第456話 新薬誕生─1

 



 レティは硝子張りのハウスの中にいた。

 このハウスの中でキクール草が栽培されている。


 皇宮には薬草畑がある。

 その広大な敷地で薬草達が色んな花を咲かせている。

 春は特に沢山の種類の薬草が育っていた。


 レティはこの場所が好きで、虎の穴と宮殿の間の道沿いにある事から、毎日の様にここを通れる事が嬉しかった。

 一面の緑に所々にある紫や白、ピンクの花を付けた薬草達が風に揺れて自分の出番を待っているのである。


 皇宮病院の薬師達が朝早くから薬草を摘み取って籠に入れている。

 薬剤室で薬剤を作るのである。

 レティ達薬学研究員が研究して開発した調合レシピを見ながら。


 レティも開発した新薬がある。

 栄養ドリンクと解毒剤。


 栄養ドリンクは、ドラゴンから作ったポーションよりは効き目は断然弱いが、普通の病気の体力の回復には十分過ぎるもの。

 何よりも甘くて飲みやすい事から、今まであった栄養ドリンクよりもレティが開発した物に変更されたのだった。


 毎日の様に、ルーカスやラウルや公爵邸の家人達に飲ませた甲斐があったと言う訳だ。


 こうして……

 薬学研究員達が開発した薬剤が医療の進歩を助けるのであった。



 その広大な敷地の奥に硝子張りのハウスがあり、毒草などの危険な薬草はここで栽培され管理されている。


 昨年に植えたキクール草は見事に花を咲かせ、その数を増やしていた。

 キクール草の特徴は、白い花の部分がギザギザした葉の形をしている事で。


 これが……

 この花が来年に流行る病の特効薬なのである。

 この花を煎じるのか、この花に何かを調合するのかは分から無いが。



 本日はキクール草を使っての研究。

 何株かを持って硝子ハウスを後にした。




 ***




 レティは、アルベルトに頼んで禁書のある蔵書に入室させて貰った。

 そこで……

 毒草の記述や毒薬の入った薬剤の本を読み漁っていた。


 皇立図書館の奥にある蔵所は皇族だけしか入室出来ない。

 過去の諸事情で皇后すら入室する事は出来ないので、入室出来るのは皇帝陛下と皇太子殿下だけである。


 ここに入るにはこの2人のどちらかが同伴しないとならない事から、アルベルトの公務を中断させて来て貰っていたのだった。




「 毒草から薬剤に調剤した薬の記述は…… 」


 あった!

「 中和剤は……あっ! ……成る程 」

 レティは凄い勢いでノートに書き写して行く。


 蔵所の本や資料は持ち出し禁止なので、必要な箇所はこの場でノートに書き写すしか無いのである。



 百面相をしながら熱心に禁書を読むレティをアルベルトは楽し気に見ていた。


 可愛い。

 しかし、こんな可愛い少女が……

 いや、もう立派な女性か……

 その女性がこんなに難しい本が読めるんだから大したもんだ。


「 ………… 」

 本を熱心に読むその俯いた顔に見惚れてしまう。

 時々長いまつ毛が揺れてドキリとする。


 秘密の部屋で2人っきり。


 目の前にいる女性は俺の婚約者。

 愛しくてたまらない可愛い顔。

 その赤くて小さくてまあるい唇に……………キスしたい。


 ムラムラして来たが……

 今は我慢しなければ!

 彼女の邪魔をしてはいけない。


 時たまキラキラと瞳を輝かすレティを見つめながら、アルベルトは己の理性と闘っていた。



「 よし! 完璧 」

 レティが読んでいた禁書から顔を上げて微笑んだ。

 その時にアルベルトと目が合った。


「 ? どうしたの? 」

「 いや…… 」

 アルベルトを射抜く様に見つめてくるレティから目を背ける。


 流行り病の特効薬の研究を懸命にしているレティに、よこしまな考えを抱いていた自分を見透かされたくは無い。

 こんなに純粋に……

 こんなに真剣に取り組んでいるのだから。

 我が帝国の為に。



「 も……う……終わった? 」

「 うん……アルも執務で忙しいのに有り難うね 」

 白のローブが神の様に見えるレティが席を立って部屋を後にした。


 その後ろ姿を狼皇子が見つめる。

 片手をレティに向かって伸ばしたが……

 思い直して直ぐに下げた。


 何時もはチュッチュッとレティにキスをするのに、まるで後光が差しているかの様なレティにすっかり躊躇ってしまったアルベルトだった。


 この美貌の狼皇子は21歳になったばかりだ。





 ***




 レティは研究室に籠っていた。

 彼女の集中力は凄いものがある。


 医師としての経験。

 禁書での知識。

 あらゆる物を働かせて新薬の開発に心血を注いでいる。


 それはもう……

 周りの皆が身体を壊すのでは無いかとオロオロする程に。



 どれだけ時間があっても足りない。

 今……後もう少しで……何かが分かりそう。

 そんなもう少しを追究する事が研究者の性。


 だから……

 徹夜なんかは虎の穴の研究員達には普通の事。

 女性であるが故に夜は帰宅しなければならない事が悲しかった。



「 レティ! 」

 ドアの外からアルベルトがノックする。


 キクール草は弱いけど毒草である。

 取り扱いには十二分の注意が必要で、ドアに赤い札が掛けられている時は許可無く部屋に入る事は出来ない。


「 はぁい! 支度をするから待ってね! 」

 夕方になるとアルベルトがレティを迎えに来る事が日課になっている。


「 昼はちゃんと食べた? 」

「 ええ……家で作って持って来たサンドイッチを食べたわ 」

「 そう、それなら良かった 」

「 お父様とお兄様にも持たせたのよ 」


 お父様は喜んでいたけど……

 お兄様は迷惑そうな顔をするから、お兄様の好きなカツサンドよと言ったらさっさと持って行ったのよとレティはクスクスと笑う。



 そんな羨ましい事をラウルに?


「 ……僕にも作って欲しいな…… 」

「 えっ!? アルへの差し入れは禁止でしょ? 」

 当たり前だが皇族への食べ物の差し入れは禁止されている。


「 それは何処の誰か分からない者が作った料理だからだよ 」

「 そうよね。何度も私の手料理は食べたわよね…… 良いわ!明日からアルのお弁当も作るわね 」

 レティが任せろと拳を上げる。


「 でも……疲れて無い? 」

「 料理は気分転換になるから丁度良いの 」


 こうして、アルベルトにもレティのお弁当が作られる事になった。




「 殿下……美味しそうですね。一口私にも…… 」

「 駄目! レティの愛情いっぱいのサンドイッチだ 」

 取られない様にと、サンドイッチの入った籠を抱え込むアルベルトを見ながらクラウドが目を細めた。


 楽しそうでなによりだ。




 それは朝の事。

 レティはお弁当を持ってアルベルトの執務室にやって来た。

 破顔してレティを出迎えたアルベルトに頭を下げる様にと言う。

 ちょいちょいと掌を上下にしながら。


 皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。



 腰を曲げて顔を近付けるアルベルトは嬉しさを隠しきれない。

 このまま挨拶のキスをしちゃおうか。

 頬への挨拶のキスは2人の約束。


 そんな事を思っているアルベルトの耳元にスッと顔を近付けるとレティが囁いた。

「 アルのはね、お父様やお兄様のお弁当よりも私の愛が沢山入っているのよ 」


 ウフフと笑いながら……

 じゃあまたね!とチュッとアルベルトの頬にキスして執務室から出て行った。


 レティの後ろ姿を見ながらアルベルトは暫く惚けていた。

 お弁当の包みを持ちながら。


「 レティ……君は間違いなく魔性の女だよ…… 」

 アルベルトは少し耳を赤くしながら呟いた。



 クラウドは思う。

 この殿下を惚けさせるんだからリティエラ様は本当に魔性の女なのかもと。

 今日の執務が捗りそうだと、持っていた書類をテーブルの上に置いた。



 こうしてアルベルトとレティの新しい毎朝が始まったのだった。





 そんなある日。

 レティはアルベルトに話があるとアルベルトの執務室にやって来た。


「 ユーリ医師と一緒に、スリーニ伯爵領地に行きたいの 」

 スリーニ伯爵領地は旧ボルボン伯爵領地で、不正を犯したボルボン伯爵が皇帝陛下に領地を没収された事は一昨年の事。


 その地にある診療所には流行り病の特効薬を開発した、ヤング医師とダン薬師がいる。



「 ユーリと!? 」

 アルベルトは驚いて持っていた資料を落とした。

 バサバサと。


 ユーリはレティの2度目の人生での先輩医師であり、レティの師匠。


 グレイと同じ様にレティにとっては特別な人である。





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