第458話 新薬誕生─3

 



よね? 」

だ! 」

 レティ御一行様はスリーニ伯爵領地に向かって出発をした。


「 殿下は? 」

「 皇宮だ! 」

「 荷物を持ったは何処に行ったの? 」

「 荷物を持ったはここにいる 」

 訳の分からない事を言っているのはアルベルト。

 要はアルベルトとラウルが交代したのである。



 朝、公爵家を出た馬車が何故か皇宮に行き、ラウルが荷物を持って馬車から下りたと思えば、乗って来たのが荷物を持ったアルベルトだった。


 アルベルトがラウルに自分の影武者になる事を提案すると……

 彼は喜んだ。

「 1度は皇子業をやってみたかった 」と言って。


 何よりも影武者と言われる事が気に入ったらしい。

 魔性の女だと言われる事が気に入っているレティといい、この兄妹は俗称が好きな様だ。



「 両陛下が宮殿におられないのに大丈夫なの? 」

「 皇太子がいるから大丈夫だ! 」

 あくまでもここに居るのはラウルで、皇太子殿下は宮殿にいるのだと言う体を貫き通すらしい。



 アルベルトは……

 ラウルが自分の影武者になり、自分がラウルとなってレティと一緒に行くと言う計画をクラウドに話した。


 話を聞いたクラウドは、アルベルトがそう言い出す事を薄々感じていたが、影武者とは上手いこと考えたもんだと感心をした。

 ラウルと打ち合わせをしたのだろう。


 どうせ止めても無駄なんだから、この際ラウルにも皇太子の仕事を覚えて理解させる事にしようと考えた。


 アルベルトの御代にはラウルが宰相になるのだからと。



 勿論この交換劇を知っているのは、クラウドの他には侍従のテリーとモニカ侍女長とラジーナ女官長。

 この3人を欺くのは無理と言う事で。


 宮殿内では執務室に籠りっぱなしになる事も多々あるので、皇太子の姿が見えなくてもそれは問題は無い。

 陛下が視察に出てる間は大きな会議も無い。

 ラウルの影武者で4、5日位はなんとかなるだろうとクラウド達は楽観的だ。



 ユーリは自分家のレクサス伯爵家の馬車を用意していた。

 流石に兄妹の乗った公爵家の馬車に同上するのは気疲れをするからと。


 そして……

 当然ながらレティには護衛が付く。

 護衛は私服姿のエレナとエドガー。


 エレナは分かるが、エドガーが同行するのはラウル様からご指名があったからで。

 その時はまだ影武者の話しは無かった時だった。


 今、驚いているのはこの2人も同じ。

 馬車の中にいるのはジャケットを着てラフな格好をした皇太子殿下なのだから。


「 俺はだ! 」

 何故かラウルとは言わないアルベルトだった。



 馬と御者を休ませる為に休憩をとった時、馬車から下りて来たのは皇太子殿下。

 ユーリは固まった。


「 殿下……が……何故? 」

「 俺は! 」

 あくまでもを貫き通していた。



 その時に馬に乗った誰かが近付いて来た。

 エドガー、エレナ……

 そしてレティが身構える。

 守るべきの前に立って。


 馬に乗っていたのは私服姿のグレイだった。


 あくまでも秘密裏に殿下を出発させる必要があった事から、クラウドはグレイを時間差で出発させた。


 殿下が皇宮にいる体なのに騎士団を出す訳にはいかない。

 グレイ1人なら所用だと言えばなんとかなる。

 こうしてグレイに後から一行を追わせたのだった。


 やはり……

 アルベルトが同行するとなると……

 騎士2年目のエドガーとエドナでは不安しか無いので。



 馬から下りたグレイがアルベルトの元へ行き頭を下げる。


「 殿下! 遅くなりました 」

「 構わぬ……ラウルはどうしていた? 」

「 執務室でふんぞり返っておりました 」

 アルベルトはクックッと笑う。

 ラウルらしいと。


 エドガーとエリナは上官のグレイの前に立ち敬礼をした。

 レティも並んで敬礼をしそうになったのを、アルベルトが笑いながら抱き寄せて止めた。

「 君は違うでしょ? 」

「 ……… 」



 馬車の中ではお兄様だったから挨拶のキスが出来なかったので、抱き寄せたレティの頬にチュッとキスをした。


はこんな事をしないわ! 」

「 当たり前だ! 」

「 今は誰なの? 」

! 」

 お兄様だと言いながら、チュッチュッとキスをしてくるが何だか憎たらしくてレティはアルベルトの頬をつねった。



 そんなイチャイチャしている2人と、その向こうできびきびと打ち合わせをしている騎士達をユーリは青ざめて見ていた。


 彼は後悔した。

 何で来てしまったのかと。

 たった3泊4日程度の旅なのに……


 レティの新薬の話に興味を持ち、自分もヤングとレティの医療談義に加わりたいと思っただけ。

 なのに、こんなおお事になってしまったと。


 自分家の御者と顔を見合わせ小さくなっていた。





 ***




 レティは休憩毎に熱心にユーリに質問をする。

 薬草を摘みながら。

 人があまり通らない場所には結構薬草が隠れている。


 その間も2人の会話は止まる事が無い。

 医療についての話は尽きる事が無い様で。


 先輩医師と後輩医師。

 師匠と弟子。

 共に過ごした時間は少ない時間だったが、その絆は確固たるものであった。



 勿論……

 これはレティだけの記憶と想いである。

 今生のユーリにはその記憶も想いも無いのは当然で。


 しかし……

 懸命に医療を学び取ろうとするレティの姿は、今ある自分の全てを彼女に伝えたいと言う思いが湧き上がって来る事は必然的であった。



 そこはアルベルトの入れない世界。

 俺の婚約者に近付くな!

 俺のレティと親しくするな!

 ……と、本来ならば割り込んで行くのだが……

 いや、その為に同行したのだが。


 だけど……

 この2人を見ていると全くそれが出来なかった。


 こうして……

 ずっと2人で支え合って来たのだろう。

 朝も昼も晩も……


 女性医師が庶民病院で働くのは並大抵な事では無いと言う事を、あの大火の時にレティから聞いた。

 アルベルトはそれが切っ掛けで病院にメスを入れたのだった。



「 何か異常に仲が良いな、あの2人 」

 近くの岩場に腰掛けているアルベルトにエドガーが言う。

 グレイも2人を見た。


 医療ノートを片手に話し込んでいる2人の距離はかなり近い。

 鈍いエドガーでもレティとユーリは親密に見えるらしい。


「 ああ、師匠と弟子だそうだ 」

「 師匠と弟子? 」

 そうだったのか。

 それならば親密なのも分かるとエドガーは頷いた。

 医療界での技術の伝え方は世間にも知られている事なのだから。



「 レティ! 弓矢を持って来い! 」

 林の中に入っていたエドガーが蜂の巣を見付けたのだと言う。


「 えっ! 蜂の巣! 」

 蜂の巣は貴重な薬材。

 ユーリといたレティは喜び勇んで馬車から弓矢を持ってきた。

 弓矢は何かある時は必ず持って出る事にしている。

 アーチャーレティの武器だ。



「 エドも弓矢の練習をやってるの? 」

「 ああ、グレイがやってるからな 」

 レティがグレイを見やると、彼はニコリと笑いながらクイッと親指を立てた。


 3度目の人生の時にはエドガーは弓矢をやっていなかったのに。

 やはり全く同じでは無いんだわ。

 同じでは無い未来に少し希望が湧いてくるレティであった。




 エドガーが弓矢を構えると、グレイが少し離れた後ろからエドガーに指示をしている。


「 もっと脇を絞めて……ちょっと上過ぎる! 」

 2人で笑い合ったりと従兄弟同士の2人は凄く仲が良い。

 そして……

 親が兄弟なのだから何処か似ている。


 同じ従兄弟でも男と女は違うのだとアルベルトは思った。

 一人っ子の彼は……

 エドガーとグレイの様にしたかっただけで。


「 レティ……おいで 」

 アルベルトはレティを呼び寄せそっと手を繋いだのだった。



 結局エドガーは蜂の巣を落とす事は出来なかった。


「 エド! 矢が勿体無いでしょ! 」

 まだ弓矢の訓練をやり始めたばかりだと言うエドガーに、レティがプンスカ怒っている。


「 リティエラ様! やってみますか? 」

「 はい! 」 

 レティは張り切って手を上げた。

 下手くそなエドガーを見てウズウズとしていたのだ。


 エドガーから弓矢を取り上げたレティは、第1矢で見事に蜂の巣を落とした。


 一昨年は全く命中しなかったが……

 毎日の練習により、弓矢の腕はかなり上がっていたのだった。


「 お見事! 上達しましたね 」

「 グレイ先生の指導のお陰ですわ! 」

 騎士クラブで弓矢をレティ達に指導をしていたグレイは、今生でも間違いなくレティの師である。



 ここにもアルベルトの入れない関係があった。

 師匠と弟子の関係。

 きっとそれ以上の想いも……


「 分かってはいるんだけどな…… 」

 どうだとばかりに、エドガーにカカカカと偉そうに笑うレティを見つめながら……

 アルベルトは独り言ちた。





 ***




 こうして御一行様は、あの眉毛ボーンの支配人のいるホテルで一泊をして、スリーニ伯爵領地に入って行った。


 2年前の旅で、眉毛ボーンに正拳突きをかましたレティは、黒のローブで顔を隠してるアルベルトと同様に白のローブで顔を隠した。


「 あの眉毛ボーン……まだ眉毛ボーンなんだわ 」

 レティがヒソヒソとアルベルトに耳打ちして来た事で、アルベルトがまた眉毛ボーン地獄に陥ったのは言うまでも無い。



 スリーニ伯爵領の領民達の顔は希望に満ちていた。

 ボルボンが領主時代は不正の宝庫で、領民達が食べる事も事欠く程の年貢を取り立てていたのだった。


 新しい領主のスリーニ伯爵はちゃんとした領主みたいで、領民達の評判も良いとルーカスからこの領地のその後を聞いていた。

 昨年にマークレイ・ヤング医師が皇都に来た時も、良い領主だと言っていた事を思い出す。


「 良かった 」

 レティとアルベルトが目を合わせて微笑みあった。



 マークレイ・ヤングの診療所に到着して驚いた。

 庭には相当数のキクール草が花を咲かせていたのだ。


「 ダンさん! 」

「 !? 」

 庭にいて薬草の世話をしていたダンにレティは声を掛けた。


「 リティエラ先生!? 」

「 突然の訪問ご免なさい 」

 駆け寄ってダンの手を握ろうとしているレティを、アルベルトがレティの手を引き寄せて阻止をする。

 お触りは禁止。

 耐えられない。



 再会を喜んだダンが、診療所の開いている窓に向かって声を上げる。


「 マークレイ先生! リティエラ先生がお見えですよ! それと………!? 」

「 彼女の兄だ! 」

「 !? 」


 いや……

 どう見ても皇太子殿下。


 ダンは地面にひれ伏した。

 平民であるダンは、皇太子殿下の前にはどうしても立てない。


 そこにマークレイがやって来た。

「 リティエラ先生! ……殿下!? 」

 マークレイは咄嗟に頭を下げた。


「 私は彼女の兄だ! 気にするな! 」

「 えっ!? ラウル様……??? 」

「 今は、お忍びで兄として来てるの。それよりユーリ先生も一緒よ! 」


 マークレイがユーリに気が付いた。

「 ヤング先生! 」

「 レクサス先生! 」


 一通りの挨拶が終わると……

 レティはここに来た理由を説明した。


 そして……

 自分なりに完成させた新薬の入った小瓶を皆に見せていると、ダンが小瓶を持って来た。


「 これ……私とヤング先生とで作った薬です 」

「!? 」


 嘘……

 完成してるの?



 レティの心臓の鼓動がドクンと跳ね上がった。






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