第463話 忍び寄る陰謀

 



「 やはり……皇太子の前では無力か…… 」

 襲撃のあった場所から少し離れた馬車の中にいる占い師の女は呟いた。


 学園ではエメリーはこの占い師の命令を忠実に実行した。

 占い師はレティへの憎悪を持ったエメリーを、実験材料として利用したのだった。


 勿論、彼女が占いの館に来たのは偶然。

 特定の誰かに憎悪を持っている者なら誰でも良かったのだ。

 占いに頼る者は何らかの闇や病みを抱えている者が多い。

 なので……

 彼女は占い師に変装をして丁度良い誰かを探していたのだった。



「 あの婚約者の公爵令嬢さえいなければ……アルベルト様はワタクシに目を向ける筈なんです 」

「 ワタクシと2人っきりになれば、アルベルト様もきっとワタクシの魅力に気付いて下さると思いますわ 」


 エメリーが自信満々に言う。


 この程度の伯爵令嬢の小娘ごときが?

 シルフィード帝国の皇太子を?

 そして……

 公爵令嬢を差し置いて?


 占い師は大笑いした。

 その自信は何処から来るのかと。


「 エメリー様。貴女の願いはきっと叶いますよ 」

 良いわ~この子、実験材料としては最高だわ。


 願っても無い素材を手に入れたと喜んだ占い師は、早々に自分を信じさせ、シルフィード帝国に彼女を入国させて実験を開始した。



 この魔石は……

 人の潜在意識の中にある憎悪する気持ちを引き出す事の出来る魔石として、魅了の使によって作られた魔石。


 魔石を握り締めて言葉を唱えれば、憎悪の相手に危害を加える様にと魅了のがかけられているのだった。


 言葉はどんな言葉でも構わなかった。


『 ワタクシノオウジサマナノニ 』と言う言葉をまじないだと言ってエメリーに教えたのは、この言葉が彼女の憎悪を最大に引き出せると考えたからで。



 第1段階は成功した。

『 この封筒を憎い公爵令嬢の引き出しに入れろ! 』

『 階段で邪魔な公爵令嬢を押せ! 』


 エメリー自身が学生なのだから、ジラルド学園の学生服を着せたら容易く学園に潜入して指示通りにやってくれた。


 しかし……

 更なる実験は公爵令嬢に護衛が強化された事から思う様にはいかなかった。


 そんな時に……

 ウォリウォール公爵兄妹が数日間出掛けると言う話が耳に入って来た。


 騎士団の騎士が同行する様だが……

 同行する騎士は2年目のまだ新米の友達騎士だと言う事を聞き、占い師は更なる実験をする事にした。


 旅の疲れが出る帰りに襲撃する事に。

 最近派手に旅人を襲撃している盗賊団を雇い、公爵令嬢を馬車から外に出す事のみを依頼した。


 エメリーがどれだけ指示通りに攻撃出来るかの実験をする為に。


 しかし……

 まさかの皇太子の同乗。

 なので……

 騎士団随一の腕前の騎士が傍らにいたのも当然で。



 エメリーにとっては夢にまで見た愛しい皇太子の姿。

 皇太子の姿を見るなり彼女には魅了が全く効か無くなったのだ。

 木の陰から皇太子を見つめるだけで、占い師の指示を無視したのだった。


 その間に……

 襲撃犯達はあっと言う間に捕らえられたのである。

 あの凄腕の騎士1人の手によって。



「 あの小娘はもう不要だ 」

 エメリーから足が付く前に、早急にシルフィードを発たなければならない。


「 港まで急げ! の元へ戻る! 」

 占い師は御者をしている手下の男に命令して、急いで港に向かった。



 それにしても……

 あの皇太子には恐れ入った。


 皇太子自身に魅了の魔術が効かない事は報告されていたが……

 彼の前では魅了の魔術にかけられている者でさえも、彼のその美貌に見惚れてしまい魅了の魔術が解けてしまうと言う。


 2年前に魅了の魔術師兄妹が失敗したのも頷ける。


「 あの皇太子こそが魅了の持ち主だわ 」

 それもかなり強力な。


 占い師の女はガタガタと凄い勢いで揺れる馬車の中で、クックと笑ったのだった。





 ***




『 魅了 』

 再びこの言葉を口にするとは思いもしなかった。

 否が応にも2年前の事件が思い起こされる。

 極秘の事件である為にエレナは知らないが。


 だけど……

 どう見てもエメリーは操られている。

 魔石を握り締めて『 ワタクシノオウジサマナノニ 』と言えば、レティに襲いかかると言うのだから。



 レティはエメリーが逃げ込もうとしていた馬車が無い事に気が付いた。

「 馬車には占い師が乗っていたの? 」

 コクンとエメリーは頷いた。

 目はアルベルトを熱く見つめたままなのが恐すぎる。



 検証をする為に、エメリーに魔石を握らせてレティの前で『 ワタクシノオウジサマナノニ 』と言わせてみた。


 しかし……

 エメリーには変化は無かった。

 レティに危害が無い様にと、アルベルトがレティを片腕で抱き上げている姿を前にして、レティに嫉妬の目を向けてはいたが。



「 この話は皇宮に持ち帰ろう 」

 とてもじゃ無いが自分達だけではどうしようも無い案件になりそうで。

 アルベルトは話を打ち切った。



 気が付くと……

 レティは白衣を着て襲撃犯の治療に当たっていた。


 襲撃犯が全員拘束されると……

 ユーリは襲撃犯の手当てをしていた。


 怪我をした人がいるなら誰であろうと関係無い。

 さっきエレナを襲おうとして、レティから矢を受けて手首から血を流している男にもちゃんと手当をする。


 それが医師の師匠ユーリの教えだからだ。



「 お前がやったのに手当てをするのか!? 」

「 当たり前でしょ? 私は医師よ 」

「 医師のくせに人を殺めるのかよ? 」

 せせら笑う男の胸ぐらをレティは掴む。


「 大切な人を守る為なら躊躇する事無く殺めるわ! 」

 私は騎士よ!


 そう……

 さっきは騎士で今は医師。

 だから今からは治療を頑張るのだ。


 そんなレティの迫力に男は黙ってしまった。

 医者と言う立場は神の域。

 どんなに悪い奴だって医者の前では大人しくなるのだった。



 そんなレティを優しげに見ているアルベルトに、グレイが襲撃犯の主犯格の男から吐かせた話をした。


 ある胡散臭い格好をしたに、ここを通る馬車を襲えば報酬をやると言う話を持ち掛けられた。


 中にいるのは兄妹だから簡単に襲撃が出来ると言われて。

 ただ……

 命は狙う必要は無く、馬車から引き摺り出せば良いだけだと。

 そんな簡単な依頼にしては十分過ぎる程の報酬だったので、軽く依頼を引き受けたらしい。



「 その胡散臭い女は占い師の事だろうな。だけど……何故馬車から引き摺り出したかったんだ? 」

「 馬車に乗ってるのは……ラウルとリティエラ様ですよね 」

「 そうだ! 馬車にはが乗ってる。何故ウォリウォール兄妹を狙ったんだろうか? 」


 2人で色んな可能性を論じてみる。


「 もしかしたら……エメリーにレティを襲わさせる為? 」

 その結論に至るとアルベルトとグレイは青ざめた。

 何かとんでもない事が知らない所で起こっている事を悟り恐くなった。


「 占い師の狙いは一体何だ? 」



 アルベルトはグレイを馬で先に帰城させて、皇帝陛下やルーカス宰相にこの事を伝える様に言ったが……

 グレイは首を横に振った。


「 早く皇宮に戻り、その占い師を指名手配したいのは最もですが……私は殿下の側を離れる訳にはいけません! 」

 どうか命令に従わない私を後から処罰をして下さいと、グレイはアルベルトの前で跪いて騎士の忠誠のポーズを取った。


 襲撃犯がまだいるかも知れない。

 得たいの知れない恐怖がある中で、主君の傍らからは決して離れる訳にはいかない。


 かといって、グレイの馬は他人を乗せないのでエドガーを走らせる訳にもいかない。

 騎士団の訓練された馬と主とは一心同体。

 他の人は決して乗せる事は無い。


 アルベルトの白馬ライナも、主がレティと一緒に乗るから仕方無く嫌々乗せてるだけで、レティ1人では決して乗せる事は無い。


「 分かった……レティもいる……お前の判断に従う 」

「 御意 」





 ***




「 流石は私のお師匠様だわ 」

 一撃で動けない様に的確に急所を攻撃している。

 中には骨を折られている輩もいる。


「 お前……医師のくせに怪我人より怪我をさせた奴を誉めるのか? 」

「 はぁ? 貴方達が攻撃して来たのでしょ? 」

 自業自得だと治療をしている男の頭に拳骨を食らわせた。


「 痛てーな! 」

 骨折してる足より痛いと男が叫んでいる。


「 リティエラ先生! 傷を増やしてどうするのですか!? 」

「 大丈夫よ。また治療をしてあげるわ! 」

 ユーリが他の男を治療をしながら笑っていた。


 そして……

 てきぱきと治療をして行くレティはまるで天使。

 襲撃犯達の皆が見惚れている。


 中には……

 俺は女の先生に診て貰いたいと言って、ユーリに拳骨を食らわされている襲撃犯もいて、何だか笑いが溢れた奇妙な現場になっていた。


 治療が終わる頃には襲撃犯達の雰囲気が変わる。


「 俺……刑を終えたら真面目に働くわ 」

「 俺も……だけど働ける所はあるのかな…… 」


 皇太子とその婚約者を襲撃した彼等は本来ならば問答無用で処刑だ。

 彼等がもう少し腕の立つ襲撃犯ならば、間違いなくこの場でグレイに切り捨てられていた事だろう。


 格好だけは立派な襲撃犯なのだか。

 聞いてる話では……

 最近出没する盗賊団は、旅人から金品を巻き上げるだけで人を殺めた事は無いと言う。

 それが彼等だとグレイは判断した。


 持ってる剣は飾り。

 あまりにも弱過ぎる彼等だから、グレイは捕縛をする事を優先したのだった。



「 殿下……彼等をどうしますか? 」

「 レティと一緒に笑っている彼等を処刑する訳にはいかないよ 」


 人たらしレティは健在だった。

 盗賊でさえ改心させ仲良くなってしまう。

 レティは彼等の人生相談まで受けていた。


「 大丈夫ですわ。直に皇太子殿下が働きやすくなる様にしてくださいますわ 」


 盗賊達は……

 後にこの2人の正体を知って固まるのだった。




 エメリーは……

 懸命に襲撃犯達を治療するレティを見ていた。

 エレナに拘束されて乗らされた馬車の中から。


 先程までは敵だった相手に、分け隔てなく治療する崇高さに胸が痺れた。

 怪我の為に苦痛で歪んでいた顔が医師の手によって柔らかな顔になり、医師の2人に尊敬と感謝の念を抱いているのが見て取れた。


「 格好良いですわ…… 」


 医師とは別次元の存在。

 皆から敬わられ尊敬される存在だ。


 だったら……

 医師になるのはどう?

 医師になったら少しはアルベルト様もワタクシを見てくださる?

 エメリーはそんな思いに駆られていた。



 丁度その時に領地の自警団が駆け付けて来た。

 先程通り掛かった馬車の御者に、エドガーが自警団をよこす様にと伝言をしていたからで。


 エメリーは治療を終えて馬車の近くまで来たレティに聞いた。


「 こんなワタクシでも医師になれますか? 」

「 なれますわ。最初はどんなよこしまな考えでも…… 」


「 ……… 」

 見透かされているわ。

 エメリーは罰の悪い顔をする。



 私だって……

 2度目の人生では、ただ頭の良い皇太子殿下に釣り合う様になる為に必死で勉強をして……

 その結果医師になっただけ。


 医師になる切っ掛けなんか問題じゃない。

 あれ程夢中になり、遣り甲斐のある仕事に就けた2度目の人生を誇りに思う。


「 先ずは学園で、一生懸命勉強をするのが先ですわ 」



 ミレニアム公国には女性医師はいない。

 後に……

 エメリーが公国初の女医になるのはもう少し先。




 襲撃犯は一旦領主に引き渡されたが……

 事が事だけに、エメリーと襲撃犯達の処遇はルーカス宰相に委ねられる事になる。


 よくぞ盗賊を捕らえてくれたと喜ぶ自警団の見送りを背に受けて……

 アルベルトとレティとエドガーの乗った馬車と、ユーリとエメリーとエメリーの監視の為にエレナを乗せた馬車で皇宮に向かって走り出した。

 その横をグレイが馬に乗って並走をする。



 また、同じ所で音程を外すレティの歌を聞きながらも……

 これから何かが起こるであろう近い未来に、重い気持ちを抱えていたのだった。







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