第412話 手紙
翌日から各々の本格的な公務が始まった。
時間は限られているので精力的に皆が動く。
アルベルトやラウル達は大臣達との会談。
アルベルトだけでなく、まだ文官として働き始めたばかりであるラウル、エドガー、レオナルド達も、将来は国を担う者としての第一歩を歩み出した。
レティは町への視察を希望した。
3ヶ月の冬籠もりの間は、女性達は機を織るのだと自前の勉強で知って興味が湧いた事から。
とある民家への訪問に。
ミレニアムの平民達の家も雪に備えてるからか、頑丈な建物である。
どの家にも貯蔵庫があり、3ヶ月間の家籠りに備える為にと。
そして……
機織機もどの家にもあるらしい。
その3ヶ月の間に織って春になると出来上がった反物を売るのだと言う。
平民達の大切な収入源である。
レティはジャック・ハルビンから仕入れている絹が気に入っている。
あの手触り、光沢。
ドレスにしたらそれはそれは美しいのである。
しかし……
高価過ぎて大量には仕入れられない事が悩みであった。
何とか自国で生産出来ないものかと考え、調べていた。
絹は虫からできる産物。
虫が作った繭から糸を抽出するのである。
サハルーン帝国ではそれが特産物になっている。
シルフィードでも、虫を育て、糸を紡ぎ、染織まで出来ないものかと。
「 木綿は何処から輸入されていますか? 」
こんな寒さの厳しいミレニアム公国では無いのは確か。
こんな可愛らしい令嬢の口から出る言葉とは思え無くて案内する者達は驚いた。
「 綿花はシルフィードの……貴女様のウォリウォール領地から輸入しているのですよ 」
「 !? うちから? 」
農作物の他に綿も栽培していたのかと驚く。
ウォリウォール領地から綿花を輸入して、ここで紡いで染織して反物にしてまたシルフィードに輸出しているのだと。
なる程……
そんな流れがあったのか……
ならば、何故全部をうちでしないのかと。
その答えは政治的な事で、自国の利益のみを考えるのでは無く他国との共存を図る為だと、後からアルベルトから聞く事になる。
ミレニアム公国の他の属国であるルノール王国やザンガ王国にもこの方法を取っていると。
でも……
絹は別よね。
まだ近隣諸国ではどの国も手を付けていないのだから。
レティの夢は膨らむ。
また……
ループしてあの日に戻ったとしても。
人は夢を持たないと生きてはいけない。
例えばそれが小さな夢だとしても。
レティの様な大きな夢なら尚更だ。
家の人に機織機を動かして貰うと、トントン、ガシャンと好ましい音が鳴る。
何時も自分が仕入れている反物はこんな風にして出来るのかと。
「 そんなに嬉しそうに見学して下さるお方は初めてですよ 」
「 優しい音ですね。何時までもここにいたい気分ですわ 」
レティの優しい笑顔は皆を幸せにした。
***
アルベルトが夜遅く続き部屋のドアを開ける。
今夜は皆で要人達と飲みに行っていたので、かなり遅くの帰宅だった。
部屋は暗く静かで。
スヤスヤと規則正しい寝息が聞こえる。
「 寝ているよな…… 」
昨夜は船旅の疲れもあり……
お休みのキスをしようとレティの部屋に入ったら、既に寝ていた事もあり、今夜は起きているかと思っていたが。
初めての公務はやはりレティでも緊張していた様だ。
ベッドの脇に座り、レティの顔を覗くとスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。
可愛いおでこに優しくキスをする。
「 お休み……僕のレティ…… 」
アルベルトが部屋に戻ると……
ベッドの横のサイドテーブルの上に何か置かれてあるのを見た。
ん?
見れば白い封筒だった。
手に取って見ると……
「 !? 手紙? 誰から? 」
手紙はレティからだった。
今日あった事や思った事を書いてあった。
手紙の最後に……
『 初めての公務が終わりました。緊張しましたが楽しく出来ました。 アルベルト様へ愛を込めて。 リティエラより 』
可愛い……
アルベルトは直ぐに返事を書いて、レティのベッド横のサイドテーブルに置いた。
スヤスヤと眠るレティのおでこにもう一度キスをして。
アルベルトは翌日は遠方の視察だった事から、ラウル達と早朝に大公邸を出ていた。
「 あっ!? アルからの手紙がある…… 」
昨夜にここに来たんだわ。
起こしてくれれば良かったのに。
レティはアルベルトからの手紙の封を開けた。
『 1人での公務お疲れ様。レティはレティらしくしてれば大丈夫だから、頑張れ! 私の愛するレティへ。 アルベルトより 』
「 本当綺麗な字……皇子様は字まで完璧なのよね 」
アルベルトは字も達筆だった。
昨夜の手紙に返事を貰えるとは思っていなかったので、何だかくすぐったい。
アルベルトに手紙を書いた事も、手紙を貰った事も初めての事。
レティは嬉しそうに手紙を胸に抱き締めていた。
よし!
頑張ろう!
レティのこの日の公務は教会への視察。
シルフィード帝国でも教会への慰問は皇后陛下の公務である。
シルビア皇后は皇太子妃時代から続けている。
レティの母親達貴族の夫人達が刺繍をしたハンカチやテーブルクロスなどは、慈善事業の一環として教会に提供して、月に1度開かれるバザーで売り、その売り上げ金は全て教会へ寄付される。
レティも……
ローズに促されるままに刺繍を頑張ってはいるが……
刺繍の苦手なレティの作品はとてもじゃないが売り物にはならなくて。
アルベルトのみが大絶賛していると言う。
レティがくれる物は何でも愛おしいのだ。
「 うん。ここの子供達の栄養状態は悪く無いわね 」
しかし……
皇后陛下や一般の貴族達の慰問とレティの教会への慰問は目的が違った。
挨拶もそこそこに……
レティは子供達の1人1人の診察をした。
彼女は医師なのだ。
しかし……
その行為に教会の牧師やシスター達は不快感を示した。
レティは子供達の部屋、台所にまで入って行き、ちゃんと機能しているのかのチェックをした。
「 素晴らし…… 」
理想的な教会だと言おとした時に……
「 まるで、私達が子供達を虐待しているみたいじゃないですか! 」
「 我々の事を見もしないで……非情に不愉快だ! 」
「 あの………いえ……決してそんなつもりじゃ…… 」
謝罪をしたが……
「 もう、お引き取り下さい! 」
レティはけんもほろろに教会から追い出されてしまった。
失敗した。
そりゃあ……
いきなり子供達の診察や部屋なのどのチェックをしたら不快よね。
レティは唇を噛み締めた。
慰問だと思っていた教会側だったが……
レティは視察を……いや、ちゃんと運営出来ているかの調査をした形になってしまった。
これは明らかなレティの失敗。
昨年のボルボン伯爵領の教会があまりにも酷かった事から、ついやらかしてしまったのである。
その夜もレティはアルベルトへ手紙を書いていた。
アルベルトは手紙を手にして、レティの部屋のドアを開けた。
アルベルトの帰宅を待ち構えていたラジーナ女官長から教会での事を報告された。
レティが大層落ち込んでいたと。
ベッドの中を覗くと……
レティはスヤスヤと寝ていた。
もう時計の針は深夜を回っていた。
アルベルトも遠方への公務が盛り沢山だった。
レティの手紙には……
教会の人達を不愉快にさせてしまった事と、反省をしている事と、公務が上手くいかなくて申し訳無かったと、アルベルトへの謝罪の言葉も書いてあった。
『 レティ……連日の公務お疲れ様。君のやりたい様にやって構わない。君なら大丈夫! きっと上手く行くから。頑張れ! 』
そう手紙に書いたアルベルトはレティの頬にキスをした。
アルベルトは皇太子として……
レティは皇太子殿下の婚約者としてミレニアム公国に来ていた。
皇太子には皇太子としての公務があり、婚約者には婚約者としての公務が割り当てられていた。
女官として参加した昨年とは違う。
ましてや今回は他国での公務であった。
「 レティ、疲れて無いか? 」
翌朝、公務に出掛けるレティと偶然出会ったのはラウル。
兄として、妹を心配するのは当然な事で。
「 大丈夫よ! 疲れていても、いっぱい食べて早く寝たら、翌日には回復出来てるわ! 心配しないで 」
レティは笑ってガッツポーズをしてみせた。
「 アルも心配していたぞ 」
「 大丈夫! 立派に公務を遂行しているわ! 」
「 そうか……くれぐれも公爵令嬢として恥ずかしく無いようにしろよ! 」
「 はい……分かってますわ 」
公爵令嬢として。
お父様、お母様に恥じない様に。
大丈夫。私、頑張るから!
レティはこの日も1人で公務に向かった。
***
アルベルトはこの日の公務が終わり、湯浴みも済ませて続き間のドアを開けると……
部屋には灯りが点いていた。
起きている!
明るい部屋にいるであろうレティを逸る心で探すが……
この夜も彼女は天蓋付きのベッドの中で寝ていた。
この日も教会への慰問であった。
この日はそつなくこなしていたとラジーナ女官長から報告があり、レティの手紙にもその様子が書かれていた。
スヤスヤと寝息を立てているレティの手元にはミレニアム公国の医療の資料のページが開いたままだ。
明日は病院への視察へ行くと聞いている。
彼女の本職である。
どんな報告書が上がるが楽しみにしている。
寝る前に読んでいたのだろう。
読んでる内に眠ってしまって、灯りを消さなかった様だ。
レティと話をしたかったアルベルトは少し落胆したが。
彼女の頑張りに胸が熱くなる。
資料を閉じてサイドテーブルに置き、レティを見つめる。
まだ幼さの残るプクっとした頬に手を当てると愛おしさが込み上げて来る。
「 好きだよ……レティ 」
アルベルトはそう呟いてレティの頬に唇を寄せ、サイドテーブルに手紙の返事を置いて、灯りを消して自分の部屋に戻った。
「 あれ? レティは? 」
まだ早い時間。
このまま1人で寝るのには早すぎる。
ラウルの部屋に行くと、エドガー、レオナルドがいて、3人で飲んでいた。
「 寝てた 」
「 えっ!? もう? 」
「 慣れない公務で疲れているんだろう 」
「 そうだ! 今朝、レティと会ったぞ 」
酒のあてである薫製を食べながらラウルが言う。
冬の長いミレニアム公国は薫製製品の種類が多く美味。
「 どんな様子だった? 」
「 疲れているけど、食って寝ると翌日には元気になると言っていたぞ 」
「 そうか……なら良かった 」
レティはミレニアム公国で、視察をしたい所をピックアップして、クラウドに伝えていた。
それをラジーナ女官長が調整して公務を組んでいたのだが。
好奇心旺盛な皇太子殿下の婚約者の視察への要望で、公務の予定がてんこ盛りだった。
「 あいつの好奇心は計り知れないからなぁ 」
「 ミレニアム公国の要人達は喜んでいるみたいだな 」
「 レティは立派な皇太子妃になれるよ 」
どの国の人だって、自分の国にこれだけ興味を持たれて嬉しく無い筈が無い。
アルベルトは3人の言葉に嬉しそうに笑った。
***
翌日の夜……
アルベルトが公務から部屋に戻り、サイドテーブルの上の手紙を読む。
今では部屋に戻って読むレティの手紙が楽しみになっていた。
『 今日は病院に行って来ました。行く道の脇に咲いている花が綺麗でした。それから……』
あれ?
手紙には公務のことは少ししか書かれていなかった。
病院への視察だったのに?
どれだけ詳しく書かれてあるのかと楽しみにしていたが。
明後日には大公邸で晩餐会と舞踏会がある。
やっと2人での公務だ。
アルベルトは寝ているレティの頬にキスをして、手紙の返事を置いて部屋に戻った。
アルベルトが部屋に戻って暫くして……
暗い部屋のベッドの上にレティが座っていた。
ぼんやりと……
手にはアルベルトの手紙を握りしめて。
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