第465話 公爵家の夜会

 




 学園を卒業したレティは、週の3日を薬学研究員として虎の穴に勤務して、残りの2日は医師として皇宮病院に勤務している。


 そして……

 週末はデザイナー、レディ・リティーシャとしてお店の『 パティオ 』に通っているという、相変わらず止まったら死ぬのか?……と言う生活をしている。


 それでもお休みの日には、アルベルトとのデートや母親のローズとの時間を取ったりと、結婚前の貴重な一時を大切に過ごしているのだった。


 レティの様な高位貴族の令嬢が社会に出て働く事は稀で、学園を卒業すると大抵は家にいて、母親の主宰するお茶会や夜会を手伝いながらそのノウハウを学んだりしている。


 茶会や夜会は貴族夫人達の社交の場、それらの開催を完璧にこなす事が出来てこそ一流の貴婦人になれるのだと言われている。



 レティが学園を卒業した事から、公爵家の社交が本格的に始まった。

 早く言えばラウルの嫁探しである。


 シルフィード帝国では婚約と言う物はあまり重要視されてはいない。

 特に幼い頃に結ばれた親同士が決めた婚約は、当人達が大人になると解消される事が殆どである為だ。


 決まった事では無いが……

 皇子は他国の王女を娶ると言う事が当然の様になっていた事もあり、皇子に幼い頃から婚約者がいなかった事も、貴族社会で早くから婚約をしない様になった大きな理由の1つなのだろう。


 シルフィード帝国の三大貴族の嫡男達にもまだ婚約者が決められていないのだから。




 公爵家の夜会は5月の末のラウルの21歳の誕生日の日に決まった。


 子供が小さい内は夜会などは開かれ無い事から、ルーカスの父母である先代夫婦が早くに亡くなっていた事もあって、公爵家としては久々の夜会。


 公爵夫人であるローズは、昼間に行う夫人達を招待してのお茶会は何度となく開いてはいるが、本格的な夜会は初めての事だった。



「 皇室の主催の晩餐会や舞踏会はね、その全てを皇后陛下が取り仕切ってらっしゃるのよ 」

「 まあ!? ……あの豪華な晩餐会と舞踏会を? 」

 だから、レティも今回の夜会の手伝いをしなさいなとローズが言う。


 皇太子妃になるレティも……

 何れは皇后陛下の手伝いをしなければならないのだからと。


 勿論、皇室主催の舞踏会とはその規模は違うが……

 招待客のリスト作りや食事、飾り付けなどやる事はいっぱいだ。

 ローズも皇后陛下に色々と習って来たらしい。


 成る程……

 何時かの陛下へのお誕生日サプライズも皇后様の取り仕切る余興の1つなのだわ。


 両陛下がファーストダンスを躍り終えると、全体を見渡せる席で皆の挨拶を受けながら、側近達に何やら指示の様なもの出している姿が思い出される。

 皆を楽しませる為に皇后陛下が裏で奮闘をしているのである。


 あの大規模な催しを取り仕切るなんて……

 何時も優しく微笑んで、おっとりとして優雅な皇后陛下の凄さを垣間見た様な気がするレティであった。




 ***




 シルフィード帝国の最高位貴族であるウォリウォール家の夜会。

 否応にも期待が高まる。


 特にお年頃の令嬢を持つ親達には気合いが入るのであった。

 皇太子殿下との婚姻を諦めた今。

 狙うは最高位貴族の公爵家との婚姻。


 多分夜会にはラウルの友達であるエドガーとレオナルドも参加する事になる。

 彼等にもまだ婚約者がいない。

 噂になってる令嬢もいない。


 シルフィード帝国の三大貴族の嫡男が一同に揃う公爵家の夜会に、令嬢たちがいきり立たない訳がない。

 皇宮の格式のある舞踏会とはまた違う貴族の夜会に期待は高まる一方であった。



 そうして5月の末のラウルの誕生日に夜会が開催された。



 着飾った令嬢達が次々に公爵邸のホールに入って行く。

 招待客は高位貴族ばかりだから皇宮の舞踏会と同じ顔ぶれだが……

 やはり皇帝陛下や皇后陛下のいる緊張した宮中舞踏会よりもかなり気楽なパーティーである。



「 皆様、ウォリウォール家の夜会にようこそ。私の妻の初めての主催ですので、至らぬ所もあるとは思いますが、どうかゆるりとお過ごし下さい 」


 今日の主役はルーカスとローズとラウルだ。

 勿論、ダンスをするのも食事をするのも歓談するのも自由である。


 楽団がゆるりと音楽を奏でると……

 公爵夫妻とその横に立つラウルに挨拶をする為に招待客は並んだ。


「 ご子息様。お誕生日おめでとうございます 」

 黒のタキシードを着たラウルがにこやかに挨拶をしている。

 手にはカクテルを持ってフランクな会話を楽しんでいる姿はやはり、シルフィード帝国最高位の公爵家の嫡男だ。



「 うわ~お兄様……よそ行きの顔をしているわ 」

 皇宮での舞踏会のレティは主役だが……

 今は裏方に徹している。


 そして……

 レディ、リティーシャはこのチャンスを逃さない。

 夫人と令嬢達のドレスのリサーチ開始だ。


 ササササと令嬢のドレスに近付き、生地やレースや飾りなどをチェックする。

 宮中舞踏会では出来ない事なので嬉しくて仕方無い。



「 皇太子殿下の婚約者であらされるリティエラ嬢はどちらに? 」

 是非ともご挨拶をと皆が探してはいるが……

 裏方レティは意気揚々と飛び回っているので中々掴まらない。


「 あっ!? お兄様がファーストダンスを踊るわ 」

 ラウルがエスコートして踊るのは、先程親娘で挨拶に来ていた侯爵令嬢だ。


 この侯爵令嬢って……

 アルに秋波を送って来ていた令嬢よ?

 お兄様にまで……

 いやらしい顔をしているから、ブブー!!


 次の令嬢は……

 お兄様、エドガー、レオナルドと……

 3人をキョロキョロと獲物として見ているわ。

 誰でも良いんかい?

 こんな奴はアウト! ブブー!!


 小姑レティが炸裂した。

 もはやブブー!!の嵐である。


 いつの間にかホールの真ん中にやって来て……

 腕を組んで仁王立ちをしている。


 あっ!

 こいつら……

 アルにぶつかり妹と、テヘ、頭コツン姉じゃないの!?

 今度はお兄様狙いなんだわ。

 あっ!? お兄様にぶつかろうとしているわ。


「 わたくしのお兄様に止めて頂きたいですわ 」

 レティは武器で……

 いや、あの細長い扇子でラウルにぶつかろうとしている妹を阻止する。


「 まあ! 失礼な……わたくしの妹はそんな事は致しませんわ 」

 レティと姉は同学年だ。

 この姉はケイン君まで狙っていたのよ。

 妹も然り……

 何度もケイン君にぶつかってたわ!



「 ぶつかって気を引こうなんてそんな古い作戦は恥ずかしいからお止めなさいな! 」

 バッと扇子を広げて口元を隠す。


「 そんな……酷いわ…… 」

 真っ赤になって駆け出して行く姉妹をレティは高笑いで見送った。


 オーホホホホ。


 悪役令嬢レティにラウル達は可愛い可愛いと頭を撫でる。

 この3人はレティの悪役令嬢が大好物である。



「 レティ! 何の為にこのパーティーを開いてると思ってるの!? 貴女が邪魔をしてどうするのよ!」

 ローズに叱られたレティはシュンとして、ホールの片隅に退散した。


「 だって……どの令嬢もお兄様に相応しく無いんだもの…… 」

 アルが駄目ならお兄様とか許せる訳無いじゃない。


「 やっぱり暴れていたね 」

 声の主はアルベルトだ。


「 アル……何故来たの? 呼んで無いのに…… 」

「 そんな酷い事を言う口はこの口か!? 」

 アルベルトはレティの両頬をうにゅっと摘まむ。


「 らって……おうりはまが…… 」

「 俺はラウルの親友でラウルの妹である君の婚約者だ! 未来の義理兄の誕生日パーティーに祝いに来るのは当然だろ? 」

 それに……

 ちゃんとルーカスから招待を受けたよとアルベルトが招待状を見せた。


「 ……お兄様? アルの? アルもお兄様って呼ぶの? あれを? 」

 キャーハハハハとレティが笑い出した。


 大体今日のお兄様は……

 神妙な顔をしているから、またそれが可笑しくて可笑しくて。

 ずっと我慢していたがもはや限界。

 レティは腹を抱えて笑う。

 1度笑いだしたら止まらない。



「 殿下! 」

 ルーカスとローズが2人の元に飛んで来た。


「 殿下。ようこそ我が公爵家の夜会へ 」

「 招待、感謝する 」

 ローズはまだ笑っているレティを睨み付けている。



「 皆様……皇太子殿下がお成りになりました。礼を尽くして下さい 」

 公爵家の執事がアナウンスをすると……

 男性客は皆が頭を下げ、女性客はドレスの裾を持ち一斉にカーテシーをする。


 アルベルトの登場で一気に会場が華やかになった。

 流石は皇子様。


 アルベルトはラウル、エドガー、レオナルドとハイタッチをする。

 4人の揃い踏みで会場のボルテージが上がり、女性達は頬を染めてキャアキャアと黄色い歓声を上げていた。


 懐かしい4人の姿。

 男性も女性も……

 招待客の殆どが学園の元生徒達や今の生徒達なのだから、喜ぶのは当然な事で。

 皆は眼福だと言ってまるで絵の様な美しい4人を眺めていたのだった。



 アルベルトはまだしつこく笑っているレティを連れてホールの中央にやって来た。

 今からダンスを踊るのだ。


「 大好きな婚約者から、酷い事を言われて傷付いている私とダンスを踊って頂けますか? 」

「 フフフ……本当はね……大好きな婚約者様に逢いたかったの 」


 コツンとオデコを合わせて見つめ合う2人は皆の注目の的だ。


 今宵は裏方に徹していたレティがアルベルトの登場ですっかり主役に。(先程まではホールの中央で悪役令嬢をしていたが)

 太陽の様な皇子様が現れては、その婚約者も注目されるのは当然の事で。



 ラウルは助かったとばかりに主役の座をアルベルトに譲るのだった。


 1度パーティーをやればお袋の気も済むだろうと。


 見ればローズはアルベルトとレティのダンスを嬉しそうに眺めている。


「 俺はまだまだ自由でありたい 」

「 俺もだ! 好きな女もいないしな 」

「 俺らはとは違って縛られてはいないからな 」


 何としても世継ぎを作らなければならない皇族や王族の婚姻はどの国でも早い。

 議会で結婚相手を決められる前に……

 レティと言う愛する女性ひとに巡り逢えたアルベルトは幸せなのだろう。


 皇太子が見初めた彼女は、王女では無いだけでシルフィード帝国では最高位の公爵令嬢である。

 皇太子のお相手としては何ら問題の無い身分なのだから。


 本当に……

 こんな2人が恋愛結婚をするのは珍しい事で。


 幸せそうに踊る2人を見ながら……

 シルフィード帝国の三大貴族の嫡男達は乾杯をしたのだった。



 結局……

 小姑レティの妨害もありラウルの嫁候補は見つからなかったが、公爵家の夜会は成功裏に終わった。


 レティが考えた招待客へのお土産の心尽しは大好評で、これからパーティーの後にお土産を渡す事が社交界の習慣となったのだった。


 勿論……

 そのお土産はレティが作ったスキンケアクリーム。

 商魂逞しいレティは、レディ、リティーシャの店『 パティオ 』で、販売していると書いたカードを添えて帰宅する客人達に渡したのだった。



 ローズ公爵夫人の名が社交界で君臨する様になった事は言うまでも無い。







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