第411話 ミレニアム公国の重大な秘密

 



 シルフィード帝国の船が、ミレニアム公国の港に着岸すると、レティはアルベルトに手を引かれて甲板に並び立った。


 船上から下を見ると、前方には出迎えの貴族達がずらりと並び、後方には騎士達が整列していた。

 その横には何台もの馬車、そして奥にはミレニアムの民衆達が集まっていた。



『 歓迎! アルベルト皇太子殿下&リティエラ様 』

 ……と、書かれた横断幕があちこちに見えた。


 うわ~!?

 私の名前がある。

 有名人になった気分だわ。


 いやいや……

 もうとっくに有名人で。

 今やレティは時の人。

 あの決闘騒ぎは世界中の人々を魅了させたのだから。


 知らぬは本人ばかりなり。



 1番先にタラップを降りたのはグレイ。

 グレイは皇帝陛下付きの特別部隊の騎士に聞いていた。

 船から降りる時が1番危ないのだと。


 アルベルトも初の海外公務ならば、皇太子付きの騎士団である自分達も海外公務への警護は初めて。


 皇帝が皇太子時代に、視察に行った時に警護した事があると言うベテランの特別部隊の騎士達に、そのノウハウを教えて貰いに行っていた。


 勿論、それはクラウドや女官達も同じで、皆が両陛下の側近や女官達に色々と聞きに言っていたのだ。


 皇太子殿下の初めての外交公務を無事に遂行する為にと。

 大方はミレニアム公国は危険は無いとの話だったが……

 だから最初の外国への訪問をこの国にしたのだが。


 何が起こるか分からないのは確かだ。

 念には念を入れる事は臣下としては必要不可欠。



 船上から辺りを見渡し、怪しい者がいないかのチェックをする。

 そして……

 自ら先に降りて安全を確認してから合図を送る。


 何事にも先頭に立って行動をするグレイを、レティが熱い目で見つめているのをアルベルトは見ていた。


 今回は第1騎士団の隊長も同行していて、隊長が2人の前を先立って歩いて行く。



「 レティ! 行くぞ! 」

「 はい 」


 アルベルトがレティの手を取りエスコートをしながらタラップを降りて行く。


 白い軍服に赤いマント姿のアルベルトに、皇室カラーであるロイヤルブルーのドレス姿のレティ。


 陽の光が2人を照らし……

 片手でドレスの裾を持ち、それを気遣う様に優しく手を引いて降りて行く2人の姿に皆は感嘆の声を洩らす。


 なんて美しい2人なのかと……



 2人がミレニアムの地に降り立つとどよめきが起こる。

 そのどよめきがキャアキャアと言う声になるのに時間は掛からなかった。


 皇子様……本物だわ。

 本当にいらしたのね。

 背がお高いわ。

 素敵……

 カッコいい。



 ズラリと並ぶミレニアム公国の要人達。


「 出迎え大義である 」

「 ようこそおいで下さいました 」

 オーバーに両手を広げてアルベルトに近付いて来たのは、なんと大公本人。


 シルフィード帝国がミレニアム公国の宗主国である事から、皇族はこの国の人々にとってもお仕えする主君であった。

 大公はいち貴族に過ぎないのだから。


 シルフィード帝国の建国祭には必ず参加しているのでアルベルトとは見知った仲だ。



 大公の横には夫人がいた。

「 大公夫人、お久し振りでございます 」

 アルベルトは夫人の手の甲にキスを落とす。


 大公夫婦は50代。

 それでもこんな素敵な皇子様にキスをされたら、ときめいてしまうのは当然の事で。


 頬を赤く染めた大公夫人が可愛らしいとレティは思った。



「 私の婚約者のリティエラ・ラ・ウォリウォール嬢だ 」

「 リティエラ・ラ・ウォリウォールでございます 」


 レティはシズシズとドレスの裾を持ち、少し足を曲げて挨拶をする。

 大公は王族や皇族では無いのでカーテシーはしない。


「 マステスでございます。こんな美しい令嬢が…… 」

 大公は、レティの目を見ながら手の甲にキスをした。


「 これは私の妻のメリッサ…… 」

「 お初にお目に掛かります 」

「 まあ、こんな可愛らしい方が…… 」


 この夫婦の、濁したその先の言葉が気になる所だが。


 それよりも……

 その横にズラリと並んだ男達が気に掛かる。



「 長男のバードン……」

「 次男、三男、四男、五男………六男 」


 ずらりと並んだ子供達は男ばかりの6人兄弟。

 マステス大公夫婦は子沢山だった。


 まさかの兄弟。

 レティは皆から挨拶として手の甲にキスをされた。

 6人連続で……


 勿論、ミレニアム公国の下調べはちゃんと勉強して来たが……

 この場所に6人兄弟が勢揃いしてるとは。



 通り一遍の挨拶が終わると、皇太子御一行様は馬車に乗り大公邸へと向かう。



「 6人……皆……同じ顔だったわ 」


 兄弟の間違い探しはレティの趣味化している。

 目がチカチカしたわと、目をランランと輝かせているレティの横で、アルベルトはレティの手の甲にチュッチュッとキスをしている。



 男性からの女性への手の甲へのキスは愛情の証。


 ただの挨拶である。

 自分がするのは何でも無い事。


 しかし……

 レティの手に触れられる事さえも嫌でたまらないのに……

 この愛しい小さな白い手に他の男の唇が触れるなんて。

 その一連の挨拶の行為にキリキリと胸が痛む。


 それが……

 6回連続で。

 内心では発狂しそうであった。


 ラウル達が後ろでニヤニヤしている。

 公務中のアルベルトは顔にこそ出さないが……


「 あいつ……レティの事となると……皇子じゃなくなる 」

 耐えて耐えてる……と、3人でクックと笑う。



 なので……

 レティの小さな手に自分の唇を押し付けて、せっせと消毒をする心の狭い皇子様なのであった。

 他の男の唇の痕跡をレティから消す為に。





 ***




 ミレニアム公国はエルベリア山脈の標高の高い位置にある為に、1年の内の半年が冬である。

 その内の特に寒さの厳しい3ヶ月間は国中の人が家に籠ると言う。

 外に出られ無い程の雪と氷に閉ざされるからである。


 だから……

 夏の間のこの期間だけが魔石を採掘する期間となっていた。



 馬車はずっと坂道を上っていた。

 平地であり、豊かな気候と豊かな土地のシルフィードとは全く違う。


 シルフィード帝国は、港から皇都まで続く道には家や商店が建ち並び、人も多く住み、活気に満ち溢れたと華やかな町並みが続いている。


 だけど……

 ミレニアム公国はずっと林の中を進んでいる。

 行けども行けども同じ様な道が続いていた。



「 こんなにも違うのね 」

「 小さな国だからね 」

 窓から外を眺めながらレティが言う。


「 雪で半年も閉ざされる国だから、皆で一塊になって同じ場所に住んだ方が生活をしやすいのだろう 」

「 雪に閉ざされる国…… 」


 これでは……

 国民が一ヶ所に集まっているなら、敵に攻め込まれたら直ぐにやられてしまうわ。

 我が国に頼るのも分かる様な気がする。


 騎士であり、戦いの軍師の血を引くレティ。

 後ろの馬車に乗るラウル達もそんな話をしていたのだった。



 大公邸に続く道は一本道だけ。

 大きな町に入る時に関所があったが……

 後から聞くと、一本道だからこそ少ない人数でも守りやすいのだと。


 なる程、それも一理ある。

 小さな国の知恵だ。

 他国の防衛システムが気になる皇太子御一行様であった。




 大公邸はウォリウォール公爵邸と同じ規模の大きさだった。

 焼け落ちた城跡には城は建てずに、その跡地は田や畑の農耕地になっていて、家畜もそこで飼っている。


 それでも建物が要塞の様なのは冬の雪に備えてらしい。

 他国の驚異よりも冬の雪の方が怖いのだと大公は笑う。



 マステス大公の説明を受けながらツアー客の様に皆は中に入る。

 夏は涼しいが、厳しい冬の為に暖房設備はしっかりしていると言う。


「 勿論、シルフィードの魔道具のお陰です 」

 ……と、大公はアルベルトに丁寧に頭を下げた。


 聞けば、貴族だけで無く平民の家に至るまで魔道具の暖房があると言う。

 この魔道具があるから随分と冬籠もりが楽になったと。


 これは皆は驚いた。

 シルフィードは平民達はまだ薪を使用した暖炉が主流なのであった。

 流石に魔石の取れる国である。



 レティは自分の部屋となる客間に通された。

 柔らかなクリーム色の壁紙とカーテン。

 部屋には昔の名残なのか大きな暖炉がある。


 窓が小さめなのは雪に閉ざされる為とか。

 冬籠もりをする時は、各窓には板を打ち付けて窓ガラスや暖気を守るそうだ。


 魔道具で暖炉は必要は無くなったが、冬のムードを醸し出す為に暖炉を使用しているらしい。



 レティはこの部屋で2週間滞在する予定である。



「 冬籠もりの間は、家族皆が暖炉の前に集まって過ごすのですよ 」

 そう言ってレティにお茶を出すのは大公家の侍女。

 名前はリーナとルーナ言う、彼女達は20歳の双子の姉妹。

 滞在中は女官達と一緒にレティの世話をする。


 双子。

 またもやレティが目を輝かせて間違い探しを始める。


 双子って……

 間違いが無いのね。

 リナとルナは一卵性双生児だった。


「 違いはありますよ~ 」

 ……と、同じ声が揃う。


「 待って! 私が探すわ! 」

 3人でワチャワチャしていると……



「 レティ……散歩に行こう 」

 アルベルトが突然入って来た。


「 !? 」

 目を丸くして、レティは持っていたカップをガチャンと音を立ててソーサーに置いた。


 キャッと双子姉妹の頬が赤くなる。

 手を口元に当てている仕草も同じだ。


 いや、それよりもだ。

 アルベルトは内扉から入って来たのだ。


 この客室は夫婦用の泊まる部屋で、中で行き来が出来ると言うあのタイプの部屋であった。


 部屋割りをしたら1つ足りなかった。

 婚約をしてるのだからお2人はこの部屋を使って貰おうと。

 1番広い部屋でもある事だし。



 婚約はしているけれども。

 同じベッドで朝まで寝た事もあるけれども。

 いくら何でも……



「 あら? ご婚約なられているのでしたら、もう夫婦も同然ですわよねぇ 」

「 ここでは、結婚式までにご出産される方がかなりおりますわ 」

 ……と、双子姉妹が同じ顔で言う。

 まだ2人の違いは見付けられていない。



 どうやら国の文化や風習の違いで、人々の活動期間が限られているこの国では婚約期間中にそう言う事もオッケーらしい。


 シルフィードでも、婚約期間中に子が出来て慌てて結婚をする事もあるが……

 実際、妊娠したからと学園を辞めた女生徒もいる。

 それでも、眉を潜める事であるには違いない。



 それを聞いていたアルベルトは少し嬉しそうな顔をする。

 ……が、すかさずラジーナ女官長が言った。



「 殿下! ご自重を! 」





 ***





 その夜の歓迎会で……

 大公はミレニアム公国には重大な秘密があると言う。

 男だけの秘密だそうだ。

 レティが夫人達に連れて行かれた時を見計らって4人に目配せをする。



 ミレニアム公国は比較的子沢山の家庭が多い。

 大公も6人の子供がいるし、双子の侍女も他に兄弟が3人いると言う。

 多くの夫婦には3人以上は子供がいるとか。


 それは……

 3か月家に籠っているからだと言う。

 やる事が無いので夜はそう言う事になる。


 だから……

 どうしても秋生まれの子供が多いのだと。


 大公は……

 シルフィード帝国の皇太子と三大貴族である令息達に……

 これは取って置きの秘密ですよとウィンクをした。



 どんな秘密かと思えば……

 そんなもん見りゃあ分かるだろ?

 同じ様な顔がズラリと6人も並んで……


 呆気に取られる3人だったが。


 1人喜んでいる男がいた。

 熱心に大公の話を聞いている。


 なる程。

 3ヶ月籠る……

 良い事を聞いた。


 敢えて誰とは言わないが。







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