第444話 騎士として医師として

 



 生徒会行事の缶けり大会が終わった後にそれは起きた。


 生徒会の後片付けの手伝いをしていたレティは、備品を生徒会室に運び終わり、帰宅する為に生徒会のメンバー達と一緒に歩いていた。


 生徒会室は2階。

 丁度帰宅する他の生徒達とも交ざり、皆で会話を交わしながら廊下を歩いて行く。


「 生徒会のメンバー、お疲れ様~ 」

「 楽しかったよ~ 」

 そんな労いの言葉を貰いながら皆は楽しげに歩いて行く。


 レティは生徒会のメンバーでは無い事から遠慮をして、皆とは距離を取って少し遅れて歩いていた。


 階段に差し掛かったその時に……

 後ろからドンと強く押された。


 当たったのでは無い。

 明らかに誰かの手で背中を押されたのだ。



「 ワタクシノオウジサマナノニ 」


 雑踏の中では小さくて聞き取れない様な声だったが、レティは以前にこの言葉を書いた手紙を貰っていたからか、不思議とハッキリと耳に残った。


 ああ……

 こんな事をしてしまう程に私は憎まれているのか……



 そう思った瞬間に誰かが両手を広げて落ちて来るレティを受け止め、そのまま階段の踊り場にドサリと倒れた。


「 つっ……… 」

 柔らかなクッションに……

 慌てて身体を起こすとレティの下にはケインがいた。


「 !?………ケイン君!!! 」


 大勢の生徒達が騒ぐ中で、階段上を見ればスッと逃げる犯人らしき後ろ姿があった。

 今追い掛ければ捕まえられる!


 騎士ならば……

 ケイン君を皆に頼んで追い掛けるべきである。

 卑劣な真似をする犯人を捕らえる事が先。


 ここで逃がしたら……

 もう絶対に捕らえられないかも知れない。



 だけど……

 私は医者。


 目の前にいる負傷者を診る事が使命。

 それも……

 自分を受け止め様として下敷きになったのだから。


 迷う必要は無い!

 


「 ケイン君! 私の声が聞こえる? 」

 レティは目を固く瞑っているケインの頬を軽く叩いた。


「 ………リティエラ……くん…… 」

 ケインが目を開けるとおもむろにレティの頬に手を伸ばして来た。


「 君は……無事か? 」

 ケインの手がレティの頬に触れた。


「 無事よ……ケイン君が……私の下敷きになってくれたから……有り難う 」

 レティは込み上げてくる涙を我慢した。

 ここで泣いたら医師として失格。


「 良かった……君を守れて…… 」

 そう言うとケインはレティの頬から手を離し、苦しそうに顔を歪めた。



 周りにいた生徒達が先生を呼びに行き、駆け付けて来た先生達にケインを保健室に運ぶ様に指示をして、レティも保健室に移動をしてケインに応急措置をした。


 レティが床に落下すると同時に手を付いて、ケインに体重を掛けない様にした事もあり、頭を強く打ち付ける事も無く背中を強打したものの骨にも異常は無かった。



 ケインはこの春から騎士養成所に入所する。

 骨をやっちゃってたらと思うと……


「 良かった…… 」


 レティは落下した時に手を付いた事で手首を捻挫したが、ケインが受け止めてくれたお陰で九死に一生を得た。


 騎士クラブで体術の受け身を習っている2人だからこそ、こんな軽症で済んだのだろう。

 レティが皆よりも遅れて歩いており、他の生徒達が巻き添えを食わなかった事も幸いした。


 ケインは背中を強く打ち付けている事から、念の為に皇宮病院に運んで貰い彼はそのまま入院をする事になった。




「 リティエラ君? 君は怪我はしなかったのか? 」

「 手を……今になって痛くなって来たわ…… 」

「 君らしいね 」

 ユーリと笑い合いながら、医師の先輩であるユーリに手当てをして貰った。



 その時、アルベルトが治療室に飛び込んで来た。


「 レティ……大丈夫か!? 」

 余程慌てて走って来たのか、珍しくゼエゼエと肩で息をしている。

 レティが階段から落ちて皇宮病院に運ばれたと聞いたのだ。


 ユーリと笑い合っているレティを見て……

 取り敢えずホッとした。


 良かった……

 笑ってる。


 ユーリはレティに薬を処方する為に治療室から退室した。

 アルベルトに後はお願いしますと頭を下げて。



「 怪我は…… 」

 ……と、言い掛けてアルベルトは手首に包帯を巻かれているレティを見て青ざめた。


「 大丈夫よ。軽く捻挫をしただけだから 」

 レティはアルベルトに説明をした。

 階段を下りていたら誰かから背中を押されて落ちたのだと。


「 ケイン君が……私を……私の下敷きになって…… 」

「 そうか……ケインに礼を言わなきゃな 」

 アルベルトは泣きそうなレティの頬に手を伸ばした。


 ケインは約束通りにレティを守ってくれた。


「 ケインの怪我はどうなのか? 」

 レティはケインの状態をアルベルトに伝えると……

 涙がポロポロと溢れた。


 ずっと医師として我慢して来たが……

 自分を助ける為にケインが怪我をした事を思うと、いたたまれなかった。


 アルベルトの顔を見て安心したのだろう。

 ケイン君がケイン君がと言いながら……

 涙が止まらなかった。


「 うん、先ずは2人ともおお事にならないで良かった 」

 アルベルトにそっと抱き締められ優しく背中を撫でられると次第に心が落ち着いていった。



「 ………階段から突き落とされた時に…… 」

 アルベルトの腕の中でレティは静かに自分の想いを話し出した。


「 落ちて直ぐに犯人を追い掛ければ捕まえる事が出来たと思う 」

「 うん…… 」

 アルベルトはレティの頭や頬を優しく撫でながら、レティの話に耳を傾ける。


「 ケイン君を……周りにいる生徒達に頼んで犯人を追い掛けるべきだった……騎士としてなら……だけど出来なかった。何故なら私は医師だから 」

 そう言って話すことを止めた。

 唇を噛みしめながら……

 辛そうで切ない様な複雑な表情をしている。



 暫く黙って、アルベルトから頭を撫でられるままに再び口を開く。


「 私は……もう騎士では無いんだわ 」

 レティは誇り高き騎士。

 犯人を捕らえに行かなかった事を悔いている。


 被害者を救出する事は何よりも大切な事。

 だけど……

 犯人が凶悪犯なら捕らえる時に捕らえないと、次にまた大罪を犯して新たな被害者が出るかも知れないのだ。


 被害者の無事を確認したら、周りの者に救助を依頼して犯人を追う事が騎士として成すべき事。



「 私が炎の魔力使いに攻撃された時……グレイ班長は炎の魔力使いを捕らえに行ったわ 」

 グレイはレティの師匠。

 自分自身があんなにも負傷しているのにも関わらず、彼は犯人確保を優先した。

 勿論、レティが無事だった事もあるのだが。



「 レティ…… 」

 アルベルトは何も言葉に出来なかった。


 今も騎士であり続けているレティに……

 今生では騎士では無いのだから仕方が無いとは言えない。


 商人として生きていた人生も、医師として生きていた人生も、騎士として生きていた人生もレティにとっては1本の線。

 そのどれもが志半ばで絶たれたからか……

 余計に求めるものがあるのだろう。


 そして……

 そのどの人生も、皇太子殿下(じぶん)に愛されようとした末に選んだ職業だと言う事が、アルベルトにとっては何よりも愛しい事であった。



「 レティ……僕は医師としての使命を持つ君も、騎士としての矜持を持ってる君も……商人としてのコズルクしたたかな君も……皆大好きだよ 」


 アルベルトは腕の中にいるレティをギュッと抱き締めた。


「 ………有り難う……でも……コズルイとは何よ! 」

 レティはブウっと口を尖らせると、アルベルトはクスクスと笑いながらレティの額に唇を寄せた。



 良かった……

 悪そうな顔をしてる。

 レティが階段から落ちたと聞いた時は本当に心臓が止まるかと思った。


 しかし……

 どうしてこんな事に。

 誰がレティを……




 アルベルトはレティと一緒に入院しているケインの病室を見舞った。


 ベッドに横たわっているケインがアルベルトの訪問に驚いて居住まいを正す。

 アルベルトはそのままで良いと軽く手を上げた。


「 ケイン……先ずは礼を言う。彼女を守ってくれて有り難う 」

「 殿下…… 」



 あの日アルベルトと交わした約束が実を結んだ。


 皇太子殿下の大切な人……

 私が貴女を守ります。



 ケインは清々しい思いだった。

 そして……

 新たに自分に約束をした。


 これからも……

 殿下の大切な人を守ります。


 そう思いながら病室から手を繋いで去っていく2人の後ろ姿を見つめた。

 もう、何度この光景を見て来たのだろうか。


 ケインは……

 誰よりもレティの側にいた4年間を……

 そっと胸に抱き締めたのだった。




 皇太子殿下の婚約者への傷害事件は学園から手を離れ、政府が捜査をする事になった。








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