしない。

 それから……

 レティは俺が貰う!

 レティを守り抜いて俺の妃にする。


 アルベルトはレティの前生にいる彼等に宣言をしたのだった。




「 あー!!! 」

 さっきまでぐずぐず泣いていたレティがいきなり叫んだ。


「 ジャック・ハルビン!! 」

 逃がすかと駆け出したレティを、アルベルトは慌てて追い掛ける。


 全く忙しい。

 だけど……

 君の傍にいる事はこんなにも楽しい。


 ユーリとグレイもそうだったのなら……

 やはり嫉妬をせずにはいられないなとアルベルトはクスリと笑った。







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