第460話 視線の先

 



 特効薬の新薬が出来たその夜は……

 レティ達医師の3人と薬師は新薬の解析や記録などに心血を注いだ。


 しかし……

 流石に深夜近くになるとがレティを連行しようとする。


「 まだ聞きたい事があるのよ 」

「 良い子は夜更かししない! 」

「 でも…… 」

「 君がここにいるとエレナが寝られないよ? 」

 レティがエレナに目をやった。

 エレナはレティから少し離れた場所にひっそりと立ち、レティの護衛の任務中である。



「 殿下……わたくしは…… 」

 騎士たる者は任務中であれば寝る必要などありません!

 ……と、言おうとするエレナに、話を合わせてとアルベルトが軽くウィンクをして片手を胸の前に上げて、頼むよポーズをした。


 その色っぽい仕草に……

 思わず頬を染めてしまうと言う感情が出てしまうのは、騎士としてはまだまだ未熟だと言う事。



 レティはまだ熱心に話を続けているユーリとマークレイを見た。

 ユーリはこの診療所に泊まると言う。

 こんな時にそれが出来ない自分が口惜しいが……

 自分が残る事でエレナに迷惑を掛ける訳にも行かない。


 それよりも……

 この高貴なをこんな場所で徹夜に付き合わせる様な事はしてはいけないのだ。


 騎士達3人の懇願する様な視線に……

 主君を思う気持ちがひしひしと伝わって来る。



「 ……わかったわ。宿屋に行きます。皆……遅くまでごめんなさい 」

 レティは申し訳無さそうにしながら、テーブルに出していた荷物をデカイ顔のリュックに入れて……

 シュパパっと背負い、さあ行こうと


 ああ……

 可愛い。


「 良い子だ 」

 アルベルトは満面の笑みでレティをヒョイと抱き上げた。


「 自分で馬車まで歩けるわよ 」

「 このまま寝ちゃっても良いよ。ちゃんと宿屋のベッドに運んであげるから 」

「 小さい子供じゃあるまいし 」

 ブウと頬を膨らませて、文句言うレティを見つめるアルベルトの顔は蕩けそうで。


 そんな2人に視線を向けるも、エレナは一瞬の内に空気の様な存在になってひっそりと警護の任務に就くのであった。



 グレイはアルベルトを見つめるエレナの熱い視線を見逃さなかった。


「 エレナは……まだまだだな…… 」


 騎士たる者は……

 どんな時でも感情に左右されず冷静に判断が出来る様に務め、任務を忠実に遂行する事を信条としなければならないのだった。




 馬車に向かって歩く2人の後ろからエドガーが付いて来た。


「 おい! あのはそんな事をしないぞ! 」

「 そんなのは当たり前だ! 」

「 うふふ……このはね、私を大好きなのよ 」

 ね~っとアルベルトに言いながら……

 レティはアルベルトの首に腕を回して、肩越しに後ろを歩くエドガーを見やった。


「 その通りだよ 」

 甘い甘い顔をしたの頬にチュッとキスをする。


 エドの前で止めてよねと、はにかむレティが可愛くて……

 グレイはつい魅入ってしまう。

 エドガーは……

 今更恥ずかしがるな!気持ち悪いと言って呆れているが。



「 俺も……まだまだだな…… 」

 視線をレティから外して俯き……グレイは独り言ちた。



 乗って来た自分の馬の手綱を繋ぎ場から外し、馬に跨がり手綱を巧みに操りながら……

 騎士の任務に就いたグレイは馬車の先頭を駆けて行くのであった。





 ***




 次の日の朝早くにレティご一行様は診療所を後にした。

 手には完成したばかりの特効薬の新薬を握り締めて。


 ユーリがローランド国に留学する時には、キクール草とこの研究資料を持って行けば……

 ローランド国でも流行り病の広まりは最低限で済む事になる。


 流行り出した時が勝負。


 レティは流行り病と対峙する時の医師の心得書も作成した。

 やはり……

 1度侵された事のある自分の経験が何よりの強み。



 負けない!

 今度こそは死なない!

 医師として皆を助けるんだ!


 レティは希望に満ち溢れていた。


 馬車の中でレティの横に座っていたアルベルトは、そっとレティの肩を抱き寄せるのだった。




 ご機嫌なレティは何時もの様に歌を歌い、やはり同じ箇所で音程を外してエドガーに叱られている。


 馬車は林に入った。



 ガタン!!!

 馬車が大きく揺れたと同時に馬がヒンヒンと騒ぎ出した。



「 わーっ! 」

 御者が叫び声を上げると……

 多数の馬の蹄の音が激しくなった。


「 何者だ! 」

 グレイが叫ぶと同時に複数の男達の罵声が辺りに劈いた。


 馬車は公爵家の家紋は入っていないお忍び用の馬車。

 後ろのユーリの伯爵家の馬車も然り。


 どうやら物取りの様だ。

 最近、淋しい場所に出没しては旅人から金品を奪い、困らせているのはこいつらかも知れない。

 被害者が訴え出たので騎士団で調査をし始めた所であった。

 もしそうなら渡りに船だ。

 グレイはそう判断して襲撃犯達を殺さずに捕縛する事にした。


 馬に乗った襲撃犯達は、行く道を塞ぐ様にしてレティ達の馬車を取り囲んでいる。



「 襲撃だ! 賊は12人! 」

 グレイが状況を的確に述べると、エドガーが剣を抜きながら直ぐに馬車から飛び下りた。

 今や彼は正真正銘の騎士。

 ドラゴン襲撃の時とは違っていた。



「 エドガー! 殺さずに捕縛しろ! 」

「 ラジャー!! 」

「 エリナは馬車の中で待機! そのまま殿下とリティエラ様を守れ! 」


 ……が……

 反対側のドアからは既にレティが飛び出していて、その後にアルベルトが続いて外に出て来ていた。


 そう。

 レティは弓矢を持って反対側のドアからエドガーよりも先に馬車から飛び出していたのだった。


 待ってましたとばかりに。

 勿論アルベルトもレティの直ぐ後に続くのは当たり前で。


 本来ならば……

 アルベルトは馬車の中で待機をしなければならない。

 状況が分からない中で、不用意に守られるべき者が動くべきでは無いのだから。


 しかし……

 愛しいレティがドアから転げ出て行ったのに、アルベルトが馬車の中で待機なんてする訳が無い。


 この令嬢が馬車の中でガタガタと震えている筈が無いのだ。

 顔を見れば意気揚々としてやる気満々で。

 アルベルトとグレイは顔を見合せ笑い合った。



 仕方無い。

「 殿下! 魔力での攻撃はお止め下さい。この程度の賊の10人や20人は私1人でも十分ですから! 」

「 ……分かった 」

 ここで雷の魔力を落とせば直ぐに皇太子殿下だと判明する。

 皇太子殿下は皇宮にいるのだ。

 ここにいるのはお兄様。



 グレイはアルベルトから視線を外して、賊に向かって行く。

 彼は皇宮騎士団第1部隊の戦闘型の騎士。


 はっきり言って第2部隊のエドガーを気にしながら戦うのはハンデしか無い。


「 エドガー! こいつらは俺1人で十分だ! 俺の後ろで殿下とリティエラ様を守れ! 」

「 ラジャー! 」


 12人の賊にグレイは1人で対峙する。




 馬車から下りて来て青い顔をしているエレナにアルベルトが指示を出した。

「 エレナ! 御者を後ろの馬車に乗せて馬車の前で皆を守れ! 」

「 御意! 」

 エレナは剣を抜きながら御者を連れて後ろの馬車に急いだ。




「 うわーっ!! 強いぞ! 」

「 強すぎる…… 」

「 何だこいつは?………騎士なのか!? 」


 戦闘を開始したグレイの剣捌きの早いこと早いこと。

 その圧倒的な強さに襲撃者達は恐れ戦いている。


 一瞬にして半分以上の襲撃者が腕やお腹を押さえながら地面でのたうち回っている。



 その時に後ろの馬車から悲鳴が上がった。

 馬車の窓からユーリが助けを求めて叫んでいる。


 襲撃犯の男がエレナに剣を振り上げ向かって来ていたのだった。


「ウワァァッ!!!」

 苦痛の叫び声を上げたのは、エレナに剣を振り下ろそうとしていた男。


 馬車の屋根に乗ったレティから放たれた矢が男の腕を掠め、持っていた剣が宙に舞った。


 男の手首に矢が当たり、流血した手首を押さえて男が怯んだ。

 その時に……

 アルベルトが長い足で男を蹴り上げ、腕を持ち地面に叩きつけた。


「 エレナ! 大丈夫か? 」

 アルベルトは男の腕を捻り上げながらエレナの顔を心配そうに覗き込む。


「 殿下……申し訳ございません 」

 エレナは恐怖のあまりに足が鋤くんで動けなかったのだった。


 騎士と言っても貴族令嬢である。

 実戦なんか経験するのなんて初めての事なので仕方の無い事であった。



「 グレイ班長! 左後ろ! 」

 レティの可愛らしい声が飛んだ。

 振り向き様にグレイが男の腹に剣の鞘を突き当てた。

 みぞおちを突かれて腹を押さえて男がもんどりを打って倒れている。


「 お見事! 」

 馬車の上からグレイに向かって親指を立てるレティ。

 笑い合う2人は信頼し合う騎士の様だ。


「 エド! 足下が危ない! 」

 エドガーが倒した男がエドガーの足元でナイフを振り上げた。


 レティの声に即座に反応したグレイが駆けて来て男を蹴り上げる。

「 エドガー! 最後まで油断をするな! 」

「 おう!………レティ! サンキューな! 」




 グレイとエドガーが倒れている男達を次々に縄で拘束していった。


「 騎士がいるなんて聞いて無いよ 」

「 話が違うじゃ無いかーっ!! 」

 襲撃犯達の情けない声があちこちから上がる。


「 !? 何だって!? 」


「 貴様等! 俺達が誰だが分かって襲撃したのか!? 」

 そうなれば話は別だ!

 途端にグレイから殺気が漲る。


 その殺気に襲撃犯達はすくみあがり、口々に許しを乞い始めた。


「 何が目的だ! 言え! 」

 グレイが男の1人の胸ぐらを締め上げる。


「 ……誰かは知らないが……ここを通る馬車を襲えば……金を貰える事に……なってたんだ 」

 ゴホゴホと咳き込む男に更に詰め寄る。


「 詳しく話せ! 」

 グレイに締め上げられた男は項垂れながら白状したのだった。




 エレナを襲おうとした男を引き渡しながら、アルベルトは周りを見渡した。

 殆ど1人で対峙したグレイはアルベルト自慢の家臣だ。


「 流石だな!グレイ! 」

「 はっ! ただの盗賊くずれでしたから 」


 そして……

 グレイがアルベルトの視線の先を……

 馬車の上にいるレティを見やった。


 若草色のワンピースを翻しながら……

 前を見据えて弓矢を持って立つ様は凛々しくて美しい。




 その時レティは……

 少し先にある木の陰に佇む黒いフードを被った人物を見ていた。

 その者の視線はずっとアルベルトに注がれている。


 エレナを伴いグレイの所へ行くアルベルトをずっと目で追っていたのだ。

 時たまエレナを見てぶつぶつと何かを言ってる様で。



 レティは弓を構える。



 シュッ!!


 放たれた矢は真っ直ぐに黒いフードの怪しい人物に向かって飛んで行った。

 真っ直ぐに。


 矢は怪しい黒いフードの人物が潜んでいる木に刺さる。

 ズバーンと言う音と共に。


 黒いフードの人物の視線は馬車の上にいるレティに向けられる。


 2人の視線が絡み合う。

 そして……

 フードから覗く口元が微かに動いた。



『 ワタクシノオウジサマナノニ 』









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