第449話 閑話─卒業プロムのカーテシー
「 だから……アルはどうしてここにいるのかしら? 」
「 俺は主賓だからね 」
「 ええ……卒業式は分かるわ……でも、今から卒業プロムに行くのよ? 」
ドレスアップしたレティをアルベルトが皇太子殿下専用馬車で公爵邸に迎えに来た。
それも夜会服にビシーっと着替えて。
「 卒業プロムは卒業生だけのダンスパーティなのよ? 」
「 ダンスパーティーだから……僕が君をエスコートするんじゃないか…… 」
アルベルトはそう言って、レティの指先にキスをした。
アルがいるのに誰が私をダンスに誘うと言うのよ?
16歳でデビュタントを迎えてから、今までクラスメートの誰とも踊れなかったのはアルがいたせいよ。
楽しそうにニヤニヤしているアルベルトが憎たらしい。
自分はクラスの女子全員と踊ったくせに。
妬きもちも大概にして欲しいわ。
馬車に揺られてツーンとしているレティを見ながらアルベルトは思う。
無粋なことをしているとは思う。
だけど……
あんな事件があったから仕方が無い。
大勢の人が行き交う場は危険だ。
レティを階段で押した犯人は、未だに捕まってはいないのだから。
最後の学園での時間を楽しい気分で過ごして欲しいから、敢えてレティには言わないが。
俺がいると警備も強化されるから、護衛騎士が増えても皆には違和感は無いだろう。
穏やかな雰囲気を台無しにはしたく無い。
それに……
犯人がもし学園にいるならば俺がいる事は抑止力になるだろう。
馬車は静かに卒業プロムの講堂の前に止まった。
白い馬車は皇太子が乗っている皇太子殿下専用馬車。
当然ながら皆のテンションが上がる。
下位貴族生徒や庶民棟の生徒達には滅多に見ることの出来ない皇子様の夜会服姿。
皇子様が下りて来るとワッと歓声が上がる。
「 パーティー会場に到着だ。私のお姫様お手をどうぞ 」
馬車から下りたアルベルトがレティに手を差し出した。
優しく微笑んだアルベルトを見て、レティは恥ずかしそうにしながら手を乗せた。
レティはアルベルトから大人なエスコートをされた事が嬉しかった。
アルベルトが腕を少し開けると、レティはその逞しい腕にそっと手を絡める。
ドキドキしながら。
何時も手を繋いでいるからこうやって腕に手をやるのは緊張する。
アルは慣れているかも知れないけれども。
ちょっと大人になった気分。
今では……
周りからの視線にもすっかり慣れたレティだった。
2人が入場して来ると……
ワッっとピンクの声や歓声を上げて会場は一段と華やかになる。
レティを見付けてケインがやって来た。
アルベルトと何やら話して、ケインがレティをエスコートしてクラスメート達のいる場所に連れて行った。
流石にアルベルトは卒業生のいる場には行けないので、用意された貴賓席でレティを見守る事にした。
かなりの忍耐を要する事を予測しながら。
学園長と生徒会長のケインの挨拶で卒業プロムが始まり、楽団の楽しい音楽が会場中に奏でられる。
卒業プロムは貴族生徒達だけで無く庶民棟の生徒達も社交ダンスを踊る。
見よう見真似でも……
カップルで踊ると楽しいのが社交ダンス。
下手でも皆が楽しそうで。
良いな~
兎に角レティはダンスが好き。
踊りたくて仕方無い。
アルベルトをチラリと見れば……
保健室の先生や事務員のお姉様達に囲まれていた。
アルベルトも2年前まではこの学園の生徒だったのだ。
他の先生達とは卒業式の時に話をした事から、そこには教師以外の人達がいた。
美人で色気ムンムンだと男子達が騒いでいた女性達なのが気になるが。
誰か私にも申し込んでくれないかしら。
クラスの女子達と一緒にいると、皆は次々にダンスに誘われて行く。
マリアンナやユリベラもクラスメートの男子達と踊る。
他に婚約者がいてもこの卒業プロムだけは関係は無かった。
4年間ずっと同じクラスだったのだ。
信頼と友情のダンスが楽しそうで。
アルベルトがいるからかレティには中々声が掛からない。
皇太子の婚約者に迂闊には声を掛けられないのは当然で。
レティを最初に誘ったのはケイン。
生徒会の用事が終わった様だ。
「 私と踊って頂けますか? 」
「 喜んで 」
差し出された手に手を乗せて……
実はさっき……
アルベルトに了解して貰ったのでケインは堂々とレティとダンスを踊れるのだった。
レティの精神年齢は20歳。
初めて教室に入った時には……
やはりクラスメート達のあまりにも幼い姿に驚愕した。
2度の人生はそのギャップもあり、あまり生徒達とは絡むことはしなかった。
いや、どう接したら良いのか分からなかったと言うのが本音だ。
1度目の人生は領地で暮らしていた為に同年代の人との関わりが無かった事から……
アルベルトのいる3年生のクラスに通っていたのかも知れない。
卒業すると……
デザイナーになり店を持ち人との関わりを求めたのも……
そんな自分を変えようとしたのだろう。
4度目の人生は自分から話し掛けた。
5歳も年下でも楽しかった。
気が付けば……
すっかりクラスに溶け込んでいたのだった。
そんなクラスメート達も18歳の大人になっている。
大きくなって……
レティは親戚の子が成長をしたのを見てる気分になっていた。
アルベルトがいるから他の生徒は遠慮をしていたが。
ケインと踊ったのを皮切りに皆がレティにダンスを申し込んで来て、結局はクラスの全員の男子生徒達と踊った。
そして……
騎士クラブの30名達とも。
勿論、社交ダンスが踊れない庶民棟の男子生徒とは触りだけを踊っただけだったが。
皆と踊れて楽しかった。
終わりの時間が近付くと……
もうここでお別れなんだと思うとレティは泣いた。
公爵令嬢なのに喜怒哀楽を素直に出してくるレティを……
皆が好きだった。
「 皇太子殿下! 我々の最後の思い出にリティエラ嬢と踊って下さいますか? 」
最後にケインがアルベルトに懇願した。
アルベルトは立ち上がりレティの元に来て跪いた。
「 1人で寂しく耐えていた私と踊って頂けますか? 」
「 まあ! 耐えていらしたの? 喜んで…… 」
アルベルトから差し出された手に手を乗せながらレティはクスクスと笑った。
ホールの真ん中に2人で進み出た。
皆が2人を囲む。
音楽が奏でられると……
2人はお辞儀をして流れる様にステップを踏んだ。
「 僕を誉めて! どれだけ我慢をしたか…… 」
「 その割には女性達と話が弾んでいましたわね 」
「 昔話をしてただけだよ 」
「 随分と楽しそうに見えたけど…… 」
「 レティしか見て無かったのに? 」
誤解をしないでよと拗ねる様に言うアルが何だか可愛い。
アルベルトは大きな瞳で見上げて来るレティのオデコに、消毒だと言ってそっと唇を落とした。
あくまでも消毒はしておきたいらしい。
愛し合う2人のダンスはやはり素敵で。
ほぅ~っとため息が漏れる程の、洗練された2人の甘い甘いダンスに皆が見惚れていた。
ダンスが終わった時の……
レティのカーテシーはそれはそれは優雅で見事だった。
皇太子殿下であるアルベルトだけに捧げる美しいカーテシーは、卒業生の胸を打つものだった。
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