第447話 2人の並木道

 




 レティは学年末試験を500満点で有終の美で終えた。

 4年間学年1位の座を誰にも譲る事は無く。


 それどころか100点である所を200点を付けられた事もあったのだ。

 先生達はふざけていると教員室に文句を言いに行った事も。


 ずっと試験の点数で先生達と戦って来た日々。

 教師達も……

 レティのいる4年間は楽しかったのだった。



 レティの天才的な頭脳に感銘を受けて、虎の穴を推薦したのは物理教師のモーリス先生だ。

 このモーリス先生の推薦があったからこそ、レティの視野が広がった。


 皇立特別総合研究所(とらのあな)と言う、今まで知らなかった未知の世界の扉を開ける事になったのである。



 レティは学園を卒業したら虎の穴の薬学研究員になる。



 いや、もう既に研究員だが。




 ***




 この日は料理クラブの最終日。

 思えばレティの学園生活はこの料理クラブに入部した事から始まった。


 公爵令嬢と言う貴族の家庭で育った事から、料理は食べるだけで作ると言う発想も無かった。


 騎士クラブ以外のクラブに入ろうと学園の掲示板を見ていたら料理クラブが目に付いた。

 元々食いしん坊だった事から料理を作ってみたいと思い入部したのだ。



 学生事務所で入部の手続きをしに行くと……

 庶民棟のクラブだから、公爵令嬢が入部するのはどうかと言われたが……

 2度目の人生では、医師として平民達を治療して来たレティには何ら弊害は無かった。


 料理作りは見事にハマって今に至る。

 もうシェフにもなれるかも知れない程の腕前になっている。


 料理クラブの卒業生の何人かは料理人になると言う。

 後輩達の中には将来はシェフになりたいと言って、男子生徒も入部している程で、料理クラブのスキルの高さが伺える。



「 最終日は各班で集大成の料理を作って頂きます 」

 自分達で考えた創作料理。

 食材も各々が持参すると言う事で、公爵家の調理室から見繕って来る事になっていた。



 今朝の公爵家の調理室ではレティが食材を物色中。


「 お嬢様。何をお作りになるんですか? 」

「 うちの班はね。コロコロ具だくさんのラザニアよ 」

「 おお……それは短時間で作れて丁度良い 」

 美味しくなるから海老を持って行けと言われたが……

 流石に海老を鞄に詰めるのはどうかと思い、丁寧にお断りをした。



 シェフのリターには随分とお世話になった。

 レティの料理の腕が上がったのも、このリターのお陰であると言えよう。


 最近では……

 皇宮のシェフから貰った料理のレシピを見ながら一緒に作って、家族にご馳走したりしている。


 キャベツの千切りの特訓をした料理クラブに入部したての頃が懐かしいとリターは涙ぐんだ。



 最近……

 公爵家は皆が涙もろい。

 レティの卒業が寂しいのだ。


 ラウルの卒業の時も……

「 あの坊っちゃんがこんなに大きくなって…… 」

 ……と、涙ぐんでいたが。


 公爵家の使用人はこの兄妹が大好きで。

 小さい頃は離れ離れでいたからか……

 今、家で兄妹が過ごしている事が嬉しいのだと口を揃えて言う。


 もう少しこのままで……


 ルーカスが……

 レティが21歳まで結婚をしないと言った事をすんなり受け入れたのも、その願いがあるのだろう。




 料理クラブでは、ベル、スーザン、ミリアとレティの4人が同じ班で、ずっと4人で手分けして料理を作って来た。

 彼女達もレティと同じレベルには美味しい料理を作れるが、レティ同様にシェフになる予定は無い。



 ミリアのお父さんがレティの1度目の人生でレティを海に突き落とした犯人であると言う事が、招待された船上仮装パーティーで分かった。

 事件の真相はこれからだ。


 料理クラブに入部した事で、この3人と仲良くなったのが大きな収穫。

 3度のどの人生でも顔も知らなかった3人。

 これも……

 何かの引き合わせなのかも知れないとレティは思っていた。




 料理クラブでの最後の挨拶が終わり……

 レティは何時もの様に並木道のあるドアを開けた。



「 レティ……お帰り 」

「 !? ………ただいま 」


 皇子様のベンチにはアルベルトが座っていた。


 夕陽に照らされて黄金の髪がキラキラと光っている。

 おもむろに立ち上がった背の高い皇子様は、その美しい顔で破顔した。



 不意打ちのアルベルトは……

 見慣れている筈のレティでさえも心臓がドクンと跳ね上がる。


 本当に美しい皇子である。

 こんな至近距離で見つめられたら……

 誰もが恋に落ちてしまうのは仕方が無いと思える程で。

 だから……

 ダンスの時は要注意なのだよ。



「 今日が最後の料理教室だから……来たんだ 」

 レティが真ん丸い目をして驚いて見ていると、ちょっと恥ずかしそうに唇を噛んだ顔に、またドキドキと鼓動が激しくなるのはオレンジの夕陽が彼を照らしているからかも知れない。



「 レティの可愛い制服姿を見るのも後少しだね 」

 直ぐに手を伸ばしてレティと手を繋いで来た。

 皇子様は彼女に何時も触れていたいのだ。


 世界中の王族が欲する雷の魔力を持つ美貌の皇子様は、この婚約者である公爵令嬢を好きで好きでたまらないのだから。



「 騎士クラブの卒業試合は感動的だったらしいね 」

「 うん……キーくんには負けちゃたけどね 」

「 レティは騎士の道に進みたかった? 」 

「 良いの? 進んでも? 」

「 駄目! 君は僕のお嫁さんになるんだからね 」


 慌てて否定するアルベルトが何だか可愛くてレティはクスクスと笑う。


「 騎士クラブの練習着がやっとフィットして来たのに…… 」

「 そうだね……随分と成長した 」

 入部したての頃はブカブカで……

 それがまた萌えポイントだったが。

 アルベルトが眩しそうにレティを見つめた。


「 私の背も伸びたでしょ? 」

 アルベルトの前に回って頭に手をやり、自分の背の高さを計った。


 レティの背はアルベルトの胸の辺り。

 やっぱり小さいわねとぶつぶつ言っている。


「 どうやったらそんなに大きくなるのかしら? 」

「 レティはそのままで良いよ。可愛らしくて 」

「 だって……パートナーが小さいとダンスも踊りにくいでしょ? 」

 ゴンゾーが言うのよアルと私は見目が悪いと。


 自分とアルの方が見目が良いと言うんだから、ゴンゾーのくせにムカつくわとプリプリと文句を言っている。



「 愛し合っている2人が踊る僕達のダンスは誰よりも輝いている筈だよ 」

 見目が悪いなんて関係無い。

 僕はレティと踊る事が嬉しいし楽しいのだからねと甘い甘い顔をする。



「 嫌々踊らされてるカップルが踊るダンスが素敵に見える? 」

「 それは無いわね 」

「 そう言う事 」

 アルベルトはレティの指先にチュッと唇を寄せた。


 でも……

 アルが嫌々踊ってるとは思えないわよね。

 どの令嬢と踊っても素敵に踊るわ。


 あっ!?

 アルは嫌じゃ無いのかも。

 ダンスって密着するわよね。

 だって……

 アルって誰と踊る時にも必要以上に腰を……


 ………いやらしいわ。



「 何か妙な事を考えて無いか? 」

「 べ……別に…… 」

 フッと目を逸らすレティに、こら!言え!とアルベルトがレティの頬をつまむ。


 キャアキャアと楽しそうな2人を、並木道を行き交う生徒達は頬を染めて見ていた。

 皇子様は彼女の料理クラブが最後だから迎えに来たのねと言って。



 学園の貴族棟と庶民棟を繋ぐ並木道。

 皇子様がベンチに座り公爵令嬢を待っている姿は、何時しか『皇子様と公爵令嬢の恋』と言われ、生徒達はそんな2人にキュンキュンしたりやきもきしたりして来た。


 ここで……

 皇子様と公爵令嬢、イニエスタ王女との3人での修羅場があった事は有名で。



 この並木道は2人が愛を育んだ場所。

 レティが卒業すれば……

 もうこんな2人を見る事も無いだろう。



 2人が仲良く手を繋いで歩く並木道は……

 春の気配が近付いていた。









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