第410話 聖女伝説のその後

 



 ミレニアム王国からエルベリア山脈を越えてシルフィード王国に命辛々辿り着いた聖女は、自国を助けてくれと懇願した。


 当時の王はそれを受けてミレニアム王国に出陣し、侵略していたタシアン王国の兵士達を次々に薙ぎ倒し、ミレニアム王国を取り戻した。


 そこには魔石や聖女の魔力と言う政治的な思惑があったからなのだろうが……



 国王自ら出陣して自国を取り戻してくれたのだ。

 この英雄王に聖女が惚れない訳が無い。


 ましてや……

 ロナウド皇帝やアルベルト皇太子を見れば分かる様に、シルフィード家のその血のルーツは美丈夫。


 何としても欲しくなるのは当然の成り行きだった。

 聖女は国を取り戻しても自国には戻らずに、そのままシルフィードに居着いてしまった。



 当時のシルフィード国王には王妃がいて、既に王太子となる第1王子もいたが。

 この聖女は王女。

 その高慢さや我が儘、聖女としての能力を酷使して、無理やり王妃になり元の王妃を側室にした。

 元の王妃は………やはり公爵令嬢だったと言う。



 学園の教科書にも載っているミレニアム公国の聖女伝説は、シルフィード国王が隣国タシアン王国の侵略から、聖女の国であるミレニアム公国を取り戻す所までだった。


 その後のある実話は、めでたしめでたしでは終わらなかったのである。



「 教科書には載って無い訳だ。その後はドロドロ劇場だもんな 」

「 聖女は慈悲深いと勝手に思っていただけか 」

「 俺、その勇敢さに憧れていたのに 」

 呆れるラウルとレオナルドだったが、エドガーは項垂れた。


 この物語の前半のハイライトは、聖女がエルベリア山脈で魔獣と戦いながら山越えをして行く所で、子供の頃からエドガーはこの話が好きで、聖女に憧れていたのだと言う。




 ここは海の上。

 退屈しのぎに、これから訪問するミレニアム公国とシルフィード帝国の関係の馴れ初めの話を、アルベルトが皆にしている所だ。


 5人で夜の甲板の上で、酒を酌み交わしている。

 静かな波の音が心地よい。


 向こうでは、騎士達が……

 反対側では女官達も食事をしながら船旅を楽しんでいる。

 貸し切りの船である事から、必要以上の警護をする必要は無い事もあって。



「 聖女が浄化した場所には魔獣が100年出現しないと言われている 」

 まあ、これは真実かどうかは分からないが……と、アルベルトはグラスに入ったお酒を1口飲んだ。


「 100年も出現をしないのか…… 」

 3人はそれを聞いて考える。


 国民を守る為にはどうすれば良いんだろうかと。

 アルベルトだけでは無く……

 彼等もまた、将来は国を担う輩なのである。



「 まあ、聖女を逃がしたく無いのは仕方が無い事かな……魔石と聖女の浄化の魔力は、王家としては何としても欲しい物だっただろうから 」

 そう言うと、アルベルトは星空を見上げた。


 今日は風も緩く満点の星空。



 レティは黙って席を立った。


 皆がレティを目で追い、アルベルトを見つめた。


「 アル……不味いんじゃ無いの? その発言 」

「 レティは『妾』発言をされたばかりだろ? 」

「 ………… 」


 そうなのだ。

 王太子となる第1王子を生んでいながらも、王妃から側妃にされてしまったのは、またしても公爵令嬢だったのだから。

 ラウルは黙ってしまっていた。



 ハッとして、アルベルトはガタガタと席を立ってレティを追い掛ける。



「 何か切ないよな。王族や皇族って…… 」

「 公爵家の方が切ないよ 」

「 アルとレティも相当切ないよな 」


 3人はこれまでの2人をずっと見守って来た。


 自分の結婚が……

 議会で決められてしまうアルベルトの立場を。

 側室制度を廃止しても尚、立ち塞がってくる壁を。



「 アル……頑張ってるよなぁ…… 」

「 ああ、頑張ってるよ 」

「 レティもな 」


 まさか決闘を申し込むとはな……と、3人で笑った。



「 アルとレティに乾杯 」

 波の音がやけに耳に残った切ない夜だった。





「 レティ…… 」

 アルベルトがレティに追い付くと、彼女は手摺に手をかけて海をみつめた。


「 ごめん……不用意な事を言った 」

「 …………… 」


「 僕は君だけだから。信じて欲しい 」

「 …………… 」


 静かに海を見ている君が……

 泣いてる様で胸が痛い。


 アルベルトがどれだけレティしかいらないと言っても、周りが勝手に2人の間に入って来るのだ。




「 私は…… 」

「 うん…… 」


「 私は……決闘をするわ! 」

「 ……決闘!? 」

 まさかの決闘発言に面食らう。


「 王女だろうが、聖女だろうが必ず勝ちますわ! 」

 そう言ってレティは握り拳を高く突き上げた。

 それにはもっと鍛えなければ……と鼻息も荒い。


 いや……

 そんなに鍛えなくても……

 今の君に勝てる王女や聖女はいないと思うぞ。


「 うん、僕の婚約者は頼もしいね 」

 本当に……

 なんて愛おしい存在なんだろうか。


 アルベルトはレティの頭にキスを落とした。





 ***




 ミレニアム公国は、シルフィード帝国より標高の高い北の大地にその城を構えていた。


 侵略していたタシアン王国の王太子を追い出して、国を取り戻してあげたが、王弟だった大公は次の王となる事を拒否した。


 実質上には王と同じく国を治めてはいるが、あくまでもシルフィード帝国の属国としての立ち位置を示したかったらしい。


 国王、王妃、王太子が殺され、王城までもが焼き落とされてしまった、1度は滅ぼされた憐れな国なのだからと。


 早く言えば人の褌で相撲を取る道を選んだのだ。

 聖女である王女がシルフィード帝国の王妃となった事もあって。





 シルフィード帝国の港から船で北上して5日余り。

 船では騎士達と訓練をしたり、皆でゲームをしたりして、日頃は忙しいアルベルトやクラウド達も、随分と羽を伸ばす事が出来た。



 こんなにずっと一緒にいても……

 まだ一緒にいたいと言う恋人同士の夜は切ない。


「 お休み…… 」

「 お休みなさい 」

「 もっと一緒にいたい 」

「 また明日ね 」


 チュッとキスをして別れる2人の部屋は隣合わせの部屋。

 近くにいればいる程に離れがたくなるもので。



 楽しい時間はあっと言う間に過ぎる。


 ここにいる皆が初の海外への視察だったので、ミレニアム公国が近付くとクラウドや女官達はその準備に追われた。


 救いなのは言語が同じだと言う事で。



「 ミレニアム公国も夏なのよね? 」

「 そうだな……随分と涼しいね 」


 午後の暑い時間だけれども、ずっと甲板に出ていると、薄手のカーデガンを羽織って丁度良い位である。


 前もっての情報では、大公邸のある場所は標高の高い場所にあるのでもっと涼しいらしい。



「 明日の朝にはミレニアムに到着しますので、朝食後にはドレスを着用して下さいませ 」

 女官達と集まってミーティング中。


 女官達は昨年に一緒に旅をした女官達4人と女官長のラジーナと後5人の、皇太子殿下付きの女官達全員が同行している。


 レティが皇太子殿下の婚約者として同行する事になり、ドレスアップなどの準備の為にレティ付きの女官が必要な事もあって。


 昨年の旅行ではドレスを持参しなかったが、今回は沢山持たされた。

 張り切って支度をしてくれた母親のローズに。


 晩餐会もあるだろうし、舞踏会も……

 荷馬車3台の荷物は殆どがレティの荷物だった。

 ドレスは皺にならない様に運ばなければならないので、特に嵩張るのである。




 いよいよか……



 船がミレニアム公国の港に着岸する。

 船上から見ると、出迎えの人々達が整列していた。


 アルベルトとレティが並び立ち、その周りを騎士達が囲む。


 さっきまで……

 可愛すぎるからキスをさせろとレティに迫って来ていたアルベルトが、公人である皇太子の顔になる。



 あら……

 流石だわ。


 私は……

 公爵令嬢の顔に……


 あれ?

 公爵令嬢の顔ってどうするんだっけ?


 では……

 皇太子殿下の婚約者の顔に……


 ムムム……

 皇太子殿下の婚約者の顔って何?


 私……

 やった事が無いわ。



 そう……

 レティは初めての公務。

 アルベルトにとっては初めての海外公務が始まる。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る