第467話 オハルと雷風の矢
レティの勤務場所は皇宮である。
薬学研究員として虎の穴へ、医師として皇宮病院に努めている事から、アルベルトは時間の許す限りはレティの元にせっせと通っている。
昔……
アルベルトが皇宮は自分の家だと言ったら、レティがビックリしていた事があった。
皇宮は両陛下と皇太子の住む宮殿なので、アルベルトの家である事は間違いないのだが。
その自分の家にレティが居るのだ。
嬉しくならない訳が無い。
アルベルトはずっと自分の孤独を孤独だとも思わずに生きて来た。
独りが当たり前の生活だったのだからそれは仕方の無い事で。
だけど……
レティと皇太子宮で一緒に食事をしたり、ベッドで2人で眠ったりした事で独りが寂しいと思う様になったのだ。
だから……
時間の許す限りは、自分の家の何処かに居るレティの元へ何かと理由を付けては通っている。
時には神出鬼没のレティを探して宮殿中を歩き回って。
それはもういじらしい程に。
この日も……
お昼を一緒に食べようとやって来たら……
「 魔力切れを起こしている。リティエラ嬢! 助けてやってくれないか? 」
ルーピンがレティのヒーラーの力を検証しようとしている所だったのだ。
魔力の研究者である彼は、以前からレティを研究したがっていたのだ。
全く油断も隙も無い。
「 君のキスで魔力が回復するのは僕だけだよ!それは愛の力なんだと言ったろ? 」
愛し合ってもいないのに手を握っても意味は無い事だからねと、アルベルトはレティに再度言い聞かせた。
「 うん分かった……愛の力なのよね…… 」
そう言ってはにかむ様に笑うレティがたまらなく可愛いのだった。
さて……
武器を手に入れたのなら試してみたいと思うのは騎士としては当然な事で。
サロンで2人で昼食を食べ終わり、移動している時にレティがアルベルトにオネダリを開始する。
矢を射りたいから騎士団の練習場所を利用させて貰いたいのとお願いをする。
「 ねぇ……オハルで矢を射てみたいの! 」
「 オハル? 」
「 この子の名前なの 」
レティはオリハルコンの弓をアルベルトに突き出した。
この立派なオリハルコンの弓が……オハル……
グッ……
アルベルトは少し吹いた。
良い名前でしょうと胸を張るレティが交渉を開始する。
「 だからね、このオハルを試したいのよ 」
「 今日は駄目だ! これから騎士団の全体練習だから 」
アルベルトが長い足で歩くのを邪魔する様に前に回り込んだり、後ろからアルベルトの上着の裾を引っ張ったりと今日のレティのお願いはかなりしつこい。
「 駄目? 」
「 ……… 」
上目遣いでお願いをしてくる可愛いレティのオネダリを聞かない訳は無いのだが……
纏わり付いて来るレティが、もう可愛くて可愛くて……
直ぐにオッケーを出すのは勿体無い。
勿体振れば……
その後のオッケーした時の喜びは大きい。
もしかしたら抱き付いて来てくれて、チューしてくれるかもと皇子様はウキウキしている。
「 駄目なら仕方無いわね。練習が終わって弓矢の訓練をするグレイ班長にお願いしてみるわ 」
じゃあ! 研究の続きをして来るわねと、レティは踵を返してアルベルトから離れて行った。
「 レティ! 今からでも大丈夫にする! だから…… 」
もうひとネダリしてくれればオッケーしたのにと。
それに……
グレイにこんなに可愛くオネダリなんかをしたら堪ったもんじゃ無い。
考えるだけで発狂しそうだ。
「 本当に? 良いの? 有り難う! 訓練の邪魔にならない様にするわね! 」
レティは踵を返してアルベルトの側まで駆けて来た。
ああ……
可愛い。
アルベルトは指先で自分の頬をトントンとした。
お礼のキスのオネダリだ。
腰を折ったアルベルトの頬にチュッとキスをする。
すると……
皇子様は満足そうな顔をした。
抱き付いて来てキスをしてくれ無かった事は残念だが。
「 存分にオハ……ル……オ……ハル……を射ておいで 」
アルベルトは口ごもる。
レティが名付けた虎の穴に次いで言いたくないネーミングだった。
今では虎の穴呼びにもすっかり慣れたが。
***
この日の午後は来月に迫った軍司式典の全体練習。
皇帝陛下付きの特別部隊も参加しての練習だ。
シルフィード帝国の最高司令官は皇帝陛下で、皇太子殿下であるアルベルトは最高指揮官。
最高指揮官は実際に騎士団を動かさなければならない事から、戦争時に置いては全ての部隊の命運は皇太子であるアルベルトの手に掛かっていると言う立場だ。
指令台の上に1人立ち、その澄んだ声で指揮を取るアルベルトの前で、見事な演習を繰り広げる騎士達を羨ましげに見つめた。
「 私は……まだ新米騎士だったから……街に出向いての民衆整理だったので式典には参加した事は無いのよね 」
レティは1人で弓矢の練習場に行く。
その場所は……
騎士団の騎士でなければ知らない場所。
今は王太子との決闘の時にアルベルトから貰った騎士服を着てはいるものの……
レティは確かに騎士だったのだ。
オハルを構えて的に向けて矢を放った。
シュッ!!!
軽い……何時もの距離でスバーンと的に当たった時の手応えが強烈だった。
後ろに下がって距離を取って射てもその威力は凄いもので。
「 オハル~ あなたはなんて素敵なの~ 」
このオハルで、あの風と雷が融合した矢を射てみたい。
夢中で矢を射ていると……
シエルがやって来た。
レティがオリハルコンの弓を試すと言うので、完成していた風と雷の融合した矢を持って。
レティの顔が輝いた。
あの矢を射れるのかと。
しかし……
シエルの後からはアルベルトがデニス国防相やロバート騎士団団長達と歩いて来ていた。
その後からゾロゾロと騎士達が続く。
どうやら軍司式典の全体練習が終わった様だ。
以前に矢のお披露目をした時は、風の魔力のみが融合した矢だったが……
今回はアルベルトの雷の魔力が更に融合された事から、再度矢の検証をする事になったのだった。
アルベルトがレティの側に来ると、ざわざわと大勢の人の塊がやって来た。
皇帝陛下が来たのだ。
ルーカスや他の大臣達も一緒に。
こうなると……
流石に矢を射るのはレティでは無くグレイ。
貴重な矢は1本たりとも無駄には出来無い。
風と雷の矢を射れるのかとウキウキしていたレティは肩を落とした。
残念。
グレイの持った矢の矢尻は妖しく青い輝きを放っている。
その矢を持ってグレイが弓矢を構える。
シュッと矢が凄い勢いで遠くの的を目掛けて飛んで行き、的に命中すると……
ドカーン!!!
命中した的が凄い爆発を起こしてバラバラに砕けて吹っ飛んだ。
「 !? 」
歓声とどよめきが起こる。
「 これなら……魔獣は絶命する! 」
デニス国防相と弟のロバート騎士団団長が、興奮しながら兄弟で歓喜の声を上げた。
魔獣は首を切り落とさない限りは絶命させられない事から、たとえ弓矢で倒したとしても近付いて首を切り落とさなければならない。
ドラゴンの討伐の時のグレイ達の様に。
しかし……
近付くと魔獣が暴れ出して騎士達が怪我をしたり、命を落としたりしてかなりの犠牲が出ているのだった。
自分の部下が怪我をしたり、命を落とす事に心を痛めていたロバートの喜びは計り知れない。
1矢が当たると標的は木っ端微塵になり……
小物の魔獣ならその首も一瞬にして吹っ飛ぶ破壊力だ。
「 シエル礼を言う! 」
歓喜のあまりに涙ぐむロバートに握手を求められたシエルは恐縮していた。
元を辿れば、この矢もレティの発案だった。
シエルとレティが秘密裏に始めた事。
直ぐにアルベルトにバレて叱られたが。
ガーゴイル討伐に向けての4年がかりの構想がここに完成した。
矢の名前は『 雷風の矢 』に決まった。
名付けたのは騎士団団長のロバート。
爺達やレティよりはちゃんとした名前を付けた。
面白味は全く無いが。
デニスは総力を上げて量産して地方に常備させると意気込んでいる。
「 殿下! 魔力を宜しくお願いします 」
この矢を作るには、シエル達錬金術師が魔石を矢尻に加工した後に、風の魔力使いと雷の魔力使いに魔力を融合して貰わなければならない代物だ。
皆が嬉々として称賛の声を上げる中……
レティとアルベルトは別の事を思っていた。
違うのだ。
レティは拳を強く握りしめた。
1年後に出現するガーゴイルには通用しないのだ。
聖なる矢でしか絶命させられないと言われているガーゴイル。
だけど……
頭が木っ端微塵になればいけるんじゃ無いかと期待してしまうのは仕方無い事で。
聖なる矢は聖女しか作れない矢。
聖女のいない今は……
この矢がガーゴイルを絶命させる事が出来るのを祈るしかない。
レティは手に持っているオリハルコンの弓を握り締めた。
そして……
対ガーゴイル戦にはもう1つの可能性がある。
このオリハルコンの弓から射た矢に、アルベルトの聖剣から放つ雷を乗せれば聖なる矢の代わりになるかも知れない。
聖杯も聖剣も聖女が浄化の魔力を融合させた代物。
アルベルトが聖剣から雷を放てばその雷には浄化の魔力があるのだと考えられるからで。
しかし……
どちらの可能性にせよ……
検証が出来ない事がもどかしい。
そして……
レティが掘り当てた千年に1度発掘されるかどうかの金属オリハルコン。
それで作った弓。
この弓には特殊な能力が秘められているのだった。
レティ達がそれに気付くのはもう少し先の事。
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