第409話 旅立ちの港

 



「 レティ! 淑女らしくよ。淑女らしく出来ない時は淑女の演技をするのよ 」


 ミレニアム公国への出発の朝。

 ローズはレティを抱き締めながら念を押した。


 国内では無く外国に行くのである。

 それも皇太子殿下の婚約者、ウォリウォール公爵令嬢として。


「 分かりましたわ。お母様。」

 行くと決まってからの20日余り、もう何度も何度も口が酸っぱくなる程に言われて来たのだ。


 それにしても……

 淑女の演技って何だ!?

 わたくしは立派な淑女ですわ!

 ……立派では無いかも知れないけれども……

 少しは自分を分かっている様だ。



「 ラウル! くれぐれもレティを頼みますよ。 貴方まで一緒になって殿下に迷惑を掛けてはなりませんからね 」

 不安そうなローズに向かって、ラウルは片手を上げて馬車に乗り込んだ。


「 では、行ってくるよ 」

 ルーカスがローズの頬にキスをした。


「 旦那様、お坊ちゃま、お嬢様、行ってらっしゃいませ 」

 公爵家の家人達が何時までも3人を見送っていた。




 3人を乗せた馬車は皇宮へ。


 今回は後学の為にと、ラウル、エドガー、レオナルドも同行する事になった。


 魔石はシルフィード帝国にとっては無くてはならない大切な物。

 アルベルトだけでは無く、将来はアルベルトの片腕となるこの3人も、ミレニアム公国への訪問と採掘場所に行っておく必要があると考えたからで。



 今回の旅は船旅。

 エルベリア山脈越えをしてミレニアム公国に行くのかとワクワクしていたレティは、船で行くと聞いて意気消沈した。


 険しいエルベリア山脈には魔物がいる。

 レティは医師として薬学研究員として、そして騎士として、魔獣を狩りながらの旅を主張したが……

 それは父親であるルーカス宰相により却下された。

 殿下もお前もいるのに、そんな危険な旅なんかとんでも無い話だと。


 それでもぶつぶつ言うレティにラウルが呆れる。

「 魔術云々の前に、俺とレオは体力的に無理 」

 山脈越えなんかとんでも無い。



 それでも伝説の聖女様は1人で山脈越えをしたのだと。

 レティは勇敢な聖女様に憧れていたのだ。





 ***




 宮殿の正面玄関前には馬車がずらりと並んでいた。


「 公爵家の馬車が到着いたしました 」


 今から両陛下主催のちょっとしたセレモニーがある。

 会場には既にエドガーやレオナルドが来ていた。

 大臣達も勢揃いしていた。



 そう言えば……

 じいちゃん達がローランド国に向かう時に、船上で皇太子殿下やルーピン所長が見送りのセレモニーをしていたっけ。


 レティは国の特使として行く事の重みを改めて感じた。

 今回は皇太子殿下の視察である。

 仕入れをどうするかなんて考えている場合では無い。



「 皇帝陛下、皇后陛下、並びに皇太子殿下の入場です 」


 皇族の3人が出て来て皆が頭を垂れる。


 すると……

 アルベルトがレティの所に来て、レティの手を取り前に連れて行った。


「 えっ!? 」

「 良いから、良いから 」

 小さな声でそう言って。


 そして2人で両陛下の前に行く。

 2人の後ろにはラウル、エドガー、レオナルドが並んだ。



「 皇太子の初めての外国への視察に、今回は婚約者としてリティエラ嬢を同行させる。 ウォリウォール公爵、ドゥルグ侯爵、ディオール侯爵の子息も後学の為に同行する事になった。皆はしっかりと学んで来なさい 」


「 皆の無事の帰国を祈りますわ。レティちゃんもしっかりね 」


 両陛下の言葉にアルベルトが答える。

「 皇帝陛下の命を受けて、ご期待に添える外交を行って来る所存であります 」


 両陛下に向かって5人は頭を下げた。



 何だか……

 後ろから視線が突き刺さる。


「 !? 」


 嘘~~っっ!!!


 レティは青ざめた。

 デカイ顔のリュックを背負っている。


 兄と自分の荷物に紛れたら大変だからと家から背負って来たのだが。

 すっかり下ろすのを忘れていた。


 どうみても旅行に浮かれたトンチキ野郎である。



 レティは振り返ってラウルを睨み付ける。

 ニヤニヤとしている所を見ると、知っていて教えなかった様だ。



 セレモニーが終わり、両陛下が退出するのを待ってラウルの胸ぐらを掴む。


「 お兄様! どうして教えてくれなかったのよ! 」

「 それって、もはやお前の身体の一部だろ? 」


「 身体の一部ってどう言う事よ! 」

 母親に淑女でいろと言われたのに、早くもムキーッとなって怒るレティ。


 そんな息子と娘を見ていたルーカスは頭を抱えた。

 この視察は大丈夫なのかと。



 一旦両陛下と退出したアルベルトが戻って来た。


「 アル……ごめんなさい。変な物を背負っていたわ 」

 仔犬の様に耳が垂れシュンとするレティ。


「 それって……レティの身体の一部だろ? 問題ないよ 」

 優しいアルベルトにキュンとする。

 多分兄と同じ事を言ったのだろうが。



 もはやデカイ顔のリュックはレティのトレードマーク。


 リュックを背負ってアルベルトの横に並んでいたレティを見た大臣達も……

 リティエラ嬢が楽しんで行く様で良かったと安堵していた。


 初めての外国への公務。

 普通なら緊張するのが当たり前な事なのだから。





 ***




 セレモニーが終わりレティは皇太子殿下専用馬車に乗る。


 最初の馬車にはクラウドと侍従が2人、女官長のラジーナとナニア。

 ナニアは昨年の温泉施設への視察に女官のリーダーとして同行した女官。


 次はアルベルトとレティの乗った皇太子殿下専用馬車。

 今回は港までの片道だけだが、婚約者としての同行なので堂々と2人で乗る。


 後ろの馬車にはラウル達の3人。

 その後ろには女官達6人、そして第1騎士団第1班の騎士達が乗った馬車が2台、その後ろには荷物を乗せた荷馬車が3台続く。


 港までの護衛は第1部隊の第2班だ。

 彼等の嘆きが聞こえて来そうであったが。



 久し振りに乗った皇太子殿下専用馬車はやはり乗り心地が良い。

 白い馬車はお姫様になった気分である。


 レティだってお姫様には憧れるが……

 自分が妃になると言う事がどうもピンと来ていないのは、今生もまた、ループしてしまうかも知れないと言う思いが、どうしても拭えないのは仕方の無い事で。




「 レティ……キスは? 」

 キラッキラの皇子様の中の皇子様が、2人の挨拶である頬へのキスをしろと言う。

 キラッキラッの皇子様もレティの前ではただの20歳の男なので。


 皇子様はレティが乗ってる事が嬉しくて仕方無い。

 こうやって皇太子殿下専用馬車に乗って、婚約者としてレティが公務に出るのは初めてで。

 アルバイト料は高くついたが。



 レティはまだデカイ顔のリュックで凹んでいた。

 テンションの高いアルベルトにムカついたが……

 チュッとキスをする。


「 こっちも…… 」

 反対の頬を出すからチュッと。


「 ここも…… 」

 ……と、自分の唇をチョンチョンとする。


「 うるさーい!! 」

 しつこいアルベルトにプンスカ怒る。

 自分が落ち込んでいる時に、テンションの高い奴が側にいると無性に腹が立つ。


 皇太子殿下にこんな事を言うのはレティだけである。



「 ごめんごめん 」……と、笑うアルベルトにレティは腕を組んで偉そうだ。


「 そうだ! スポーツ大会はどうだった? 」

「 !? 」

 あのねぇ……と、玉入れで優勝した話をしてレティはご機嫌になる。

 この話もしたかった様だ。



「 あいつら……手も振らずに何をしてるんだ? 」

 直ぐ後ろを走る馬車にはラウル達が乗っている。

 手にはトランプを持って。


 皇太子殿下専用馬車が走っているので沿道には沢山の人々が出ていたが……

 2人は話す事に夢中で手を振る事を忘れていたのだ。


 馬車の中では……

 身振り手振りで話すレティを、楽しげに見つめているアルベルトがいた。





 ***




「 皇子様と婚約者様よ! 」

 皆は顔を赤くして大興奮だ。


 皇太子殿下が婚約者と共に、ミレニアム公国へ視察に行く事は皇室新聞で知らされていた。



 ここは港にある『出入国管理所』

 名称の通りに外国への出入国を管理する事務所である。


 出国する皇太子殿下御一行様が手続きにやって来た。

 喩え皇子であろうともちゃんとチェックをする。


 アルベルトがレティを追い掛けてローランド国に出国した際には、レオナルドの名前で出国した。


 まだ写真など無い時代。

 ザルみたいなシステムだったが、やらないよりはマシである。



「 アルベルト・フォン・ラ・シルフィード殿下でいらっしゃいますね 」

「 ああ 」


 入出国帳に自分のサインをする。

 勿論、帰国した時にもサインをする事になっている。



「 リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢でいらっしゃいますね 」

「 はい 」

 レティもサインをした。


 次々に皆がサインを終えて、船のタラップを上がって行く。



 アルベルトはレティの手を引いて。

 楽しげに笑い合ってタラップを上がる2人を、窓に隠れる様にして見つめる1人の女性がいた。




「 素敵だったわ 」

「 カッコいい…… 」

 女性スタッフ達だけでなく男性スタッフも頬を赤らめ、ドキドキしたと胸を押さえる。

 緊張したのだと。



「 こんなに近くで皇子様を見れたのに……何処に行ってたの? ジル? 」

「 ……… 」


 皇太子殿下の女官をしていたジルは、宮廷女官からこの出入国管理事務所に移動になっていた。



 続いてタラップを上って行く女官達。

 紺のブレザーにスカート。

 皇室の象徴色であるロイヤルブルーのスカーフが眩しい。


 自分も1年前にはあの制服を着ていたのだ。

 とても誇らしく。

 胸を張って。



 ジルは隠れていた。

 声を掛けられたく無くて。

 クラウドとラジーナ女官長はジルを探していたのか、事務所の中を探ってる様だった。



 宮廷女官になって1年と半年余り。

 どうして自分は特別だと思ってしまったのだろうか。


 皇子様の横に並べる事が嬉しくて。

 皇子様と話をする事に胸がときめいた。


 その居場所を取られたく無くて……

 その特別な居場所は自分だけの物であって欲しいと欲が出た。


 あってはならない欲が出たから……

 結局は、自分でその居場所を手放してしまったのだ。


 その姿を見れば……

 忘れかけていたアルベルトへの慕情が胸を駆け巡る。




「 はぁ……好きだわ~皇子様 」

 オバサンスタッフが頬に手を当てて呟いた。


「 婚約者様もお綺麗で。あんなお綺麗事な令嬢が他国の王太子様と決闘をしたのよ 」

「 我が国の公爵令嬢に妾になれだなんて、本当にバカにしてるわよね。勝ってスカっとしたわ 」


 本当に……

 他国の王太子と渡り合えるなんて凄い令嬢である。


 そして……

 凄く誇らしかった。

 この女性(ひと)こそが、シルフィード帝国を守ってくれる特別な女性(ひと)なんだと。





「 ジル~! 通訳をお願~い 」

「 はぁい! 」


 頭の良いジルはここに来て直ぐに共通語をマスターしていた。

 事務所は所長が子爵で、男爵の男性スタッフは偉そうにするが、高位貴族はいなかった。

 その他は平民のスタッフ達ばかりで、共通語の話せるジルは頼りにされ、あれ程あった身分へのコンプレックスが消えていた。


 一人暮らしをしているので、よく行く食堂に来る外国人達と気軽に会話を楽しんだりする事も出来る様になった。



 私は……

 ここで元気にやっている。




 ジルは……

 見送りに来ている人々に、船上から仲良く並んで手を振る2人を何時までも見つめていた。









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