第443話 ワタクシノオウジサマナノニ
レティの学園生活も後僅かになった。
クラスメート達と……
クラブのメンバーや後輩達と過ごす残りの学園生活は、レティだけで無くどの生徒達にとっても貴重な時間に違いない。
特に4年間も同じ顔触れで過ごしたクラスメート達とは4年生ならば誰もが特別な絆を感じて、時間を惜しむようにして過ごしていた。
そんなある日……
レティの机の引き出しに一通の封筒が入っていた。
「 ? 差出人は……無いわ…… 」
また……
アル絡みかしら?
封筒から取り出した1枚の便箋を広げると……
『 ワタシノオウジサマナノニ 』
やっぱり……
舞踏会で派手にアルとキスをしちゃったからだわ。
そりゃあそうだ。
大好きな皇子様と他の女のラブシーンなんか見たくは無いわよね。
いくらあの噂を払拭させる為だったとしても……
あれはちょっとやるべきでは無かったわ。
レティは自分の唇を押さえた。
以前にも派手なラブシーンを2人でやった事がある。
婚約式の時だ。
しかし……
あの時は婚約式に参列した高位貴族や要人達がいただけで、今回の新年祝賀行事の舞踏会の会場には、沢山の学園の生徒達もいたのだった。
はぁ……
誰かから聞くのと、実際に自分の目で見るのとは大違いよね。
乙女達のショック度はどれ程のものなのか……
レティは溜め息をついた。
レティの婚約者は帝国の皇太子殿下。
彼は世界一と言われる程の美丈夫で、帝国の全女性の大事な皇子様なのである。
皇子様がレティに想いを寄せていると言う噂が学園中に広まると……
レティは小さな嫌がらせを受けていた。
こんな批判的な手紙は何通も貰ったし、鞄や物を隠されたりもした。
時が過ぎると治まってはいたが……
皇子様絡みで何かある度に、こんな風に嫌がらせの手紙を貰ったりしているのだった。
全ての人に祝福されるのはあり得ないと言う事は分かっている。
人の想いは各々なのだから。
あながち……
最後だからとアルベルトにハグを求めたり、ダンスを踊って貰って自分の想いにケリを付けれる女性(ひと)はまだ良い方なのかも知れないとレティは思うのであった。
だから……
建国祭の時の、オルレアン国の王女のハグの要請もある意味理解が出来る事で。
自分の婚約者であるアルベルトがそれをするかしないかはまた別の話だが……
皆がこんな事を言い出したらアルはどうするんだろうと思うと少し笑えてしまう。
勿論、手紙はスルー。
この手紙を書く事で、どうにもならない想いが少しでも整理されるのならば、それはそれで良いことだと思う事にしている。
この誰かみたいに……
皇太子殿下に恋い焦がれていただけの……
切ない片想いをしてるだけの自分も確かにいたのだから。
それでも思う。
私が王女だったら……
勿論、苛めや嫌がらせなんか無いんだろうなと。
私は……
ただの貴族だからね。
レティは便箋を封筒に戻して鞄の中に入れた。
***
それは缶けり大会の日に起こった。
生徒会主催の缶けり大会は……
当時の会長だったアルベルトが、ただただレティと手を繋いで参加したいだけのルールを作った。
参加資格は男女のカップル限定で、競技中はずっと手を繋いでいなければならないと言うルール。
鬼であろうと無かろうと、男女のペアが手を繋ぐ事がルール。
とんでもない競技だったが……
この大会でカップルになり、そのまま婚約や結婚をする生徒達が増えた事から、今では恋の切っ掛けゲームの様になっていて結構重要視されている。
皇太子としては国の繁栄の元となる結婚の推奨に一役買ったと言えよう。
婚約者のいるレティは勿論見学。
婚約者以外の男と手を繋いで競技するなどこの時代ではあり得ないのだ。
つまんないが……
仕方無い。
昨年に婚約者が卒業したマリアンナやユリベラと一緒に応援だ。
缶けり大会の始まりの缶を蹴る始球式の様なセレモニーは、レティが手を挙げて自ら志願した。
シュパパパと走りスコーンと缶を蹴れば、高く遠くに飛んで行った。
足を肩幅に開き腰に手をやり、オーホホホとお決まりの悪役令嬢のポーズをしながらどうだとばかりに偉そうにしている。
ワーーっと歓声が上がり、鬼役の生徒が缶を拾いに行っている間に鬼じゃ無い方はチリジリに逃げていく。
男女のペア達が手を繋いで走って行った。
「 リティエラ君……缶を飛ばし過ぎです! 」
缶を拾いに行った鬼ペア達が、ブウブウ言っているとケインがケラケラと笑う。
オーホホホ……
「 わたくしは缶を蹴るのが得意なのですわ! 」
オーホホホ。
もう自分の役目は終わったが……
暇だからまだ悪役令嬢をやっている。
はぁ……
つまんないわ。
レティは昨年も見学だった。
アルベルトからのダメ出しがあった事もあって。
「 こんなルールは改定すべきよ 」
「 まあ……お相手がいない者はつまらないけど、皆は結構この催しを喜んでいるよ 」
ケインがレティの横に座って来た。
イケメンのケインは沢山の女生徒達からペアになって欲しいと申し込まれていたが、生徒会会長だからと全ての申し込みを断ったのだった。
一昨年の生徒会会長は……
同じ生徒会メンバーの書記兼会計兼雑用係と、堂々とペアになり出場をしていたが。
ケインはレティが入学してからずっと一緒にいる男友達。
クラスは4年間同じだが、語学クラブも騎士クラブも同じで、2年生の時のローランド国への留学も彼は一緒だった。
学園生活で誰よりもレティの側にいるのがケイン・ラ・モニエール。
彼は伯爵令息だ。
ケインは……
入学式の日にレティに一目惚れをした。
それはレティが3度目のループをして来た時。
新入生への祝辞の挨拶をする壇上にいる皇太子殿下を、一心に見つめるレティに目が釘付けになった。
そして……
クラスに入って来たレティに完全に恋に落ちた。
ガラッと扉を開けて教室に入って来た小さな美しい少女。
長い亜麻色の髪はサラサラと揺れ、憂いを持ったピンクバイオレットの瞳の彼女は何処か思い詰めていて……
始終俯いていた彼女は……
まるで大人の女性の様な雰囲気を醸し出していた。
この日。
入学式に「 行って来ます 」と言って公爵家を出たレティと、「 ただいま 」と言って帰宅して来たレティが、別人の様になっていた事はウォリウォール家の家人達が今でも不思議に思っている事であった。
リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢はこのシルフィード帝国の最高位の貴族令嬢である。
『 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花 』
こんなことわざが当てはまる様な、気品の溢れた透明感のある令嬢だった。
まさか……
ドロップキックを食らわせたり、他国の王太子と決闘をしたり、缶を蹴るのが得意なお転婆令嬢だとは当時は思わなかった。
クラスの男共は勿論、他クラスや他の学年からも休憩時間や学食の間も彼女を見に来ていた。
見た目とギャップのある公爵令嬢らしくない気安さ。
屈託の無い笑顔に、時折覗かせる大人っぽい雰囲気の彼女に男子生徒達はメロメロだった。
そして彼女の人気を不動にしたのは……
学食で、庶民棟の新入生の女子を苛めている上級生達にたった1人で立ち向かい、具の根も出ない程にやり込めた時だった。
高嶺の花である彼女を皆が謙遜し合っている隙に……
何と……
我が国の皇太子殿下が彼女を狙っていると言う噂が流れた。
「 まさか…… 」
だけど……
皇太子殿下と彼女の兄は幼馴染みの親友。
親しく無い訳が無い。
「 皇太子殿下は本気で公爵令嬢に想いを寄せている 」
そんな噂が流れると……
男子生徒達は彼女を諦めた。
『 皇子様と公爵令嬢の恋 』
この最強な2人に横恋慕なんか出来る筈が無いのだから。
何よりも……
彼女といる時の殿下は周りを気にする事無く、堂々と好き好きアピールのしまくりで、殿下といる時の彼女は恥ずかしそうにしながらも何時も嬉しそうにしていたのだった。
やがて……
2人は婚約をした。
彼女と一緒に留学していたローランド国に、殿下がお忍びでやって来てそこで彼女にプロポーズをしたと聞いたのは後からの事。
イニエスタ王国の王女との婚姻のニュースが帝国に広まった時はかなり沈んでいた彼女が、急に明るくなったのはそのせいだろう。
ケインは良かったと思いながら……
叶わぬ恋に終止符を打った。
ここにも……
2人の婚約に切ない想いを抱えていた者がいたのだった。
そんな風に何時もレティの横にはケインがいた。
なので……
アルベルトが卒業する時には、ケインと騎士クラブにいる庶民棟の生徒のノアを呼び出して、学園でのレティの警護を頼んだ。
皇太子殿下が自分達に頭を下げた事に彼等は感激して……
レティを命を賭して誠心誠意お守りすると誓ったのだった。
ケインが騎士クラブに入部したのはレティが入部したからで、そもそも騎士になんかなる気は無かった。
ただ……
レティと一緒にいる時間を増やしたい想いがあっただけで。
だけど今では……
本気で騎士団に入団するつもりで、春になれば騎士養成所に入所する予定である。
ノアや他の生徒達と共に。
週に1度弓矢を教えに来てくれる、皇宮騎士団第1部隊班長兼弓騎兵隊隊長のグレイは憧れの存在である。
そんな風に何時も一緒にいるレティとケイン。
缶けり大会も無事に終わり……
レティは生徒会の後片付けを手伝っていた。
自分達が生徒会をしていた時には……
何時も知らない内に準備が出来ていて、知らない内に片付けも終わっていると言う、かなり楽な生徒会の仕事をさせて貰っていた。
皇太子殿下には影がいるのだと確信していた。
その実態は見たことは無いが。
そんな事もあって……
昨年と今年の生徒会の行事の前後には必ず準備や片付けの手伝いをしていたのだった。
2階にある生徒会室に荷物を片付けに行き、生徒会のメンバーで歩いていた。
帰宅する他の生徒達との集団と交じりながら言葉を交わしたりして……
「 生徒会のメンバー、お疲れ様~ 」
「 楽しかったよ~ 」
そんな言葉を掛け合いながら皆が階段に差し掛かった。
その時……
レティはドンと強く押された。
「 !? 」
階段から落ちる瞬間にレティはある言葉をハッキリと聞いた。
「 ワタクシノオウジサマナノニ 」
ああ……
こんな事をしてしまう程に私は憎まれているのか……
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