第5章
第455話 本来の姿
この話から第5章が始まります。
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「 お母様行ってきます 」
レティがローズにハグをして、ラウルがローズに適当に片手を上げて、ルーカスがローズの頬にキスをした。
公爵家の毎朝の出勤風景だ。
「 さあ! お父様、お兄様ご一緒に参りましょう 」
3人で公爵家の馬車に乗り込んだ。
そう、3人なのである。
今日からレティも皇宮に出勤する。
皆で一緒に登城が出来る事が嬉しくて張り切っているのだ。
「 お前はこの時間で無くても構わないんだろ? 」
何で朝早くから張り切っているんだとラウルが欠伸をしながら言う。
「 同じ皇宮に行くんだから、一緒に行きたいわ! 」
ね~お父様!レティがルーカスに腕を絡めて来た。
可愛い娘と一緒に登城するのも良いもんだ。
ルーカスはすっかり優しい父親の顔になってレティの頭を撫でた。
実は……
アルベルトからのレティの入宮の要望を受けて、レティを皇宮に住まわせてはどうかと言う案もあった。
皇太子宮に住むよりは皇宮の方が世間体も良いだろうと考えて。
レティが皇宮には行かないと言った事で立ち消えになった話だが、もう少し可愛い娘を手元に置いておきたいと思っているルーカスにとっては嬉しい結果になった。
殿下には申し訳無いが。
そんな親子のひと時は約10分で終わるが……
ご機嫌なレティは歌う。
馬車に揺られて歌う。
音程が外れても歌う。
朝から止めてくれーっ!
……と、ラウルはルーカスを見るが……
ルーカスは楽しそうに聴いている。
これ……こいつは毎朝歌うつもりなのか?
「 お父様、お兄様、行ってきまーす! 」
馬車から下りるとルーカスとラウルは宮殿に入り、レティは虎の穴に向かった。
レティは学生時代が終わり社会人になった。
やっと自分の精神年齢に追い付いたのである。
学園時代に2歳違いの皇太子殿下と同じ学園にいるのは2年間だけ。
1度目の人生では皇太子殿下の取り巻きをしていたが、学年が違うので以外と会う機会も少なく、学食で見掛ける程度。
2度目も3度目も似たようなもので、レティにとっては3度の人生の学園時代は代わり映えのしないものであった。
そう……
皇子様に恋する他の令嬢となんら変わりの無い毎日を送っていた。
だが……
学園を卒業してからの2年間は彼女にとってはどの人生も刺激的な人生だった。
商売人であり、医師であり、騎士だった19歳と20歳の時間。
レティは今やっとその刺激的な年齢にやって来たのである。
今日は学園を卒業してからのレティの初出勤。
レティは虎の穴の薬学研究員になった。
いや、もう既に薬学研究員なのだが。
以前は休日の1日程度の勤務だった。
虎の穴は才能のある者達の集まりである。
魔力使い、錬金術師、薬学研究員、そして物理学者がいる。
忘れているが……
10人の赤のローブの爺達は物理学者である。
多分……
物理とは全く関係の無い分野のジジイも交じっているだろうが。
皇立特別総合研究所は研究をする場なので、時間には拘束されてはいない。
ここに来る時間は自由。
帰宅するのも自由。
錬金術師や薬学研究員達は何日も泊まり込む事もある。
レティとしてはそんな風に時間に拘束されない仕事が気に入っていた。
医師としては週に2日だけ皇宮病院に行く事に決まった。
そして……
皇太子殿下の婚約者と言う立場上、往診はしない事をアルベルトと約束させられ、皇宮病院だけで治療をすると言う事に。
人員不足の医師としては、レティが皇宮病院にいる事で休みが取れ、そんな勤務状態でも歓迎されたのだった。
要はパート要員である。
本来ならば先輩医師に付いて修業をしなければならない年齢なのだが。
もう既に医師としての技量が備わっているレティを、皆は天才だからと言う括りにしたが、2度目の人生でユーリ医師に付いて学んでいたからだと言う事は、アルベルトだけが知っている事である。
「 入社式は無いのですか? 騎士団みたいな…… 」
騎士団の入団式は感動物。
あんな式典はやってはくれないのかと、白のローブを着たレティがルーピン所長を捕まえる。
「 無い……それに君はもう既にここの研究員だろ? 」
そもそも虎の穴は選ばれた特殊な人々が研究をする世界。
大人数が入る騎士や文官とは違う世界なのである。
「 けじめがあっても良いと思うわ! 文官でも入宮式があるのに…… 」
ぶつぶつと文句を言いながら薬学研究室に入ると、研究員には何時も通りに顔も上げずにお早うと挨拶をされた。
きっと彼は徹夜をしたのだろう。
ソファーにだらしなく凭れて座る姿からそう感じさせる。
薬学研究室に入ると大きなテーブルとソファーが置いてあり、会議や雑談をしたり、資料をそこで読んだりするスペースになっている。
そのスペースを取り囲む様に各々の研究室があるのだ。
レティは『歓迎!虎の穴式』を諦めて自分の研究室に入り、以前からの続きの研究を開始した。
学生の時と違って時間がたっぷりとある事が嬉しい。
レティが手掛けている研究は、ドラゴンの鱗の効能を調べる事と、来年に流行る病の特効薬についてだ。
爺達がイニエスタ王国から持ち帰り、その上に名付け親になって貰った『キクール草』。
皇宮にある温室のガラスハウスには、キクール草が増えて沢山の花を咲かせている。
このキクール草が来年に流行る病の特効薬だと言う事はレティの記憶の中では確かな事。
その特効薬を作ったのは旧ボルボン伯爵領で出会った診療所の医師マークレイ・ヤングと薬師のダン・ダダン。
レティは近々彼等の元へ行くつもりである。
急がなければならない。
流行り病が流行するのは来年なのだから。
コンコンコン。
ノックする音にレティが顔を上げると……
部屋の壁に凭れてアルベルトが立っていた。
「 入って良い? 」
アルベルトが少し顔を傾げると……
その姿にレティの心臓がドクンと跳ねた。
カッコいい……
「 ごめんなさい気付かなかったわ 」
「 何度もノックしたんだけどね 」
そう言いながらレティの側にやって来て頬にチュッとキスをする。
「 もう、夕方だよ 」
「 えっ!? そんな時間なの? 」
その時……
レティのお腹がグ~っと鳴った。
「 あっ! 」
慌ててお腹を押さえる可愛いレティ。
アルベルトがクスクスと笑う。
「 お昼……食べてない…… 」
研究に没頭するあまり時間が経つのを忘れていたのだ。
「 レティ! 研究も良いけどちゃんと食べなきゃ駄目だよ 」
「 うん…… 」
明日はお弁当を持って来るわと言いながら、レティはテーブルの上を片付け始める。
「 もしかして僕の誕生日も忘れる所だった? 」
今日の夜はアルベルトの誕生日を祝う為に、一緒にディナーを取る予定であった。
「 大変! 着替えてこなくっちゃ! 」
「 着替えなら君の部屋にもあるよ 」
そう。
皇太子宮にはレティの部屋がある。
最近はレティが部屋に行く度にドレスやワンピースや靴などが増えていた。
アルベルトがオーダーしているのだと侍女長のモニカが言っていた。
「 皇子様はリティエラ様の物が増えて行く事が嬉しいみたいですよ 」
そんな事を聞くと何だか胸がキュンとする。
学園を卒業したら一緒に住もうと言うアルベルトの申し出を断ったのは、もっと自由にやりたい事をやりたかったからで。
皇宮に入ってしまえば色んな制約があるんだろうなと言って、アルベルトを説得したのだった。
***
アルベルトも21歳になった。
美青年だった顔も随分と精悍な顔付きになり更に凛々しくなっていた。
元々あった色気も更に増し、世の女性を狂わせるには十分過ぎる魅了の皇太子だ。
婚約者がいても尚、様々な女性から秋波が送られて来るので、側近であるクラウドが頭を悩ませている所である。
結局……
レティは公爵邸には帰らずに、皇太子宮の自分の部屋でディナーの準備をした。
薬剤の匂いを落とす為に湯浴みをしたレティは、アルベルトが買ってくれていたドレスを着た。
「 よく似合うよ 」
……と、いつに無く嬉しそうな顔をしたアルベルトが何だか愛しい。
ごめんね。
待たせる事になってしまって。
ずっと1人だったと言って……
私が来るのを待っているのに。
もし……
ループしている事をアルに言って無かったのなら。
アルが私のループを信じてくれ無かったとしたら。
私達はどうなっていたのかな。
もう、婚約をしてから2年以上が過ぎている。
学園を卒業したら結婚となるのが普通なのだが、ちゃんとレティの気持ちを尊重してくれたアルベルトの優しさが嬉しかった。
「 アル……大好きよ 」
「 !? うわっ! 誕生日にはそんな嬉しい事を言って貰えるんだ 」
アルベルトが先にレティに好きだと言い、レティは? と、催促されてからレティも好きだと言うのが何時ものパターンなのだが。
「 もう1回言って! 」
「 ………好き 」
「 うん……もう1回 」
「 もう言わない 」
プイっと膨れたレティにアルベルトはクスリと笑う。
「 僕も好きだよ 」
アルベルトのレティを見つめる瞳は何時も優しい。
その甘い顔はレティだけに向けられるもの。
美味しい料理を食べながら……
2人の楽しい夜は更けていく。
「 改めて、21歳のお誕生日おめでとうございます 」
「 有り難う 」
美味しいディナーが終わるとプレゼントタイム。
綺麗な包装紙で包んだプレゼントを渡す……前にアルベルトの顔を見てニッコリと妖しく微笑むレティ。
「 プレゼントは…… わ・た・し 」
そう言えば殿方は喜ぶのよと、劇場のお姉様達に教えられた通りに言えば……
本当に喜ばれて、そのまま抱っこされてアルベルトの部屋に持ち込まれた。
ちょっと喜び過ぎの様な気がするわ。
「 アル! ちゃんとしたプレゼントはあるわ! 」
「 それは後から貰うよ……今は君…… 」
アルベルトの声も大好きなレティは……
耳元で甘く囁かれてフニャフニャになった。
それを知っていてレティの耳元で囁くアルベルトは確信犯だ。
その後は……
散々キスをされまくるという。
お姉様……
恨みますわ。
相変わらずラブラブの2人。
レティの運命の20歳までは後1年と迫っていた。
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読んで頂き本当に有り難うございます。
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