第469話 公爵令嬢の誕生日

 



 シルフィード帝国の皇太子アルベルトと、公爵令嬢であるリティエラの婚約式が行われてから2年が過ぎていた。


 帝国民だけで無く世界中がこの2人の御成婚を待ち望んでいるのだが……

 皇室からは一向に日取りが発表され無い。


 公爵令嬢が学園を卒業するのを待ってからだと誰もが思っていたが……

 卒業してもまだ発表され無いと言う。



 皇太子殿下が婚約者を溺愛していて、2人の仲は良好だと言う声は聞こえては来るものの、何故御成婚の日が決まらないのかと。

 それには何か結婚出来ない事情があるのかと、憶測されてしまうのも仕方の無い事で。


 何の発表も無い事から……

 不本意にも皇太子殿下の女性関係が噂されたりするのであった。



 帝国中がやきもきしている中。

 レティの19歳の誕生日の日に合わせて、皇室から正式に発表された。


 アルベルト皇太子殿下とリティエラ公爵令嬢の御成婚は、2年後の今日、リティエラ嬢の誕生日の日に行われる。



「 何故2年後? 」

「 来年じゃ駄目なの? 」

「 両陛下の御成婚は婚約発表の1年後だったのに? 」

「 皇太子はそれまで清い付き合いをしなけりゃならないのか? 」

「 あれだけ溺愛してると言うのに…… 」


 平民達だけで無く、貴族間からも疑問の声が上がるのは当然であった。


 その理由として、公爵令嬢は医師であり薬学研究員である事から、この2年の間に学びを深めたり、研究したい事があるからだと続いて発表された。

 皇太子妃になれば出来なくなる事を示唆して。



 中々決まらない御成婚の日取りに、妙な憶測やとんでも無い噂が立つ事で勝手にやきもきしていたが……

 日取りが決まらなかった理由を知ってしまえば、世の女性達からは賛美が送られた。


 女だってやりたい事をして良いんだ。

 結婚だけが女の幸せでは無い。

 医師であり、薬学研究員である天才の彼女を応援したい。



 皇太子殿下に見初められた幸運に、喜び勇んで結婚真っしぐらかと思いきや……

 あの美丈夫な皇太子殿下よりも、やりたい事を優先させる彼女の生き様に共感する人が大多数だった。


 そして……

 そんな婚約者の意思を尊重してくれる皇太子殿下は、なんと懐が深いのかと。

 皇子様大好き帝国民はアルベルトも称賛したのだった。




 それに合わせて……

『 シルフィード帝国皇太子殿下御成婚物語 護衛騎士達から見たお2人の愛の奇跡 』

 ……が、発売された。


 この物語は護衛騎士達が書いた報告書に基づいた物語。

 あくまでも護衛騎士目線で、所々に秘書官や侍女、女官達目線の皇子様の様子が記載されているのであった。


『 2人の愛の真実は2人だけのもの 』と言う言葉を添えて。



 第1弾の本は2人の出会いから婚約までの話。


 その出会いが、皇子が初めて親友ラウルの公爵家に遊びに行ったと護衛騎士は報告書に書いているが……

 レティが唐揚げをアルベルトの口に突っ込んだ事は報告書には記載されてはいないので、当然ながら本にも記載されてはいない。


 護衛騎士は、公爵家の待機室でお茶を飲みながらアルベルトを待っていただけなので、ここで2人がどんな出会いをしたのかなんて知らないのだから仕方が無い事で。


 読み始めたとたんに、結局お2人の出会いはどんな出会いだったの?と、読者はモヤモヤする事になるのだった。


 それからの学園での皇子様の猛アピール、公爵家の領地まで追い掛けての猛アタック。

 暴漢と対峙する彼女を助けたりと……

 読者の皆が皇子様頑張れと応援したりして。


 そして……

 女性達の胸キュンポイントは、やはり学園での皇子様のベンチの話。

 雨が降ろうが雪が降ろうが、皇子様が健気にも公爵令嬢を待っていたと言う皇子様のベンチ。

 その並木道にあるベンチを是非とも見学したいと言う声が、学園に寄せられる事になったりした。



 あの、学園での並木通りで起こった王女との修羅場は目撃者多数により、かなりリアルに書かれていて……

「 王女ざまあ! 」……と、読者はガッツポーズをするなどをする満足の場面だった。


 皇子と公爵令嬢の激しいキスの場面もドキドキしながら読んだ。

 その後……

 皇子が公爵邸に出向き……

 公爵邸の庭園で愛を語らい2人が恋人になった事も記載されていて、読者は大いに満足したのだった。


 それからの他国王女との婚姻の話は皆も喜んだ事なのだが……

 その裏であった2人を引き裂こうとする大人達の行いに涙するのであった。



 読者の1番気になるプロポーズのプロセスやシチュエーションは皇子が深夜に1人でローランド国にいるリティエラ嬢の元へ向かったのは書いてあるが……


 次の場面は……

 皇子が帰国した所からで、公爵令嬢がプロポーズを受けてくれたのだと言う事が記載されているだけである。


「 肝心な所が…… 」

 ……と、読者がモヤモヤするのである。


 しかし……

 護衛も付けずに独りで公爵令嬢に逢うために他国へ向かった皇子様に、皆はキュンキュンした。


 

 兎に角……

 作られた話なのかと思う程の内容が盛り沢山な2人の物語は、帝国中の皆を熱狂させたのだった。


 こんなにドラマチックな2人物語の第2弾が待たれる所である。



 アルベルトが懸念していた議会での子種発言は絶賛された。

 男達は皇子がそこまで気骨のある皇子だったのかと男惚れをして、女性達からは浮気をしない誓いだとして、世の男性達は皇子様を見習えと言って、皇子様の一途さにうっとりとしたのだった。


 反対に……

 この美貌の皇子様が、そこまで言わないとならなかった議員達のポンコツさに批判が殺到した。


 皇子様がこれ程までに想いを寄せている令嬢がいるのにと。

 ましてや彼女は我が国の最高位の公爵令嬢。

 何の問題があるのかと。

 他国の姫よりも自国の令嬢の方が良いに決まっている!


 そして……

 もの凄いタイミングで皇帝陛下宛に手紙をよこした爺達は絶賛された。

 鼻高々な爺達が……

 またもやアルベルトに食事代を要求したのは言うまでも無い。



 御成婚記念の本は帝国中を夢中にさせた。

 この本の監修を務めた皇太子殿下の秘書官クラウドは胸を張った。


 何よりも……

 話題に事欠かない2人の特別さを改めて感じたのであった。

 その分、困難が常に前にある事も。


「 殿下……頑張ってますね 」

 クラウドとモニカ侍女長とラジーナ女官長の3人は、皇子の成長に目を細めたのだった。




 ***




 アルベルトはとても気になっていた。

 あの議会での子種発言を。

 レティがその場面を読んでどう思ったのかを。


 レティがこの本を読んだ感想は……

「 ふ~ん……騎士達からはこんな風に見えていたのね 」

 ……だった。


「 レティ? ……あの……他には何か無い? 」

「 だって……騎士達から見たそれも真実だし、アルと私の真実だって目先を変えれば各々違うでしょ?……まあ、ノンフィクションと言うならこんな風になるわよね 」


 淡々と話すレティが尊い。


「 いや……そうなんだけど……それじゃ無くて……議会での僕の発言は……どう思った? 」

 アルベルトが気まずそうレティの顔を見た。


 レティはアルベルトの執務室のソファーに座り、クラウドから渡された完成したばかりの自分達の本を読み終えたばかりだ。


「 どうって? 当然でしょ? 」

 何の問題があるのかとアルベルトを見つめる。


 いや……

 2人のデリケートな問題を発言をした事をアルベルトは気になっていた。

 それに、この子種発言は皇子様としてどうなんだと。

 レティの前では格好を付けたい皇子様なので。



「 それとも……嘘なの? 」

「 えっ!? う……嘘じゃ無いよ! 」

 レティが泣きそうな顔をした所で、クラウドやラジーナ女官長がクスクスと笑いながら気を利かせて退出して行く。


「 私以外の女性に子種を注ぐの?………そうよね……医学的観点から言えば……子種は♂の子孫繁栄の…… 」

「 わーっ!! レティ止めて! そんな可愛い顔をして……子種とか止めてくれーっ!! 」


 レティは医師である。

 平気である。


「 レティだけだ! 」

 アルベルトがレティの横に座り、レティを自分の膝の上にヒョイと乗せた。


「 僕はレティだけのものだから…… 」

 子種も……とは生々し過ぎるから言わないが。


 レティをギュッと抱き締めて、信じてとばかりに囁いたアルベルトに、レティはニッコリと笑って嬉しそうな顔をした。




 ***




 結婚式をレティの21歳の誕生日にしたのは、アルベルトの限界がそこにあるからで。

 もう1日たりとも待てないらしい。


 そして……

 20歳の誕生日の日からは、皇太子宮に住むことをレティに約束させた。


 20歳になると死ぬと聞かされているのだから磐石な態勢を取る事は必然的で。


「 歩く時には抱き上げるし、部屋にいる時は何時も僕の膝の上で過ごそう 」

 ……と、アルベルトは言う。


 これがまた大真面目な顔をして言うから恐ろしい。

 まあ……

 気持ちは分かるからここは素直に頷いた。


「 良い子だ 」

 アルベルトは満足そうな顔をしてレティの頭を撫でた。




***




 レティは19歳になった。

 運命の20歳の時まで後1年。



 4度目の人生はループをする意味を考え、死と向かい合おうと決めた。

 向かい合わなければ大勢の人達が死に至る事を、改めて認識したからである。


 それに向けての準備は着々と進んでいる。

 それにはシルフィード帝国の皇太子殿下が傍にいるからで。

 1人なら何処かで逃げ出していただろう。



 だけど……

 時折堪らなく怖くなる。

 帝国を守ると言う事は自分の死と隣り合わせになるのだから。


 そして……

 その先にある次の死。

 怖くない筈が無い。

 どんな死が訪れるのかは分からないのだから。


 不安で押し潰されそうになると……

 アルベルトが何時も抱き締めてくれる。


「 僕がいるから大丈夫だ。君を絶対に死なせはしない! 僕を誰だと思っているの? 僕は帝国の皇太子だよ? 」

 アルベルトは何時もそう言いながら、レティを力強くあやしてくれるのだった。



 アルベルトの逞しい腕の中は……

 何よりもレティを安心させてくれる場所。


 アルがいるから頑張れる!



 こうしてレティの1年後の誕生日、2年後の誕生日に向けて……

 レティとアルベルトの毎日が始まった。







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