第457話 新薬誕生─2

 



 2度目の人生でのレティは学園を卒業してから医師の道に進んだ。


 この世界の医師は今の様な医療関係の大学などは無く、学園を卒業した者が難しい一般試験を合格して医師免許を貰うと言う仕組みだ。


 医師としてのスタートはただ頭が良いと言うだけ。


 その後は先輩医師に付いて、技術、知識の全てを教えて貰い、また自ずから習うのである。

 実戦の経験こそが医療技術の向上になるのだ。



 レティの先輩医師はユーリ・ラ・レクサス 22歳。

 レティより4年先輩である。


 ユーリはレティが庶民病院に移動をした時も付いて来てくれた。

 もしも……

 ユーリが側にいてくれてなければ……

 女医としては決してやってはいけない世界だった。


 2人で1つ。

 そんな言葉がぴったりな程に何時も一緒だったから、周りからも冷やかされる事もあったが……

 公爵令嬢が伯爵令息と結婚出来るとは誰1人思う者はいなかった。


 独身の男女が2人で行動をする事が許されない時代だったが、あくまでも師匠と弟子の関係であり、2人の関係も誰からも怪しまれる事なんか無い程にお互いに医療に没頭していた時期だった。





 ***




 皇宮病院には週2回程医師としてレティは勤務している。


 2度目の人生では、医師の試験に合格したレティは4年先輩の23歳のユーリに付く事になった。


 だから……

 自分の代わりに誰か新米医師がユーリに付いているのかと思ったが、ユーリには誰も付けられてはいなかった。

 何故なら、彼はまた近い内にローランド国に研修に行く事になっているからで。


 一昨年にはユーリと同い年の庶民病院の医師ロビンが派遣されたが、2年振りにまた彼等が行く事になっていた。

 ローランド国からも若い医師が研修に訪れたりと、医師達の交流は活発化している。


 彼等の持ち帰って来る薬学もまた、虎の穴の薬学研究員達の刺激になっていた。

 医師と薬学研究員がここまでの良い関係を持てる様になったのも、レティがいたからで。


 レティの望んだ情報の共有が上手く機能していた。

 出来るなら今年は自分がローランド国に研修に行きたかったと嘆いている程で。




 この日のレティは医師として皇宮病院にいた。

 患者が来なければ何にもする事が無いので、医療品の在庫のチェックやカルテを見て勉強したりする。


 在庫のチェックは商人リティーシャとしては得意中の得意で、足らない物は速やかに発注する。

 仕事が兎に角早い事が、他の医師や事務方からも好評なレティだった。


 業者との医療器具の値段の交渉も難無くやると言う。

 今まで言い値で買わされていた事もあり、かなりの経費の無駄遣いをする事になっていたが、レティのお陰で押さえられる事になっていた。


 きちんと週に2回勤務する事で帳簿を見る事が出来る様になり、無駄な出費をチェックしたりして、レティの本領発揮となっていた。



 薬草を煎じたりと薬師達の手伝いもするレティは、薬師達とも仲良しだ。

 そして……

 薬師達からの情報収集も欠かせない。

 今は来年に向けてあらゆる所にアンテナを張っているのだった。



 薬剤の入った薬品棚の引き出しを開けて薬のチェックをしていたら、ユーリが往診から戻って来た。


「 ユーリ先生! お疲れ様です 」

「 リティエラ先生……君が医師を続けてくれて良かったよ 」

 学園を卒業したら皇太子妃になって、医師を辞めると思っていたと眉を下げた。



 そうだ!

 ユーリ先輩にも聞いてみよう。


 レティはキクール草の話と流行り病の話をした。

 流行り病は毎年何らかの病が流行る事から、その話をする事は不思議では無いのだ。



 レティはキクール草から新薬を完成させていた。

 それをユーリに見て貰う。

 医師の所見は是非とも頂きたい。

 後からベテラン医師達にも聞こう。


「 下痢、嘔吐、高熱から脱水状態になり、急速に体力が奪われてしまう病について…… 」

 レティ自身が実際にその流行り病に掛かったのだから確かなもので。


「 そんなのが流行ると体力の無い人達は死に至ってしまう 」

……と、ユーリが言う。

 勉強ばかりしていた2度目の人生でのレティは体力が無かったのだった。

 3度目の人生で騎士になろうと思ったのは体力を付けたいと思った事が大きな理由だ。



「 体力面では既にポーションがあります 」

「 確かに……あのポーションは凄いが…… 」

 ポーションとはドラゴンの血で出来た体力回復剤である。


 それでも……

 特効薬は必要不可欠だと言う事は医師ならば思う事で。



 昨年にヤング医師が皇都に来た時にユーリを紹介したので、ユーリもヤングを知っていた。


 そのヤングが帰郷する時にキクール草を持たせたから、キクール草の研究がどうなったのかを知りたいから彼の診療所に行くのだとレティが言えば……

 ユーリも同行したいと言い出した。



 頼もしい!

『 三人寄れば文殊の知恵 』と言うではないか。


 レティの記憶では流行り病はローランド国が先に流行り出したのである。

 結果次第ではユーリがローランド国に研修に行った時に伝える事が出来て、来年に備える事が出来る筈。



 レティはそんな思いからアルベルトに許可を貰いに行った。

 許可を貰うのは父親では無い。

 今やレティの保護者はアルベルト。


「 ユーリ医師と一緒に、スリーニ伯爵領地に行きたいの 」

「 ユーリと!? 」

 執務室にやって来たレティの第一声に、アルベルトは驚いて持っていた資料を落とした。

 クラウドが慌てて拾っている。


「 どう言う事か説明して! 」

 レティをソファーに座る様に促すと、アルベルトも1人掛け用のソファーに座りその長い足を組んだ。


 女官長のラジーナがお茶とクッキーを持って来る。

 レティが甘いものには目が無いと言う事は、皇太子宮の者ならば皆が知っている事。


「 有り難う 」

 レティはラジーナにお礼を言うとクッキーを口に入れモグモグと食べる。

 その美味しい顔がまた可愛らしくて、クラウドとラジーナが悶絶していた。


「 それで? 」

 怪訝な顔をしたアルベルトがレティを見つめる。

 今はその美味しい顔に悶絶してる場合では無い。



 レティはユーリと行く事になった経緯をアルベルトに話した。

 勿論公爵令嬢は口に食べ物が入っている時はお喋りしません。


「 だからね、ユーリ医師と一緒に行けば新薬の完成に一歩近付けるかも知れないと思うのよ 」


 来年に流行る病に向けてレティが頑張っているのは分かる。

 ヤングの所へ行きたいと言うのも分かる。

 しかし……

 ユーリと2人で行かせる訳には行かない。


「 男と2人で行くなんて……どうかしている 」

「 男って……ユーリ先輩は医師よ? 彼なら全然問題は無いわ 」

 2度目の人生ではずっとユーリと二人三脚で行動していたので、2人で行く事の抵抗感は全く無い。



「 君達にやましい気持ちが無くても、周りにはどう見えるのかを考えてくれ! 君は俺の婚約者だと言う自覚が無いのか!? 」

 レティが、クラウドが、ラジーナが一斉にアルベルトを見た。

 呆れた顔をして。


 お前がそれを言うのかと。

 幼い従兄妹との逢瀬でロリコンだと噂をされ、他国王女と抱き合っていたお前が?

 ……の顔をアルベルトに向けている。


「 いや……それは……反省している……だから…… 」

 皆の視線の意図に気付いたアルベルトはしどろもどろになる。

 そんな恐ろしい視線から逃れる様にしてアルベルトは提案する。


「 そうだ! ラウルを同行させよう! 」

「 お兄様を? 」

 兄のラウルが一緒なら問題は無い。



 2人の話から……

 医師として薬学研究員として、新薬を作ろうと彼女が奮闘しているのが見てとれた。

 殿下が、スリーニ伯爵領地のヤング医師の所へ行かなければならないと主張する彼女に、理解を示していると言う事も。


 ただやはり、ユーリと2人で行く事は頷けない。

 クラウド達もラウルが同行するならばと安堵した。



 勿論、アルベルトが同行したいのは山々だが、この1ヶ月間は皇帝陛下と皇后陛下が視察の旅に出る事になっているので、アルベルトは宮殿から離れる事が出来ないのだ。


 宮殿には必ず皇帝か皇太子のどちらか居なければならないと言う決まりがある。


 主の居ない宮殿。

 即ち、国を守る事を放棄したと見なされる事になるのだと言われている。

 敵は他国だけでは無いのだ。



 スリーニ伯爵領地に行くのは他の時期では駄目なのかと問えば、春のこの時期でなければならないと言うのだから仕方が無い。


 そうして……

 レティとユーリのスリーニ伯爵領地のヤングの診療所への旅はラウルが同行する事になったのだった。






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