第459話 新薬誕生─奇跡の薬

 



 レティは手が震えた。

 あの……

 あの特効薬が完成した?



 レティの2度目の人生では流行り病にかかって絶命したので、その後の流行り病が蔓延していた帝国がどうなったのかは知らない。

 その後があるのかどうかも知らないが。


 気が付くと……

 あの入学式の日の講堂にいたのだから。


 しかし……

 3度目の人生でのレティは流行り病にはかからなかった。

 医師では無い3度目の人生では、病が流行り出して直ぐに皇宮が閉ざされた事に習い、公爵邸も門戸を閉ざしたからだった。



『 奇跡の花! 流行り病の救世主 』


 ヤング医師とダン薬師が特効薬を開発したと言うニュースが流れると、暫くして急速に流行り病が沈静化して行った事を、閉ざされた公爵家の家人達とレティは喜んでいた。


 少しの罪悪感とともに。


 その罪悪感こそが、今生では何がなんでも特効薬を開発したいと言うレティの起爆剤となっている。



 この奇跡の花の名は『キクール草』。

 爺ちゃん達がイニエスタ王国から偶然にも持ち帰った花の種を、レティが公爵邸の庭で咲かせた花である。

 花の名前も爺ちゃん達が適当に付けた。

 本当に面倒くさそうに。


 だから……

 2度目の人生でのキクール草は違う名前だとは思うが……

 昨年の段階ではヤング医師とダン医師はこの花の存在を知らなかった。



 少なくとも流行り病が蔓延する1年以上も前からキクール草が手に入った事になる。


 レティはそこに賭けたのだ。

 ヤングとダンに持ち帰らせたキクール草。

 彼等なら何らかの研究をしてる筈。



 その彼等が新薬を作ったと言うのだ。

 興奮せずにはいられない。

 レティからその話を聞かされていたアルベルトも然り。


「 どんな効能ですか? 」

 バクバクと心臓が煩い位に高鳴り手も震える。


 レティの横でアルベルトも息を飲んだ。

 もう完成したのか!?

 これで……

 レティが死んだあの流行り病が完治する事に?


 アルベルトは思わずレティの手を握ると、レティもその手をギュッと握り返す。


「 キクール草は素晴らしい! 」

 窓から庭一面に白い花を咲かせたキクール草に、眩しそうに目をやるマークレイ。


「 ……で、その効能は? 」

 レティはワクワクしながら答えを待つ。

 勿体振らないで早く早くと期待で胸を踊らせながら。


「 解毒薬です 」

「 ……………へっ!? 」


「 どんな毒でもこの新薬なら効き目はバッチリです! 」

「 リティエラ先生が昨年に持たせてくれたお陰です 」

 良い薬草を提供してくれたと2人は嬉しそうに笑った。



 彼等は解毒薬の新薬を完成させていたのだった。


「 いや~毒を以て毒を制すと言うわけじゃ無いけど、これを飲むと毒がたちまち消えるんですよ……どんな毒も! 」

 もう、領民達が毒蛇や毒虫に噛まれ、毒茸を食べてたとしてもこれさえあれば命が助かるんだとヤングとダンはガッツポーズをした。



「 そ……それは凄い……ですね 」

 レティはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

 アルベルトも膝を付いてレティの手の甲を慰める様に優しく撫でた。


 がっかりしたがそれは致し方の無い事で。

 来年の流行り病はまだ流行って無いのだから、彼等がその特効薬なんか作る訳は無いのである。


 今、1番皆が求めている薬を開発するのは当然で……

 マークレイとダンは毒蛇や毒虫、毒茸への対処する為に解毒薬を作ったのだった。



「 はぁ……キクール草が手元にあれば良いってものでも無いのだわ 」

「 仕方無い。先ずは領民達の事を考えたのだから 」

「 うん…… 」

 レティは虎の穴に持ち帰る為に、この解毒薬とその成分を書いたノートを書き移した。


 開発された新薬は全て、薬草研究所で研究員達が検分をした後に正式に世に出る事になる。


 なので……

 地方で開発されたと言うニュースが流れたら、薬学研究員達が現地まで出向いて検分をする事もある。

 新薬誕生には多額の報償金が出る事もあり、薬学研究員達は結構忙しいのであった。



 レティは自分がその流行り病にかかった事で、その実体験を元にして新薬を完成させていた。

 その新薬はキクール草を開発して作った風邪薬。


 だけど……

 やはりこれでは無い。

 レティの第六感がそう告げたのだった。





 レティやユーリ、マークレイの3人が医療談義をしている間にも、ポツポツと患者が診療所に訪れていた。

 3人で手分けして患者を診る事に。

 レティは女性の患者を中心に。


「 あら! ヤング先生にお嫁さん先生が来たの? 」

「 まあ! こんな綺麗で若い人が先生のお嫁さんなの? 」

 来る女性皆がレティをマークレイの嫁だと誤解する。

 マークレイは何だか嬉しそうに照れていた。


 違うと言えば……


「 じゃあ、こちらの若い先生の奥様だね? 」

 ……と、今度はユーリと夫婦だと言われたりして……

 女性達だけで無くオヤジ達もレティに興味津々だ。



「 だったら……あちらの凄いイケメンさんのお嫁ちゃんかな? 」

 診療部屋の壁際に置かれた椅子に座って腕を組みながら恐ろしくイライラしているアルベルトがいた。


 オバサン達はどうしてもレティを誰かとくっ付けたいらしい。 


 あんなイケメンは見た事が無い。

 いや、あの美丈夫振りは皇太子殿下と良い勝負だとかと言って、老若男女の男性患者さえもアルベルトを見てはキャアキャアと騒いでいる。


 誰もがこんな場所に皇太子殿下がいるとは思わないのだからこの反応は当然で、レティはアルベルトを見やるとクスクスと笑う。



「 彼は私のお兄様です 」

 そうなのかい? 美男美女の兄妹だねぇと、女性達がお兄様に秋波を送るのだった。


 面白く無い!

 当然ながらアルベルトは全く面白く無い。

 あの2人とレティが夫婦だと言われた事も、レティにお兄様と言われた事も。

 自分があれ程お兄様を主張していたのを棚に上げて。





 ***




 診療が終わりレティは皆に料理を作っていた時。

 スープを木杓子で混ぜながら、なんとなく2つの小瓶が目に入った。


 小瓶……

「 混ぜる…… 」


 混ぜる……

 2つを混ぜる。



 普通ならば違う種類の薬を混ぜるなんて事はあり得ない。

 しかし……

 何故かレティはその2つの薬を混ぜなければならない気持ちに駆られた。


「 ヤング先生! ダンさん! 」

 2人を呼び寄せて、この2つの薬を混ぜたらどうなるのかと提案した。


「 えっ!? 」

「 何でも挑戦したいのが薬学研究員の性なの 」

 レティはそう言って舌をペロッと出して肩を竦めた。


「 確かに……ではやってみます 」

 マークレイは笑いながら少し大きな瓶を戸棚から出して来て、小瓶に入った解毒薬である緑の液体をそこに注いだ。


 レティの作った緑色の風邪薬をそれを大きな瓶に注いだ。


 すると……

 混ぜた液体はどちらも緑色だったのにも関わらず

 何と……

 ブルーの色に変化した。



 その時……

 レティの頭の中に雷が落ちた様な衝撃が走った。


『 奇跡の花! 流行り病の救世主 』


 新聞に描かれていた奇跡の花の横に……

 ブルーの色をした小瓶が描かれていた。


 思い出した!

 これだわ……

 第六感がこれだと告げている。



「 新薬がたった今、完成しましたわ 」

「 何の新薬だって!? 」

「 流行り病の特効薬です 」


 驚くマークレイにレティは虎の穴に戻ってから改めて効能をチェックするつもりだが、このブルーは間違い無く来年の流行り病の特効薬で間違いないと宣言をした。



「 レティ…… 新薬が完成したんだね 」

 アルベルトがダンの持つ新薬が入った瓶を見やってから、歓喜に震えているレティを見つめた。


「 うん……これで……皆を救える…… 」


 私も…………救われる。


 あの時……

 苦しんで苦しんで……

 独り寂しく逝った自分を思いレティはポロポロと涙が溢れた。


 アルベルトがレティの頬を伝う涙を拭い、優しく抱き締めながらあやす様にレティの背中をポンポンと叩くと、レティはアルベルトの腕の中で身体を震わせ泣いた。


 皆は新薬誕生で泣きじゃくるレティに困惑していたが、これが薬学研究員の本気なんだと思うと胸が熱くなるのであった。

 勿論……

 このレティの涙の理由を知っているのはアルベルトだけ。




 流行り病の特効薬はマークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師が開発した薬として発表する事になる。


 本来ならば半分はレティの功績なのだが……

 レティは自分の名を出さないと言う。


 多分……

 ここで新薬が完成され無くても……

 マークレイ達が来年に特効薬を完成させるのに違いない。

 しかし……

 未来を知っているレティだからこそ、彼等の功績を知っていたのだ。



 しかし……

 来年での完成では沢山の人達が死んでしまう。

 こんなに早く完成させたのはレティの功績なのではとアルベルトは思った。

 新薬誕生は、医師として薬学研究員としての名声を上げるチャンス。


 アルベルトは診療所の庭で鼻歌を歌いながら、ご機嫌で薬草を摘んでいるレティに改めて聞いた。


「 君は……薬学研究員として、医師としての名声は要らないの? 」

「 私は…… 」

 レティは立ち上がりアルベルトを見上げる。


「 私は皇太子妃だけで十分なの 」

 こんなビッグネームが他にある?

 そう言って上目遣いでアルベルトを見上げてクスリと笑うと……

 アルベルトは堪らずにレティを掻き抱いた。



 以前にルーピンに言われた言葉がずっと刺さっていた。

 レティを縛り付けるつもりなのかと。

 彼女の可能性は計り知れないのは誰でも思う事だ。


 だけど……

 俺はレティの手を離さない。

 いや、離してやれない……どうしても。


 だから……

 名声は皇太子妃だけで十分だと言うレティが愛しくて……

 何だか泣きそうになる。



 そして……

 の唇を優しく塞いだ。



 沢山のキクール草の白い花が風に揺れていた。







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