第445話 迷宮入りの先は
この学園での事件は帝国中で騒がれる事になった。
皇太子殿下の婚約者が階段から突き落とされたのだから当然で。
このニュースは瞬く間に皇都民の間で広まった。
学園には貴族生徒や平民の生徒達がいて、彼等には親や親戚がいるのだから広まるのは当たり前の事で。
階段の上から押せばどうなるかは誰でも容易に想像が出来る。
皇太子殿下の婚約者への殺人未遂と言っても過言では無い事件だ。
レティは今は皇太子の婚約者で準皇族扱いではあるが、将来は皇太子妃、アルベルトの御代では皇后になる存在。
その彼女に危害を加える者は、皇族に危害を加える者と同等の罪になる事はシルフィード帝国では周知の事実。
あの風の魔力使いの事件での時も……
風の魔女はその場で処刑される事を覚悟していた。
レティの必死の懇願で処刑は逃れたが。
レティを押したのは学園の生徒。
レティが見た犯人らしき人物は女子生徒だった。
逃げ去る後ろ姿を見ただけだったが。
そして……
あの時には沢山の生徒達が周りにいた事から、目撃者がいる筈だった。
しかし……
何故か捜査は難航し犯人を捕まえる事が出来なかった。
缶けり大会と言う全校生徒でのイベントをしていた事から、外部の侵入者と言う説も考えられ、レティ達はルーカスから再度事情聴取をされていた。
貴族の事件は宰相ルーカスの受け持つ仕事である。
レティの事情聴取にはアルベルトも同席をしていた。
外部からの侵入者ならば……
やはり初動捜査の遅れがあり、犯人を捕らえる事はもはや不可能だった。
学園での事件は慎重になればなる程に捜査は難しくなる。
生徒達の心情も考慮しなければならない事もあって。
レティは頭を抱えた。
あの時……
やはり直ぐに犯人を追い掛けるべきだったのかと。
「 それは違う!もし犯人が女子生徒に変装した外部の侵入者だとしたら……追い掛けたレティの命が危なかったかも知れない 」
犯人は捕まえなければならないが、先ずは君の身の安全を優先する事が重要だと、アルベルトは諭す様に言いながらレティの肩に手を掛けた。
「 だけど……犯人がもし凶悪犯なら捕まえなければならなかったわ 」
「 レティ! 凶悪犯なら尚更君は追い掛けなくて良かったんだよ 」
興奮して叫ぶ様に主張するレティの手をアルベルトが握り優しく撫でた。
レティの手首の捻挫は腫れも引いてすっかり完治していた。
「 殿下の言うとおりだレティ。それに……お前は医師では無いのか? 」
ケインの治療を優先したのは、医師としては当然の事をしたのだとルーカスが言った。
ルーカスがそう言うのは最もな事で。
今生でのレティは医師である。
いくらレティが自分の事を騎士だと思っていても、それは3度目の人生での事に過ぎないのだから。
アルベルトはレティのループを知っているからこそ言えなかった事を、ルーカスが言ってくれた事でホッとした。
「 そうよね……私は医師だわ 」
俯いてポツリと呟いたレティの肩をアルベルトは抱き寄せた。
この事件は迷宮入りとなった。
幸いだったのは……
被害者であるレティもケインも大した怪我をしなかった事だった。
ケインも翌日には学園に通学していた。
朝早くに自宅に帰ったのだと言って。
まだ背中とお尻は痛いから触るなよと笑いながら。
きっとレティを安心させる為に無理をしたに違いない。
そう思うと……
レティは余計に切なくなるのだった。
ケイン君を巻き込んでしまった事を。
レティは誰にも言わなかった事がある。
『 ワタクシノオウジサマナノニ 』
この言葉を言われたと言えば……
アルベルトが心を痛めると思って。
そして……
騎士として犯人を捕まえたいと言う思いはあるが。
犯人が学園の女生徒ならば……
このまま捕まらない方が良いと思っている。
捕まれば……
犯人だけで無く、家族、親戚に至るまで処刑される事になるのだから。
まだ……
自分にそんな価値があるのかは分からないでいた。
階段で人を押す行為は責められる罪ではあるが……
結果的にはケインも自分も軽傷だった。
勿論誰かが皇族の3人に危害を加えるならば……
一族諸とも処刑される事は致し方無い事だとは思う。
皇族の権威の為にも。
だけど……
それが自分に当てはまるのかと問うと……
凄く恐くなるのであった。
犯人を捕まえて真相を聞きたいのは山々だが。
それに……
レティにはその真相を聞きたく無いと言う思いもあった。
犯人に会いたくないと言う思いも。
婚約者を階段から突き落としてしまいたい程に憎らしく、それ程までに皇子様を慕っていたと言う事を想像すれば、何か理由があるのではと言う思いに突き当たる。
過去に、アルベルトと犯人は何か深い関わりがあったのかも知れないと考えてしまう事は自然で。
今、私がアルから愛されている事には自信がある。
これからも……多分……
だけど……
私と知り合う以前の事は知らない。
あれ程の皇子(ひと)なのだから彼の過去の女性関係は仕方が無いと思っている。
好き過ぎる婚約者(わたし)のいる今でも……
常に誘惑があるのだから。
犯人が外部からの侵入者ならば……
私と知り合う前の女性だったと言う可能性もあるだろう。
ただ犯人が……
昔、自分と関わりのあった女性だった事をアルが知れば……
優しい彼は自分のせいで私が襲われたと苦しむだろう。
今更どうにも出来無い過去の事で、愛しい婚約者(ひと)を苦しめたくは無い。
アルと全く関係の無い学園の生徒だったとしても……
皇子様を強く想っての犯行だ。
それはそれでアルを苦しめる事になる。
『 ワタクシノオウジサマナノニ 』
この言葉はやはり言うべきでは無いのだ。
だけど……
レティは迷っている事も事実で。
そんな想いは心の奥だけに潜ませて……
レティはルーカスに懇願した。
もうすぐ卒業で学園生活が終わろうとしている。
こんな時期に何時までも捜査をされるのは困ると言って。
レティは学園生活を何よりも大切にして来たのだから。
ある日……
学園の全校生徒が講堂に集められた。
今回の事件の事で政府から話があると言われて。
なんと……
現れたのはウォリウォール宰相本人だった。
レティは驚いていた。
宰相である父親が直々に来るなんて全然聞かされて無かった事で。
ルーカスが学園に来るのは異例の事……と、言うよりも……
こうして皆の前に姿を見せる事が稀だった。
まだ皇族の3人の方が皆の前に出てる位で。
学園長を初め先生達や学園中の生徒達が緊張をした。
それ程までにウォリウォール公爵は皆に恐れられ、一目置かれる存在。
シルフィード帝国の頭脳。
皇帝陛下の懐刀。
貴族や平民であれども重要事件を裁くのはルーカスの業務の一環でもあった。
だから……
ルーカスとしては……
自分への逆恨みでレティに危害を加えたのかと言う思いがあった。
ルーカスが幼いレティを表に出さず、ずっと領地に隠していたのもこんな逆恨みから逃れる為で。
『 ワタクシノオウジサマナノニ 』
レティがこれを言われた事を言わなかった事は……
アルベルトを苦しませない為であったが、父親を少し悩ませてしまった事はレティは知らない。
ルーカスは壇上に上がり自ら事件の概要を説明した。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォールは我が娘であって今や我が娘では無い! 彼女は皇太子殿下の婚約者で近い将来は皇太子妃になられ、やがてシルフィード帝国の皇后陛下となられるお方だ。その彼女に危害を加える事は、本人だけでなく家族や親戚までもが処刑される事を皆は肝に命じて貰いたい 」
今回は怪我も大した事は無く、被害者であるケインやレティの意向でこれ以上学園での捜査はしないが……
次は無いと断言した。
次こそは必ず一族諸とも処刑にして、その首を帝国民に晒す事になると言う脅しも付け加えて。
皆が震えあがったのは言うまでも無い。
学園は小さな国と言われる。
この学園の生徒達が、未来のアルベルトの御代を支える者達なのだ。
「 我が娘……至らぬ娘ではあるが……有難い事に皇太子殿下がこれ程までに妃にと望んでおられる娘。彼女をどうか認めて守って欲しい。それが皇太子殿下、そして皇帝陛下や皇后陛下の望みでもある 」
会場からは拍手が送られた。
「 俺達はリティエラ様を守るぞーっ! 」
騎士クラブの皆が口々に叫んだ。
クラスの者も……
他のクラスも他の学年の者も……
皆が賛同した。
レティが平民を守り、高慢な貴族生徒や他国の王女までをも戒めた事は今や学園の語り草になっている。
女子生徒からの支持も大きいものであった。
昨年の卒業でのドロップキック事件は、強いたげられている女性達にとっては胸のすく思いだった。
特に貴族達は……
シルフィード帝国の貴族の誇りを掛けて他国の王太子と決闘をした事は、彼女こそがシルフィード帝国の皇后になる器だと思っていた。
正義感が強くてその正義を見事に貫ける令嬢。
生徒達の皆がレティを支持をするのは当然の事。
そんなレティを皆は見た。
生徒達と一緒に並んでルーカスの話を聞いていたが。
その時……
周りの生徒達が後ろに下がり……
彼女の周りがザザザーっとあけられた。
レティは制服のスカートの裾を持ち、皆に頭を下げて丁寧にお辞儀をした。
こうして……
この事件の捜査は終わった。
いや、無理矢理終わらせた。
激しい脅しと……
少しの謎を残しながら。
勿論卒業までの間。
学園の警備の強化と、レティに護衛が就けられた事は言うまでも無い。
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