第413話 後悔の先にあるもの

 



 アルベルトは、レティにはベテラン女官であるラジーナ女官長と、昨年の温泉地への視察にレティと同行したナニア達を付けていた。

 顔馴染みが良いだろうと。


 護衛にはグレイとサンデイ、ジャクソン、ロン、ケチャップの5人。

 グレイは騎士団の中でも腕が立ち、アルベルトが1番信頼している騎士であり、レティを守るのに相応しい存在。

 今までも何度もレティを守ってくれている事もあって。


 勿論レティとグレイが一緒にいる所は見たくは無い気持ちは変わらないが。


 他の4人もレティの馴染みの4人。

 昨年に一緒に旅をした仲間で、彼女の3度目人生では同僚だった事もある。

 全てはレティの為に配慮していた。





 その日は病院への視察。


 レティの2度目の人生では、新米医師ではあったが、流行り病で事切れるまでの1年と少しの間は、庶民病院で寝る間も惜しんで色んな患者を治療して来た事もあり、新米医師としてはかなりスキルの高い医者だった。


 そしてその時レティがいたのは2年後の医療の世界。



 シルフィード帝国の医師達は、そんなレティの医療を受け入れてくれた。

 受け入れてくれたからこそ今、シルフィードの医療はレティのいた2年後の医療よりも確実に進歩していた。


 実際には、他国であってもローランド国の医師達は受け入れてくれた。


 だから……

 だからミレニアム公国の医師達も当然受け入れてくれると思っていたのだ。

 同じ志を持つ医師ならば国籍が違えども……



 だけど……

 レティは全く相手にされなかった。

 学生のくせに……

 まだ医療の医の字も知らないくせにと。


「 同じ医師としてと言うならば、君の医師としての頭でっかちな医療だけは認めてあげるよ 」

「 よく本を読むだけでそこまで語れるよね。誉めてあげるよ 」

 ハハハハとベテラン医師達は笑った。


 レティにとっては……

 どの人生も自分の歩んで来た一本の線である。

 だけど……

 今の人生では、医師の免許を持っているだけで患者を診て来たとは言えなかった。

 彼等の言う事は最もな事。


 診察も治療もしないこんな学生の少女に、医師の免許を与えたシルフィードの医療界はどうなってるのかと呆れられた事にも納得がいく。




「 リティエラ様……あいつらをぶん殴って来ましょうか? 」

 病院を出たレティにグレイが言った。


 レティは白衣を着ていたが、デカイ顔のリュックを背負っていた。

 その格好からも……

 余計にお子ちゃまが首を突っ込む世界では無いよと言われてしまったのだ。



「 いや、俺がやりまッスよ!俺が殴ってあいつらの骨が折れた所をリティエラ様が治療すれば、あいつらは認めるッスよ 」


 騎士達はレティが立派な医師だと認めていた。

 レティが皇宮病院に医師として来ている時には、騎士達が怪我をしたらちゃんと治療をしてくれるし……


 何よりも同僚である弓騎兵であるゴージュの命を救ったのは、レティの心肺蘇生があったからなのだと。


 この冬にあった北区での火災でも、心肺蘇生をし、火傷や骨折した患者を治癒し、人々の命を救ったのはこの小さな医師なのだから。



「 そんな事をしたらケチャップさんが捕まっちゃいますよ。ここの刑罰はね、極寒日の外に裸で吊るすそうよ 」


「 ええーーっ!? カチンコチンになるじゃん…… 」

 カチンコチンに固まった振りをしたケチャップに皆で笑った。


 レティはミレニアム公国について色々と調べて来ていた。

 刑罰までも。

 だから……

 この国の医療の遅れも知っていたのだが。



 そうだった。

 分かっていたのだ。

 我が国だって……

 レティの話に耳を傾けてくれたのもアルベルト皇太子殿下がいたから。

 ローランド国の医師だって、ウィリアム王子がいたからで。


 この2人が動いたからこそ、シルフィードとローランドの2つの国の医師達が交流出来たのだった。


 ここはミレニアム公国と言う他国。

 宗主国のシルフィード帝国の皇族であったとしても……

 ミレニアムの今の医療体制を変える事など、簡単には出来る筈も無い事であった。




 ***




 この日は午後も病院への視察。


 今度はシルフィードでも手強かった庶民の為の病院だ。

 ここに勤める医師こそ偏見の塊であった。

 2度目の人生でも……

 女性医師と言うだけで、もの凄い差別を受け屈辱的な思いをして来たのだ。


 セクハラ、パワハラは当たり前の世界。

 病院長が欲しがる女医の数が増える筈が無い世界であった。


 この庶民の病院への視察では、レティは白衣を脱いだ。

 医師としてでは無く皇太子殿下の婚約者としての立場から視察をしようと考えて。


 案内人の説明のままに。

 にこやかに視察を終えた。


 いっぱいある改善点には目を瞑り。

 ガーゼの使い回し。

 消毒さえしない医療器具



「 何だぁ? 医師だって聞いてたが……全然駄目じゃん 」

 ガーゼの使い回しにも、医療器具を消毒しない事も気付いていなかったぜ。



「 !? 」

 レティは唇に血が滲む程に唇を噛んだ。


 試されていたのだ。


「 学生が医師免許を持ってるなんて、やっぱりお飾りだったんだなぁ 」

 これみよがしにレティに聞こえる様に言う。


 整列してレティに挨拶をしていた時にニヤニヤしていた意味が分かった。



「 リティエラ様! あいつらなら殴っても良いでしょ? 」

「 班長! 俺が行きますよ! 俺のカチンコチンになった身体を拾って下さいね 」


 今度はロンが殴りに行くと言う。

 すると……

 皆で殴ろうと相談を始めた。


「 リティエラ様! 殿下にカチンコチンの俺達を我が故郷に持って帰って頂ける様にお伝え下さい 」

 そう言って皆でカチンコチンのポーズをして死体を表現して見せた。


 レティは口を押さえてクスクスと笑い、側にいる女官達は大笑いをしていた。


「 まあ!皆で死んでは駄目よ。殿下が悲しみますわ 」

 皆でレティを笑わせ様としてくれている事が嬉しかった。


「 良かった……笑ってくれた…… 」

 グレイが愛おしそうにレティを見つめる。

 レティは今にも泣きそうな顔をしていたのだった。


 手が……

 レティの頬を触ろうとして少し上に上がったが。

 グレイはその手を下ろした。


 俺は……

 何を……

 自分の手をギュッと握りしめたのだった。





 ***




 上手くいかない。


 医師の立場を主張すれば違うと言われ。

 医師を表に出さなければお飾りだと言われる。


 どんな事を言えば良いのか。

 何を言えば正しいのかが分からなくなった。



 公務って何?

 皇太子殿下の婚約者って?

 公爵令嬢らしくって?



『 明後日の夜は晩餐会と舞踏会がある。美味しい料理をいっぱい食べて、僕と踊ろう 』


 病院の視察のあった夜。

 夜中に目が覚めたレティが……

 アルベルトがサイドテーブルに置いていった手紙を何度も読み返していた。


 頑張ろう!

 私なら頑張れる。





 だけど……


 翌日の公務の間中レティは元気が無かった。

 この日は……

 楽しみにしていた商店街への視察。


 時間が経つにつれどんどんと重くなる自責の念。

 後悔が頭の中を支配していく。


 駄目だ!

 こんなんじゃ駄目。


 笑わなきゃ。

 何か素敵な事を言わなきゃ。


 そう思えば思う程に上手く笑えなくなって行った。




 その夜。

 アルベルトはレティの様子が変だったと、ラジーナ女官長から報告を受けた。


「 船で話した時には、魔石の採掘場に行く事の次に楽しみだと言って、反物店や洋服屋に行って買い物が出来たらするんだと張り切っておられましたのに…… 」

 入店しても反物を手に取る事も無かったと言った。


 仕入れだな。

 視察で仕入れをするつもりなのがレティらしいとおかしくなった。




 湯浴みを済ませたアルベルトはコンコンとレティの部屋のドアをノックした。


「 はい 」

「!? 」

 何時もなら返事の無い部屋から可愛らしい声がした。

 逸る気持ちで急いでドアを開けると……


 レティは起きてソファーに座っていた。


 ミレニアム公国に来てから1週間。

 お互いの公務の時間のすれ違いで、立てになっているレティを久し振りに見たなとアルベルトはクスリと笑った。



「 レティ 」

 ちょこんとソファーに座ってこっちを見ているレティを、こんなにも好きだと改めて思う。


「 アル…… 」

 レティの隣に座り、その小さな身体を抱き締めた。


「 随分久し振りだ。僕は毎夜、夜這いに来てたんだよ 」

「 うん……お手紙有り難う 」


「 もっと顔を見せて 」

 アルベルトがレティの頬に両手を添えて、レティを優しく見つめて目を細めた。


「 キスしても? 」

 レティはコクンと頷いた。


 レティの小さな唇に唇を寄せる。

 2人は慈しむ様な優しいキスをした。




 抱き寄せた腕の中でレティが言う。


「 上手くいかないの…… 」

 消え入りそうな声だった。



「 初めての公務だから上手くいかなくても仕方ないよ…… 」

 色んな事に配慮したつもりだったが……

 アルベルトは臍を噛んだ。


 初めての公務。

 生まれた時から皇子で、公務だか何だか分からない世界でずっと生きていた自分でさえも、始めたばかりの公務は上手くいかなかった覚えがある。


 彼女なら難なくこなせると思ってしまって、自分の公務を優先させ過ぎた事に後悔をした。


 アルベルトもまた……

 シルフィードに来たアンソニー王太子と同じ様に、短い期間だからこそ他国を見て、聞いてと貪欲になっていたのだった。



「 駄目よ! うじうじ後悔してるだけじゃ始まらない! 」

「 !? 」

 レティがガッと頭を上げると、レティの頭にチュッチュッとキスをしていたアルベルトの顎にレティの頭が直撃する。


「 レティ……急に……痛いよ…… 」

 涙目のアルベルトに石頭のレティは平気そうだ。


「 今から行くわ! 」

 レティは拳を握り締めて立ち上がった。



「ちょっ……ちょっと待てレティ!? 今は夜だよ? 何処に行くんだ? 」

 片手で顎を擦りながら、もう片方の手でアルベルトはレティの腕を捕まえた。


「 教会! 」

「 何しに? ……それよりも皆はもう寝ているよ 」


「 ………アル……助けて欲しいの 」

 レティはストンとソファーに腰をおろした。



 レティの後悔は2度目に視察に行った教会だった。

 最初の教会への訪問で、失敗したからと次の教会では自重してしまったのだ。


 だけど……

 子供達は最初の教会にいた子供達よりも、若干細身で顔色の悪さが気になった。


 この違和感はレティが医者だから感じた事。

 普通の人なら気付かない程度のもので……


 気のせいならそれで良い。

 間違いなら謝罪をすれば良い。

 でも……

 間違いじゃ無かったら……


 弱き子供達は……

 声もあげれずに傷付けられ、泣いているのだ。


 あの時……

 私は医者じゃ無かった。


 そう言うと……

 レティは涙をポロポロと溢した。



「 分かった……明日僕と一緒に教会に行こう 」

 明日は晩餐会と舞踏会があるから2人共に昼間の予定は入れて無かった。


 レティは嬉しそうに頷いた。



 その夜……

 2人は同じベッドで眠った。



 レティはアルベルトの腕の中で沢山の話をした。


「 医師達にそんな事を言われて腹が立たなかったの? 」


 医師達のセクハラやパワハラには慣れていた。

 患者だってそうだ。

「 2度目の人生ではね、診察をするから上着を脱ぐ様に言ったら、パンツまで脱いで私に○○を見せて喜んでいたんだから 」



「 !? 」

 聞き間違えじゃ無いよな?

 今……○○って言ったよな。


 レティがどんな顔をして○○を言ったのかは、アルベルトの胸に顔を埋めているので分からなかったが。


 そうなのだ。

 レティは医者。

 男の裸体などは平気な筈。


 何だか青ざめるアルベルトであった。



 そんな医者であるレティだが……

 昨年の旅のホテルで、風呂上がりのアルベルトの裸を見た時に、パニックになり真っ赤になって逃げた事がある。


 好きな男性(ひと)の裸と、そこらのセクハラジジイの汚い弛んだ裸とは違うのは当然で。



 あの可愛らしい顔で……

 あの可愛らしい口から○○発言。

 アルベルトのショックは大きかった。



 そんな楽しい2人の夜は……

 瞬く間に更けて行った。








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