第464話 安堵と懸念
その後は懸念していた襲撃も無く、ウォリウォール兄妹御一行様は夜遅くに皇宮の門を潜った。
皆の安堵は如何ばかりか……
特にグレイはフゥ~っと大きく息を吐いたのだった。
馬車の中からレティとエドガーが顔を出せば顔パスで、お兄様は頭から上着を被り眠っている振りをした。
グレイは時間差で入城して、ユーリのレクサス伯爵家の馬車はエメリーとエレナを下ろして皇宮を後にした。
エレナはエメリーを拘置所に連れて行けば任務完了だ。
宮殿に入り皇子様に戻ると……
アルベルトは直ぐにルーカスを呼び出した。
皇帝陛下が長期の視察で留守にしている事から、宮殿の自分の執務室でまだ仕事をしていたルーカスが応接室にやって来た。
こんな遅くに殿下から呼び出しなんて珍しいな。
そう思いながら。
「 殿下お呼びでございますか? 」
応接室に入るとアルベルトの他に、レティ、エドガーそしてグレイの姿があった。
「 お父様! ただいま戻りました~ 」
レティが満面の笑顔でルーカスに駆け寄って抱き付けば、ルーカスも娘が無事に帰って来た事を喜び優しく頭を撫でた。
アルベルトも流石に父親には嫉妬はしない。
お兄様に抱き付くのは何気に嫌だが。
「 お帰り、レティ。何時戻ったんだ? 」
「 たった今よ 」
レティは出掛ける時には何時も背負っているデカイ顔のリュック姿。
母親よりも先に殿下に会いに来たのかと、もはやレティの優先順位は未来の夫なのだと眉を下げる。
「 ラウルは? 」
ルーカスがレティに尋るや否や……
「 アル!! 帰って来たのなら真っ先に俺の所へ来るべきじゃ無いのか!? 」
そう言いながら皇子様がノックもせずにずかずかと入室して来た。
「 !? 」
「 親父……? 」
皇子様然とした服装をしているラウルに驚くルーカスと、何故ここに親父がいるのかと驚くラウルがお互いに凝視し合っている。
すかさずラウルの前にやって来たレティが、皇子様に指を指して笑い出した。
「 お兄様が……皇子様……似合わな~い 」
着る必要も無いのに……
アルベルトも着ない様なヒラヒラした皇子様の衣装を、侍女達に面白いからと着せられていたのだった。
昔に散々悪戯をされた悪ガキ達への腹いせで。
「 煩い! 俺はラウル様だ! 皇子の装いなんか似合ってたまるか!?」
「 ラウル! 世話になったな 」
アルベルトもクックと笑いながらラウルの肩を叩くが、レティとエドガーは皇子様ラウルを見ては、ギャハギャハと腹を抱えて笑い転げていた。
「 もう、俺は皇子なんか二度とごめんだ! 」
毎日毎日、あんなにややこしい仕事をこなさなきゃならないなんて……もう、うんざりだと悪態を付いた。
「 殿下。お帰りなさいませ 」
「 おっ! お兄様が帰って来てるぞ! 」
そこにクラウドとレオナルドが応接室に入って来た。
後ろから続いて入って来たモニカ侍女長とラジーナ女官長は、お茶とお菓子をワゴンに乗せて。
皆はお兄様が帰城するのを今か今かと待っていたのだった。
この光景を見て、ルーカスはようやくラウルの代わりにアルベルトがレティと旅に出たのだと理解した。
成る程。
この子達の企てか……
陛下が留守にしている皇宮は、殿下が守らなければならないからな……
フフフ……殿下とラウルと入れ代わるとは。
こんなにも殿下から愛されてるレティは本当に幸せ者だ。
再会を喜ぶ幼馴染みの4人と、ラウルを見てはまだしつこくクスクスと笑うレティを見ながら、ルーカスは目を細めた。
「 ラウル!殿下の仕事量はあんな物じゃないぞ! 」
クラウドもラウル相手に大変だったみたいで、お互いに顔を見るのも嫌だと言う位にゲンナリとしていた。
ラウルの皇子様の影武者業は仕事漬けだった様で。
これもまた何かの経験だと、ルーカスはクラウドと笑い合ったのだった。
ラウルはアルベルトの御代には宰相になるのだから。
***
「 皆、座ってくれ! ここにルーカスを呼んだのには訳がある 」
アルベルトは襲撃された一連の出来事の話をした。
時折レティやグレイ、エドガーの話を交えながら。
「 まさか……また……魅了が? 」
まだ2年前の魅了の魔術師の後遺症から抜け出せていないラウルが青ざめている。
勿論ラウルだけでは無い。
それ程までに人の心を操ると言う犯罪は関わった人達の全員の心に傷を残していた。
その怪しい魔石のネックレスは虎の穴の所長であるルーピンに預けられる。
ルーピンは自分自身も水の魔力使いだが、魔力研究の第一人者である。
「 この件は他国も関わっている事から我々が捜査する。殿下も……お前達も他言無用で、これから何かあったら逐一私に報告する様に 」
良いかレティ!特にお前だと言って、ルーカスは隠し事をしていたレティを一睨みした。
「 ごめんなさい 」
耳が垂れた仔犬の様にシュンとなったレティの頭をアルベルトが優しく撫でる。
その時に葉っぱ3枚がハラハラと落ちた。
まだ葉っぱ3枚はレティの頭にくっついていたのだ。
「 あっ! 取れちゃったね。可愛かったのに 」
アルベルトは葉っぱ3枚がレティの頭についていたのを知っていたらしい。
「 えっ!? この葉っぱって何時から付いていたの? 」
レティが葉っぱ3枚を拾いながら、アルベルトに真ん丸い目をして聞く。
「 レティが馬車から飛び降りた時からかな 」
可愛いかったぞとアルベルトが蕩けそうな顔をする。
「 葉っぱを付けてる淑女なんか何処にもいないわ! どうして言ってくれなかったのよ!? 」
恥ずかしいじゃないのと、レティはプンスカと怒っている。
「 淑女? 」
馬車から飛び降りるわ、ゴロゴロと回転するわ……
逃げる敵を追い掛けて馬乗りになる淑女の方が、何処にもいないわとエドガーが呆れ顔だ。
襲撃された話を聞いたクラウドは……
グレイを行かせて正解だったと、改めて胸を撫で下ろしたのだった。
皇宮に到着すると……
アルベルトの指示でエレナがエメリーを拘置所に連れて行った。
素直に従うエメリーはこれからの進む道を決めたからか……
自分の犯した罪を真摯に受け止めている様だった。
所詮は叶わぬ恋。
2人をちゃんと見れば分かる。
どんなに想い合っているのかを。
そこに自分の入る余地なんか無い事も……
皇子様が……
婚約者に向ける甘い顔を、自分にも向けられたいと願うのは世の中の多くの女性の願望。
皇宮騎士団の騎士に守られている事も……
羨ましいの一言に尽きる。
帝国の皇太子妃になると言う事は、世界中の王女達さえも望む特別な事。
王太子妃よりも格上の存在。
その特別を全て手にしている令嬢がレティなのである。
レティは帝国の最高位の令嬢だけど貴族令嬢だ。
だから……
世の貴族令嬢達は、愚かにもその特別な存在に自分もなれるのかもと思ってしまうのだった。
魅了の魔石に操られていたとは言え、皇太子殿下の婚約者を襲った罪は償わなければならない。
厳しい取り調べを受けたエメリーは、ルーカスの裁可の元にミレニアム公国の大公預かりとなり、1年間に渡り週末に修道院で奉仕すると言う刑が下るのだった。
軽い刑になったのは……
彼女の医師になりたいと言う未来を思い、学園でしっかりと学ぶ機会を与えたかったレティの願いから。
こうして……
今回のマークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師の元を訪ねると言うレティの旅は終わった。
この旅は大収穫だった。
レティの2度目の人生では、感染して絶命する事になった流行り病の特効薬である新薬を、完成させる事が出来たのだから。
流行り病に感染せずに生き残った3度目の人生では……
特効薬が完成したのはかなり流行り病が蔓延してからだった。
それから量産して流行り病が終息するにはかなりの時間を要した。
それが……
1年も前に特効薬が完成しているのである。
喜ばずにはいられない。
そして……
そんな喜びとは裏腹に、人の心を操ると言う新たな懸念材料を抱える事になってしまったのだが。
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