第442話 ルージュ

 



 年が明けた。

 また新たな1年が始まる。



 皇宮では新年早々に新年祝賀行事がある。

 正装をした高位貴族達が皇宮の謁見の間で皇族の3人に新年の挨拶をする。


 その後は皇族の3人でバルコニーで帝国民に姿を見せて新年を祝い、宮中晩餐会、舞踏会へと続く。


 レティが参加するのは今回で3度目。




「 帝国貴族序列第1位のウォリウォール公爵家の皆様ご入場下さい 」

 扉の取っ手を持つスタッフがアナウンスして、扉を大きく開いた。


 中には、警護をする為に騎士の正装をした騎士達がズラリと並んでいる。

 皇帝陛下と皇后陛下の警護は皇宮騎士団特別部隊が担うので、ここには第1部隊所属のグレイ達はいない。



 3段の階段がある上段の間に座る皇族の3人の前まで進むと、ルーカスとラウルが胸に手を当て頭を下げて、ローズとレティがカーテシーをした。


 この距離がシルフィード帝国最高位の貴族であるウォリウォール公爵との皇族との距離。

 皇族と貴族の違い。

 帝国民の全てが忠誠を誓う存在が彼等であった。



 あそこに自分が座るのかと想像するが……

 どう考えても想像が出来ない。


 この3人は生まれながらの皇子と王女。

 そのカリスマ性は半端ない。


 今、彼等に忠誠を誓っている私に帝国民は忠誠を誓ってくれる?

 無理でしょ?

 私は忠誠を誓う立場であって誓われる立場では無いのよ。



「 レティ! 下がるぞ! 」

 レティはラウルに腕を取られて引き摺られる様にして謁見の間を後にした。

 まだ眉間にシワを寄せて何かを考えている。



「 レティちゃん……眉間にシワを寄せてましたね? 」

「 アル? また何かしでかしたのか? 」

 退室していくウォリウォール家の後ろ姿を見ながら、離れた椅子から両陛下がアルベルトの顔を覗き込む様にしている。


「 皇太子がこれ程までに節操が無いとは…… 」

 またもや女性関係でレティちゃんを怒らせたと言う程で、2人で恐ろしく冷たい視線を送って来る。



「 変な憶測は止めて下さい! 私達の関係は良好です 」

 良好だよな?

 昨日は忙しくて会いに行けなかったが……

 一昨日は昨年の最後の変装街中デートをした。


 新しくオープンしたばかりのスイーツ店にも行って楽しんだんだぞ。

 2軒もスイーツ店を梯子したのには参ったが。

 彼女の甘い物好きには畏れ入る。

 流石に大食い大会で優勝した猛者。



 それよりも……

 俺の正装姿を見ても反応しないなんて……


 レティはアルベルトの正装姿が大好物。

 アルベルトもそれを知っているから、あのキラキラしたピンクバイオレットの瞳でうっとりと見つめてくれるのを期待していたのだった。




 その後の……

 バルコニーに立って民衆達の前で手を振る3人の姿を、貴族席から見つめながらもレティは眉間にシワを寄せていた。



「 こら! 眉間にシワを寄せて何を考えていたんだ? 」

 アルベルトはレティの眉間を指先でチョンチョンとつついた。


「 皇族とわたくしとの距離について考えたのよ 」

「 はぁ? 何だそれは? 」


 一連の行事が終わり、アルベルトは公爵家の控室に来ていた。

 皆で休憩中。



 貴族令嬢であるレティが皇族に嫁ぐ事に不安が無い筈がない。

 その不安を1つ1つを丁寧に取り除いてあげる事はアルベルトの努め。


「 レティは僕を好き? 」

「 ……?………好きよ 」

「 だったら距離なんて無いんだよ 」

 僕を好きでいてくれたらそれで良いと言いながら、レティの亜麻色のサラサラしたストレートの髪を1房掬い取り、唇を寄せる。


「 君は僕達の結婚に何の支障も無い公爵令嬢なんだから 」

 そう、2人の結婚は、帝国の皇太子と帝国の最高位貴族である公爵令嬢の結婚。

 どうかそこに自信を持って欲しい。



 それでもレティが不安に思う気持ちはアルベルトも理解していた。


 レティがループして来た今までがそうさせるのだろう。

 その時のアルベルトはイニエスタ王国の王女と婚約をした。

 勿論、それはレティの記憶の中での事で、今生でのアルベルトはそんな事は知らない事だが。



「 うぇ~! 俺はレティに忠誠を誓わなければならなくなるのか? 」

 ラウルがサンドイッチを食べながらソファーの上で仰け反った。

 好物のカツサンドでは無いので少々ガッカリしているが。



「 !? そうよ! お兄様はわたくしにひれ伏す事になりますわね! 」

 待ってましたとばかりに悪い顔をする。

 さっきまでの苦悩は何処へいったのか今やすっかり悪役令嬢だ。

 手を腰にやってオーホホホとやっている。



「 何処の皇太子妃が悪役令嬢なんだよ? 」

「 悪役令嬢で魔性の女が皇太子妃になっても良いじゃない! 」

「 魔性の女!? 」

 レティが魔性の女だと聞けば腹を抱えて笑い転げるラウル。


「 お兄様!覚えてらっしゃい! 皇太子妃になったら絶対に罰を与えてやるわ! 」

 レティがフンムと怒っている。

 何気に『魔性の女』と呼ばれる事が気に入っている事もあり、笑われると物凄くムカつく。



「 あなた……皇太子妃と言う名称をこんなに軽く語って良いものなの?」

 部屋の隅で暖かいミルクティーを飲みながら、ローズのこめかみの青筋がピクピクとしている。

 今はアルベルトがいるから大っぴらに叱り飛ばせ無いが。


「 ………殿下が良いなら良いさ 」

 ルーカスは飲んでいた珈琲のカップをソーサーに置いてアルベルトを見た。


 ほら、あんなにも嬉しそうにレティを見ておられる。

 殿下には殿下の御代がある。


 ルーカスはレティの事はアルベルトに丸投げをしている。

 ラウルの事はとっくの昔に丸投げをしているが。





 ***




 宮中晩餐会が終わると華やかな舞踏会が開催される。

 宮殿で1番広い大ホールで。


 壁には花の形に装飾された魔道具である灯りが飾られ、天井には小さなシャンデリアがいくつもあり、ホールの真ん中には大シャンデリアがキラキラと輝きを放ち、会場を一段と華やかにしている。


 何時もの様に両陛下のファーストダンスが終わると、若き皇太子とその婚約者によるダンスの期待に、会場のボルテージが徐々に高くなっていく。


 そして……

 ダンスはやはり会場が盛り上がるアップテンポのダンスを選んだ。


 ホール中を駆け巡る様にステップを踏むダンスは、見てる分には楽しいが中々見られないダンス。

 皆も、2人が踊るこのダンスを見るのを楽しみにしていた。



 2人がホールの真ん中に立ち、アルベルトは手を胸に当ててお辞儀をして、レティはドレスの裾を持ち軽く膝を曲げて挨拶をする。


 宮廷楽団の演奏始まると……

 アルベルトはレティの手を取り腰をグッと引き寄せた。

 軽やかなステップで踊り出す2人。

 アルベルトの巧みなリードでそれはそれは楽しそうに弾みながら。



 手拍子と声援が惜しみ無く2人に注がれ、大歓声の中で2人のダンスが終わる。


 息も乱れていないアルベルトに、ハアハアと肩で息をしながらレティはカーテシーをした。

 何時も訓練をしているレティでさえもこの有り様なのだから、このダンスを踊れる淑女なんているだろうか?

 ……と、思う程に激しいダンスだ。



「 今回は足を踏まなかったわよね! 」

「 ああ、上手に踊れてたよ 」

 壁際に下がり、スタッフから貰ったドリンクをレティに渡しながらアルベルトはクスリと笑う。

 満足そうにコクコクとオレンジジュースを飲むレティを見つめながら。



 昨年の建国祭の時の舞踏会ではレティは拗らせていた。

 お喋りなメイド達から、1年前のあの事件のあった日にアルベルトとイニエスタ王国の王女がキスをしていたと聞かされたからで。

 それにショックを受けて上手く踊れなかったのだ。

 ゴンゾーに熱心にダンスを習い、あんなにも舞踏会で踊る事を楽しみにしていたのに。



「 レティ? 後でもう一曲僕と踊ってくれる? 」

 ええ! 私……あの曲が良いわと目をキラキラとさせるレティの手を掬い取って、その指先にアルベルトはそっと唇を寄せた。


 良かった。

 もう引き摺って無い様だ。



 ホールには、デビュタントの令嬢や成人したばかりの令息や色んなカップル達が楽しそうに踊る姿があった。


 若者達が好む軽快な音楽が次々と演奏され、それが終わるとスローテンポなワルツが演奏される。

 すると、あちこちから熟年カップルがホールに出て来た。



「 あっ! お父様とお母様が踊るわ! 」

 見ればルーカスとローズがホールで向かい合って踊り出した。


 とても息のあったダンス。

 何かを囁き合いながら楽しそうに……

 もう幾度も2人で踊って来たのだろう。


「 きっと……両陛下も……お父様もお母様も……2人だけの物語があるのよね 」


 嬉しい事も、楽しい事も……

 辛い事も、悲しい事も……

 2人で乗り越えて来たんだわ。


 繋いでいるアルベルトの手をギュッと握りながら見上げるとアルベルトが見下ろして来た。

 綺麗なアイスブルーの瞳に自分の姿が映り、胸がドクンと大きく鳴る。


 そう言えば……

 アルの正装姿を鑑賞しなかったわ。

 凄く惜しい事をしたわね……残念。



「 次……僕たちも踊ろうか…… 」

「 うん! 踊りたい 」


 アルベルトが手を軽く上げるとスタッフがやって来て、ヒソヒソと何かを伝えると、スタッフは宮廷楽士の所へ行き何やら耳打ちをした。


 2人がホールに出ると自然とホールの中央の場所が開けられる。


 アルベルトが右手を後ろにやり左手を前に差し出すと、レティはその手の上にそっと右手を乗せて腰を軽く落とし軽く挨拶をした。



 先程告げたリクエストした曲が演奏されると……


 アルベルトが自分の手に乗せられたレティの手を引き寄せて、後ろに回していた右手をレティの腰に回して、自分に密着する様に抱き寄せステップを踏み出した。


 レティのドレスがサラサラと広がり、流れる様なダンスが始まった。


 新年の門出を祝う舞踏会らしく、2人はブルーと赤とをコーディネートしたお揃いの衣装。

 レティはゴンゾーに本格的にダンスを習っている事で、見違える様に上手く踊れる様になっていた。



「 君が魔性の女って言うのは本当かもね 」

「 魔性の女って言われるのはね……ちょっと気に入っているの 」


 気に入っているのか?

 アルベルトは少し吹いた。


「 でもね、辞書に書いてある様な……無意識に男性を魅了する女性とは全然違うわね 」

 残念だけどと言いながらクルリとターンをしたレティがクスクスと笑う。


 アルベルトはレティの耳元に顔を近付けて……

「 君は間違いなく魔性の女だよ。僕は君に魅了されてメロメロなんだから 」

 そう甘く囁いてレティの耳に唇を寄せる。


「 ☆*#○☆※# 」

 何をするのよと、真っ赤になって涙目で睨むその顔が可愛くて可愛くて……

 更にチュッとレティのおでこにもキスをする。


 周りはそんな熱い2人にキャアキャアとピンクの声をあげる。


 いつの間にか……

 大ホールでは2人だけが踊っていた。

 皆が見とれていた。

 自国の若き皇太子と婚約者のダンスに。



 音楽が鳴り終わり蕩けるような2人のダンスが終わる。

 盛大な拍手を受けながら……

 レティは皇太子殿下に忠誠を誓う見事なカーテシーを披露した。


 アルベルトが手を伸ばしてレティの手を取ると……

 彼はグイッとレティを引き寄せた。


「 !? キャッ! 」

 逞しい胸に引き寄せられたレティの腰に手を回して、その綺麗なアイスブルーの瞳がレティを熱く見つめる。


「 レティ……ここでキスをしよう 」

「 !? 」

 レティはこれでもかと言う位に目を大きく見開いた。


「 アル…… 」

 本当に愛し合っている2人がキスをするとどうなるのかをアルベルトは周りの人達に見せようとしていた。


 この大シャンデリアの真下で。



 直ぐにレティはアルベルトが何をしたいのかを理解した。

 一昨年の建国祭の時に、アルベルトがイニエスタ王国の王女とキスをしたと言う間違った噂話を払拭する為だと。


 コクリと小さく頷いて……

 アルベルトの首に手を回し、背伸びをして唇にキスをした。

 背の高いアルベルトは腰を少し折りレティの背に合わせる様にして。


 ちょっと長めのキス。

 レティから貰えるキスは何時も短いキスなので、これはかなり嬉しい。



 婚約者の唇が離れると……

 皇子様はそれはそれは蕩ける様な甘い甘い顔をした。


 そして……

 皇子様の唇には婚約者のルージュ。



 キャーーっ!!

 ホールには黄色やピンクの叫び声と大きなどよめきが起きていた。


 皇子様の唇にルージュが着いてる。

「 いや~ん。艶かしいわ~ 」と、皆はキャアキャアと騒いでいる。


 背伸びをした小さな婚約者が……

 腰を折った背の高い皇子様の唇をハンカチでせっせと拭いている姿が微笑ましい。



 これで……

 あの噂が間違いだったと伝われば良いのだが。



 まあ……

 それよりも……

 聞きしに勝るバカップル……いや、ラブラブのカップルだと言う微笑ましい話が皇宮に広まった事は確か。







───────────────



気が付けば……

初投稿してから1年が過ぎておりました。

いつの間にか1話ごとの文字数がかなり増えているのと、初投稿なのにかなりの長編になってしまっている事にちょっと驚いています。


もうすぐ完結する予定です。

(多分春までには……)


長過ぎて……

既に飽き飽きしておられるとは思いますが……_(^^;)ゞ

完走を目指して頑張りますので、最後までお付き合いして頂ければ嬉しいです。


今年も宜しくお願いします。


読んで頂き有り難うございます。





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